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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第2章 白霧の迷宮
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022:火之崎家の歴史












 会議を終え、正式に火之崎の一員として認められた私ではあるが、未だに自由な行動は認められずにいた。

 現在私が暮らしているのは、火之崎の宗家の人間が暮らす屋敷だ。

 継承権を失った私では本来生活できないはずの場所なのだが、正式な手続きはまだ行われているわけではなく、そもそも他にちょうどいい住居もない。

 分家の屋敷に厄介になると言うのも、あの燈明寺の反応を見ていると少々不安が残るところであるし、とりあえずは現状維持で頼みたいところだ。


 現在、怪我は治り、既に動き回るのにも問題はない状態だ。

 だが、現在の私には、自由に外を歩きまわれる権限はない。

 まあ、屋敷の中に関してはある程度自由が認められているため、聞こえは悪いが軟禁状態といったところだろう。

 屋敷の外に出るには、誰かの同行が必要だった。

 が――今のところ、私はあまり、この屋敷の外に出ようと言う意思は持っていなかった。



『念願の入院生活脱却だと言うのに、お主の生活は変わらんのぅ』

「新たな環境で、できることも多くなったからな。あまり焦っても仕方がない」



 宗家の屋敷の中には、火之崎の歴史に関してまとめられた資料室が存在していたのだ。

 この一族に対する理解そのものが薄い今の私には、必要な知識の詰まった場所であると言えるだろう。

 特に、先日の会議で決まった私の処遇に関しては、理解を深めておく必要がある。

 火之崎の継承権を失う――これに関しては、想像通りだから別に問題はない。

 元より、そんなものが務まるとも考えていないし、姉達と争う気など毛頭無いのだ。

 だが、もう一つ告げられた私の処遇、即ちあの当主会議の末席という権限が理解できなかった。



「当主会議……字面の通りでは、宗家の上位者と分家の当主が参加する会議、と言うものに思えるが……その参加権を与える、とはどういうことだ?」

『お主の祖父の考えじゃったが……どうも、父君も理解しておったようじゃぞ? 水城が関連しているようじゃったが』

「私と初音の関係が、そこまで大きな影響を及ぼしたと言うことか? 流石に、そこまでは考えていなかったな……」



 私と初音だけならば、両家の関係にそこまで大きな影響は無いと考えていたのだが――見込みが甘かった、と言うことか。

 祖父は、千狐の存在を非常に重要視していた。水城も同じように考えているのであれば、私は両家にとって価値のある存在となってしまっている、と言うことか。

 あの人は、私を手放すつもりは無いのだろう。だが、私は火之崎宗家を継ぐことは出来ない人間だ。

 継承権を剥奪されれば、私は正式には火之崎の人間であるとは言えなくなる。

 その場合は水城からの引き抜きの目が見えてきてしまう、と言うことなのだろうが――それならば、分家へ婿入りさせるなりすれば良いはずだ。

 わざわざ、当主会議に名を連ねる理由が分からない。



「……もう少し、歴史を漁るべきか。継承権を失った宗家の人間や、水城との関わりの記録があるかもしれない」

『中々に根が深そうじゃがな』



 資料室には、かなり大量の書物が並べられている。

 これを調べるのは、中々骨が折れる作業だろう。

 ……まあ、暇といえば暇なのだ。魔力制御の訓練を交えながらやれば、時間も無駄にはならないだろう。



「父上に直接聞ければ早いのだがな」

『仕方あるまい、相手は当主じゃ。相応に忙しいのじゃろうて』



 肩を竦める千狐の言葉に苦笑しながら、私は資料を読み進めていく。

 四大の一族は、古来から日本の守護を任されてきた魔法使いの大家だ。

 古き時代から続く、絶大なる力を持ち、国の敵を排除し続けてきた四つの家系。

 だが、ここで根本的な疑問がある――そもそも、何から護ると言うのか。



「そもそもの発端は、《禁域》の監視役の家系が独自に力をつけた結果であり――禁域?」

『うむ、何と説明したものかの……ダンジョン、と言ってもお主にゲームの話など伝わらんじゃろうし』



 首を傾げた私に対し、千狐は腕を組みながら眉根を寄せる。

 しばし腕と足を組んだ体制で浮遊していた彼女は、やがて言葉をまとめたのか、ゆっくりと口を開いていた。



『禁域と言うのはじゃな、要するに人間に対して敵対的な、危険な生物が数多く生息している地域のことじゃ』

「ふむ……猛獣が住んでいる場所や、毒を持つ生物の生息地などか?」

『まあそれも、禁域の一つには数えられておるな。危険度の最も低い五級ではあるが』



 私が考えた『危険な場所』は、どうやら千狐の基準では危険の内に入らなかったらしい。

 だが、それでは一体、どのような場所が危険域として数えられているのか。

 そんな私の疑問に対し、千狐は言葉を吟味しながら話を続ける。



『禁域には、総じて禁獣と呼ばれる生物が出現する。大まかな定義であるため、具体的にこうと断言できる存在ではないのじゃが……強い魔素の影響で凶暴化、或いは突然変異した生物や、どこから現れたのかも定かではないような不可思議な生物……それらをまとめて、禁獣と呼んでおる』

「……つまり、火之崎の……四大の一族の前身となった家系は、そういった領域を監視する役目を負っていたと。それで戦闘能力を重要視しているのか」

『そうであろうな。尤も、禁域監視の仕事は今も行っておるようじゃがな』



 元々、外国からの攻撃を想定して設置された家系と言うわけではないらしい。

 そもそも、そういったものの相手は国防軍が担っている方が効率が良いはずだ。

 四大の一族が相手をしていたのは人ではなく、危険な領域から出現する化け物。

 獣を相手にするのであれば、大多数での戦闘はあまり効率的であるとはいえない。

 四大の一族が個々の能力を求めるのは、そういったところに原因があるのかもしれないな。



『禁域には五級から一級までで危険度がランク付けされておる。が、実のところ、それ以上に危険な場所と言うのも存在しておるのじゃ。それが《禁獄》……これが出現すれば、国がひとつ滅びる可能性もあるといわれる、危険極まりない領域じゃ』

「獄とは……またよく言ったものだな」

『ちなみにじゃが、この禁獄……日本の領域内には、三箇所存在しておる』

「……は?」



 その言葉に、私は思わず本から視線を離して、呆然と千狐の姿を見上げていた。

 先ほど千狐は、禁獄一つだけで国が滅びる可能性があると口にしていた。

 それが三箇所もあるなど――冗談にもなっていない、危険地帯としか思えない場所だ。



『お主の考えている通り、この国は本当に危険地帯としか考えられん場所じゃ。じゃが、そこがこの国の異常なところと言うべきか……魔法使いの練度と言う点において、この国は世界でも随一なのじゃよ。それこそ、禁獄三つから溢れ出る禁獣たちを対処しきってしまうほどに』

「……それも、四大の一族が行っているのか?」

『然り。四大あってこそ、この国は存続することができる――正しく、護国四家というわけじゃな』



 相変わらずどこで調べてくるのか良く分からない情報ではあるが、事実であるとすれば四大の一族の存在は非常に重要だ。

 それこそ、敵対する他国が血眼になって始末しようとするほどに。

 もしも四大の一族を排除することができれば、日本はそれだけで行動力を大きく奪われることになる。

 国防軍だけで禁獄に対処可能なのかどうかは分からないが、監視と維持が難しくなることに間違いはない。

 四大の一族は、この国を敵視する人間にとって、最も厄介であり最も狙うべき敵であると言えるだろう。



「しかし、そうなると……私自身の身の上も、少々厄介なことになるか」

『正式に火之崎として認められておるからの。しかも、精霊契約者であることは既に周囲にも漏れておる。火之崎の強化を疎む相手にとって、お主は厄介者以外の何者でもないじゃろうな』

「まあ、今更と言えば今更だがな」



 何しろ、既に一度狙われた身だ。

 火之崎の一員として認められ、多少は安定したと言っても、私の立場が不安定であることに変わりはない。

 私の存在が周囲に広まれば広まるほど、厄介な手合いが増えていくことは間違いないだろう。

 その前に、何とか力をつけなくてはならない。今の私では、家族を護るどころか、護られるだけが関の山だ。



「……いずれ、母上に相談してみるとするか。それはそうと、当主会議は……」

『火之崎の名を名乗り始めた時に始まった制度のようじゃな』



 禁域監視の中でも火に特化した集団――その旗印となっていた、最も力ある魔法使いを筆頭に始まった火之崎と言う一族。

 分家は、そんな人物に付き従っていた者達から端を発した家系だ。

 初めは三つ、そして今は五つ。代を重ね、血を重ねるごとに、火之崎は力を増し続けてきた。

 火之崎の中での交配の例も多いが、力ある者であれば外から血を取り入れることもあり、中々に柔軟な運営であると言える。

 自分達の血へのこだわりがないという訳ではなく――単純に、力を増すことを何よりも重要視しているのだ。

 国を滅ぼしかねない危険な領域を監視するために、何よりも力を欲していた。

 だからこそ、火之崎は己の強化のみに専念してきたのだが。



「そうして生まれたのが今の火之崎……最強と名高い、魔法使いの大家。当主会議は、その頂点であると言える訳か」

『基本的に、その家で最も強い者が当主となるようじゃの』

「まあ、下手に血筋だの何だのと争いになるよりは、単純でいいのかもしれないな」



 無論、危険が伴うことは否定しないが。

 暗殺などもありえるのだろうが、それを全て叩き潰してこその強さと言うことなのだろう。

 それを繰り返して数百年――これで強くない方がおかしい、と言うべきだ。



「火之崎の分家には、火を部首に持つ漢字を一文字当てた姓が与えられ、その姓そのものが当主の称号になる……当主会議の面々の呼ばれ方に違和感があったのは、こういうことか」

臥煙がえん燈明寺とうみょうじ燠田おきた烽祥ほうしょう大焚おおたき……じゃったかの?』



 実働部隊、斬り込み隊長としての側面を持つ家系、臥煙。

 術式を研究し、一族全体の強化に努める家系、燈明寺。

 防衛を担当し、作戦立案や部隊指揮などを取り仕切る家系、燠田。

 外交を任され、情報伝達や斥候、隠密までも務める補佐の家系、烽祥。

 戦闘部隊であり、臥煙が切り開いた戦場を制圧する役目を持つ家系、大焚。

 これら五つが、現在火之崎の分家であると言える。


 もう一つ、赤羽家については、少々特殊なようだ。

 赤羽家は元々国の政府から遣わされた監視役としての側面と持っていた家系だ。

 だが、その監視役の役目も形骸化し、現在は火之崎宗家の護衛役としての役割を負っている。

 元々は、『国に対し何も隠すことなどない』という姿勢の表れだったのだろう。



「現状、当主会議に出席可能なのは宗家を含め七つの家系……そこに、宗家ではない私が席を持つと言うことは――」

『お主が、新たな分家を作る……そういうことになる訳かの』



 私の力では他の当主を打倒することなど不可能。

 私を当主会議に参加させるためには、新たな家系を興すことが必要になると考えられる。

 千狐の持つ力の強大さを考えれば、かなり大胆な方法であるとは言え、理解できなくはないだろう。

 だが、それがどう水城と関係するのか。

 何かヒントになるようなことがないかとページをめくり――その瞬間、背後に気配を感じて私は振り返っていた。



「あ、いたいた! もう、仁ったらこんな所にいたの?」

「姉上、探していたのですか?」



 扉を開けて顔を見せたのは、上の姉である火之崎朱音であった。

 私の姿を発見して顔を輝かせ、そして私が手に持っていた本を見て呆れた表情を浮かべた姉上は、僅かに苦笑しながら私の傍まで歩み寄る。



「随分難しそうな本読んでるけど、どうしたの? って言うか読めるの?」

「ええ、まあ。ところで姉上こそ、どうしたんですか?」

「仁が部屋にいなかったから、どこ行ったのかなって。屋敷の中を歩き回るのはいいけど、変な所行っちゃ駄目だよ?」

「ははは……分かってます」



 姉上の諭すような言葉に、私は笑みを零しつつ本を棚に戻す。

 もう少し調べたいところではあったが、わざわざ探しに来てくれたのだ。

 蔑ろにすることなど、できるはずもない。



「そうだ、仁。暇だったら、ちょっとお姉ちゃんと一緒に来ない?」

「一緒に、ですか? 屋敷から出るつもりで?」

「私が一緒なら大丈夫だよ。どうする、一緒に行く?」



 ふむ……まあ、外も見て回りたいところだったし、姉上であれば多少融通も利くだろう。

 この屋敷以外の場所についても、情報は集めておくべきだ。



「分かりました、行きます」

「良かった。さ、出発だよ、仁!」



 輝くような笑顔で頷いた姉上は、私の手を引っ張って歩き出す。

 お姉さんぶりたいのだろう、その姿に微笑ましいものを感じながら、私は姉上に続いて屋敷を後にしていた。





















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