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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第8章 白刃の理剣士
147/182

147:想定外












 室長から呼び出された私は、急ぎ『八咫烏』の本部にまで出頭していた。

 態々ここまで顔を出す必要があったのかは疑問だが、室長からの命令となれば従わざるを得ない。

 とはいえ、この状況で態々呼び出しとなると、まず間違いなく例の件だろう。

 『無貌』による通話の傍受はまだ完全には防げていない。

 直接話をする方が安全だ、と室長が判断したということか。



『しかし、何が起こったのか……リリよ、お主は何か感知しておるか?』

『ううん、何もわかっていない。話を聞いてから裏付けを取った方がいい』

「リリの言う通りだな。どの程度情報が封鎖されているかは分からんが……ゼロよりはよほどマシだ」



 小さく嘆息し、私は『八咫烏』の扉をくぐる。

 目に入るのはいつも通りの管制室――だが、その雰囲気は普段とは完全に異なるものだった。

 オペレーターたちまでもが緊張を滲ませた部屋。扉から入ってきた私に、近場にいた者たちは大仰な様子で振り返ってすらいた。

 どうにも、かなり神経が過敏になっている様子だ。緊急事態とは言っていたが、想像以上に厄介なことになっているのかもしれない。



「……む。来たか、灯藤。会議室に来い」

「はい、承知しました」



 慌ただしく周囲の人員に指示を出していた室長が、こちらの姿に気づいて声を掛けてくる。

 後の仕事は己の部下に任せ、さっさと会議室の方へ歩いて行ってしまった室長は、いつも以上に余裕が無い状態に思えた。

 皮肉の類が一切ない感じ、中々厳しい状況にあるようだ。

 再び疑問には思いつつも、まずは話を聞いてみなければ始まらない。

 私は一度溜息を吐いて気分を落ち着かせつつ、室長の後に続いていた。

 辿り着いたのはいつもと同じ、だが余人の姿が排除された会議室。どうやら、人払いまで住んでいる様子だ。



「……どうにも、厄介な状況のようですね」

「全くだ。これだから『無貌』の仕組んだ案件は嫌いなんだよ」



 皮肉ではなく純粋な殺意交じりの怒りを吐き出し、室長は乱暴に椅子へと腰を下ろす。

 思った以上に余裕はなさそうだ。私は改めて気を引き締めつつ対面へと座り、彼女の言葉を待った。

 よく見れば目の下に隈を作っている室長は、しばし呻き声を上げながら頭を掻き――改めて、その鋭い視線を私へと向ける。



「貴様には、戸丸が古代兵装の回収に当たっていることは伝えていたな」

「ええ……やはりその案件の問題ですか」

「ああ。予想していた通り問題は起きた――その起き方が予想外だったがな」

「と言うと?」



 私の問いに、室長は言葉を詰まらせる。

 あの、率直で遠慮のない室長が、だ。

 一体何が起こったのかと、私は固唾を飲んで見守る。

 室長はしばし、躊躇うように言葉を止め――一度嘆息してから、その言葉を吐き出していた。



「……戸丸が、裏切った」

「……は?」

「戸丸白露は、『八咫烏』の命令を拒んで古代兵装を回収して逃亡。動きは察知できているが、手が出せない状態だ」



 その言葉に、私はしばし目を見開いて呆然とし――言葉を飲み込んで、改めて驚愕していた。

 『八咫烏』の隊員は、この国の中枢に触れ得る場所に配置される。それ故に、経歴や思想については徹底的に調べられるのだ。

 大精霊に対し敬意を抱き、翻意が無いこと。国防装置としての使命を全うする決意があること。

 しかも定期的にカウンセリングも行われており、精神的な不調を抱えているかどうかについても調べられる。

 そうである以上、『八咫烏』の隊員が裏切るということはまずありえないと言っていい。私の知る限り、過去の記録まで含めても、前代未聞であった。

 しかも――



「あの彼が……大精霊の守護役である彼が、ですか!? 馬鹿な、彼ほど大精霊に対する忠誠心を抱いていた男は他にはいない。それなのに、何故!」

「そんなものは私が聞きたい! 奴は一体何を考えている!」



 がん、と。室長は机を叩き、声を荒げる。

 その言葉で冷静になった私は、室長に謝辞を伝えつつ思考を巡らせていた。

 理由については、現状の材料では考察のしようがない。時折顔を合わせる機会があったとはいえ、彼と会った回数は片手で数えられる程度だ。

 それだけでも、守護役の役目に誇りを抱いていたことは十分に理解できたが……今はそれを考えても仕方がない。

 とにかく、彼の行動について情報を得なければならないだろう。



「……それで、彼は今どこに?」

「現場からは離れ、移動している。向かっている先は……恐らく、貴様だ」

「私、ですか?」

「ああ。奴は直線で、貴様のいる街の方へと向かってきている。やはり、『無貌』は貴様を関わらせる気満々のようだな」



 吐き捨てるように呟く室長の言葉に、私は視線を細める。

 そのまま視線を外さずに周囲の気配を探れば、会議室の前では幾人かが立ったまま待機している様子が窺えた。

 私は小さく嘆息し――声を潜めて、室長へと問いかける。



「上の差し金ですか?」

「……ああ。やはり連中は、貴様をこの件に関わらせたくないようだ」

「気持ちは分からなくはないですがね……私が街中で古代兵装と接触するなど、先の件を考えれば悪夢でしかないのは確かです」



 しかしながら、この対応に意味があるのかどうかも正直疑問ではあった。

 奴の仕込みである以上、何かしらの仕掛けが成されている可能性は高い。

 私を『八咫烏』に閉じ込めたからと言って、果たして被害の拡大を防ぐことが出来るのか。

 私は、思わず舌打ちを零す。惚けていれば、あの街に――凛や初音に被害が及ぶ可能性もある。そんな事態を看過することは出来ない。

 だが――どうにかして抜け出すにしても、もう少し情報は必要だった。

 室長は上の決定に懐疑的な様子ではあるが、素直に情報を渡してくれるものだろうか。

 色々と脳裏で思考を巡らせ、今後の対応策を探ろうとして――ふと、室長が声を上げていた。



「……奴は、貴様の言う通り、大精霊に高い忠誠を誓っていた」

「室長?」

「奴は大精霊との謁見の後、自ら守護役に志願したのだ。無論、それが簡単に通るはずもないが……当の大精霊からの許可と推薦があり、守護役に抜擢されたのだ」



 唐突に室長が発し始めた言葉に、私は口を噤んで聞き入る。

 理由や経緯は分からないが、どうやら彼女は私に情報を渡してくれるつもりのようだ。

 であれば、まずは聞かねばなるまい。判断材料が足りなすぎる現状では、ちょっとした情報でも欲しいのだ。



「大精霊の言葉通り、奴は忠実に守護役の仕事を果たしていた。巫女の世話役まで含めて、奴の仕事は完璧だったと言っていい。奴が裏切るような理由など……それこそ、大精霊以外には無いだろう」

「……古代兵装が、大精霊を害するようなものだった?」

「それは無い――と言いたいところだがな。『無貌』の仕込みである以上、何があるかは予想がつかん」



 私の言葉に、室長は肩を竦めてそう答える。

 確かに、あの『無貌』のことだ。本来の効果とは異なる性質を与えられていたとしても不思議ではない。

 正直なところ、あの戸丸が利己的な理由で『八咫烏』を裏切るとは到底考えられない。

 いかなるものかは分からないが、彼が看過出来ないような『無貌』による干渉があったと考えるべきだろう。

 そしてそうだとするならば――



「……『八咫烏』にとっては、何としても事態を早急に収束させる必要がある訳ですか」

「その通りだ。隊員の裏切り、そして大精霊への影響――とてもではないが看過できん事態だ。いかなる手を使ってでも、事を終わらせねばならない」

「と言うことは、室長……貴方は」

「私からは何も言わん。だが、あのお方が、貴様に用事があるとのことだ」



 そう呟いて、室長は己の背後――大精霊の社へと繋がるエレベータを顎でしゃくって示す。

 どうやら、今回の件は大精霊も静観することは出来なかったようだ。

 同時に、それだけ拙い状況であることも理解し、私は改めて気を引き締める。

 『無貌』の狙いがどこにあるのかは分からないが、現状を他人任せにして状況が好転するとは思えない。

 私は室長の言葉に頷き――もう一つだけ、彼女に問いかけていた。



「……室長、私と戸丸が戦闘になる可能性は高いと考えていますか?」

「『無貌』のことだ、かなりの確率でそれを仕組んでいるだろうな」

「であれば、彼の能力を教えて頂きたい。初見で彼と戦っては、正直勝てる気がしない」



 魔法を抜きにした武術の観点において、彼は遥か高みに存在している。

 同じ土俵に引きずり込まれれば、まず間違いなく勝ち目は無いだろう。

 まずは情報が必要だ。彼が、いかなる能力を持っているのか。対策さえ練れれば、成す術無く敗北するということは無くなるだろう。

 私の願いに、室長は目を閉じて首肯する。どうやら、彼女も手段を選んでいられる余裕はないらしい。



「ああ、教えておこう。戸丸白露、奴は魔力に秀でている訳でも、属性魔法に熟達している訳でもない。身体能力は十分に高いが、それ自体は貴様と比肩するレベル――貴様の両親のような化物には及ばん」

「……であれば、彼は一体何を持っていると?」

「奴は一芸に秀でたタイプだ。即ち――」



 そうして告げられた彼の秘密に、私は驚愕の表情を抑えることは出来なかった。











 * * * * *











 エレベータを下り、薄暗い通路へと足を踏み出す。

 以前来た時には舞佳さんに連れられ、そして戸丸に出迎えられたこの地下空間。

 まるで時が止まったかのような、静謐な空気に満たされた領域。

 機械的な様相が排除された木造の通路を、私は無言で進む。



『しかし、八尾殿が妾たちに要件とはの』

『守護の大精霊も、『無貌』の暴挙は無視できない』

『まあ、当然じゃろうな。あれは面白半分に大きな被害を生んでおることじゃし』



 耳元で響く千狐とリリの会話を租借しつつも、私は沈黙を保ちつつ歩みを進めていた。

 此度の件、『無貌』からの干渉は、大精霊としても決して無視は出来ない筈のものだ。

 しかしながら、彼女が私に対していかなる判断を下すのか――それを想像する材料はあまりにも少なすぎる。

 以前会った時のこともあるし、決して敵対的という訳ではないだろう。

 だが、彼女が守護するものはこの国全体だ。私個人が切り捨てられる可能性は、皆無であるとは言い難い。

 しかし、それは同時に『無貌』に対する挑発行動であると取られる可能性も否定は出来ないだろう。

 私は――



(……私は、私の手で状況を打破したいと考えている)



 それは別に、子供じみた意地などではない。

 もしも戸丸が私を探してあの街に向かっているのであれば、凛や初音など、私の家族に接触する可能性が高いからだ。

 その時の彼の反応も気がかりではあるが、それ以上に『無貌』による仕込みが悪影響を及ぼさないかどうかが心配だった。

 本当ならばここで悠長になどしておらず、あの場を突破してでも街に戻りたい所ではあった。

 転移後の魔力の余裕があるならば、《旅人之理タビビトノコトワリ》を使うことすら辞さなかっただろう。

 だが、この国の全域を知覚できるであろう大精霊から逃れることは不可能だ。まずは、彼女の話を聞かなくてはならない。

 頭の中で様々な可能性を吟味して、しかし答えを得ることは出来ず――私は、大精霊の社の前まで辿り着いていた。



「…………」



 沈黙したまま、深呼吸をする。

 これほどの緊張は、果たしていつ以来か。溜め息すら混じった緊張を吐き出し、私は改めて顔を上げる。

 既に、彼女はこちらの存在を知覚しているだろう。こちらを待ち構えているのであれば、それに乗るだけだ。



「……灯藤仁です。呼び出しに応じ、参上いたしました」

『よくぞ参りました。お入りなさい』



 魂に直接響くような、精霊の声。

 その響きに従うかのように、社の戸はひとりでに開け放たれていた。

 その奥に坐するのは、一人の少女――この精霊殿において、大精霊の契約者、依り代として選ばれた巫女の少女。

 彼女がいかにして選ばれたのかは、私も知らない。色白で、日の目を見たことがあるのかどうかも定かではない彼女は、今はその身を大精霊へと明け渡し、こちらのことを見つめていた。



『よくぞ参りました、魔王の権能を持つ者よ』

「お招きに預かり光栄です、八尾様」

『礼は必要ありません。それよりも、すぐに話を進めるとしましょう』



 そう告げて、大精霊は正面にある座布団を示す。

 一瞬躊躇いつつも、私はそこへと向けて足を踏み出し――精霊殿の戸は閉じられ、私と大精霊の対談が幕を開けたのだった。





















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