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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第2章 白霧の迷宮
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025:火之崎での立場











 父上と姉上の修行風景を眺め、その高度さに驚き続けて数十分。

 少々催してきたため、私はトイレを目指して訓練場の建物内を移動していた。

 姉上に課せられた訓練は、そもそも放出系の魔法に対してほとんど適性のない私では真似することのできないものだ。

 だが、訓練そのものに含まれている理念については、どれも理解できるものであった。

 要するにではあるが、戦闘を行う魔法使いとしてのスタイルを考えての訓練なのだろう。



「一口に魔法使いといっても、そのスタイルは様々だということか」

『それはそうじゃろうな。お主が見てきた魔法使いはどれも接近戦を得意とする者ばかりじゃったが、遠距離からの攻撃を得意とする者も多い』

「と言うより、本来なら魔法使いと聞いて思い浮かべるのはそちらなのだがな」



 千狐の言葉に、私は苦笑しながら肩を竦める。

 魔法使いの戦闘を見たのは、あの事件の時だけであるため、どのようなスタイルがスタンダードなのかは分かっていない。

 だがどちらにしろ、私に真似することが出来るのは、接近戦闘可能なスタイルのみだ。

 相手に肉薄しながら魔法を構築し、その場に応じて使い分ける、瞬時の判断が求められるタイプ。

 高威力の術を求めるのではなく、必要な威力を瞬時に判断し、導き出すことが必要となる。

 父上が姉上に対してあの修行を行っていたのは、私に対するメッセージでもあったのだろうか。



「期待されている、と思えばいいか?」

『されてはおるじゃろうな。精霊契約者は百万人に一人程度しか存在しない希少な魔法使いじゃ』

「精霊云々だけではない気もするが……まあ、考えておくべきなのだろうな」



 私は強くなると誓った。だが、それはまだ漠然とした思いだけだ。

 一体どのような形で、何を目指して強くなるべきなのか。

 私には何が合っていて、それでいてどう己を変えていくべきなのか。

 考えるべきことは山積みだ。一朝一夕に決まるものではなく、これから長い時間をかけて見出していくべきなのだろう。

 その考えを頭に置くことができただけでも、姉上達の修行風景には収穫があったと言えるだろう。



「千狐、これからはあれに似たような訓練を組み込めるか?」

『術式の高速構築か? まあ、できなくはないがの。一人でやるだけでは限界があると思うぞ?』

「それは私も分かっている。反復練習も意味がないとは言わないが、臨機応変な対応を鍛えるには効率的とは言いがたいからな」



 姉上達の修行では、父上が瞬時に魔法を使い分けられるからこそ、そのような修行になっていたのだ。

 自分自身で、どのような魔法が来るのかをイメージできてしまっていては、判断のスピードがそれほど高まるとは思えない。

 魔力制御ならまだしも、これに関しては一人で行うべきではないだろう。

 とは言え、今の私では、父上に同じような訓練を頼むこともできないが。



「……まあ、まずは普通に術式を編む訓練だろうな。四級の圧縮程度は出来るようになりたいものだ」

『言っておくが、五歳の子供は五級の圧縮もできんからの? まだそちらも安定しておらんじゃろうが』

「確かに。順番に鍛えていくしかないか」



 一応、私も五級魔法程度ならば普通に発動できるし、圧縮せずに詠唱すれば四級も行ける筈だ。

 この五年間、魔力制御に関してはとにかくひたすら反復練習を続けた。

 それでもなお、父上のそれに比べれば文字通り児戯にも等しいものであろうが、魔法の発動に関しては問題なく行える。

 まずは、魔法の発動に慣れることが必要だろう。

 魔力を操ることに長けていても、それを魔法として発現させられなければ意味がない。

 病院ではほとんど練習できなかったが、ここならば遠慮なく練習することが可能だろう。


 今後の方針について、千狐とあれこれ談義しながら、道を尋ねて発見したトイレを済ませる。

 トイレの中まで付いてくる千狐であるが、もう五年間もこの調子なのだ、私も最早気にしてはいない。

 成長してもこのまま、と言うのもどうかとは思うが……まあ、精霊の千狐に人間の感覚を求めてもあまり意味がないのかもしれない。

 ともあれ、私は千狐と会話を続けながら訓練場の結界席まで戻ろうとし――その途中で、道を塞ぐ三人の少年と遭遇した。



「……む?」

『あるじよ、面倒な手合いが来たようじゃぞ?』



 言葉の割には楽しそうな笑みを浮かべる千狐に内心で嘆息しながら、私は立ち塞がった三人の少年へと視線を向ける。

 年の頃は、私よりも上――姉上より若干下程度、と言った所だろうか。

 やんちゃ盛り、わがまま盛りの小さな子供たちだ。

 笑みを浮かべる彼らは、私に対してあまり好意的とは言いがたい表情を向けてきていた。

 ――尤も、うち一人は困惑した表情で視線を右往左往させていたが。



「ふむ……お前達、私に何か用かな?」

「お前、仁ってやつだよな。見かけない顔だ」



 そう問いかけてきたのは、中央にいた少年だ。

 三人並んでいる中では頭半分以上背が高く、どうやら彼がこの三人組を率いているらしい。

 とは言え、姉上のように目から強い理性を感じることはできず――良く言えば少々リーダーシップのある少年、悪く言えば悪ガキの大将といったところだろう。

 長い目で見た場合、こういった手合いは成功を収める場合も多いのだが、いかんせん幼少の頃はやんちゃが過ぎる傾向にある。

 大人はあまり目を離すべきではないのだが――周囲に、保護者らしい人物の姿は見当たらなかった。



「確かに、私が仁だ。そういうお前は何者かな?」

「チッ、生意気なガキだな……俺は竜彦、臥煙の竜彦だ」

「成程、臥煙のところの子か。となると、そちらは大焚で……ふむ、そちらは赤羽かな?」



 竜彦と名乗る臥煙の少年の両脇、竜彦ほど大柄ではないものの若干背の高い少年と、反対に少々小柄だが一振りの木刀を携えた少年。

 火之崎の一族で剣を使うのは赤羽だけであるため、小柄な少年は赤羽家の人間だと仮定した。

 もう一人については、ただの勘だ。先ほど父上と訓練していた面々の中に臥煙と大焚の姿があったし、臥煙は元々大焚と組んで戦闘行動を行うことが多い。

 この場で臥煙の子供と一緒にいるとすれば、大焚の子供である可能性が高いだろう。

 そんな私の想定から発せられた言葉に、三人の少年達は驚きに目を見開いていた。



「なっ……あ、ああ、そうだけど……」

「では、竜彦。お前は私に何の用だ? 私は結界席に戻りたいのだが、何故私を止めようとする?」



 まあ、あまり愉快な用事ではないだろう。

 竜彦の浮かべている笑みは、生前もよく目にした悪ガキ共の表情だ。

 子供のやんちゃを受け入れるのは大人の度量とは言え、やっていい事といけない事と言うものがある。

 取り返しの付かないことをしてしまえば、後に後悔するのはその子供なのだ。

 故に、道を過とうとしているのであれば止めねばなるまい。

 しかし、私の態度が気に入らないのか、竜彦は声を荒げていた。



「生意気なガキだな! お前も宗家だろう、だったら俺たちの挑戦を受けやがれ!」

「ほう、私に戦いを挑むと言うことか」



 そのような制度が火之崎にはあるのか。

 確かに先ほどは、父上が分家の面々と戦いを繰り広げていた。

 あれは、父上が訓練として呼びつけたのかと思っていたが、分家側から挑んでいったものなのだろうか。

 いついかなる時でも戦いを挑まれてもいいように――常在戦場の心得を高めているのか。

 確かに効果はあるかもしれないが、火之崎の『強さ』に対するこだわりは少々行き過ぎているようにも思える。



「だが、それはお前達の修行の一環だろう。私のように、弱い人間を相手にしても意味があるまい」

「知るかよ、受けないのか? 宗家なのに逃げるのか!?」



 これは断っても難癖をつけて襲い掛かってくるタイプだろう。

 このぐらいの年頃の子供であれば、その制度の対象として挑むべきなのは姉上だろう。

 発展途上ではあるが、姉上は十分に魔法使いとしての技量を伸ばしている。

 姉上にとっても訓練になり、一石二鳥だと思うのだが。



「ふむ……姉上に勝てなかったか?」

「――ッ!」

「図星か。だが、恥じることではあるまい。魔法使いに性別など関係なく、ただ積み重ねた訓練がものを言う。その上で、勝負は結局のところ時の運だ。勝てなかったのは努力と工夫が足りていなかっただけなのだから、別にそこまで腐る必要は無いだろうよ」



 この三人の技量は把握していないが、三人組で挑めば姉上とて苦戦は免れないだろう。

 一度負けたからといって、そこで死ぬわけではないのだ。戦いを振り返り、反省して、次はどう戦うかを考えればいい。

 これは命を懸けた戦いではないのだ。経験として次に生かせる敗北であるならば、恥じる点など何一つない。



「姉上はまだ若いのだ、付け入る隙はいくらでもある。頭を使い、考えて戦うことだな。瞬発力はかなり鍛えている様子だったし、闇雲に襲い掛かっても対応されるだけだろう――」

「ッ、ぅるせぇってんだよ、クソガキがッ!」



 私の声を遮り、竜彦は握り締めた拳を振り上げる。

 咄嗟に反応した私は、すぐさま横に回避、そのまま庭へと飛び出していた。

 私としては姉上との戦いに関して助言していたつもりなのだが――



『あるじよ、あのくらいの子供が相手では、耳障りの良くない正論は通じんじゃろう』

「初音は聞き分けのいい子だったからな、忘れていた」



 反省しておくとしよう。ともあれ、今は逆上した子供たちの対処をせねばなるまい。

 攻撃を避けられた竜彦であるが、あまり動揺の色は無い。

 一応、子供なりに訓練は受けている様子だ。私が小さな子供であろうとも、宗家相手に油断するつもりは無かったのだろう。



「テメェッ、待ちやがれ!」

「威勢のいいことだ」



 こちらへと駆けてくる竜彦の体から、赤い魔力が励起される。

 やはり、魔法を使うつもりであったか――だが、少々安易に過ぎる。



「【炎よ】――ぶっ!?」

「だが注意が散漫だな。詠唱に意識を取られすぎているぞ」



 こちらに対する直接攻撃と、術式の構築。

 二つのことを同時に行おうとしたために、意識が散漫になっていたのだろう。

 今の隙だらけの動きが相手なら、容易に懐に飛び込むことが可能だ。

 そして、握り締めた拳を竜彦の鳩尾へと叩き込む。

 そのまま、腹を押さえて蹲ろうとする竜彦の下に潜り込むように肉薄し、襟首を掴みながら私自身の体を支点として相手を地面へと叩きつける。

 体重の無い今の私が相手に有効なダメージを与えるには、こうして相手自身の体重を利用してやるのが効率的なのだ。



「くそっ! 【炎よ】、【集え】っ!」

「さ、悟、駄目だよ! 魔法を使っちゃ――」



 竜彦が倒れた瞬間、悟と呼ばれた少年は動揺しながら魔法を構築していた。

 赤羽の少年が咄嗟に止めようとするが、間に合わない。

 しかし、このような状態で魔法を使おうとするとは――



「大馬鹿者がッ! 【堅固なる】【壁よ】!」



 私は咄嗟に防御魔法を構築し、悟の飛ばした炎を受け止めていた。

 急ごしらえの術式であったが予想以上にしっかりと効果を発揮し、薄い紅色の魔法防壁が彼の魔法を受け止める。

 問題なく攻撃を防ぎきり、私は大きく叱責の声を上げていた。



「愚か者、お前は今何をしようとしたッ!」

「な、何を――」

「私が今魔法を防がねばどうなっていた! 私の足元にいる少年が、どうなっていたと思っている!」



 憤りと共に吐き出した私の言葉に、悟は硬直して顔を青ざめさせる。

 火之崎に連なるものであれば、炎に対する耐性は高いだろう。

 だが、それにも限界はある。今の炎程度であれば掠り傷程度であろうし、両者が織り込み済みであるならばそれもよいだろう。

 しかし……悟は今、私のみを意識して魔法を放った。竜彦のことを、意識から除外していたのだ。

 もしも今の魔法がもっと強力であったなら、そして私が防御できずに回避を選んでいたら――どうなるかなど、考えるまでも無いだろう。



「お、俺は……」

「私たちには力がある。だが、使い方を間違えれば、破滅するのはお前だけではない。お前の周囲も含めてだ! 良く考えろ!」

「っ……!」



 私の叱責に、悟は数歩後ずさり――そしてそのまま、踵を返して逃げ去ってしまっていた。

 あまり人のことを言えた性質ではないのだが、それでも今の言葉はきちんとあの少年の耳に届いていた。

 彼は考えるだろう。後悔するだろう。どうすればいいのか、どうすればよかったのか――そして、それが成長へと繋がるのだ。

 今はまだ、取り返しがつく。今後どうなるかは、あの少年次第だろう。

 あとは、もう一人の彼か。



「赤羽の少年」

「っ、あ、あの! 僕は、その……」

「落ち着け、お前は悟を止めようとしていただろう。きちんと、竜彦のことが見えていたのだな?」

「は、はい……でも、止められなかった」

「では、次は止められるように工夫すればいい。今の出来事をどう生かすか、あるいは無駄にするのか……それは全てお前次第だ。きちんと考えたならば、また挑戦を受けることもやぶさかではないさ」



 私の言葉に、赤羽の少年は顔を上げる。

 驚きか、或いは呆れか――目を見開いて硬直している彼の姿に小さく笑い、私は踵を返す。

 少々、時間を使ってしまった。早く元いた場所に戻らなくては。



「しかし……やけに、防御魔法の展開が速かったな」



 己の掌を見下ろして、私は小さく呟く。

 きちんと魔法を使う機会はほとんどなかった。だが、先ほどの防御魔法は、まるで使い慣れているかのように、スムーズに発動することができたのだ。

 その事実自体に違和感を覚えながら、私はふと視線を感じて顔を上げる。

 建物の影、そこからのぞく小さな黒髪の少女――紛れもない凛の姿に、私は思わず目を見開いていた。

 彼女は私が気づいたことを察したのだろう、すぐさま踵を返して逃げ去ってゆく。

 追いかける間もなく見えなくなってしまった背中に、私は小さく嘆息を零していた。



「何故逃げる……妙に拗れてしまっているか」

『あまり、状況は良いとは言えんのぅ……色々とな』



 千狐の言葉に内心で同意しつつ、私は結界席へと戻って行ったのだった。





















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