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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第2章 白霧の迷宮
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033:次代へと向けて











「水城と、火之崎。その歴史は、四大の一族という枠組みが出来た時よりも更に数百年前まで遡る」



 水城久音の言葉は、この会議の場に朗々と響く。

 それはまるで歌でも歌うかのように、自然音がごとく溶け込む彼女の言葉は、私たちに言葉を告げる。

 このような日常的な動作にすら、その魔力の影響を及ぼしているのであれば、彼女の成しえた術式制御とは一体どれほどのものだというのか。



「だが、この四大の一族という枠組みができてから、我等が一族総出で直接対決をしたことはない」

「私たちは護国四家。当然のことです、私たちが互いに潰し合っては、私たちの存在の意味などなくなってしまう」

「そう、お前さんの言う通り。だからこそ、水城と火之崎は極力干渉を避けてきた。顔を合わせりゃ喧嘩になるからねぇ」



 面白がるような声音であるが、父上とこの水城久音を知った以上、冗談では済まされない話だ。

 両者が直接対決でもしてしまえば、周囲は更地になるだけでは済まされないだろう。

 以前の対決では、一体どれほどの被害が発生したのだろうか。

 興味もあるが、知るのも怖い――何とも、複雑な心境だ。



「しかし、枠組みができる前は、一族同士の抗争も日常茶飯事だった。その悔恨は、未だ深く溝を残しておる」

「……ですが、数式魔法カリキュレートスペルが生まれ、魔法というものがより国民にとって身近となった今の時代、その考え方も随分と前時代的なものです、先代」

「ひひひっ……無論、老害の戯言であることは否定せんよ。どちらの術式が優れているかなんぞ、競い合ったところで仕方のないことだ。だが……そこまで積み重ねてしまった事実は消えないんだよ、静久」



 あの不気味な笑い声を交えながら、久音はそう語る。

 だが、その声音の中には、僅かながらの後悔が滲んでいるようにも感じられた。

 或いは――老人特有の、懐古と疲弊の交じり合った感情だろうか。

 以前の私と、或いは今の私と同じような、そんな感覚だ。



「かく言うあたしも、典型的な古い水城の人間だ。今だって、宗次朗の大莫迦者と顔を合わせたら、二言三言で殺し合いに発展しかねんさ」



 少し大げさではあるがね、と付け加え、久音は笑う。

 確かに、その言葉は、どこか大仰なもののようにも感じられた。

 彼女が祖父と敵対的であることは事実なのだろう。

 だが、その言葉の中には、殺し合いに発展するというほどの憎悪を感じ取ることはできない。

 長い時間で昇華されてしまったかのような、そんな磨耗を感じさせる言葉だ。



「全く……正面から戦えばあたしのほうに軍配が上がっていたんだがねぇ。まさか次の代になって、こんな怪物がいくつも生まれるとは、流石に想像もできなかったよ。ひひひっ」

「言いすぎですよ。確かに、火之崎が代替わりする前までは……久音様が当主を務めていた時代は、水城が四大の一族の筆頭となっていましたが」

「水城の力が以前から落ちたわけじゃないよ。だが……流石に『十秘蹟』が二人も生まれちゃ、火之崎には譲ってしまうさ。あたしとて、十秘蹟には届かないからね」



 聞きなれぬ単語に、私は目を瞬かせる。

 胸中に疑問符を抱きながら千狐と目配せをするも、生憎と彼女もその単語には聞き覚えが無い様子であった。

 が――それを察したのか、鞠枝が小声で私に付け加える。



「仁様。十秘蹟とは、この世界で最も高い実力を持つ十人の魔法使いに与えられる称号です」

「世界のトップ10、ですか。そのうちの二人が火之崎に所属する……というより、父上と母上がそこに入っているということですか?」

「はい。十秘蹟第四位、《天焦烈火》火之崎宗孝、十秘蹟第五位、《黒曜の魔女》火之崎朱莉。このお二方は、紛れもなく世界で五指に入る魔法使いです」

「それは……確かに、序列に大きな影響を与えたでしょうね」



 言ってしまえば、突然変異のようなものだ。

 いつの時代であろうとも、天才というものは唐突に現れ、周囲に巨大な影響を及ぼしていく。

 数式魔法カリキュレートスペルの出現も含め、魔法という文明そのものが大きな変革を迎えようとしているようにも思えた。

 その特に大きな波の中を生きてきた魔法使いは、どこか自嘲じみた笑い声を零しながら続ける。



「ま、悔しい思いもしたが、あたしもすっかり年をとった。老人になるとね、あまり広い世界には視野を向けられなくなるもんさ。小さく纏まるつもりもないが、こればっかりはね」

「先代、我らは――」

「ともかく、だ。そこの坊主のことを気に入った連中も多いが、水城に取り込むだけでは何も変わらん。我らは護国四家。国防装置として、国民を護るための方策を練らねばならん」



 その言葉には、重い響きがあった。

 鉄の如き、硬く強い響きが。清流の中であろうとも、決して動くことのない巌のように。

 その言葉に同調するかのように――静久は、その蒼い瞳で母上を射抜く。



「今の先代の言葉が、水城当主としての私の想いです。我らの間には溝がある。だが、我らが護国四家である以上、いずれはその溝を埋めねばならない」

「敵対関係を解消したい、ということですか。同意はしますけれど、難しいと言わざるをえないでしょうね。私たち以外の・・・・・・火之崎が足を踏み入れただけで、拒絶反応を起こすのですから」



 そう返す母上の言葉には、どこか揶揄するような色が含まれていた。

 先ほど、自分たちが火之崎とは縁が薄い存在だと言われたことを根に持っていたのだろうか。

 対する静久は、母上の言葉に対して肩を竦めて答える。



「現状の水城と火之崎がどうであれ、将来的に歩み寄らねばならないことは事実です。いつまでも棚上げしておくべき問題ではない」

「だが、普通に歩み寄ろうとしたところで、上手くいかないこともまた事実」

「ええ。だからこその、折衷案です」



 その言葉と共に、場の視線が、一斉に私へと集中する。

 思わず仰け反りそうになるのを堪えてぐっと視線を返せば、静久は僅かに目を見開き、私に感心した視線を向けていた。

 どうやら、その折衷案とやらが私に関係しているらしい。

 今回私がここに呼ばれたのも、それに関わることなのだろう。



「そこな坊主と、うちの孫。無垢な子供たちが結んだ縁が、あたしたちに打開策を生み出した。中々、浪漫のある話じゃぁないか」

『くふっ、くははははっ、無垢な子供といわれておるぞ、あるじよ!』

『縁のない言葉であることは自覚している、黙っていてくれ』



 空中で笑い転げる千狐の姿に半眼を向け、即座に逸らす。

 元々着物を着崩したような格好をしているのだ、ああも暴れられると局部まで丸見えになってしまう。

 まあ、姿が子供であるから、別段どうというわけではないのだが、流石に直視し続けるようなものではない。

 もう少し、姿には気を遣ってもらいたいものではあるのだが、五年間言い続けてもこれなのだ。



「あの宗次朗の莫迦は、水城の側の引き抜きの動きを読んで先手を打った。まあ相変わらず、鼻だけは利く男だよ。当主会議に名を連ねさせたということは、そこな坊主は既に火之崎の分家当主としての地位を持っている」

「……!」



 久音の言葉に、私は目を見開く。

 半ば予想していたことではある。あの場に名を連ねることを許されるということは、火之崎の中でも相応の地位を有しているということになるからだ。

 どうやら、祖父はそこまで無理を通してでも、私という戦力を求めていたようだ。



「――だがまあ、そこまでの動きは予測済みだ。まあ、企みは潰してやりたい所だったが、水城と火之崎にとっての益を考えれば、むしろ便乗したほうが良かったのでね」

「……それが、久音様の判断ですか?」

「ああ。乗ったって構わんと思ってるさ――新たな分家の設立って奴にね」



 つまり――私が、新たな分家の当主へと、その創始者へとなる。

 確かにそこまでは予想していたのだが、また随分と、それも私が思っていたものの倍以上に話が大きくなっている。

 どうやら、水城の側からも、私が新たな分家を築くことには同意してくれるようだ。

 だが、それのどこに、水城の側への利点があるというのか。

 今のところ、私を分家当主に据えたのは、他からの引き抜き工作を防ぐための方策だ。

 むしろ、水城にとっては不利益――とまでは言わないが、益の無い話であるようにしか思えない。

 そんな私の疑問は、次に笑い混じりに放たれた久音の言葉によって氷解することとなった。



「うちの初音と、そこの坊主。二人を婚約者として、新たな分家を作る。水城と火之崎、その中間に立つ分家をな」

「つまり、両家への橋渡しを生業とする分家……確かに、歩み寄りの第一歩にはなるかもしれません。ですが、水城の者達の了解を得られるのですか?」

「そこはまぁ、あたし次第ってところだねぇ。そういう火之崎の方はどうなんだい?」

「宗孝様の決定ならば、分家の者たちは従います。火之崎において何よりも重要視されるのは力です。宗孝様に逆らうようなことはありえません」

「ハッ、そちらも大概だねぇ。ま、御しやすいようで結構なことだよ」



 久音と母上がそう言葉を交わすが――その言葉の大半は、耳を通り抜けてしまっていた。

 私と初音が、婚約? まさか、そのような形で水城にとっての益を生み出すとは。

 確かに、初音のことは嫌っていない。初音に好かれているという自負もある。

 だが、流石にそこまでは話が飛びすぎだ。いきなり婚約者といわれても、実感できるはずもない。



『こうなるとはのぅ。どうするつもりじゃ、あるじよ』

『……流石に、いきなりすぎて考えが纏まらない。火之崎も水城も大きい家ではあるし、そういうこともあるのだろうが……』



 困惑を隠せない。だが――決して、初音に対して忌避感があるわけではない。

 問題があるとすれば私自身だ。未だ過去を引きずり続ける私に、あの子に対して婚約者として接する真似ができるのか。

 私は……考えないように、していたのだろう。

 火之崎にある以上、いずれは妻を娶り、子を成す必要があった。

 だが、過去に囚われた私にとって、それはかつての過ちと対面し続ける行為に他ならない。

 私に出来るのか? 或いは、それが罰だというならば――



「――けれどまぁ、周囲の連中を黙らせるにも色々と必要だよ。例え、あの子が望んでいたとしてもね」

「……初音が、私を?」

「ようやく喋ったね、坊や。宗次朗か宗孝に何か言い含められたかい? まあ、それはどうでもいいが……お前さんの言う通り、初音はお前さんを望んでいる」

「それは……あの子には、私しかいませんでしたから」

「確かに、それは否定せんよ。だが――たったそれだけの薄っぺらい言葉で、このあたしがこんな言葉をかけると思うのかい、坊や」



 重い響き。鉄のような、鋼のような――水によって削られることのない、巌のような。

 自然、私は息を飲む。父上の威圧を前にしたときとも違う、静かに包まれていくような威圧感。

 これまでもずっとあった、自然で不自然な感覚。それが、更に強まって私を包み込む。

 理解する。この怪物は――私のことをずっと見ていたのだと!



「あの子は言った。お前は強い、お前は誰よりも強い――だから、たった一人で行かせたくはないと」

「――――ッ!」

「お前さんも大概だが、餓鬼の言葉じゃぁない。あれは、覚悟を決めた女の言葉だ」



 あの子は、見ていたのか。私を、私の背中を。

 あの時、《王権レガリア》に全てを捧げようとした私の背中を。

 そして、それでもなお、そのような言葉を口にしてくれたのか。



「だから、見極めさせてもらおうじゃないか。女が覚悟決めたんだ、お前さんも相応の決意を見せてみな。タマついてんだろ? 気張りな、坊や」

「久音様、貴方、まさか――」

「先代、それは――!」



 ――言葉が、遠く揺らぐ。境界が、曖昧になる。

 これは、何だ。何かが、私を。


 甘い――


 藤の花の、香りが――――





















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