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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第1章 灼銅の王権
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004:火之崎












 この世に新たな生を受けてから、私はひたすらに魔力の増幅を行ってきた。

 元々の容量が少なかったためだろう、私の魔力は限界まで使い切っても短い時間で回復する。

 それを利用しての魔力容量増加も、一ヶ月も続けていれば周囲の人間は慣れてしまった様子だった。

 頻繁に瀕死に陥るのは申し訳なかったが、慣れた様子で対処している辺り、もうそれほど不安は感じていないようだったが。

 ともあれ、そのような生活を続けて早三年――私は今も、病院の個室で生活していた。



「……なあ千狐、私はいつまで、この病室で過ごさなければならないんだ? いい加減、魔力は危険域ではないと思うんだが」

『言っておるじゃろう、我があるじよ。お主が妾の力をまともに使いこなせるようになるまでじゃ。今の魔力では足りんぞ?』



 ふわふわと空中に寝転がるように漂いながら、千狐はひらひらと手を振ってそう答える。

 今現在、私の持っている魔力容量は、既に私に本来与えられるはずだった魔力量を超えている。

 千狐の表現する数値でいえば、およそ700と言ったところか。

 未だ、我が双子の姉が生まれながらにして持っていた魔力量を超えていないが、それでも一般的な赤ん坊の持つ魔力量が100だと考えると、既に生命の危機は脱しているはずである。

 魔力量を増やす修行を止めるつもりはないのだが、それでもこの病室で過ごさなければならない訳ではないと思うのだが。

 だが、千狐はそれを認めなかったのだ。



『この部屋は、あの保育器と同じように魔力を回復しやすい環境となっておる。ここにいられる間に、可能な限り魔力容量を伸ばすことじゃ。まだ限界は来ておらぬのだろう?』

「まあ、まだまだ増やす余裕はあるようだが……千狐の力は、一応使えるだろう? 確かに、使いこなしていると言うほどではないが」

『確かに、お主も妾の《掌握ヴァルテン》はそれなりに扱えるようになってきておるし、そちらについてはあまり心配しておらん。だが、もう一つ、お主と妾の切り札は、今の魔力量では全く足りんのじゃよ』



 魔法の練習をするに当たり、私が使っていたのは千狐の精霊としての力である《掌握ヴァルテン》だった。

 どちらかと言えば感覚的な力であり、自分の肉体や魔力に関して、正確に把握することができるようになったのだ。

 私の魔力操作の上達や、幼いながらも自在に体を動かせるのは、これを練習代わりに使っていたためでもある。

 今では、この力がなくとも細かく魔力を操作できる自信はあるが、技術の習得には持って来いの力であるため、日常的に愛用しているところだ。

 正直、精霊魔法スピリットスペルとしては大人しい力であると思っていたのだが――千狐曰く、彼女にはもう一つの力があるらしい。

 それが彼女の、そして私にとっても切り札になる力である。そう、千狐は自負しているのだ。



『分かっておるじゃろう。お主の一族はこの国でも屈指の魔法使いの大家。護国四家、《四大の一族》の一角であり、純粋な戦闘能力のみを見れば頂点に君臨している『火之崎』じゃ。生半な力では、生きて行けぬ世界じゃぞ』

「私が厄介な身の上であることは十分承知しているが……生まれてこの方病室で生きてきた身では、実感しづらい。私の知識がえらく偏ってきている実感があるぞ?」



 何しろ私が仕入れることの出来る情報は、千狐が齎すものと、たまに見舞いに来てくれる母上たちの話だけなのだ。

 この世界の常識や、魔法使いとしての基礎知識は得ることが出来たが、それ以外に関する知識はほぼ無きに等しい。

 何しろ、それ以外はひたすら、己自身の力を高めることだけに集中してきたのだ。


 今この環境が、他から邪魔をされず、ゆっくりと力を蓄えるのに適した環境であることは事実だ。

 だからこそ、私は千狐の――精霊の存在を明かさず、魔力の放出も原因不明のものとして扱ってきたのである。

 その結果として、魔力を放出して危険に陥ったとしても、即座に対処できるようにするため病院に置かれ続けているという訳だ。

 私としては、少々慎重すぎるのではとも考えていたが、千狐はかなり現状を警戒しているらしい。



『良いか、あるじよ。お主を転生させた妾が言うのもなんじゃが、お主のその身の非才っぷりは洒落にならん。ごく一般的な家系に生まれていたのならばまだしも、国の頂点に近い家系では危険にもほどがある』

「……そこまで言うほどか」

『お主のご母堂と上の姉君が甘すぎるのじゃよ。甘やかしおって、お主に現実を見せておらん』

「まあ、私の前世を知っているお前と違って、母上たちは私を幼子と思っているからな」



 前提が異なる以上、そうなるのも当然と言えば当然だろう。

 私が親としての視点から考えても、子供にそのような話をするとは思えない。

 だが、千狐は現状に対して憤りを覚えるほどに危険を感じている様子だった。



『魔力容量が少なかったことについては、まあ後からでも修正は利く。じゃが、お主には『火之崎』として重要な魔力感応能力、加えて火属性に対する適正が低すぎるのじゃ!』

「……まあ、それは、な」



 思わず乾いた笑みを浮かべながら、指を突きつける千狐の言葉を受け止める。

 魔力感応能力とは、即ち体外に放出した魔力を操る才能だ。魔法を遠くまで飛ばすには、この才能が重要となる。

 だが、私にはこの才能が致命的と言えるほどに欠如していたのだ。

 元々、体から遠く離れたものを思い通りに動かすと言うのは、感覚的に違和感が強い。

 前世でも、ラジコンカーやラジコンヘリはすぐに破損させてしまうため、殆ど触ったことはなかった。

 そして何よりも問題なのは、この才能は後天的に伸ばすことが出来ないと言うことだ。

 魔力制御能力である程度までは補えるのだが、それでも私の力では体から5メートルほど離すのが限界。

 とてもではないが、炎による制圧戦闘を得意とする『火之崎』として生きていけるレベルではない。


 加えて、私は火属性に対する適正がそれほど高くはない。

 尤も、決して皆無というわけではないのだが。

 この世界において、魔力属性の適正は瞳の色として現れる。

 事実、二人居る私の姉は、どちらもルビーのように真っ赤な瞳をしていた。

 だが、私の瞳の色は赤褐色――赤の色の薄い、茶色の瞳だ。

 属性魔法を使ったことはないため、どれほどのものなのかは分からなかったが、それでも『火之崎』には適さないだろう。



『お主は強くなるのじゃろう。じゃが、今の状態では、例え精霊を使えたとしても上り詰めることは難しい。価値を見出されていない今だからこそ、力をつけることが出来るのじゃ』

「逆に、精霊を持つという価値を見出されれば、利用価値が生まれてしがらみが多くなる、というわけか」

『いつまでも隠し通すことは難しいじゃろう。しかし、限界まで隠し通し、その間に妾の持つもう一つの力を使えるようになれば……ただ利用されるだけの存在にはならずに済むはずじゃぞ』



 今の私の周囲には、ごく狭い世界しか存在していない。

 入ってくる情報は限られており、判断に足る要素を得ることは難しい。

 結局、私は千狐が仕入れてくる情報を元に先を選ぶほかないのだ。

 尤も、決定権は私にある。この体を動かしているのは私であり、例え宿っていたとしても、千狐には手出しできないのだから。

 だからこそ、私は考える。果たして、どのようにすればよいのかを。



「……だが、あまりここにいすぎても、火之崎から排除されると言う可能性はあるのではないか?」

『お主は仮にも火之崎の姓を持つ者。つまり、火之崎の当主一族に連なる者じゃ。そう簡単に手出しをできるわけではない……ご母堂がああもお主に甘い様子ではの』



 くつくつと笑いながら、千狐はその視線を病室の扉のほうへと向ける。

 そんな彼女の様子に状況を察した私は、ベッドに腰掛けた体勢をやめ、ベッドの中に入り体を起こした状態へと移動する。

 そしてその直後、病室の扉はゆっくりとスライドし、その向こうから三人の人物が姿を現した。



「こんにちは、仁ちゃん。元気かしら?」

「やっほー、仁」

「じん! またおきてる!」



 部屋の中へと入ってきたのは、三人の女性。

 最も目立つのは、鮮やかな赤い着物に身を包んだ、絹のような黒髪の女性だろう。

 女性にしては少し長身であることも含め、その美貌と濡れたようにも見える黒髪黒目は非常に目を引く。

 この女性が、私の母親である火之崎朱莉あかりだった。

 千狐曰く、途方もないほどの実力者とのことだったが、今の私にはその実感がない――私にとっての彼女は、とても子煩悩な母親なのだ。

 今も彼女は、娘の手を引きながら、私に対して一切の曇りのない慈愛に満ちた視線を向けている。



『……このような母親が世に満ちていれば、ああも救いようのない事件は起きないのだがな』

『昔のことを忘れろとは言わんが、引き合いに出すような相手ではないぞ』

『分かっているさ』



 千狐の言葉に、表情には出さぬように胸中で苦笑して、私は母上が繋ぐ手の先へと視線を向ける。

 部屋に入ってきた三人の女性。内二人は、小さな少女なのだ。

 母上が直接手を繋いでいるのは、私の上の姉である火之崎朱音あかねだ。

 烏の濡れ羽色の髪は変わらず、だがその瞳はルビーのように紅に輝いている。

 これは、彼女がこれ以上ないほど火の属性に対して適性を持っている証である。

 八歳と幼いながらも整った容姿は、将来を期待させるには十分すぎるほどであった。


 そして、そんな朱音に手を引かれ――そして今、その手を離して私のそばへと駆け寄ってきたのは、私の双子の姉である火之崎りんであった。

 朱音をそのまま小さくしたかのような、幼いながらも強い存在感を放つ少女。

 双子とは言え、私とはそれほど似ている印象はないだろう。二卵性双生児なのだから無理はないだろうが。

 そんな彼女の一番の関心ごとは、入院しっ放しであまり会えない双子の弟である私だった。



「じんは体がよわいんだから、ちゃんと寝てる!」

「凛は心配性だな……今から寝ていたら、夜に寝られなくなってしまうよ」

「だめ、ちゃんとベッドに入って!」



 必死に手を伸ばしながら私をベッドに横たえようとする彼女に、私は苦笑しながら従う。

 どうやら、凛は私のことを、『護らねばならない弱い存在』であると認識しているらしい。

 この子の私に対する態度は妙な義務感というか、使命感に満ち溢れている。

 まあ、原因不明の病で日に一度は魔力をギリギリまで放出してしまう子供は、どれほど心配してもし足りないのは事実だろう。

 退院した方がいいのではないか、と思った一番の原因は、この凛の態度なのだ。

 体は全く問題はないし、魔力の放出も不可抗力ではないのだが……こうも心配されてしまうと、どうにも気が引けてしまう。

 ベッドの中に入り、凛の手によって布団までかけられたところで、くすくすと笑う母上が声をかけてきた。



「仁ちゃん、最近はどう?」

「あまり変わりません。調子は良くなってきていますけど、一日に一度苦しくなるのは……」

「そう……あと仁ちゃん、いつも言っているけど、敬語は要らないのよ?」

「う……はい」

「そこは『うん』でいいんだけどなぁ」



 頬に手を当て困った様子で呟く母上に、私は言葉を返せず口を噤んでいた。

 彼女が母親である、という風には認識している。

 だが、こうも若く美しい彼女に対しては、そう簡単には馴れ馴れしく接することが出来なかったのだ。

 それに、私は彼女のことを尊敬している。そのため、どうにも無意識に敬意をもって接してしまうのだ。

 何故なら、瞳を見れば分かるように、母上は私と同じように――否、私以上に属性魔法に対する適正がない。

 しかしそれでもなお、彼女は火之崎の当主夫人という座に収まっているのだ。

 それがどれほどのことなのか――今の私には、想像すら難しい。



「それで、母上。何か特別な用事でも? 今日はいつもの曜日ではないようですが」

「もう、言葉を覚えたと思ったら敬語なんだから……今日はね、仁ちゃんに嬉しいお知らせがあって来たのよ」

「お知らせ。それは、一体どんな?」

「ふふふ……何と! 仁ちゃんに、時間指定での院内外出許可が下りました! はい、拍手!」



 嬉しそうに笑いながら、母上は娘二人を伴って拍手する。

 しかしそれを受け、私は若干の困惑を隠せずに居た。

 現在、私は医者の許可がなければ、院内のこのフロアから出ることを許されていない。

 仮に出ることがあったとしても、それはリハビリルームを活用した軽い運動程度のものだけだ。

 私の患っている難病(と思われるもの)に対しては、それ以上に有効な手立てが存在しないのだから、無理もないことではある。

 医者の目のないところで魔力放出が起きれば、命に関わる可能性もあるのだから。

 だからこそ、今回の許可には困惑せざるを得なかったのだ。

 ――そんな私の考えを読み取ったのか、母上は軽く笑って声を上げる。



「本当に仁ちゃんは賢いわね。でも、大丈夫よ。仁ちゃん、最近の貴方の魔力放出は、おおよそ夜の八時から十時ごろ、一日に一度だけ起きるということが統計から保証されたの。だから、貴方は夕方五時までに部屋に戻ることさえ約束してくれれば、外出してもいいと許可が出たのよ」

「……なるほど」



 どうやら、医者に混じっていた研究者達は、随分と私のことを観察していたらしい。

 とは言え、そのおかげで外に出られるようになるのだから文句はない。

 私としても、存分に体を動かし、魔法の練習が出来る環境が欲しかったのだ。



「でもお母様、いいの? 仁が一人で出歩くなんて」

「じんがひとりで!? だめ、そんなのだめ!」

「ふふ、大丈夫よ。きちんとお世話をしてくれる看護師さんがついてくれるから」



 ……まあ、流石に監視無しとは行かないだろう。

 それでも、外に出られるようになっただけで十分だ。

 胸中で頷き、私は無邪気そうな笑顔を浮かべたまま、今後の予定を練っていたのだった。





















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