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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第2章 白霧の迷宮
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027:宗孝の在り方












 父上に呼ばれ、私は結界席から外に出て、訓練場の中へと向かう。

 周囲の人気は、意外と少なくはない。一応今日は平日なのだが、訓練に勤しんでいる人間はそれなりに見受けられた。

 元より、火之崎は平時には余り仕事はないということなのだろう。

 年がら年中戦闘ばかりしていては、流石に無茶が過ぎると言うものか。

 ともあれ――人数が多いだけあり、周囲から向けられる視線はそれなりに多い。

 宗家の人間の訓練と言うのもあるだろうが、今はそこに私が存在している。

 今の火之崎にとって、私という存在は注目の的といっても過言ではないだろう。自然と、視線は私に集まってきていた。



「何でしょうか、父上」



 目の前まで歩き、私は父に問いかける。

 この呼び方も、果たしていつまでできることやら……私が火之崎の姓を剥奪されれば、この呼び方も出来なくなってしまうかもしれない。

 まあ、それに関しては仕方のないことではある。私に宗家としての力と才能が無かった以上、避けられないことだ。

 呼び方など、あまり大きな問題ではない。彼は私の血の繋がった親であり、私にとっての家族であることに変わりはないのだから。

 そんな私の内心は流石に読めてないであろう父上は、私の言葉に深く頷いて声を上げる。



「ああ。お前に一つ、頼みがある」

「……はい」



 頼み、と来たか。

 父上は、立場で言えば私の上司のような存在であり――私に対し、一方的に命令を下すことができる存在だ。

 しかし、今回父上は、私に対して『頼み』であると口にした。

 何気なく言いはしたが、そこに何の意味も持たせずに発せられた言葉ではないだろう。

 果たして、どのような頼みであるというのか。

 固唾を呑んで言葉を待つ私に、父上は調子を変えぬまま言葉を放っていた。



「お前の持つ、《王権レガリア》という精霊魔法スピリットスペル。それを、俺に対して使ってみろ」

「……それは」



 続く言葉が告げられずに、私は絶句する。

 私と千狐にとっての切り札、間違いなく奥の手である《王権レガリア》。

 父上は今、それを己に対して使って見せろと、そう告げたのだ。

 今の私には、《王権レガリア》は完全に操りきれるものではない。

 万全のコンディションですら、ほんの僅かにしか発動させられないものなのだ。

 だがそれ以上に、そのような強力な力を、家族に対して向けるなど――私には、とてもではないが考えられない行為だった。

 しかし父上は、そんな私の考えを読み取ったのか、薄く笑いながら告げる。



「甘く見るな。お前程度の力であれば、例えどれほど強力な精霊魔法スピリットスペルであっても、俺には通じん」

「それは……確かに、そうでしょう」



 私は《王権レガリア》を使った上で、あの時戦った男と何とか互角といった状態だったのだ。

 それよりも遥か格上である父上に対し、私程度の力が通じるとは毛頭考えていない。

 だが――これは、通じる通じないの問題ではないのだ。



「確かに、父上には通用しないでしょう……ですが、お断りします」

「えっ、仁!? どうしたの、何言ってるの!?」

「……それが、俺の言葉であってもか」

「はい、私には、それだけは出来ません」



 私は、家族を護ると誓っているのだ。

 千狐にも、その力は家族のために使うと誓いを立てている。

 だというのに、どうして家族に対してこの力を振るえるというのか。

 下らぬ意地であるという者もいるだろう。意味など無いと断ずる者もいるだろう。

 だが、これだけは違える訳には行かない。私は、家族を護るためにここにいるのだから。

 私の言葉を聞き――父上は、僅かに視線を細めて告げる。



「どうしても、使わないつもりか?」

「……はい」



 じわりと、赤い輝きが揺らめく。

 それは紛れもなく、父上の魔力。先ほど姉上に対して訓練を課していた時と同じように、父上は魔力を励起させていたのだ。

 いざその姿を目の前にし、その圧倒的なまでの魔力の圧に、私は思わず息を飲んでいた。

 強い、などというものではない。どれほどの差があるのかすら、察知することも叶わぬほどの圧倒的な魔力量。

 唯一分かるのは、その魔力量が姉上どころか母上すらも圧倒的に凌駕しているということだけだ。



「……ッ!」



 物理的な質量すら錯覚するほどの威圧感。少しでも気を抜けば、即座に膝を屈してしまうだろう。

 けれど、それでも――目を逸らすことだけは、絶対にしない。

 父上の、魔力の高ぶりと共に輝く深紅の瞳。その瞳を、決して逸らすことなく見返し続ける。

 ここで逸らせば、己の意思を示すことなど出来はしない。

 私は絶対に、諦めるわけにはいかないのだ。

 魔力を励起させた父上の正面に立ち、その威圧を受け止めて数秒――感覚で言えば、その何十倍にも感じるような時間。

 それだけの時間が過ぎ去った時、父上はふと、相好を崩して魔力を収めていた。



「成程。それがお前の答えか、仁」

「は……っ、はぁっ……」



 呼吸を忘れていたことを思い出し、必死に息を吸いながら、私は父上の言葉に耳を傾ける。

 私は父上の意思に逆らった。だが、そうであるにもかかわらず、父上の言葉の中に咎めるような色は無い。

 むしろ、どこか楽しげな調子すら残っていた。

 その様子に、何とか呼吸をある程度整えた私は、疑問の言葉を投げかける。



「父上……それは一体、どういうことですか?」

「お前は、自分の意思で精霊魔法スピリットスペルの使用を選択した。この俺の言葉であってもだ。お前が安易にその力を使うことはないと、これで確信できたわけだ」



 くつくつと小さく笑いながら、父上は軽く周囲を顎でしゃくって示す。

 その仕草のままに視線を周囲へと走らせれば、辺りには先ほどと同じように、分家の面々がこちらの様子を観察していた。

 つまり今のは、分家に対するアピールでもあったということか。

 私が安易にこの力を使うことはないと――子供のような安易さで、強力な力を振るうことはないと、分からせるために。

 その荒っぽい方法に、私は思わず半眼で父上の姿を見上げる。



「もしも言われたとおりに使っていたら、どうするつもりだったのですか?」

「そのときは、お前の力を把握することができるというわけだ。尤も、俺がお前を管理する必要が出てくるだろうがな」



 つまり、その場合は父上直属の戦力として扱われることになったかもしれないということだ。

 それはそれで良かったのかもしれないが、制限はそれなりに多くなりそうではある。

 父上が確かめたかったのは、私の判断力か、或いは私の信念なのか。

 どうも、言葉の端々から試されているという感覚はある。

 火之崎の中で、私はどのように扱われるのか――今の段階では、私には知る由もない。

 だが――何にせよ、私のやることは変わらないだろう。



「もう、お父様!? 仁を驚かせちゃ駄目だよ!」

「……朱音。今のは、仁をこの一族に置く上でも判断しておかねばならないことであってだな」

「そーれーでーもーでーすー! お母様に言いつけちゃうよ!?」

「ぬ……」



 姉上の言葉に、父上は表情を困惑に染める。

 その様子を眺め、私は思わず内心で苦笑していた。

 どうやら、流石の父上も母上に対しては強く出られない様子だ。

 強さと言う点については、父上は母上よりも上との話であったが、実際に戦ったことがあるのかどうか。

 やはり、魔法使いとして、火之崎としての繋がりが薄かった私では、その辺りはいまだ読みきれないか。

 だが……今始めて、私は父上の『父』としての表情を見た気がする。

 私に対してではなく、姉上への表情ではあったが、やはりこの人も人の親だ。

 火之崎家当主としての顔を持っていたとしても、娘への愛情は間違いなく持ち合わせている。



(ならば、それでいい。問題はない)



 父上が姉上を愛しているならば、私も父上のことを護るべき家族として認識できる。

 火之崎家の当主という、判断の難しい立場ではあったが――父上も、家族を愛する人間の一人なのだ。

 私と、かつての私と同じ、一人の父親なのだと。

 半ば共感のような思いを抱きながら、私は姉上を抑える父上の姿を観察する。

 今は父親としての姿を見ることができるが、会議や訓練の場ではそういった気配は一切ない。

 訓練の時に感情を持ち込まないのは、公私をしっかりと分けることができている証拠だろう。

 今のところ、私は父上のプライベートを見たことがないため、公私の私の部分がどのような姿なのか判別が難しかったのだ。

 尤も、火之崎としては、公の部分がしっかりしているのは当然のこと、と言えるのかもしれないが。



「ところで、父上。一つお聞きしても?」

「ああ、何だ?」



 姉上の追及を逃れるためか、父上は私の問いに対して即座に反応する。

 憤慨した様子の姉上には苦笑を隠しきれずも、私はその先の質問を口にしていた。



「凛は、一緒に訓練はしていないのですか?」

「ああ。凛はまだ、基礎の段階だからな。俺が訓練を課すほどの状態じゃない」

「成程……父上も忙しいですからね」

「凛の実力が上がったなら、朱音と共に訓練をするのも良いだろうな」



 まあ、それは仕方のないことだろう。

 凛はまだ五歳。いかに魔法に対して積極的過ぎる姿勢を持つ火之崎であろうと、物心付く前の子供に魔法は教えられない。

 むしろ、凛ほどの年齢で基礎を学び始めていることの方が異常であると言えるのだ。

 尤も、それに関しては初音も同じなのだが……ともあれ、基礎段階ならば父上がわざわざ教えなければならないようなことはそう多くない。

 火之崎家の当主として多忙な日々を送る父上には、さすがに二人分の訓練を別々に見るのは難しいのだろう。



「凛の訓練は燠田に任せている。上手くやっているようだぞ」

「燠田、と言うと……」



 脳裏に浮かぶのは、当主会議の際に見かけた、あの火傷の痕が目立つ女性である。

 女傑と言う言葉がこれ以上ないほどにしっくりと当てはまる、非常に鋭い眼光の人物。

 あの人の訓練と言うと、父上以上に厳しいものをイメージしてしまうのだが。

 ――そんな私の考えを読み取ったのか、父上は軽く笑みを浮かべながら付け加えていた。



「燠田といっても、実際に教官役をやっているのは燠田の家の人間だ。分家当主はそれなりに忙しいからな」

「ああ……それはそうですね。納得しました。先ほど姿を見かけたので、一緒に訓練をしていないのかと思いまして」

「凛は、既に今日の訓練は終えているはずだがな。今は自由に行動している。様子でも見に来たのではないか?」



 父上の言葉を聞き、私は黙考する。

 確かに、凛は様子を見に来ていたのかもしれない。実際に、私の姿を眺めていたのだから。

 様子見の対象は私なのか、姉上なのかは分からないが――まあ、私が相手である可能性は高いだろう。

 あの事件の後、一度も話すことはできていないが……どうもあの子なりに、私に対して何か思うところがあるようだ。

 できれば、一対一で話せればいいのだが。



「……女の子の考えることは、良く分からないな」

「全くだ」



 私の呟きが聞こえたのか、父上がやけに実感の篭った声で同意する。

 思わず父上の姿を見上げて半眼を向ければ、彼はまるで図ったかのように同じタイミングで視線を逸らしていた。

 まあ、父上も女の家族に囲まれて、若干肩身の狭い思いをしているのかもしれない。

 いつの世も、父親と言うものは立場が弱いものなのだろうか。

 僅かに嘆息した父上は、その後軽く笑みを浮かべて私に告げていた。



「凛のことを聞くならば、朱莉に聞いて来るといい。特に気にかけているのは朱莉だからな」

「……分かりました、ありがとうございます」



 やはり、凛のことを聞くならば母上か。

 その言葉を聞き、私はどうやって母上と話をつけるか、その方法について思考をめぐらせ始めていた。





















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