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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第3章 虹黒の従僕
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040:修行の地へ

第3章 虹黒の従僕サーヴァント











 首都圏――つまり、人間の生活できる区域を徐々に離れ、山林の広がる地域へ。

 日本は、周囲に禁獄が三つあることもそうだが、それ以外にも多くの禁域をその領土内に有している。

 中でも危険視される一級、二級といった禁域も多く、そういったものに近い地域は、人がほとんど暮らしていない地域となってしまうのだ。

 そんな中で、一部の例外として挙げられるのが、四大の一族の直轄地だ。

 四大の一族が監視に当たっている禁域の傍には、人が暮らす場所が存在する場合が多い。


 四大の一族とて人間である。補給が無ければ戦い続けることはできない。

 そんな彼らを支えるのが、禁域の周辺で集落を構える人々なのだ。

 無論、そういった人々に対しては、国からの支援も厚い。保険、給付金、その他諸々、かなり充実した条件の下で暮らしているようだ。

 人員が足りない場合には、魔法院の魔導士たちが出張として派遣され、集落で暮らすようになる。

 人命が掛かっている以上簡単な仕事というわけではないだろうが、暮らしているだけで給与が貰えるのだから、中々に楽な仕事なのかもしれない。


 車の外を流れているのは、そんな集落の風景だ。

 ちょっとした片田舎の様相を呈しているが、やはり人は少ない様子ではある。

 もとよりこの集落は、四大の一族の生活を支えるためのものなのだ。

 暮らしているだけでも金が貰えるのだから、農地を広げて大規模な生産をする必要性が無い。

 少々退廃的な雰囲気ではあるが、支えてもらっている側の手前、あまり文句も言うべきものではないのだろう。

 しかし――



「……母上。この先に、目的地があるのですか」

「ええ、そうよ。まずは近場の拠点に挨拶してからだけどね」

『この辺りで山篭り、とはのぅ』



 千狐の言葉を耳にして、私は乾いた笑みを浮かべる。

 私と母上は、山篭りの修行をするためにこの地にやってきたのだ。

 この先が目的地だというのならば、当然ながら篭る山も禁域に属することになるのではないだろうか。



「あの、母上。ひょっとしてですが――」

「あ、ごめんね仁ちゃん。質問は後。そろそろ到着するわよ」



 そう告げる母上の視線は、先ほどの私と同じように車の外へと向けられる。

 その先にあったのは、一軒の大きな建物だ。

 他の民家とは明らかに大きさの異なる、立派な門を構えた屋敷――とは言え、さすがに火之崎の本家とは比べるべくも無いが。

 門には本家と同じく、炎を象ったような家紋が刻まれており、それが火之崎に属する建物であることを伝えている。

 そして、その門の前には、まるでその屋敷の人間が勢ぞろいしているのではないかと錯覚するほどの人々が、綺麗に整列していた。

 若干不気味にも思えるその屋敷の前に停車し、車から降りる――その直後、整列していた面々は一斉に深く礼をしていた。



「ようこそおいでくださいました、奥方様」

「ええ、お元気そうで何よりです」



 代表して声をかけたのは、中央で待ち構えていた男性だった。

 どうやら、彼がこの拠点の代表となるようだ。

 周囲に並ぶ面々も含めて、感じる魔力は非常に強い。

 どうやら、その場にいる全員が、高い実力を有する魔法使いであるようだった。

 だが――



『若者もおるようじゃな、あるじよ』

『まあ、成人はしている様子だが……確かに、若者もそれなりにいるようだな』



 感じる魔力は確かに強いが、母上を前にして強く緊張した様子の者も幾人かいる。

 それが、並ぶ面々の中でも特に若い者達だった。

 年齢としては大学生程度か、それよりも少し上か――どちらにしろ、まだ経験も不足している若者といった印象だ。

 そんな若者たちがこの場にいるのは、まあ実際のところ多少の予想は付いている。

 恐らくは、実地研修のようなものなのだろう。

 学生の時分までは魔法使いとしての基礎を学び、禁域監視において実地での戦闘を学ぶ。

 中々にスパルタだが、確かに経験を積むことは可能だろう。



「では、案内しますのでこちらに」

「ああ、いえ。今日は急いでいますから。準備してもらったところを申し訳ないけれど、このまま出発します」

「は? しかし、それでは到着までに夜が更けてしまうのでは――」

「私なら問題ありませんから。一応、週に一度はこちらに顔を出しますから、報告はその時にお願いしますね」

「はあ……承知いたしました」



 駐屯している一族の者達からの誘いを断り、母上は軽く礼をして、私の手を引いて歩き出す。

 ここから先においては、どうやら車は使わないようだ。

 しかし――



「母上。先ほどの誘いは、別に受けていてもよかったのでは? 彼らも、妙な思惑があったわけではないようですが」

「ええ、まあそうね。別の一族という訳でもないし、普通に歓待してくれたと思うわ。でも、今はちょっと急いでいるから」

「急ぎ、ですか。今日中に到着しなければならないと?」

「そうよ。『先生』にも、今日中に到着するって言っちゃったのよ。引継ぎに時間がかかったせいで、ギリギリになっちゃったけど」



 母上は多忙な人間だ。当主夫人という肩書きは、決して伊達ではない。

 だからこそ、本家を長時間はなれるとなれば、引継ぎに苦労するのは当然である。

 まあ、母上の見積もりが若干甘かったということなのだろう。

 だが――



「……あの禁域の監視所を拠点として修行をするのかと思っていました」

「やーね、仁ちゃん。山篭りって言ったでしょ? ここはまだ山じゃないじゃない」

「いや、まあ……それはそうなんですが」



 まだ若干信じられない思いがあったため、そう問いかけてしまったが、やはり甘い考えだったらしい。

 流石に十年も――しかも、禁域の山の中で修行しながら暮らすなど、正気とは思えなかったのだが。

 母上に連れられ、火之崎の拠点を迂回するように進めば、見えてくるのは広大な森林地帯。

 そして、その森の先にあるのが、高く聳える山だった。



「仁ちゃん。そこに広がっている森が、《鎮守の膝元》と呼ばれる二級禁域よ」

「二級……いきなり二級ですか」



 等級の高さに思わず耳を疑いたくなったが、母上はどこまでも本気の口調だった。

 まるで庭を散歩するかのような気軽な口調であるが、二級禁域は、一級の魔導士が小隊を組んでようやく安定すると言われるほどの危険地帯である。

 五級にも満たない私が足を踏み入れれば、五分と経たずに禁獣の餌になることが目に見えているだろう。

 控えめに言ってかなり及び腰になっていた私に対し、母上はくすくすと笑いながら続ける。



「大丈夫よ。禁域の等級は、生息する禁獣たちの強さによって定められているわ。ここの禁獣たちは確かに強力なものが多いけれど、比較的大人しいから、危険度はあまり高くないのよ?」

「襲ってこないわけではないでしょう……それに、目的地は山と言いましたよね?」



 固い口調で問いかけながら、私は視線を上げる。

 ここから向かう山といえば、恐らく視線の先に聳えるあの山しかないだろう。

 二級禁域の中央に聳える山。それがまともな山だとは、私には到底思えなかった。



「そう、目的地はあの山よ。一級禁域、《鎮守の聖域》。火之崎が監視の任に当たっている、一級禁域のうちの一つね」

「……一級」



 禁獄を除けば、等級の最大値に達する危険領域。

 尤も、ある一定のライン以上は全て一級に属し、特殊な条件を満たさない限りは禁獄にならないため、一口に一級と言ってもその危険度は様々なのだが。

 だがどの程度にしろ、一級の魔導士の中隊ですら壊滅する可能性がある危険地域であることに変わりは無い。

 そんな場所で修行を行うなど、とてもではないが正気の沙汰ではないだろう。



「……母上、流石に一級は危険すぎるのでは?」

「大丈夫よ。私も若い頃はずっとあの山に篭っていたし、人だって暮らしているのよ? 生息している禁獣の大人しさは麓の森以上だから、安心して修行できるわ」

「すみませんが、どこに安心すべき要素があるのか分かりません」



 私の言葉に首を傾げる母上には見えないように嘆息しつつ、目的地となる禁域の山を見上げる。

 あのような場所に人が暮らしているなど、到底考えられないのだが……どうも、母上の言う『先生』とやらはあの場所に暮らしているらしい。

 若かりし頃、母上が修行の最中に世話になった人物らしいが……一級禁域に暮らす『先生』とやらは、果たしてどのような人物なのか。

 母上にものを教えるほどなのだ、よほどの猛者だと考えておいたほうがいいだろう。



『お主のご母堂は本当に無茶苦茶じゃのう……若い頃は一体何をしておったのか』

『さてな……土御門、地を司る四大の一族の分家出身だという話だったが』



 一族から放逐されたところまでは理解できるが、そこからどう流れればこんな危険地帯に足を踏み入れることになるのか。

 しかもその先で『先生』とやらに出会い、修行して、更には父上と出会って結婚――私もそれなりに濃密な経験をしてきた自覚はあるが、母上ほどではないだろう。

 母上の場合、流石に感覚が一般人とは異なりすぎて、どこまで信用していいのかが分からない。

 そんな風に思い悩んでいた私は、ふと気がつけば、ひょいと母上に持ち上げられてその背中に乗せられていた。



「うわっ、母上?」

「流石に歩いて行ったら夜になっちゃうからね。私が仁ちゃんを乗せて走るわ」

「まあ、それは確かにそうですが……」



 体力の無い子供の足で、あの山まで辿り着けるとは到底思えない。

 だが母上ならば、私を乗せたままでも余裕で到着できるだろう。

 母上は懐からおんぶ紐を取り出すと、手際よく私の体を背中に固定していく。



「ふふっ、仁ちゃんをおんぶする機会なんてなかったから、ちょっと新鮮だわ。朱音ちゃんも凛ちゃんもしょっちゅうやっていたんだけどねぇ」

「それは仕方ないですよ。私はずっと入院していましたから」

「ええ、だからこそ嬉しいの。宗孝さんから仁ちゃんとの触れ合いを奪ってしまったのは、ちょっと申し訳ないけれど……」



 私を背中に固定した母上は、そう言いながらしっかりと立ち上がる。

 私も母上の肩を掴んで、その肩越しに周囲の状況を把握できるように身を前に出していた。

 と、そんな私に対し、母上は軽い調子で声をかける。



「じゃあ仁ちゃん、行くからね。結構速く走るから、ちゃんと身体強化はしておくのよ?」

「は? は、はい!」



 一瞬言われた言葉の意味が判らず疑問符を浮かべるも、すぐさま母上の身体能力の高さを思い起こしてその言葉に従う。

 母上の場合、その気になれば目にも留まらぬ速さでの移動が可能なのだ。

 障害物が多い森の中では流石にトップスピードとは行かないだろうが、それでも高速道路を走る自動車をあっという間に抜き去るほどのスピードとなるはずだ。

 そんな衝撃を準備もなしに受けたら、流石にダメージを負ってしまうだろう。

 魔力を制御して己の身体能力を強化し、更に母上の背中に隠れるようにぴったりと張り付く。

 先ほどのように乗り出して顔などを出していたら、何がぶつかってくるか分かったものではない。



「大丈夫そうね。それじゃ、行くわよ!」

「は、い――――っ!?」



 瞬間――凄まじい衝撃と共に、周囲の景色が溶けた。

 体に掛かる強烈なGを魔力強化で耐えながら、私はあっという間に過ぎ去っていく森の風景に、ただ驚きを隠せずにいた。

 人が通ることなど考慮されていない、獣道すらない木々の生い茂る森の中。

 その中を、母上は一切スピードを落とすことなく駆け抜けていたのだ。

 木々の枝に触れるようなことは無く、生い茂る草はその魔力で塵へと変え、目的地へと向かってただ一直線に。

 そんな母上に対しては、禁獣が襲い掛かってくるような様子も無い。

 母上の言う通り大人しいからか、はたまた母上の実力に恐れをなしたのか、或いは単純にこのスピードに追いつけないのか――まともに進めばどれだけかかるか分からないこの森を、母上はほんの数分で踏破していた。



「仁ちゃん、山に差し掛かるわよ。いい景色なんだから!」



 流石に返事をする余裕は無いため、軽く母上の背中を叩いて答える。

 進む場所が徐々に平地から斜面へと変わってきていることには気づいていた。

 四十五度以上、普通に立てば壁にしか見えないような斜面をあっさりと駆け上がり、それどころか明らかに断崖絶壁といえるような崖すらもまるで冗談のように駆け上がる。

 背中越しに見える風景には、既に先ほどいたあの集落が小さく映っていた。



『ほほう、絶景じゃのぅ』

『修行して強くなれば、自力で見られるようになるさ』

『くふふ、ならば楽しみにしておくとしよう』



 私と繋がれている千狐は、風も圧力も気にすることなく周囲の景色を楽しんでいる。

 それを若干羨ましくも思うが、まるで図ったかのように、母上は強く跳躍して生い茂る木々を飛び越えていた。

 高く広大な山の風景。普通では見ることのできない景色に圧倒され――ふと、私は視界に入ったあるものに目を奪われていた。

 それは、木々の合間から見える湖。そして――その畔に立つ、一軒の大きな屋敷だった。





















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