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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第2章 白霧の迷宮
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031:水城の屋敷へ











 車に揺られながら、火之崎の屋敷を出発する。

 乗っている車は、黒塗りのリムジンだ。揺られとは言ったものの、実際のところ車内の揺れはほとんど感じない。

 前世を含めて、これほどの高級車に乗った経験はほとんどないが、やはり元の造りから違うのだろうか。

 やたらと広いこの車内のスペースに、乗っている人間は母上と鞠枝、そして私だけだ。

 運転手がいるスペースは区切られており、互いに直接は干渉できないようになっているようだ。



「母上、水城の屋敷はどの程度はなれているのですか?」

「そうねぇ……今日の交通状況なら、二時間ぐらいかしら」



 その言葉に、私は小さく頷く。

 遠いとも近いとも言いがたい、微妙な距離だ。

 まあ、今日は比較的道路も空いている様子のため、それなりに離れていると考えるべきだろう。

 それでも、日本に四つだけの大家と考えると、中々近いような気はするが。



「思ったより近いのですね、母上」

「そうねぇ。昔は、本拠地ももっと離れていたのよ? 火之崎の本拠地だってあそこじゃなかったのだし」

「移転してきたのですか……前はもっと地方だったと?」

「そうよ。と言っても、私たちが生まれるよりももっと前の話だけど。昔は、地方での仕事がメインだったみたいだからね」



 恐らく、それは禁域監視の仕事を指しているのだろう。

 火之崎を初めとした四大の一族は、禁域を監視することを――そして禁獄を抑えることを主な仕事としていた。

 だとすれば、火之崎が居を構えていたのもそういった危険地域に近い場所だったはずだ。

 だが、今はこの首都圏内に、火之崎も水城も本拠地を置いている。

 何かしら、体制が変化してきたと言うことなのだろう。



「どうして、今の場所に移ってきたのですか?」

「私たちの仕事に、精霊府の守護が含まれるようになったからね」

「精霊府? と言うと……あの精霊府ですか」

「勉強してるのね、仁ちゃん。感心感心」



 この国には、魔法に関する国家機関が二つ存在している。それが、《魔法院》と《精霊府》だ。

 扱いとしては省庁と同じものだが、国内における魔法技術や魔法に関する制度は、魔法院が一手に引き受けて制度を作っている。

 以前に婦長も言っていたが、魔法使いとしての資格を認定しているのも魔法院だ。

 一定の能力、技術を示すことにより、魔法使いとしての等級認定を受けることができ――そして、その認定を受けたものを《魔導士》と呼ぶ。

 日本における魔法使いの在り方を形作っているのが魔法院だ。


 だがそれに対し、精霊府が国の運営に関わることはほとんど無い。

 精霊府が行うことは唯一つ。この国の要であり、この危険地帯にありながら日本が他国の領土を求めぬ理由。

 土着の大精霊、守護精霊《八尾やお》を守護することこそが、精霊府の役目なのだから。



「……つまるところ、四大の一族が首都圏に集まってきたのは、精霊府を……大精霊を守護するためと言うことですか」

「そうね。と言っても、私たちは追加戦力。精霊府には独自戦力があるから、あまり助力を求められることは無いけれど……いざと言う時のために、四大の一族の力を求めやすいようにしているのよ」



 慎重に慎重を重ねるような、そんな体制だ。

 そもそも、魔法院は精霊府の下位機関であり、拠点も近い場所に存在しているはずだ。

 戦力を求めるのであれば、魔法院からの方が圧倒的に早い。

 しかし、その上で四大の一族までも守護に置いているということは――それだけ、精霊府がこの国にとって重要であることを示唆している。

 私も、今は四大の一族の末席。いずれは、精霊府とも関わることがあるのだろうか。

 ……あるにしても、かなり先の話になりそうではあるが。



「まあとにかく、水城の屋敷が近い場所にあるのはそんな理由ね」

「なるほど、勉強になりました」



 まあ、あまり距離があるようであれば、午後から出発ということはなかっただろう。

 窓の外の景色を眺めながら、私はぼんやりと物思いにふける。

 思い返せば、こうして外に出た経験は、この世界に生まれてから一度としてない。

 これまでずっと病院の敷地内か、火之崎の敷地内のみで暮らしていたのだ。

 こうして外を見ていれば、やはり多少は新鮮味を感じるものである。



『あまり、前世の景色とは変わらないな』

『確かにそうじゃな。まあ、ここはあの世界の可能性世界の一つではあるし、当然と言えば当然じゃが』

『可能性世界?』

『パラレルワールド、と言ってもお主には分からんか。簡単に言えば、お主の前世であるあの世界に、『魔法が存在したら』という可能性の世界じゃよ』



 確かに、以前も同じことを考えたことはある。

 つまり、もしも前世の世界に魔法と言うものが存在したら、このような歴史を歩んでいたのだろう、と言うIFの世界だ。

 尤も、禁域や禁獣の影響で、歴史の歩みは大いに異なっている様子ではあるが。

 それでも、科学技術的な差はそれほど大きくはないのか、窓から見える風景はあまり変わらない。

 まあ、少々近未来的というか、都市開発の真っ只中、と言った印象も受けるが。



『いずれは、自由に見て回りたいものだな』

『そうするには、お主はまだまだ弱すぎるがの』

『自覚はしているさ』



 病院の時のように、私を狙ってくる人間がいないとも限らない。

 そのときに、最低限でも己の身を護れなくては、家族に危険が及んでしまう。

 自らの身を護れる程度の実力を手に入れるまでは、火之崎でしっかりと修行に励むとしよう。

 車が高速道路に入っていくのを見届けながら、私はぼんやりとそう考えていた。











 * * * * *











 車が停車する。窓の外に見えているのは、火之崎の屋敷にも似た立派な門構えの屋敷だ。

 運転手によって開けられた扉からはまず鞠枝が外に出て、そしてエスコートするかのように母上へと手を差し伸べる。

 鞠枝に手を引かれながら外に出る母上へと続けば、水城の敷地を区切る門と外壁の全容が明らかになった。



『あるじよ、《掌握ヴァルテン》を使って見渡してみよ』

『千狐? ああ、やってみるが……』



 言われるがままに《掌握ヴァルテン》を発動し――私は、思わず驚愕に目を見開いていた。

 外壁、門、そこに使われている建材の全て。それらに、隠密性が高く非常に緻密に入り組んだ術式が張り巡らされていたのだ。

 火之崎で使われていたのは、強固ではあるが普通の防御結界だったが、これは違う。

 私では読みきれないほどに複雑化された、超高度な魔術式の数々。

 これが、特色の違いとでも言うべきか――火之崎の場合、敵が来ることをそれほど拒んでいるわけではないのだ。

 防御結界は全域に張り巡らされてはいるが、それを破れる敵であればむしろ歓迎するとすら言わんばかりの姿勢である。

 だが水城の場合、この結界術式には恐らく無数のトラップが仕掛けられている。

 どのような効果があるのかは全くと言っていいほど読み取りきれないが、正規の手段以外で侵入しようとすれば、碌なことにはならないだろう。



『……これが水城か。特色も全く違うのだな』

『入り口からこれじゃからな。中に入ったら、どれほど驚かされることか』

『少し楽しみだな』



 千狐の言葉に小さく笑い――そして、それとほぼ同時に、閉ざされていた巨大な門が開く。

 連動するようにいくつもの術式が動いているのを感じながらも、私はその奥にいる人物に目を取られていた。

 現れたのは、まだ少年の域を超えぬ程度の年頃の人物。

 だが、表情には冷静な知性の色が見え、そしてその瞳はまるでサファイアのように蒼く輝いている。

 その容姿は、どこか初音にも似通ったもののように感じられた。



「ようこそおいでくださいました、火之崎当主夫人」

「お久しぶりですね、水城の次期当主殿。壮健なようで何よりです」



 なるほど、彼が水城の次期当主――火之崎で言えば、姉上と同じ立場にある人物か。

 幾人かの従者を従えている彼は、私と鞠枝を一瞥した後、どこか柔和な笑みを浮かべて声を上げる。



「会議が始まるまでには、しばし時間があります。客間までご案内しましょう」

「ええ、お願いしますね」



 母上が頷くと、水城の次期当主は恭しく礼をして歩き始める。

 まさか、次期当主が直々に道案内とは、少し意外ではあった。

 それだけ相手を尊重していることを示しているのか、或いは度量を見せ付けているつもりなのか――火之崎と水城の関係から言っても、後者である可能性は高いと思うが。


 門を潜り、水城の敷地内に入れば――まず感じたのは、甘い花の香りだった。

 これは藤の花だろうか。甘い蜜のような香りが、門を入ってすぐのところにまで広がっている。

 先ほど外にいる間は感じなかったが、これは結界によって押さえられていたと言うことだろうか。

 周囲の景色は、火之崎とはまた異なった様相だ。

 火之崎はどちらかと言えば実用性を重視しているが、こちらはもっと水や植物が多く、自然と調和した庭園となっている。

 花の香り、水の音、すべてが調和されていて、まるで計算し尽されたかのような――



『……警戒しろとは、こういうことか?』

『あるじよ、どうかしたか?』

『《掌握ヴァルテン》を使っていなければ分からなかったが、匂いにも音にも、魔力が含まれている。術式は感じないが、何かおかしい』

『ふむ……実害があるものではないようじゃが』

『この景観を生み出すためだけの仕掛け、と言われればそう納得できるが……』



 個の戦闘能力に優れた火之崎に対し、技巧と術式に優れた水城。

 特色の大きな違いは、まるで異なる国に迷い込んだかのような錯覚すら覚える。

 一体どこに、どこまでの仕掛けが存在しているのか、疑心暗鬼に駆られればきりがない。

 私に出来ることは、精々警戒心を絶やさずにいること程度だろう。


 水城の次期当主に案内され、辿り着いた客間は、やはり和風に整えられた一室だった。

 障子窓から見える庭は見事の一言――流石に枯山水とは言わないが、十分に整えられた日本庭園だ。



「さて、改めまして……私は水城道久みちひさ。水城の次期当主として、皆さんを案内いたしました」

「……お初にお目にかかります。私は仁。今は姓を名乗れませんが、よろしくお願いします」



 私に視線を向けて言葉を発した水城の次期当主、道久の言葉に対し、私はそう返していた。

 今の私は、火之崎の当主継承権を剥奪されている状態だ。

 安易に火之崎の姓を名乗るわけにはいかない――特に、この水城においては。

 私の言葉に対し、道久は僅かに驚いた様子で目を見開いたが、すぐに平静を取り戻して続けた。



「ええ、よろしくお願いします。しかし、まさかかの《黒曜の魔女》が直々に足を運んでくださるとは、驚きました」

「私も事件の当事者ではありますから。初音ちゃんもお元気ですか?」

「ええ、もうすっかりと。ご心配には及びませんよ」



 始まる会話の応酬は、どこか腹の内を探り合うような様子の物であった。

 流石に、互いに立場が難しいのだろう。方や、火之崎の当主夫人。方や、水城の次期当主。

 どちらも、相手を警戒せざるを得ない立場にある人間だ。

 だが、どちらかと言えば道久のほうが警戒の色が強いだろう。

 無理もない、次期当主とは言え、まだ年若い少年だ。

 相手が世界でも有数の実力者ともなれば、緊張しない道理はないだろう。



「ところで、今回の話ですけれど」

「生憎、私まではあまり情報も伝わってきておりません」

「そう、相変わらずの秘密主義ですね。次期当主殿にまで情報を隠しているとは……久音様のご意向で?」

「さて、私には判断しかねます」



 道久は、母上の質問に対して目を閉じ、表情を悟らせぬようにしながらそう返す。

 水城の前当主、水城久音。そんな人物の考えは、果たしてどの領域にまで及んでいるのか。

 言い知れぬ不気味さのようなものを感じる。

 一度も会ったことがない相手である以上、どのような人物なのかも分からないが――父上が警戒を促すほどの相手だ、一筋縄でいくとは思えない。

 未だそんな人物の考えが見えてこない点には、警戒心を抱かずにはいられなかった。

 とは言え、そんな仕草を次期当主の前で見せるつもりもないが。



『大人しいのう、あるじよ』

『大人の会話だからな。生憎、火之崎の情勢に詳しくない私が、余計な口を挟むわけには行かない。特にこの水城の場においては、相手に余計な情報を与えてしまいかねないからな』



 会話に関しては母上に任せておくべきだろう。

 初音のことが気になりはするが、あの子に対する執着を道久の前で見せるのも危険だ。

 初音の家族である以上、敵対するつもりこそないが――警戒を解くわけには行かない。

 彼らが……水城久音が、私をどうするつもりなのかは、未だはっきりとはしていないのだから。

 未だ全容の見えぬ、この水城という一族。

 その懐に踏み込んだことを再認識しながら、私はひたすら周囲の情報を集めることに執心していた。





















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