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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第9章 黄衣の風神
161/182

161:内面領域












 姉上を連れて辿り着いたのは、城の片隅にある小さな部屋だった。

 初音の術式によって周囲に霧を漂わせ、扉の存在そのものを隠蔽する。

 この周囲を探しているのが禁獣であるため不安はあるが、水城の一族が扱う幻術は普通のものとは桁が違う。

 あらゆる知覚情報を誤魔化す初音の幻術結界なら、例え禁獣であろうともそうそう見破れるものではないだろう。



「これで一息吐ける……と言いたいところだが、これでも敵の掌の上なんだろうな」

「……はい。私の結界でも、流石に十秘跡の知覚から逃れられている自信はありません」

「その割には、何もしてきてないのよねぇ……舐めてるのかしら」

「事実、そうなんだろうよぉ。俺らなんぞ、敵とすら認識されていねぇんだろう」



 臥煙はうんざりとした様子でそうぼやいている。

 まあ、そう言いたくなる気持ちも分からないではない。

 現状、我々はただ遊ばれているだけだ。実力主義者の臥煙からすれば、その扱いは納得しかねるものがあるだろう。

 とは言え――相手が遊びでいるうちは、こちらにも出来ることがある。



「……姉上。傷は問題ありませんか?」

「ええ、自己回復は済ませたから……ありがとうね、仁」

「いいえ、私のやるべきことをやっただけです」

「お父様の指示なんでしょう? まあ、仕方のないことなんでしょうけど……こんなことになるなんてね」



 地面に座り込んだまま、姉上は空を仰ぎながら嘆息する。

 私もその傍に腰を下ろしながら、己の状態を確認していた。

 魔力と魂、どちらも消耗している。動く程度ならばなんとかなるが、戦闘行動は不可能だろう。

 今は、ただひたすらに回復に専念するしかない。



「……姉上を救い出すことは確定事項でした。ここまでは予定通りですし、順調であると言えます」

「あー……まあ、それもそうね。とりあえず、今の所は上手く行ってるって訳ね」

「ええ、それ自体は喜ばしいことですし、素直に喜んでおきましょう」



 まあ、だからと言って油断できる訳ではないのだが。

 気を抜いていれば、『無貌』がいつ気まぐれを起こすか分かったものではない。

 油断はせず、けれど可能な限り体を休めて万全な状態を整える。

 何が起こるか分からない以上、それがベストだろう。



「そんで、灯藤よ。この後はどうするつもりだ?」

「相手の出方によって色々と変わりますが……とりあえず最も理想的なパターンは、このまま私が回復するまで隠れ、そのまま日本まで帰還すること」

「……言っちゃなんだが、あり得ねぇだろうな」

「でしょうね」



 失笑する臥煙の言葉に、私も苦笑を返す。

 あの『無貌』が我々を――否、私を見逃すことなどあり得ない。

 今手を出してこないのは、私が消耗してしまっているからこそだろう。

 この状態で戦闘になったとしても、奴にとって望む展開にならない可能性が高い。

 まあ、どのような理由があろうとも、手を出してこないのであれば好都合だ。存分に休ませて貰うとしよう。



「高い可能性は……私の回復と同時に、向こうが攻めてくることでしょうね」

「……十秘跡が、か」

「どのように攻めてくるかは分かりませんが――」



 正直なところ、十秘跡から直接攻撃を受けた場合、どのように迎撃すればいいのか分からない。

 一つだけ言えるのは、奴が私に対処できない何かを押し付けてくることは無いだろうと言うことだ。

 であるならば、ハストゥールからの不意打ちが来る可能性は低いだろうが――



「……全面対決する可能性は、低くは無いでしょう。手札は整えておいてください」

「了解――お前さんは休んどきな、灯藤の。鍵はお前さんだ、万全の状態を整えておけ」

「分かりました」



 一応、こちらに来る前に、我々の手札については話を通してある。

 ここで話していれば、恐らくハストゥールに聞かれてしまうだろう。

 流石に、奴相手にこれ以上不利な状況は作りたくない。

 出来る限りの手を尽くして――ほんの僅かでも隙を作り、姉上と初音だけでも送り返す。

 そう決意を固めながら、私はその場に寝転がっていた。



「……仁、ゆっくりと休んで」

「……ありがとう、初音」



 そっと私の頭を撫でて囁く初音の言葉に、私は僅かに笑みを浮かべる。

 そのまま私は瞳を閉じて――瞑想の内へと、ゆっくりと己の内側へと意識を沈めて行った。










 * * * * *










 ――気づいたとき、私の目の前には見覚えのない光景が広がっていた。

 天に昇るのは、大きすぎるほどの黄金の月。周囲は月明かりにのみ照らされた薄暗い森。

 そして、私の目の前に存在しているのは、その中央に建つ社だった。

 見覚えのないその光景に目を見開き――私は、その屋根の上に見知った姿を発見していた。



「……これは、お前の仕業か、千狐?」

「うむ。ここはお主の内面領域――簡単に言えば、心の中という訳じゃな」



 社の屋根の上、そこに腰を下ろして見下ろしていたのは、他でもない私の精霊である千狐だった。

 半透明でない彼女の姿を見たのは本当に久しぶりだ。

 声も肉声のように聞こえている以上、彼女の言うようにここは通常の空間ではないのだろう。

 普通ではあり得ぬこの現象に思考を巡らせながら、私は彼女を見上げて声を上げる。



「心の中とはな。私の心の中は、随分と薄暗いのだな?」

「いや、この領域は妾が間借りしている場所に過ぎぬよ。お主の本来の心理領域には、妾は立ち入れぬ」

「……そういうものか」



 精霊という存在の性質は、未だに謎が多い。普段から千狐と話していても、それは変わらない。

 まさか、姿を見せない時にこのような場所に存在していたとは。

 まあ、とはいえ千狐ならば問題はあるまい。私はそれだけ、彼女のことを信頼していた。

 それよりも、今気にするべきことは――



「それで、千狐。わざわざ私をここに呼び出した理由は何だ? 『無貌』に気取られぬようにするためなんだろうが……」

「うむ、察しが良いようで何よりじゃ。普通に話していると奴に傍受される可能性があるが、ここまでは奴の耳も届かぬ。それに、この領域で一つ見せたいものもあったしの」



 そう告げて、千狐は勢い良くその場から跳躍していた。

 社の高さはそれなりだったが、千狐はまるで羽のようにふわりと着地し、私と同じ地面に立つ。

 千狐はそのまま私を手招きし、社の入口を指し示していた。

 屋根が下す影によって薄暗いが、だからこそ内部から僅かな光が漏れているのが見て取れる。

 その中へと招き入れられるのか――そう思ったが、千狐は何故かその戸の前で立ち止まり、私を待っていた。



「千狐? ……その中には、何があるんだ?」

「ここは……これこそは、お主の力の源泉じゃよ」

「源泉? まさか、これは――」

「然り。この内側にあるものこそが、《王権レガリア》の本体そのものじゃ」

「この中に、《王権レガリア》が……」



 その言葉に、私は半ば無意識的に社の戸へと手をかけていた。

 しかし――



「む、開かない?」

「うむ。お主が普段使っている《王権レガリア》の力は、このようにお主が直接干渉している訳ではない。《王権レガリア》の力はお主に馴染み、制御できるようにはなっているが、完全に支配できている訳ではないのだ」



 千狐の説明に、私は眉根を寄せる。

 大精霊である八尾の力を受けて、私は《王権レガリア》を制御できるようになった気でいた。

 だが――私はまだ、《王権レガリア》の本質には触れられていないということか。



「前にも説明したがの、あるじよ。《王権レガリア》は、大いなる《白銀の魔王》の権能、その力の一部そのものである。その力はまさに世界を滅ぼすほどの物。この世界に来たばかりのお主が触れていれば、魂ごと消し飛ばされていても不思議ではない」

「つまり、この社はその影響を防ぐためのものだったのか」

「その通りじゃな。しかし――今のお主であれば、これに触れたとしても問題は無かろう。故にこそ、この戸を開けたいのじゃが……」

「開けられないのか?」

「これは妾が用意したものではない。妾が開けようとして開けられるものではないのじゃ」



 困ったように肩を竦め、千狐は小さな社を見上げる。

 私はそれを横目に見ながら、扉に手をかけて力を籠める。

 扉は、僅かながらに動きを見せる。だが、それ以上に動かすことが出来ない。

 手応えはあるように感じるのだが……やはり、何かが足りないようだ。



「……これはどうやったら開けられるんだ?」

「ふむ……」



 私の問いに、千狐はどこか悩むように虚空を見上げる。

 しばし彼女は悩むように沈黙していたが、やがてゆっくりと、言葉を選ぶように声を上げた。



「……妾の成り立ちは、お主には話しておらんかったな」

「うん? 確か、前の世界にいるのが恐れ多くなった、とか――」

「それは妾が形成された後の話じゃな。妾は、《魔王》の眷属たる《賢者》によって生み出された存在じゃ。ちなみに、この姿もあのお方の趣味じゃ」

「……そ、そうか」



 私としては、千狐は自然に発生した精霊なのだろうと思っていたのだが――まさか出自から《魔王》の関係者であったとは。

 《賢者》の趣味については、まあ触れないでおく。《魔王》の眷属の人格までは流石に知るところではない。



「妾の中に《魔王》の権能が埋め込まれたのもその時じゃ。妾の存在そのものが、この《王権レガリア》を《掌握ヴァルテン》するための力だったが故に、このように複数の力が同居するような状態となった訳じゃ」

「他の精霊の力を見るに、無茶苦茶な状況なんだろうな。それで、話を戻して欲しいんだが――いや、繋がっているのか?」

「うむ。要するに、この社を用意したのは彼の《賢者》という訳じゃ。妾には、これを開くための方法は分からぬ」

「……そうか」



 眉根を寄せて、私は社を見上げる。

 果たして、どうすればこれを開くことが出来るのか。

 もしもこれによって新たな力を得ることが出来るなら、今この時にこそ必要なのだが。



「尤も、以前よりは多少マシになっておる。前はびくともせんかったからの」

「そうなのか? 確かに、多少の手応えは感じられるが」

「うむ。恐らく、お主の成長に合わせて緩んだのだろう。もしくは……あの御方も《魔王》様の眷属、であればその在り方に同調している可能性もあり得るの」

「《魔王》の在り方、つまりは《魔王》の考え方に従ってここが閉ざされていると? その考え方とは一体何だ?」

「……己の意思を示すこと。強き魂を見せつけること。あの御方は、そんな強い魂の輝きを好んでいる……じゃが、お主はそれをこれ以上ないほどに示してきたと思うんじゃがな」



 あまり実感は無いが、まあ確かに、私は私の方針を示しながら戦ってきた。

 それでも開いていないというのなら、他にも何か必要なものなのかもしれない。



「……何にせよ、今のままではここは開けないということか」

「そうなるの。恐らく、『無貌』の狙いはこの中身そのものじゃ。できれば、奴と相対する前にこれをものにしたいのじゃがな」



 社を見上げた千狐の言葉に、私も頷く。

 強くなる目があるのならば、少しでもそれに手を伸ばしたい。

 此度の敵は強力だ。生き残るための目は少しでも増やしたい。



「……まあ、あの御方に聞けぬ以上は仕方あるまい。自力で何とかせねばならぬだろう」

「そうなるか……心に留めておく。《魔王》は、一体何を求めているんだろうな」



 今の状況では、何も分からない。

 けれど――何かが変わろうとしている、そんな予感があった。





















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