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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第3章 虹黒の従僕
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044:身体強化











 朝食の後、宣言どおりに座学の講義が開始された。

 と言っても、初めも初めだ。とりあえず、私が千狐から様々な知識を学んできたことは伝えていたので、現在の知識がどの程度のものであるかの調査が行われた。

 有り体に言えば筆記試験だ。国語算数理科社会、と言った基礎的な分野に加えて、魔法と言う分野が一つ加わった確認試験。

 基本的に最初の三つについては、前世の知識があるためにそれほど問題はない。

 中学生ぐらいの知識になってくると少々曖昧だが、流石に小学生の知識程度ならば、基本も基本であるためどうとでもなる。

 問題は、社会と魔法だ。千狐からある程度の知識は教わっているため、簡単な部分ならば問題ないものの、一歩踏み込んだ知識についてはかなり理解が薄い。

 結果として私の成績は、前者の三科目は復習をかねて小学六年生程度、後者については小学三年生程度からスタートということになった。

 正直に言えば、若干複雑である。



『くははははっ! 中身が60を超えておるのに、小学生……!』

『……仕方ないだろう、初めて学ぶ範囲なのだから。私だって分からんものは分からん』

『くくく……いや、すまんすまん。お主なら勘で何とかするかもしれんと思ってな』

『仮にそれで何とかなったとしても意味がないだろうに』



 正解に辿り着けたとしても、基礎的な知識そのものが無ければ身にはつかない。

 テストの点だけが高ければいいというわけではないのだ。

 基礎から積み重ねた知識こそが、己にとっての力となるのだから。

 軽く溜息を吐き出しつつ、私は用意されていた胴着に着替える。

 小さな子供用の胴着であるが、これ母上があらかじめ用意していたものだ。

 どうやら、火之崎では共通のデザインとなっているらしい。

 それを纏い庭に出れば、そこでは母上が既に同じデザインの胴着を纏って待機していた。



「お待たせしました、母上」

「大丈夫よ、仁ちゃん。さて、それでは午後の演習を始めましょうか」



 上機嫌な様子の母上に、私は無言で首肯する。

 朝食の時には、身体強化の技術を学ぶと言っていたが……果たして、どのような修行になるのか。

 まあ流石に、いきなり内容から入ると言うことはないだろうが。



「さて、始める前に……仁ちゃんの《掌握ヴァルテン》は、術式の有無とかも感じ取ることができるのよね?」

「あ、はい。さすがに、術式の詳細までは分かりませんが、そこに術式があるかどうか程度なら判別できます」

「そうよね。なら……私や宗孝さんが使っているあの魔力の鎧。あれが、魔法ではないことは理解しているわね?」

「はい、あれには術式がありませんでしたから」



 母上が身に纏う黒い魔力、父上が身に纏う赤い魔力。

 そのどちらからも、魔法を使う際に必要となる術式の存在を関知することはできなかった。

 それは即ち、あれが魔法ではないと言うことを示している。

 水城久音のように巧妙に隠されていたような気配も無い以上、それが正解なのだろう。

 確信と共に告げた私の言葉に、母上は小さく笑みを浮かべながら首肯する。



「そう。あれは魔法ではなく、魔力を使った技術スキル。ああいったものは、身体強化以外にも多数存在しているわ」

「術式を使わずに効果を発揮する、と言うことですか……」



 術式を紡がずに発動可能と言うことは、相応のメリットとデメリットが存在する。

 まずメリットとしては、術式を構築する必要が無いため、非常に素早く発動が可能であると言うこと。

 それに対してデメリットは、術式による制御が存在しないため、維持のためにも高度な制御力を要求されると言うことか。

 尤も、私の使っている身体強化のような簡単な技術であるならば、制御もそれほど難しくはないのだが。



「まあ、その他の技術については追々説明していきましょう。使える物も多いけれど、脇道に逸れていると上達が遅れちゃうものね。まずは、本題である身体強化の技術を一通り教えておくわ」

「はい、よろしくお願いします」



 本音を言えば、その他についても興味はある。

 だが、何を置いてもまず必要なのは身体強化だ。

 遠距離戦闘能力に乏しい私にとっては、絶対に必須となる技術であると言えるのだから。



「まず最初に……仁ちゃんもやっているように、肉体の一部に魔力を集中させると、その部分が強化されるわ。これが、身体強化の基本中の基本」

「はい。私も、そのように強化を行っています」



 筋力や強度を強化したければその肉体の部位に集中させるし、五感などを強化することも可能だ。

 かなり大雑把ではあったが、魔力を集中させるだけで使用できるため、比較的簡単な技術であると思っていた。

 だが、母上がここまで集中的に教えようとしているということは、まだまだ先があるということなのだろう。



「これは、身体強化の中でも《強壮》と呼ばれる技術ね。魔力を集中させるだけで使えるから、魔法使いならばおおよそ誰でも使えると考えていいわ」



 言って、母上は軽く右腕を掲げ、そこに魔力を集中させる。

 その瞬間、母上の腕は黒い靄のような魔力に包まれ、その強大な魔力の波動を周囲に散らしていた。

 放たれる圧倒的な迫力に息を飲みながらも、私は母上の腕を凝視する。

 魔力を纏ってはいる。が、あの魔力の鎧のように循環しているような様子は見えない。



「今私の腕に見えているのは、魔力を注ぎ込んだ際に余剰分となってしまった魔力よ」

「余剰、と言うと……魔力が多すぎると言うことですか?」

「一部では合っているけど、正確ではないわね。《強壮》で強化した場合、おおよそ魔力にむらができてしまうのよ」



 腕から魔力を消しながら放たれた母上の言葉に、私は首を傾げる。

 魔力が零れるほどに注いでいるのであれば、魔力のむらができる筈もないと思うのだが。

 そんな私の疑問を読み取ったのだろう、母上は小さく笑みを浮かべながら続ける。



「例えば、コップが五つ有るとしましょう。コップに水を注いでいけば、コップが水で満たされるわよね?」

「はい。それが、魔力で肉体を強化している状態ということですか?」

「ええ。ただ《強壮》の場合、この全てのコップに水を注ぐことができないのよ。いくつかは中途半端に水が入って、いくつかはいっぱいになっているのになお水を注いでしまう。まあ要するに、きちんと制御し切れていないということね」



 つまり、肉体に魔力を集中させるだけでは、効率よく強化が出来ないということなのだろう。

 イメージとしては、いくつかあるコップに対して、上から適当に水を注ぎ込んでいるような状態だろうか。

 跳ねて零れてしまうものや、そもそもコップを外してしまうものなど、とにかく魔力が無駄になっている訳だ。

 確かに、それでは効率の良い強化とは言えないだろう。



「これに関して、身体強化では二種類の解法が示されているわ。つまり、《強壮》には二種類の上位技能があるの」

「二種類……母上は二種類とも使えるのですか?」

「ええ、使えるわよ。と言うより、私が使っているあの魔力の鎧は、その両方を極めないと使えないから」



 どうやら、どちらか片方でいいという代物ではないらしい。

 思っていた以上に複雑な技術のようだ。



「魔力のむらを無くすための解法として、まず仁ちゃんならどうするかしら?」

「方法……丁寧に魔力を注ぐ、ですか?」

「そう、正解よ。単純と言えば単純だけど、これが結構難しいものなのよ」



 母上は腕を掲げる。先ほどのように腕が黒い靄で覆われるようなことも無く、魔力が放たれるような気配はない。

 だが、《掌握ヴァルテン》を発動させて見てみれば、母上の腕の中は隙間無く魔力に埋め尽くされているのが分かる。

 流動的であるはずの魔力が、絶えず同じ量を、満遍なく供給され続けているのだ。

 一種芸術のようにすら感じる、美しすぎる魔力制御。

 これが、一つの解法と言うことなのだろう。



「これが、仁ちゃんの言う、魔力を丁寧に注いだ状態というものね。これを、《装身》と呼ぶわ」

「《装身》……」



 試しに真似をして、魔力を制御して隙間無く流そうとするが、やはりそう簡単には上手くいかない。

 隙間を埋めれば、また別の隙間が生まれてしまう。全てを満遍なく、均等に埋めるのは至難の業だ。

 まあ、見様見真似で何とかなるならば、十年も修行するような苦労はしないか。



「この《装身》のメリットは、何を置いてもその隠密性と無駄の無さね。魔力を一切外に漏らさないようにしているから感知されることはまず無いし、魔力の節約にもなる。これで強化しているだけなら、一切魔力を消費しないからね」

「……成程、それは便利ですね」



 私が使っている《強壮》では、どうしても魔力の無駄ができてしまう。一切魔力を消費せずに強化するのは不可能なのだ。

 だが、母上の使っている《装身》は、私の感知できる限りでは一切の魔力が漏れていない。

 非常に魔力効率が良く、魔力の少ない私にとっては喉から手が出るほど欲しい技術だ。



「そして、もう一つ。さっきの仁ちゃんの例えでは、複数のコップに零れないよう、ギリギリまで水を注ぐような感じだったわね。もう一つは、これとはまた違った方法よ」

「違った方法、ですか……ふむ」



 複数の器に水を満たすための方法。

 丁寧に入れるのではなく、またそれとも異なった方法で水を注ぐ。

 イメージが追いつかず、私は眉根を寄せたまま沈黙してしまっていた。

 そんな私の姿に、母上はくすくすと笑い、続ける。



「答えは――これよ」



 そう告げた、刹那――母上の右腕から、凄まじい勢いで魔力が放出された。

 その衝撃、魔力の圧力に、私は思わず体を仰け反らせてしまう。

 まるで炎のように吹き上がる、母上の漆黒の魔力。

 触れられただけで砕け散りそうな、そんな錯覚すらも覚える、強大極まりない気配だ。

 そして、その波動を己の身で感じながら、私は母上の言わんとしている所を理解していた。

 つまり、これは――



「魔力を勢いよく放出することで、隙間を埋めてしまっている、と言うことですか」

「簡単に言うとそういうことね。けれど、言うほど簡単なことじゃないのよ。魔力の勢いを一定で、全身から同じ量ずつ放出するのは結構難しいから」



 どうやら、ただ強引に魔力を放出すればいいというわけでもないらしい。

 イメージとしては、複数あるコップに対してバケツで同時に水を注いでいるようなものだったが、それで全てのコップに同じ量ずつ注がれていなければならないのだ。

 言うほど簡単という訳ではないのだろう。



「これを、《放身》と呼ぶわ。場合によってはかなり多くの魔力を消費するけれど、《装身》に比べても強化の幅は大きく、こうして威圧にもなる。まあ、使い所によってと言ったところかしら」

「成程、一長一短ですね」



 使いどころによって、色々と効果は変わってくるだろう。

 《放身》の方は、短期決戦や短い時間内で全力を発揮する場合などに使えるだろう。

 私の魔力は限られているため、常に維持し続けながらというわけにはいかないだろうが。



「そして最後。仁ちゃんも見た、私や宗孝さんが使っているあの魔力の鎧――これが、身体強化の究極形である、《纏魔てんま》と呼ばれる技術よ」



 そう告げて、母上は再び魔力を変化させる。

 母上の身から放たれていた魔力。それが渦を巻き、循環し、母上の体へと戻っていったのだ。

 しかし、体外に放たれている魔力が収まることは無い。

 同じ勢いで放出されながら、その魔力が母上の肉体へと循環して行っているのだ。

 説明を受けた今ならば、それがどのような意味をもつのか理解できる。

 《放身》と同じレベルの強化を行いながら、一切の魔力を無駄にしない。

 それでいながら、他人の魔力が介在し得ない己の魔力で満たされた領域を作り上げる。

 正しく攻防一体の技――それこそが、この《纏魔》なのだろう。



「文字を変えて《天魔》なんて呼ばれるほど、とても強力な技術よ。ただ、この完成には先生の指導を受けていた私でも十五年以上の歳月をかけたわ。流石に、この十年間の修行でそこまで辿り着けるとは、私も考えていない。だからこそ……仁ちゃんには、《装身》と《放身》の二種類をマスターして貰うわ」

「両方を、ですか」

「そう、その二つをマスターすることが、いずれは《纏魔》を習得することに繋がるからね。たとえ十年後までに《纏魔》を習得できずとも、仁ちゃんならいずれ必ず使えるようになるわ」



 根拠の無い信頼であったが――いずれは使えるようになるべき、と言う点に関しては反論の一つもなく同意する。

 具体的な目標を定め、私は母上の言葉に強く頷いていた。





















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