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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第9章 黄衣の風神
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168:決着












 質量を増したリリの一部を使って、初音の体を包み込む。

 もとより、無限に質量を増し続けられるリリだ、人一人を包み込む程度はどうということは無い。

 さらに魔力の経路を繋ぎ、私自身の魔力を初音が纏うリリへと注ぎ込む。

 本来であれば、私でなければ発動しえない刻印を遠隔で無理やりに発動する。

 流石に、この右腕を再現することは出来ないが、精霊魔法スピリットスペルの気配だけは何とか隠蔽した。

 そしてそのまま、私は初音の展開した水の中に身を隠し――そこで、ハストゥールの発した風はようやく止んでいた。

 あたかも初音がそうしたかのように防壁を消し、私たちはハストゥールと対峙した。



「む……? どうした、貴様。何故《魔王》の権能を消す?」

「さてな。本当に消したとでも思っているのか?」

「ほう? つくづく多芸なことだ――面白い。もう片方は……隠れて援護か、まあよかろう。そのような些事にかまけている暇はない」



 遠隔で声を発しながら、私はひとまず狙い通りになったことに安堵する。

 多少の違和感はあったかもしれないが、私の魔力を宿し、私の声を発している以上、多少のことは気にせずにいるのだろう。

 であれば、後は出来るだけ相手の目を隠すだけだ――その方法は、既に初音が準備している。

 そんな私の考えに応えるかのように、横合いから凄まじい速さで走る銀の光があった。



「しゃあああッ!」

「ぬ――」



 飛び出してきたのは舞佳さんだ。

 普段は刃にのみ纏っている銀の魔力を全身に、まるで鎧のように纏いながら目にも止まらぬ速さで刃を振るう。

 速い――節約のために加速を解いた今の私には、ほぼ捉えることが出来ないほどの速さ。

 恐らく、あの銀の魔力をパワードスーツのように扱っているのだ。

 防御を固めると同時に、その魔力を使って無理やりに体を動かしている。

 肉体への負荷も、魔力の消費も馬鹿にならないだろう。だが――それでも、舞佳さんは確かにハストゥールに食らいついていた。



「成程、無茶をするものだ。制御を失えば体が砕けるぞ?」

「お生憎様! 援護があれば、どうとでもなるわよッ!」



 舞佳さんには、未だ私の掛けた防御魔法が生きている。

 だからこそ、彼女は防御よりも攻撃方面に制御を割いているのだろう。

 それならば確かに、あの無茶な術にも制御の目があるというものだが……本当に無茶をするものだ。

 とは言え、そのおかげで多少の余裕が出来た。ちらりと横目で状況を確認しながら、私は初音へと囁く。



『こちらで体を動かす。頼むぞ、初音』

『うん、こっちも合わせるよ』



 肉体の感覚と、初音の纏うリリの体を同調させる。

 己の肉体を動かすのと同じ感覚で、初音の纏う『黒百合』を動かすのだ。

 私自身も『黒百合』を装備しているからこそ、違和感なく動かすことが出来るだろう。

 無論、初音の肉体である以上、無理は出来ない。私自身が戦うのとは勝手が異なるだろう。

 それも考慮に入れつつ、私たちは舞佳さんに続いてハストゥールに接近していた。



「――――ッ!」

「来たか、よかろう!」



 幾重にも防壁を纏い、吹き付ける風を掻い潜りながら拳を叩き付ける。

 大きな威力であっても、ハストゥールの防御を貫くには至らなかった。

 ならば次は、度重なる波状攻撃で彼の防御を飽和させる。

 無論、本命はそこではない。全ては、最後の切り札を確実に叩き込むための布石だ。

 その為にも、先ずは時間を稼がなければならない。

 流石に魔剣を受けることは出来ないため、ヒットアンドアウェイを心掛けながら、私たちと舞佳さんは空中でハストゥールを足止めしていた。



「ッ……!」

「どうした、動きが鈍っているぞ!」



 だがやはり、己の身で戦うのとは勝手が異なる。

 ほんの僅かではあるが、反応が遅れてしまうのだ。舞佳さんの援護が無ければ、致命傷になっていてもおかしくは無い。

 だがそれでも、あとほんの少しだけ、時間さえ稼げれば――そう考えた、瞬間だった。

 私たちの後方で、巨大な熱量が顕現したのは。



「これは……!」



 そこから溢れる膨大な魔力の気配に、ハストゥールの意識がほんの僅かに逸れる。

 大した差ではない、小さな、本当に小さな意識の分散。

 ――それこそが、私の待ち望んでいた瞬間だった。



『――《感情ゲミュート》』



 それは、彼の《魔王》の妻たる《女神》の有する権能。

 ありとあらゆる心を繋ぐ力の、その原型――本来は、心の機微、感情の全てを支配する概念だった。

 私の力では、その全てを扱うことなどできはしない。

 だが――ほんの僅かに、意識の空白を作る程度ならば可能だった。

 そしてその瞬間、呆然と立ち尽くすハストゥールの目前の空間から、煙と共に顔を出したのは、異次元に潜んでいたルルハリルだった。

 その口に銜えられているのは、小さな丸い物体。ルルハリルは、それをハストゥールへと放り投げると共に、再び異次元へと身を潜めていた。

 その直後、ハストゥールは意識の空白から脱し、反射的にルルハリルの投げた物体を風で破壊して――刹那、爆発と共に発生した閃光が、周囲を埋め尽くしていた。



「ぐ……っ!?」



 それは攻撃性も何もない、ただの閃光弾だ。

 だが、いかな風の防壁であろうとも、可視光線を瞬時に防ぐことなどできはしまい。

 膨大な光量に目を焼かれたハストゥールは、しかしそれでも、私たちと舞佳さんへと向けて正確に攻撃を放っていた。

 風で周囲の状況を把握しているのだろう、荒れ狂う暴風は、私たちを全員後方へと向けて弾き飛ばす――



『ぐ……初音、今だ!』

『うん! 行って、仁!』



 その声と共に、初音は周囲に漂わせていた水を――その中に潜んでいた私ごと、ハストゥールへと向けて撃ち放っていた。

 龍の姿をかたどった水流は、逆巻きながらもハストゥールへと向けて殺到する。



「小賢しいッ!」



 無論、それが直接通じるような相手であれば、ここまで苦労はしていない。

 ハストゥールの放った風は、初音の水を容易く吹き飛ばし――私は、その内部から勢いよく飛び出していた。



「な――!?」



 水の中にいる以上、外の風に触れることは無い。

 それは、刀祢が身をもって示してくれた、ハストゥールの弱点の一つであった。

 構えるは右の拳、機械と化したこの腕に、全力の斥力障壁を纏わせる。



「――久我山」

『これで打ち止めだ、頼むよ!』



 そして、私の右腕へとハストゥールの意識が向けられたその瞬間、私は再び、久我山の魔法消去マジックキャンセルを発動させていた。

 先ほどのあれは、《斬神》の権能があってこその成功だった。

 あれが使えない今の状況では、それが成功するはずもない。

 だが、それでも問題は無い。ほんの僅かに、ハストゥールの風が揺らぐだけであったとしても――



「おおおおおおおおおおおおおおッ!」



 私の全力を込めた一撃は、僅かに揺らいだ風の隙間を読み取って、それを正確に打ち抜いていた。

 更に、障壁の持つ魔力を斥力のエネルギーと共に開放、強烈なインパクトとなって、ハストゥールへと叩き付けられる。

 迫るその拳に――ハストゥールは、正確にその剣を以て迎撃していた。



「ッ――――!」

「こ、のォッ!」



 強烈な衝撃が迸り、周囲の大気が撓んだように歪む。

 そして次の瞬間、私たちは互いに反対方向へと吹き飛ばされていた。

 弾け飛んだ風の衝撃が体を打ち据え、障壁越しでも息が詰まるほどのエネルギーに顔を顰める。

 右腕が変質していなければ、根元から吹き飛んでいたことだろう。

 しかし、あの絶好の機会の一撃でさえ、ハストゥールは完全に対応して見せた。



「やはり、有効打には届かない……だが!」

「ええ、よくやってくれたわ、仁」



 吹き飛ぶ私の隣を通り過ぎるように、白い炎と化した姉上が飛翔する。

 その手の中にあるのは、眩く輝く白い炎の球体。

 そこに込められた膨大極まりない魔力に、私は思わず眼を見開いていた。

 崩壊した天井の先へと吹き飛び、大空にその影を映しているハストゥール。

 その彼へと向けて、姉上は輝く炎の球体を向けていた。



「臥煙と大焚の残りの魔力、そして私の体重削って変換した全力の炎! 耐えられるものなら耐えてみなさい!」



 力強い声と共に、姉上の魔法が放たれる。

 白い光の尾を引いて、それは空中で体勢を立て直したハストゥールへと直進し――空中に、巨大な白い太陽が出現した。

 眼を焼かんばかりの光量、周囲を瞬く間に赤熱化させるほどの熱量に、私は咄嗟に周囲全員の障壁を張り直す。

 《拒絶アブレーヌング》の力が働いているとはいえ、流石にあの熱量には不安があった。

 とは言え、逆に言えばそれほどまでに凄まじい魔法だ。あれの直撃を受ければ、ハストゥールとて無事では済むまい。

 思わずこの光景を呆然と見上げ――私の耳に、ルルハリルの声が届いていた。



『ギリギリですが、防いでますよ』

「なっ!?」

『正しく《生ける灼熱クトゥグア》の一撃、あれなら魔神たる《黄衣の王》にも通じますが、魔剣を持っている状況では彼の方が上です。あれが無ければ、倒しきれずとも有効なダメージを与えられていたでしょうが――』

「……ならば、今このタイミング以上の勝機などある筈も無い!」



 地面に着地して体勢を立て直し、私は改めて輝く白い炎を見上げる。

 あのハストゥールが、全力で防御せざるを得ない状況。

 この瞬間こそが、求め続けていた勝機に他ならない!



「リリ……最後の無茶だ、頼めるか?」

『勿論……っ! 必ず、ご主人様マスターの思いに応えて見せる!』

「ああ、信頼しているとも。ならば――」



 炎に対する耐性の障壁を重ね掛けする。

 とは言え、長くは持つまい。あの熱量の中に飛び込めば、ほんの数秒で臨界点に到達することは目に見えている。

 まともにやっては、ハストゥールに接近する前に私が力尽きるだろう。

 だが――



「《加速ベシュレウニグング》――《時空ラウムツァイト》!」



 この地へと辿り着くために使った、《旅人》なる神の力。

 それは、時間と空間を現す概念そのものだった。

 今のこの力は、以前のような長距離を移動することは出来ない。

 だが――短い範囲であるならば、殆ど力を消耗することも無く、転移することが可能だった。

 その力を発動させて転移した先は、空中にいるハストゥールの背後。魔剣を使って姉上の炎を抑え込むその背中へと、私は加速しながら落下する。



「っ――正気か!?」



 風の気配でこちらに気づいたのだろう、魔剣は動かせないようだが、ハストゥールは視線でこちらの姿を捉えていた。

 彼はすぐさま魔力を練り、こちらを迎撃しようと風を操る。

 だが、加速している私の速度は、それよりも更に早い。

 ハストゥールの魔法が形を成す、それよりも先に彼へと肉薄し――



「っ、らああああああああああああッ!」



 全力の魔力を込めた拳を、叩き付ける。

 二つの魔力は大きく散って――姉上の炎が収縮と共に巨大な爆発を起こしたのは、その直後のことであった。





















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