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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第3章 虹黒の従僕
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043:修行の始まり











 少々話し込みはしたものの、結局寝る時間はそれなりに早く、結果として目が覚める時間も朝六時と中々早かった。

 とは言え、私よりも先に母上も先生も目を覚ましていたし、これからはこれが普通になるのだろう。

 先生も母上もまだ朝食の準備中であったため、私は庭に出て日課の体操とジョギングを行う。

 午前中は座学とは言え、体を動かしておくに越したことは無い。

 まあ、先生から結界があると教えられたとは言え、この屋敷から離れることには不安があったため、周囲をぐるぐると回る程度に留めていたが。



『新たな環境であると言うのに、馴染んでおるのぅ、あるじよ』

「確かにそうだが、どちらにしろ時間の問題だっただろうさ。ここで十年過ごすのだからな」

『違いない』



 私の周囲を浮遊しながら、千狐はくつくつと笑い肩を震わせる。

 昨日は随分と大人しくしていた様子であったが、今日はいつもの調子を取り戻しているらしい。

 しかし、昨日は一体どうして、いつも以上に口数が少なかったのか。

 このタイミングで聞いておくべきだろう。



「千狐、昨日は随分と静かだったが、どうかしたのか?」

『む? うむ……お主の師の一人となる、綾乃というあの女を観察しておったのじゃが……色々と気になることがあっての』

「気になること? 先生に対してか?」

『んー……霞之宮という名についてもそうなのじゃが、あの女、妾の姿を捕捉していたように思えての』



 その言葉に私は軽く目を見開き――しかし、十秘蹟の一角であり、長い時を生きた先生ならば先生ならば、それもあまり不思議ではないと思い直す。 

 精霊の姿を見ることができるのは、ごく一部の人間のみだ。

 同じ精霊契約者ならば他人の精霊を見ることも可能らしいが、今のところ会ったことはないし、そもそも先生の周囲に精霊の姿も見当たらない。

 それ以外では、精霊を知覚出来る存在はほぼいないらしいのだが――



「……先生は精霊と契約していたか? 私には感じ取れなかったのだが」

『それは妾も同じじゃよ。姿を隠している様子でもないし、精霊契約者ではなかろう。じゃが、何らかの方法で、妾のことを知覚しておる。それに、あの小動物もな』

「ふむ、あのぐー師匠という生き物か。母上が師匠と呼ぶほどだし、ただの動物と言うわけでは無さそうだが」



 昨日も観察してみたが、結局正体は謎のままだ。

 今朝も縁側にごろりと寝転がって日向ぼっこをしていた黒い毛玉。

 よくよく観察すれば手や脚のようなものも生えていたが、やはり奇妙なぬいぐるみにしか見えない生き物だ。

 しかし、そんな謎の生き物までもが、千狐の姿を見ていたと言うのか。



『あれは恐らく、使い魔じゃな』

「使い魔、と言うと?」

『簡単に言えば、魔法による契約を結んだ生き物じゃよ。基本的に生物ならばどのようなものでも契約を結ぶことが可能じゃが、両者の同意が無くてはならず、破棄することも簡単。よほど相性がよくなければ長続きはせんの』

「先生と、ぐー師匠が使い魔の契約を交わしているのか……一体いつからだろうな」

『さての。妾にも皆目見当がつかん。じゃが、あの女が永き時を生きてきたのであり、それに寄り添ってきたと言うならば、アレは間違いなく禁獣の類じゃろうな』

「やはり、普通の生き物ではないか」



 まあ、見た目からしてただの犬や猫ではなかったが。

 もしも、あの生き物が長年先生に寄り添って生きてきたのであれば、先生と同じく何かしら不思議な能力を持っていても可笑しくはない。

 敵ではないし、そこまで警戒する必要は無さそうではあるが――多少気にかけておくべきだろう。

 本当に、謎の多い人物だ。十年過ごす間に、色々と見えてくるとは思うのだが……あまり脇道に逸れ過ぎぬよう、気をつけなければならないな。


 ある程度のところでジョギングを切り上げ、井戸から水を汲み上げて軽く汗を拭く。

 井戸を使うなど初めての経験であったが、中々に筋力を使う作業だった。

 これは、日課のうちに含めていれば、多少訓練にはなるかもしれない。

 もう少し早く起きて、朝に水汲みの手伝いでもするとしよう。

 一連の仕事を終え、居間にて先生にそう言い出せば、彼女は嬉しそうに微笑みながら頷いてくれた。



「それは助かります。でも、大丈夫ですか、仁君? 水汲みは結構大変な仕事ですよ?」

「それぐらいでなければ、訓練になりませんから」



 体重の軽い今の状態であると、水を引き上げるのにもそれなりに苦労する。

 体を持っていかれぬよう、注意しながらやる必要があるだろう。

 井戸の中に落ちたら、私だけでは上がってこれないだろうしな。


 そんなことを考えている間に、朝食は並べ終えられる。

 昨日も感じていたが、先生の料理のレパートリーはそれなりに豊富な様子だ。

 だが、基本的に肉はない。このあたりで自給自足をしている以上、やはり肉を手に入れることが難しいのだろう。

 何せ一級の禁域だ。普通の食肉として使えるような生き物がそうそういるとは思えない。

 ともあれ、昨日と同じく畑の野菜や山で採れた山菜などをメインにした朝食が食卓に並ぶ。

 三人でそれに手を付け始めたところで、先生は私へと向けて修行の話を始めていた。



「さて、仁君。今後しばらくの修行計画ですが……貴方は、実戦座学両方含め、十年後までに特級魔導士の資格を取得することを目標としましょう」

「特級、魔導士。魔導士は、あの魔法院の資格制度の魔導士ですよね」

「そうよ、仁ちゃん。特級は、一級より更に上位の、全体でもごく僅かにしか存在しない最高位の魔導士資格。火之崎では……歴代で言えば、おおよそ宗家全員と分家当主全員が取得していたかしら」

「……そう言われると結構いる気がしますが、逆に言うと火之崎ですらそのぐらいの人数に限られてしまうわけですか」



 火之崎は、日本でも最大の戦力を誇る魔法使いの集団だ。

 そんな火之崎ですら、特級の称号はあの当主会議の面々だけに限られてしまうということになる。

 一般的に見れば、かなり難しい資格ということになるだろう。



「私も一応分家当主になる身ですし、取っておかなければならない訳ですね」

「絶対条件という訳ではないのだけど……仁ちゃんと分家当主の面々が対等であると示すためには、やはり取っておくべきでしょうね」

「ふむ……なるほど」



 一筋縄ではいかないだろう。だが、取っておくべきであるという点には納得できた。

 私の能力の証明は、そのまま火之崎の能力の証明にもある程度直結している。

 分家の当主となった以上、私が火之崎の足を引っ張る訳には行かないのだ。



「仁君もやる気になったみたいですね。仁君の場合、目指すのは甲種でしょうか?」

「精霊がいる以上、確定とは言えませんけど……仁ちゃんの場合、それが合っていると思いますよ」

「甲種、ですか? それと、精霊の力も含めていいんですか」

「ああ、順番に説明しますね」



 首を傾げた私に対し、先生はこくりと頷いて答える。

 とりあえず、魔導士にもなにやら種別がある様子であったが――



「魔法使いには様々なタイプが存在しますね? これをかなり大雑把に大別すると、戦闘系、補助系、特殊系の三種類になります。これを順に、甲種、乙種、丙種として分類しているんです」

「確かに、かなり大雑把ですね」

「まあ、これ以上細かくすると、管理が難しくなってしまうんですが……仁君の言う通り、ちょっと大雑把過ぎるきらいはありますね」



 これはつまり、特定の分野に特化して伸ばしたほうが良いということだろうか。

 逆に言えば、特級の資格を取れずとも、幅広く高い能力を有した魔法使いがいる可能性もある。

 あまり等級や種別を信用しすぎるのも良くないのかもしれない。



「しかし、特殊系と言われるとちょっとピンとこないのですが」

「んー……そうね。特級甲種だと私や宗孝さんが当たるわね。特級乙種は、先生がこれに当たると考えていいわ。特級丙種なんかは、久音様が該当するかしら」

「ああ、成程」



 彼女は補助系ととることもできるが、あの幻影などはかなり特殊な部類に入る魔法だろう。

 つまるところ、戦闘系にも補助系にも属さない魔法使いが特殊系に分類されると言ったところか。

 そう考えた場合、確かに千狐の力を使える私は、丙種に分類される可能性もある。

 だが、基本的には、私は母上の技術を学ぶつもりでいるのだ。戦闘系に傾くことは避けられないだろう。



「そして精霊についてですけれど、これも問題はありません。要は、『個人でどこまでの能力を発揮できるか』という点が審査されていますから。精霊契約者は、かなり高い確率で高位の資格を有していますね」

「成程……分かりました。確かに、私は甲種を目指した方が良さそうですね」



 そもそも、感応能力の低い私では、バリエーションの多い魔法を操ることはできない。

 イメージできるのは、母上のような近接戦闘型の魔法使いだけだ。

 それならば、甲種を目指すことの方がまだ現実的であると言えるだろう。

 己の中でイメージを固めて頷いた私に対し、母上は微笑みながら指を二本立てる。



「よろしい。それなら、ここでの修行で仁ちゃんが目指すべきは大きく二つよ。一つは、近接魔法戦闘を極めること。もう一つが、あの精霊魔法《王権レガリア》を使いこなせるようにすることよ」

「……!」



 後者の言葉を耳にして、私は視線を細める。

 これから先、家族を護れるほどの力を得るためには、《王権レガリア》の力を操れるようになることは必須だろう。

 確かに、あの力に頼りきりになることには抵抗がある。

 だがそれは、制御できぬ力を振りかざすことに抵抗があるのであって、己の意思で完全に操れるのであれば、その力を使うことに否はないのだ。

 だが――正直なところ、私にはあの力を制御しきる自信が無い。

 あの時、使った瞬間に感じたのだ。まるで、何かに操られているようである、と。

 果たして、あの力は制御できるようになる物なのか――まあどちらにしろ、挑まねば話は始まらないのだが。



「正直なところ……後者については、私もほとんど口出しができないわ。精霊魔法スピリットスペルの感覚は、精霊契約者にしか分からないものだから」

「それは……確かに。とりあえず、もっと魔力制御技術を高める必要があるとは思いますが」



 《王権レガリア》の力は、まるで激流のようにも感じる程のものだ。

 今の私はそれに溺れぬようにするのが精一杯で、とてもではないが乗りこなせるレベルではない。

 魔力制御能力を高めるのは急務であると言えるだろう。

 私の返答に対し、母上は同意するように頷く。



「その点については、近接魔法戦闘の修行過程で自然と高まっていくでしょうね。私もできる限り相談に乗るから、何か発展しそうだったら教えてね」

「私も精霊契約者ではありませんから詳しい助言はできませんが、何でも相談してください」

「はい、分かりました。ありがとうございます」



 世界で十指に入る魔法使いが二人、経験もかなり豊富だろう。

 私が一人で考えているよりは、かなり建設的な意見が出るはずだ。

 遠慮なく頼らせてもらうとしよう。



「後は、近接魔法戦闘の技術についてね。これに関しては、私がしっかりと見るつもりだから、安心してね」

「はい。これに関しては全面的に、母上と先生の指示に従います。ご指導、よろしくお願いします」

「律儀ですねぇ、仁君は」



 深く頭を下げた私に対し、先生は苦笑じみた笑い声を零す。

 実際のところ、大げさでも何でもなく、母上たちには一日どころではない長があるのだ。

 私の付け焼刃の知識など、有って無いようなものである。

 あの時、あの病院で私を救出した時に見せた、圧倒的なまでの戦闘能力。

 せめてあの背中が見える位置まで辿り着かなくては、何も始まらないだろう。



「それで、具体的にはどうするんですか? とりあえず、最初は魔法の基礎を?」

「んー……それに関しては、先生に座学で講義していただくつもりだったのだけど、大丈夫ですか?」

「ええ、そうですね。仁君の場合、実戦では当てはめづらい知識も多いでしょうから、そちらは座学をメインにしましょう。午後の実践演習は、朱莉ちゃんの得意分野についてですね」

「……と言うと?」



 そう私が問うと、母上はどこか得意げな表情で胸を張る。

 優美な大人びた姿にはイメージが合わない、けれど決して似合わないわけではない子供のような表情で、母上は告げた。



「私が最初にマスターした分野――すなわち、身体強化の技術についてよ」





















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