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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第9章 黄衣の風神
158/182

158:最悪の知らせ












 ――姉上が、『無貌』の術によって何処かへ転移させられた。

 リリから報告を聞いた私は、すぐさま火之崎の本家へと連絡、凛と共に本家へと戻ってきていた。

 奴が何らかの干渉をしてくる可能性を考え、姉上にはリリの一部を護衛代わりに付けていたのだが……強制転移を喰らう羽目になるとは思わなかった。

 姉上は火之崎の次期当主、その危機を軽く流すことなど本家にもできるはずもない。

 当然の如く開催された当主会議では、火之崎の上位メンバー全員が顔を出すこととなった。



「……緊急の会議を始める。総員、状況は大まかに理解しているな?」



 父上の言葉に、集まった全ての面々が頷く。

 普段は軽い雰囲気を持っている臥煙や燈明寺までも、この時ばかりは表情を硬くしていた。

 これは、火之崎一族全体の将来に関わる案件だ、甘く見ている余裕などない。

 この中で最も心穏やかではないだろう母上は、既にピリピリとした殺気を纏い始めているほどだ。

 そのおかげもあり、私は何とか冷静さを保ちつつ父上の言葉を待つ。



「魔法院の任務中、朱音が転移魔法によって連れ去られた。既に魔法院からも連絡は来ているが、詳しい状況はお前の方が知っているだろう、仁」

「はい。状況を説明します」



 まあ、魔法院の説明よりは、直に見ていたリリの説明の方が詳しく話せるだろう。

 向こうしか知らない情報もいくつかあるだろうが、今重要なのは姉上の状況についてだ。

 姉上は、今危機的状況にある。正直、自分だけで飛び出して行こうかとすら考えていたほどだ。

 けれども、それはリリによって止められた。焦りはあるが、今の状況で短慮に動くわけにはいかなかったのだ。



「朱音様は、任務中に強制転移の魔法によって連れ去られました。実行犯は『無貌』です」

「つまり、朱音様は貴様の厄介事に巻き込まれたということか?」

「落ち着けよ、燠田の姐さん。そこまで織り込み済みで志願したのは朱音様の方だろう」

「フン……まあいい」



 かなり苛立っている様子の燠田に、私は小さく嘆息する。

 まあ、そう言いたい気持ちも分からなくはない。私自身、姉上を関わらせたくは無かったのだ。

 しかしこうなってしまった以上、文句を言っても仕方がない。

 考えるべきは、姉上を救出する方法だ。



「朱音様の位置は把握しています。現在、同じく古代兵装の回収に動いていた職員たちと一緒に海外まで飛ばされてしまったようです」

「海外!? これまでにはない動きじゃないか、どうしてまたそんなことを……」

「それは……」



 ――正直なところ、それこそが最悪と言わざるを得ない理由だ。

 それが無ければ、私は一人だけでも飛び出していただろう。

 その理由は、すなわち――



「……朱音様が連れ去られたのは、中東付近にある国の辺境。そこに存在している古城です」

「おい、灯藤の。報告は正確にしてくれや。どこだか分らんと、手出しのしようがねぇだろう」

「いや、臥煙さん。中東で城、しかもあの『無貌』が関わってきたってことは……」

「……ええ、その通り」



 戦慄した様子の表情を浮かべる燈明寺に、私は硬い表情で頷く。

 それは間違いなく最悪の相手。世界最強の魔法使い『無貌』に次ぐ実力者。

 その存在については、両親も既に把握していた。

 既に私からの報告を聞いていた父上は、しかしそれでも忌々しげに顔を顰め、小さく呟く。



「……《風神》ハストゥール。十秘跡の第二位。『無貌』め、まさかあの男を巻き込んでくるとはな」



 父上のその言葉は小さなものではあったが、この場にいるのは全員が熟練の魔法使い。その言葉を、聞き逃すことなく拾っていた。

 そして――その信じられないような内容に、一同が揃って絶句する。

 そう、それこそが十秘跡第二位、世界で二番目に強い魔法使い。

 そしてリリが言うには――彼は古より存在する古き存在の一角であり、その中でも特に強い力を保有する存在であるとのことだった。

 ハストゥールの実力は、全盛期のリリが足元にも及ばないほど。

 圧倒的という表現すら生温い、人知を超えた存在だった。



「正直、考えたくもないことではあるが……十秘跡の第一位と第二位が手を組んだということだ。どちらか一人であるならば、朱莉と二人で出れば拮抗も出来ただろうが――」

「私たちが出れば、『無貌』は手出しすることを躊躇わないでしょう。そうなったら最悪です」



 父上と母上は、十秘跡の第四位と五位。その実力が国内最強であることは疑うまでもない。

 だが、相手が一位と二位となれば話は別だ。先生から聞いていたが、父上より上――つまり三位以上は全て人外であり、人間の領域を遥かに超えた怪物であるという。

 そんなものを二体同時に相手にするのは、流石の父上と母上でも不可能だろう。

 だが――



「しかし、このまま静観する訳にも行かん」



 そう言い放った父上の言葉に、その場にいた全員が頷く。

 例えどのような怪物が相手であったとしても、姉上を見捨てるという選択肢はあり得ない。

 そして、その為には――



「仁、分かっているな?」

「……はい。私が朱音様を連れ戻します」

「っ、ちょっとお父様!? まさか、仁だけにやらせるつもり!?」



 私たちの言葉の真意を悟ったのだろう、凛が眼を剥いて叫び声を上げる。

 その声に、父上は僅かに視線を細めながら返していた。



「仁一人に、という訳ではない。だが、主導するのは仁でなくてはならん」

「っ、それならあたしも行きます!」

「それはならん。朱音にもしものことがあれば、火之崎の次期当主はお前になる。そのお前を死地に赴かせることなど認められん」

「そんなの……ッ!」



 激昂しそうになる凛に、しかし父上は鋭い視線で押し留める。

 父上は、火之崎の当主として決断しなければならないのだ。

 幸い――と言うべきではないが、私と姉上だけの犠牲であるならば、火之崎の存続は十分に可能だ。

 私がいなくなれば『無貌』による干渉も無くなる可能性は高いし、多少の影響は有れど混乱を収めるのは難しくは無いだろう。

 それに――



「『無貌』の狙いは私です。私が出るならば、奴は決して達成不可能な条件を課すことは無いでしょう。しかし、過剰な戦力を送れば――」

「ハストゥールに加え、奴までもが牙を剥く可能性が高い。仁が赴くのが最も成功の可能性が高いのだ。無論、バックアップは十全に行う」



 とはいえ、生半可な支援では焼け石に水だろう。

 私が直接行けば『無貌』が手を出してくることは無いだろうが、ハストゥールと戦闘になる可能性は極めて高い。

 全盛期のリリが勝てないと断言するような相手だ、《王権レガリア》を使ったところで、食い下がれるかどうかすら危うい所だろう。

 だがそれでも、やらねばならない。姉上を連れ戻すためには、《王権レガリア》の力は必要不可欠だ。



「私の《王権レガリア》ならば、目標地点に直接到達することも可能です。しかし、距離が距離であるため、回復を挟まなければ帰りの転移を行うことは不可能です」

「あの周囲はハストゥールの領域だ。空気がある以上、奴から逃れることは不可能だろう。仁、お前は目標地点に乗り込み、朱音を確保し、ハストゥールの魔法の範囲外まで逃れる必要がある」



 父上の言葉に頷きつつ、眉根を寄せる。

 困難どころの話ではない。相手は十秘跡の第二位、しかも古代兵装で武装した怪物だ。

 相手が風属性の魔法を使うということは分かっているが、神代の魔法使いに常識など当てはまるはずもない。

 多少の対策を取ったからと安心していれば、あっという間に蹂躙されるのがオチだろう。

 私にある可能性は《王権レガリア》のみ。それも、現地までの転移で大半の力を使う必要がある。

 姉上を確保して逃走することを考えれば、私だけの方が楽という可能性もあるが――



『恐らく、逃げるのは難しい。あの方の魔法制御範囲は500kmを超える。力が続く限り逃げても、恐らくは間に合わない』

『相手の出方次第じゃが、回復するまでは隠れる方が良いじゃろうな』

『……正直、それだけはやりたく無かったが』



 隠れる類の術を持っている者と言えば、結界と幻術系の術に優れた彼女・・しかいない。

 本音を言えば巻き込みたくは無かったが、彼女はむしろ自分から付いて行くと言い張ってくるだろう。

 ――私も、覚悟を決めねばなるまい。そう、己に言い聞かせていたその時、父上へと向けて二人の男が声を上げていた。



「当主、俺たちも付いて行きてぇんだが、構わんか?」

「臥煙、それに大焚か。戦力としては十分だが、お前たちが行けば『無貌』が動く可能性もある」

「百も承知だよ、俺たちゃ出しゃばるつもりは無い。お嬢の安全と退路の確保、流石に、仁の前に出るつもりはねぇさ」

「……我らは既に後継者も育っています。朱音様の無事と引き換えならば、盾にもなりましょう」



 その言葉に、私は思わず眼を見開く。

 臥煙の当主である臥煙剛充よしみつと、大焚の当主である大焚和臣かずおみ

 彼らは、己を犠牲にしてでも姉上を連れ戻すと、そう宣言して見せたのだ。

 その言葉に、父上はしばし瞑目し――やがて、決意を秘めた鋭い視線で告げていた。



「いいだろう。その命に代えてでも朱音を連れ戻せ」

「承りましたよ、っと」

「承知」



 父上にとって、彼らは信頼する腹心。

 その二人が見せた決死の覚悟を、父上は真っ直ぐと受け止めて見せた。

 本当ならば、己が行きたくて仕方が無いだろうに――その歯がゆい思いに、私は歯を食いしばる。



「仁。作戦の手動はお前に任せる。臥煙と大焚を連れ、現地へと向かえ」

「承知いたしました」

「……済まない、頼むぞ」



 最後に、ほんの僅かにだけ父親としての顔を覗かせた父上。

 その言葉を、私は心底から承服していた。

 既におぼろげに、しかし確かな怒りの感情だけが残る前世の記憶。

 あの絶望に満ちた日々を思い返し――同時に、父上に同じ苦しみを味わわせる訳にはいかないと決意する。

 いかなる手を使ってでも、私は姉上を連れ戻さねばならないのだ。

 その為には――



「お二人とも、よろしくお願いします」

「おう、頼むぜ灯藤の」

「……背中は任せて貰おう」



 ――この二人の力を、存分に借りねばなるまい。

 臥煙と大焚は火之崎の分家の中でも特に高い戦闘能力を有している。

 その当主である二人は、宗家には及ばずとも、特級魔導士の上位に比肩し得る実力を持っていると言えるだろう。

 相手が相手であるために、その実力に頼り切れるという訳ではないが、それでもかなり助かる事は事実だ。



「頼りにさせて貰います。では、当主様。こちらもこちらで準備しますので」

「ああ、よろしく頼むぞ。出発前には連絡を入れるように」

「承知しています」



 父上の言葉に頷き、私は思考を巡らせる。

 連れて行く人員は多すぎても拙いが、少なすぎても手が足りない。

 しかして生半可な実力の者を連れて行くわけにもいかず――ああ、全く悩ましい状況だ。

 とりあえず、先ずは――



『……灯藤家の面子で相談だな』

『それが良いじゃろう』



 乗り気ではないが、背に腹は代えられない。

 私はあらゆる可能性を考慮しながら、作戦結構のメンバーを考えていた。




















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