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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第2章 白霧の迷宮
21/182

021:火之崎の一族












 私がこのタイミングで目覚めたのは、運が良かったのか悪かったのか。

 それは恐らく、この会議の結果次第で決まるのだろう。

 私が父上によって連れてこられたのは、畳の敷き詰められた大きな広間であった。

 大きい旅館の、食事を取るための大広間のようにも見える空間。

 奥側には舞台もあり、大勢の客人を招いた際などにも使われる、いわばパーティホールのような場所なのだろう。

 そんな大きな広間ではあるが、今この場にいる人間の数は、私を含めて十一人。

 その中で、上座にいるのは五人の人物だった。



「皆にも通達しておこう。この通り、仁が目を覚ました。故にこの場は定例会議ではなく、当主会議とさせてもらう」



 父上の、低く力強い声が響き渡る。

 たったそれだけで、空間の空気は、まるで不純物が焼き尽くされたかのように強く張り詰めていた。

 柄にもなく緊張しているのは、私がこの場にいる人々の中心――部屋の中央で、父上と正面から向き合うように座っているためだろう。

 正直なところ、五歳の子供に対する対応とは思えないが、その辺りも報告がいっているのだろう。

 周囲の分家当主の方々は私に対して興味深げな視線を向けていたが、それよりも気にするべきは、目の前に座っている宗家の面々だろう。

 中央は父上、火之崎家当主たる火之崎宗孝。私から見て左隣に座っているのが、母上である火之崎朱莉。

 そして、右隣にいる人物――彼は、初めて見る相手だった。



『千狐、彼が誰だかは分かるか?』

『いや、妾も見たことがないが……しかし、あの場に座っている時点で、誰であるかはわかるじゃろう』



 まあ、それは確かに。あの場にいる時点で、宗家の人間であることは間違いないのだ。

 となれば、彼は私の祖父に当たる人物である可能性が高い。

 白髪交じりの髪、そして群青色の着流し。キセルを片手に私を見つめる深紅の瞳は、どこか楽しげに歪められている。

 悪戯小僧のような、父上とは正反対の雰囲気を持った人物だ。

 父上と母上の背後には赤羽家の人間が控えているが、彼の後ろには誰もいない。

 果たしてどのような人物であるのか――それは、これから判明するだろう。



「では、会議を始める」



 父上の一言で、周囲の面々が佇まいを直す。

 自由なポーズでいるのは、私の隣に浮かぶ千狐と、私をじっと観察している祖父と思わしき人物だけだ。

 母上は、どうやら私を隣に移動させたいのか、少しそわそわしている様子であった。

 しかし、父上はそれを咎めるようなことはせず、言葉を続ける。



「既に通達されている通り、先日の件は収束した。残存戦力も全て処理済だと報告を受けている。相違ないな、烽祥ほうしょう

「ええ。と言っても、数はそれほど多くありませんでしたが。とりあえず使えそうなものは魔法院に引渡し済みですよ」

「そりゃ数が少なかったのは、奥方が潰しちまったからだろ?」

「魔法院に売れる恩を少なくしてしまったのは事実ですが、此度の襲撃はそもそも魔法院の落ち度です。問題はありませんよ、臥煙がえんさん」



 びっちりとスーツを着込み、眼鏡をかけた少し髪の長い男性が烽祥。

 そして、それを揶揄するように声を上げた、右頬の傷跡が目立つ短髪の男性が臥煙。

 名前と言うよりは、まるで称号を呼んでいるようにも聞こえるが……彼らが、この火之崎の分家当主たちということか。



「おっと、別に奥方のことを悪く言うつもりはねぇよ。火之崎に手を出す意味、分からせてやる必要があったからな。なぁ、大焚おおたきの」

「……うむ、その通りだ。奥方様がやらねば、我々が粛清していた」



 臥煙に声をかけられた、大柄な男性。それこそ2メートルはあるのではないかという体格の、父上に似た胴着を纏った大男。

 彼は大焚と呼ばれていたか。臥煙と彼からは、母上と同じような……戦う者特有の気配を感じ取ることができる。

 その強さの度合いは、生憎と私には測ることが出来なかったが。

 と、そんな彼らの言葉に対し、この中では珍しい、一人の女性が反応する。

 首筋から僅かに除く火傷の痕が痛々しいが、その強い存在感は帰って増しているともいえるだろう。

 ベリーショートの髪に、着込んでいる男性もののスーツの印象が強い彼女は、額に青筋を浮かべながら声を上げていた。



「貴様らは、誰がその後始末をすると思っている」

「いつも感謝してるって、燠田おきたの姐さん」

「分かっているならば自重しろ。貴様もだぞ、燈明寺とうみょうじ

「ええ、こっちに飛び火するんですか……火属性だけに」

「聞こえなかったのならば、貴様ら一族全員、私が直々に教育することになるぞ」

「いやいやいやいや、済みませんって。それより話を戻しましょうよ。今回はそんな話をしに来たんじゃないんですから」



 燠田の言葉に慌てて首を横に振った男性が燈明寺。

 この場にいる面々の中では、一番小柄であると言えるだろう。

 服装に関しても、上着を着ずにワイシャツだけのラフな格好。

 だが、彼の瞳の紅は、宗家を除くほかの誰よりも煌々と強い魔力に輝いていた。

 そんな彼の瞳は、どこか興味深げな感情と共に、私に対して向けられていた。

 どうやら、私に対して興味を持っているようだが……彼はそんな逸る感情を抑えもせずに、父上に対して声を上げる。



「当主様、既に終わった連中のことはもうどうでもいいでしょう。粛清も済ませ、情報も引き出し、魔法院に恩も売った。この件はもう終わりでもいいのでは?」

「確かに、お前の目線では終わりでも良いだろうな。後のことは烽祥に任せているのだから」

「ええ、全く……まあ、状況は先日と変わっていません。新たな展開を見るにも、しばし時間がかかるでしょう。何かありましたら、報告いたしますよ」

「任せるぞ」



 父上の言葉に、烽祥は深く頷く。

 個性の強い面々ではあるが、全員から変わらず、父上に対する強い敬意の念を感じ取ることができた。

 尤も、初対面の私では、そこにいかなる感情があるのかは読み取れないが。

 と――そこで、今まで沈黙を保っていた男が、キセルで灰皿を叩きながら声を上げる。



「宗孝よぉ、いい加減待ちきれん奴がいるんだ、とっとと本題に入ろうじゃねぇか」

「……父上」

「今の当主はお前だ。だが、言いづらいんだったら俺が言うぜ?」

「いえ、それには及びません」



 やはり、私の祖父に当たる人物だったらしい。

 にやりと笑う祖父は、どうやら父上がそう答えることを確信していたらしい。

 よく分からない信頼であるが……どうやら、そちらを気にしている場合では無さそうだ。

 何故なら、議題は間違いなく、私に関する話なのだから。



「仁よ……お前は、精霊と契約しているのだな?」

「はい、その通りです」



 ここまできて隠す意味はない。

 ちらりと千狐の姿を横目で確かめ、私は父上の言葉に頷いていた。

 婦長からも話は行っているようであるし、既に私は千狐の価値を示したのだ。

 ここから先は、下手に隠し立てをする方が危険となってしまうだろう。



「私の精霊の名は千狐と言います。私は千狐から、言葉も魔法も、力の使い方も……様々なことを学んできました」

「……仁ちゃんが赤ちゃんの頃、魔力を放出していたのは?」

「それも、千狐の計らいのようです。私の魔力の少なさを危ぶみ、そうしていたらしいです」



 まあ、それほど間違ったことは言っていない。

 流石に前世のことを説明することは難しいのだ、言い訳が利くならばそう説明しておけばいい。

 尤も、出汁として使われた千狐は、くつくつと笑い声を零していたが。



『便利な言い訳じゃのう、あるじよ』

『仕方あるまい、そうとしか説明できないのだから』



 別に嘘を言っているわけではないのだ。私が千狐から学んだことは非常に多い。

 それ以前に前提となっている部分があるというだけの話だ。

 ともあれ、私の話を聞いた父上は、しかし硬い表情と雰囲気を崩さぬままに言葉を重ねる。



「成程。だが、疑問点がいくつかある。第一に、お前の精霊の力はお前の認識したものを掌握する力だと聞いている。だが、戦いの際に見せた力は、明らかにそれとは異なるものだ。あの力は、一体何なのだ?」



 その言葉に、私はちらりと母上のほうを――否、その背後に控える鞠枝に視線を向ける。

 報告したのは彼女だろう。まあ、それは火之崎の一員として当然の行動であるため、あまり気にすることではないが。

 しかし、やはりそこは問われることになったか。

 ここは流石に、素直に答えておくしかないだろう。



「千狐の持つ力は、二つあります」

「二つの力を持つ精霊!? そんなものは聞いたことがない、前代未聞だ!」

『……と、言っているが?』

『普通はその通りじゃな。妾が特別なのじゃよ』



 その力で助かったため文句のつけるつもりはないが、説明しなければならないこの状況で、一人自慢げに胸を張ってふんぞり返られても困るだけだ。

 興奮と困惑を交えた様子の燈明寺に、私は変わらぬ調子で返すほかない。



「千狐曰く、己は特別とのことです。それに……実際のところ、二つどころではありません」

「……仁、詳しく話せ。それでは要領を得ん」

「千狐の精霊魔法スピリットスペルは、《掌握ヴァルテン》と《王権レガリア》の二つです。二つの内、《掌握ヴァルテン》は先ほど父上が話されたものです。ですが、もう一つの力である《王権レガリア》。これが特殊なのです」

「と、特殊と言うと?」



 燈明寺が興奮した様子で、そして詰め寄らんばかりの勢いで声を上げる。

 何故そんなに興奮しているのか分からないが、その食いついてくるような勢いに若干引きながら、私は続けていた。



「《王権レガリア》には、八つの力が宿っています。そのうちの一つが、あの時に使った加速能力、《刻守之理トキガミノコトワリ》という力なのです」

「……馬鹿な。あれが、一つの精霊魔法スピリットスペルから派生した術式であると言うのですか? 他の精霊魔法スピリットスペルと比べても、遜色ない力を持っていた筈です!」



 驚愕の声を上げたのは、あの時の力を間近で見ていた鞠枝だった。

 確かに、《王権レガリア》によって得られる力はどれも強力だ。

 それこそ、現状では便利に使える程度の《掌握ヴァルテン》よりも、遥かに強い力を発揮することができるだろう。

 だが生憎と、利点ばかりとも言いがたいのだ。



「ですが、消費する魔力は非常に多く、知っての通り私自身が壊れかけるほどに制御が難しいのです。力の内容を理解できたのも、八つある内の半分だけでしたし……今の私に、《王権レガリア》を使いこなすことはできないでしょう」

「ふむ……俄かには信じがたいが、虚言を弄した気配もない。いずれは、確かめなければならんだろうがな」



 父上は頷き、嘆息する。

 まあ、私自身、あの《王権レガリア》は信じがたいほどの力だった。

 理解できたほかの三つも、非常に強力極まりないものであったし……あまり、安易に頼りたいとは思えないものだ。

 それに、何と言うか……《王権レガリア》の力は、私自身が制御していると言う実感が非常に薄い。

 まるで、何者かに操られているような、支配されているような――そんな、奇妙な感覚を覚えるのだ。

 正直なところ、緊急時以外にはあまり使うつもりはなかった。

 強すぎる力は、それ相応のリスクを伴う。それを理解していて、父上も難しい表情を浮かべているのだろう。

 ――だが、そこに笑い声が響き渡った。



「くくく、くははははははっ! 面白い! お前の息子は面白いじゃねぇか、宗孝!」

「……宗次朗様? どういうことでしょうか?」

「いきり立つな嫁。俺はな、この小僧には感謝してるんだぜ?」



 かつんと、祖父宗次朗はキセルを鳴らす。

 彼が私を見つめる視線の中には、強い熱のようなものが込められていた。

 前世でも見たことがある――極道に染まりきった男の、狂気にも似た熱と同じ、その気配が。



「お前は、凛に力を分け与えた。おかげで火之崎は、時代でも優秀な戦力を得ることができたんだ。絞り粕とは言え、感謝はしてやらねぇとな……だが、お前は己の価値を示した」

「…………」



 成程――おおよそ、この祖父の性質について理解することが出来た。

 彼は、根っからの『火之崎』の人間なのだろう。

 日本における最大戦力、最強を関する火之崎の家系、そのものに対してこだわりを持っているのだ。

 彼の念頭にあるのは、常にこの火之崎を強くすることだ。

 凛が幼くして大量の魔力を手に入れたこと、私が強大なる精霊の力を有していること――それが、この男にとっての福音なのだろう。



「生憎と、火の属性を持たぬお前を、火之崎の宗家に連ねてやることはできん。だが、お前の精霊の力はあまりにも惜しい」

「――宗次朗様、言っていいことといけないことがあると、分かりませんか」



 刹那、強大な魔力の気配が、この広い空間を支配する。

 怒りを露に漆黒の魔力を現出させたのは、他でもない母上だ。

 立ち上がりながら全身に魔力を纏う母上は、その強大な力で空気をびりびりと震わせながら、祖父を睨み付ける。

 想像を絶するほどの強大な力を持つ母上の言葉に対し、しかし祖父は笑みを崩さぬまま視線を返す。

 一触即発という言葉すら生温い、砕け散りそうなほどの圧迫感の中――響き渡ったのは、父上の力強い声であった。



「朱莉、一度落ち着け。考えが合わぬことは承知の上だろう。それに、お前の恐れていた展開にはならずに済むのだぞ?」

「……分かりました。ですが宗次朗様、そのような言葉、二度と仁の前では口に出さぬようにしてください」

「やれやれ、怖い嫁を貰ったものだな、宗孝。まあいい、了解しておこう」



 肩を竦めた祖父は、笑みを消さぬまま私のほうに視線を戻す。

 頬に一筋の冷や汗が流れているのは、流石に母上相手には脅威を覚えざるをえなかったと言うことか。



「まあとにかく……精霊のこともあるが、お前はそれどころか水城に恩まで売ってきた。しばらく笑いが止まらなかったってもんだ! よくやったぞ、小僧。よくぞあの水城のクソババアに頭を下げさせた!」

「は、はあ」

「と言うわけでだ、宗孝よ――火之崎家前当主として、仁の当主継承権剥奪を提案する」

「……そうせざるを、得ないでしょうな」



 二人の言葉に、私は沈黙を保ちながら視線を細める。

 まるで罰則のようではあるが、そこまでは想定の範囲内だ。

 火の属性が弱い私では、火之崎の当主の座は務まらない。

 継承権を奪われることは、最初から分かりきっていたことではあるのだ。

 問題は、その先だろう――息を飲みながら、私は祖父の言葉を待つ。



「そして……火之崎に属する魔法使いの一員として、当主会議末席の権限を与えることを提案しよう」

「っ……父上、それは!?」

「業腹ではあるが、水城に遅れを取ることは避けねばならん。やれるな?」

「……分かりました。火之崎家当主、火之崎宗孝の名において、父上の提案を採用しましょう」



 二人の間で交わされた言葉に、私は思わず眉根を寄せる。

 果たして、どのような意味があったのか――今の私には、それを判断することは出来なかった。






















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