144:遺物の回収
「……済みません、もう一度言っていただけますか?」
「しっかりと聞いておけ。既に、残り二つの古代兵装の位置は特定している」
聞き直しても変わらなかった内容に、私は思わず眼を見開き――そして、それをどう咀嚼するべきかと頭を悩ませていた。
定期試験も終わり、数十年ぶりの学生生活というものにも慣れてきた頃。
そろそろまた古代兵装絡みの事件が起こるのではないかと思い、丈一郎の参加させられている古代兵装実験の付き添いで『八咫烏』を訪れた際に、室長に事件について尋ねてみたのだが――返ってきたのは、そんな返答だった。
丈一郎の実験風景を横目に、私は額に指を当てて思案する。
「……その情報は、これまで私には渡さぬようにしていましたか?」
「そうだな。不本意な形であろうが、貴様は当事者だ。本来ならば伝えるべき内容であったが……奴の件がある手前、避けていたのだ」
やはり、そもそもの原因は『無貌』にあるようだ。
四つの古代兵装が密輸されたことから端を発したこの事件、先日ついに、その犯人が発覚したわけだが――状況は何も好転しなかった。
世界最強にして最悪の魔法使い、十秘跡第一位『無貌』。奴によって仕組まれたのは、私の力を観察するための事件だったのだ。
つまり、他の二つの古代兵装についても、同じような目的で使用される可能性が高い。
この事件の中では、私は全てにおいて当事者に他ならないのだ。
だが、そうであるにもかかわらず、室長は私に対して情報を封鎖していた。
そこには、果たしていかなる目的があるのか――まあ、ある程度の所は予想が付くが。
「私が近づくと大事になる可能性が高いから、ですか」
「そういうことだ。『無貌』は貴様の力を測ろうとしている。それに素直に乗ってしまえば、また大惨事が起こりかねない」
『無貌』が何を仕組んでいるのかは全く想像もできないが、室長の言う通り、何かしらの仕掛けを用意している可能性は高いだろう。
それが動き出せば、先日の事件のような大事に発展する可能性は極めて高いと言っても過言ではない。
いい加減、国としてもそれを容認することは出来なくなったわけだ。
確かに、納得は出来る話だろう。しかし――
「それは、大丈夫なのですか? 『無貌』が仕組んだ以上、そう容易いものではない筈ですが」
「……まあ、こちらにも同じような懸念はあったがな」
私の問いに対し、室長は深い嘆息を零す。
『無貌』の操る術や、張り巡らされた策謀は我々の想像を絶している。
何が起こるか分からない以上、対策は非常に難しいのだ。
そして奴の目的が私である以上、私が関わらずに事件を終わらせるという選択を容認するとは思えない。
室長としてもそれは同意見なのだろう、難しい表情で続けていた。
「相手は『無貌』。おおよそ、最悪の状況を想定して、その更に上を引き起こしてくるような相手だ。精霊府と魔法院の上層部も、それは重々承知している。だが――ほぼ確実に大事に発展する貴様と、秘密裏に片付けられるかもしれない他の隊員。どちらの方がリスクが軽いかと言えば――」
「……後者、という訳ですか」
「基本的に、奴と関わったことのある人間は少ないからな。過小評価されていると言われれば否定できないが……リスク管理の観点からしても、貴様を関わらせない方が良いというのも現実だ」
室長の言葉に、私は肩を竦める。
相手の出方が分からない以上、何もかもが不確定だ。
だが少なくとも、私が関われば大事件に発展してしまうというのはほぼ間違いない。
上の判断も、その点を鑑みれば決して間違っているとは言えないだろう。
問題は――その対応をした結果、相手がどのような反応を見せるかということなのだが。
「まあこちらとしても、何かが起こるのであれば回収後の方が都合が良い。貴様はいつでも動けるようにしておけ、灯藤」
「……承知しました」
室長は、回収後に何かが起こると予想しているのだろう。私としても、何も起こらない可能性は低く見積もっている。
相手が相手だ、一切油断は出来ないが……それが上の判断であるというのなら、こちらも動くことは出来ない。
そもそも、詳細な情報は回ってこないだろう。大人しく、万全の態勢を整えておくべきだ。
結局後手にならざるを得ないこの状況に、私は嘆息しつつも思考を巡らせていた。
『どう思う、千狐?』
『お主に限って、何も起こらんということはあり得んじゃろう』
『わたしも、同意する』
身も蓋もない意見に頬を引き攣らせるが、生憎と私も同じ意見であるため否定は出来ない。
一部は『無貌』の仕業であったとはいえ、これまで散々様々な事件に巻き込まれてきたのだ。
そこに『無貌』の仕込みが入るとなれば、何も起こらないということはあり得ない。
『はぁ……せめて場所さえ分かれば、あらかじめ監視も出来るんだが』
『出来る限りのことをしておくんじゃな。とりあえず監視網を築くとしよう』
『ん……分体の監視網を広げる』
『頼む、リリ。非効率的だが、やるしかない』
とにかく、不意打ちを喰らうことだけは避けたい。今の状況では、とにかく迎撃態勢を整えることしかできないのだ。
せめて、こちらから追う立場であればもう少しマシなのだが――まあ、それは言っても仕方のないことか。
私は胸中で嘆息しつつ、再び室長へと視線を向ける。
「現状で開示していただける情報はありますか?」
「ふむ……残る古代兵装は二つ。内一つを我々『八咫烏』が担当し、もう一つは魔法院の部隊が追っている」
「向こうもいい加減、対策室の準備が整った訳ですか」
「初動が遅いにも程があるがな。とはいえ、整ったからには期待できる戦力だ。まだ痕跡を追っている段階だが、任せても問題は無いだろう。場所を掴んだのは我々の担当する兵装の方だ」
とりあえず、二つを同時に相手をすることはなさそうだ。
魔法院の動きも気になることは気になるが、こちらから口出しできる領域ではない。続報を待つしかないだろう。
それよりも、重要なのは『八咫烏』の担当する古代兵装だ。
「モノの詳細と位置については開示許可が出ていないが、担当している隊員なら話せるぞ」
「と言われましても……私の知っている人ですか?」
「ああ、戸丸だ。今回は奴を動かしている」
その言葉に、私は思わず眼を見開いていた。
地下にある、大精霊の社を守護する魔導士であり、想像を絶するレベルの剣士である戸丸白露。
彼の実力を目の当たりにしたことは無いが、最重要区画の護衛を任される以上、並の隊員より強いことは想像に難くない。
そうであるならば、古代兵装の回収任務に抜擢されるのも納得だろう。
「今の所順調との報告だ。奴は外部への露出も少ないから、ほぼ顔も割れていない。秘密裏に迅速に片付けて見せるだろう」
「出来れば、間近で見てみたかったものですね」
「ふん、見ることが無いよう祈っておくことだな」
確かに、彼の剣を間近で見ることがあれば、確実に厄介事に巻き込まれている状況だろう。
苦笑交じりに室長の言葉に頷き、私は溜息を吐き出しながら虚空を見上げていた。
――あまり厄介なことにはならないで欲しい、と胸中で呟きながら。
* * * * *
『八咫烏』に向かった翌日、私たちは早速、監視網の構築に乗り出していた。
術式を仕込むという手もあるが、時間がかかる上に気づかれやすく、広大な場所をカバーするのは困難だ。
その為、私はいつも通り、リリを利用した監視網の構築を選んでいた。
リリの分体を各地に派遣し、それぞれが術式を構築することによって広い連絡網を造り上げるのだ。
ただし、リリは細かく体を分けすぎると、小さい分体は自意識を保てなくなってしまう。
流石に広い範囲をカバーしようとするならば、自意識を持った分体を使用することは不可能だ。
結局、自律行動の取れない術式だけ仕込んだ小さな分体を各地に仕込み、それによって情報収集を行う以外に方法は無かった。
要するに定点観測しかできないのだが、それは数でカバーだ。
まあ、頑張ったのはリリであるし、私は大したことはしていないのだが。
それは兎も角として――
「……お前から相談とは、珍しいな、凛」
「別に、いいでしょ」
灯藤家にある私の私室。珍しく灯藤家までやってきた凛は、家の中に上がるや否や、私を部屋まで連れ込んでいたのだ。
一応リリがお茶を淹れて持ってきたが、凛はお茶だけ受け取ってリリも部屋の外に追い出している。
まあ、私がここにいる以上、リリを追い出してもあまり意味は無いのだが。
ともあれ、凛にしては珍しい状況だ。凛は基本的に姉ぶっているし、私に対して弱みを見せたがらない。
凛の方から相談を持ち掛けられたことなど、これまで一度もなかったのだ。
まあ、家族から頼られることは嬉しいので、別段何か問題がある訳ではないのだが。
「文句がある訳じゃないさ。それで、私に何の用なんだ?」
「ええと……仁って、あの赤羽の護衛と仲良くしてたわよね?」
「刀祢のことか? まあ、それなりに仲良くしているつもりだが」
まあ、あれは仲良くというより、私のことを信仰しているとでも言うべき状態だったが。
慕われているのは悪い気はしないのだが、あれは少々行き過ぎでもある。
嫌われているよりはマシなのだが、もう少し落ち着いてもらいたいところだ。
「そうよねぇ……あんたの所はそんな感じだったわね」
「ということは、凛の方は何か問題があるのか」
「ん……いや、桐江が何か問題を起こしたって訳じゃないのよ。ただ、ちょっとね」
何か言いづらそうにしている凛に対し、私は言葉を待つ。
一度話すと決心した凛であれば、いつまでも隠し立てをするということは無いだろう。
そう考えてしばし待っていれば、凛はやがて意を決したように顔を上げていた。
「……ど、どうやったら仲良くできるの?」
「……は?」
「だから、どうやったら部下とあんな風に仲良くできるのよ!」
顔を赤く染めながら放たれた凛の言葉に、私は思わず眼を見開く。
今の言葉がそのままの意味であるならば、凛は桐江と仲良くする方法が分からない、という風に聞こえたが――
「……ええと、それは何か事情があるとかではなく?」
「ふ、普通に仲良くしたいだけだってば」
「成程、そうか……くくっ」
「あっ!? ちょっと仁、あんた笑ったわね!? 人がせっかく相談してるのに!」
「いや、悪い……ふふっ、あの凛が、まさか友人関係の悩みを持ってくるとは……」
「よーし分かった、ぶん殴ってやるからそこに正座しなさい!」
飛び掛かってきた凛のことを受け止め、殴りかかろうとする腕を押さえながら、私は何とか笑いを引っ込める。
腕が使えないと見るやスリッパを脱いで蹴りをくれる凛であるが、魔力で強化していない辺り本気で怒っている訳ではないだろう。
何とか彼女のことを宥めすかしつつ、私は再度凛へと問いかける。
「それで、どういうことなんだ? 桐江とは上手くいっていないのか?」
「そういう訳じゃないと思うんだけど……話は聞いてくれるし、こっちのことはちゃんと敬ってくれるし」
「なら、何が不満なんだ?」
「何か、空気が重いのよね。お堅いって言うか、仕事上の付き合いって言うか……」
「……成程」
何となく凛の言わんとしている所を察し、私は納得して頷いていた。
要するに、桐江は仕事上の付き合いとして凛と接しているのだろう。
それも、決して間違いという訳ではない。元々赤羽家が宗家に付くのはそれが仕事だからであり、必要以上に仲良くする意味が無いのは事実だ。
だが、凛としてはそれが不満なのだろう。凛は誰とでも仲良くしたいというタイプではないが、近しい人間とは気安く接したいのだ。
「あたしとしては、赤羽家との付き合いはお母様と鞠枝さんみたいな感じにしたいのよ」
「ああ。鞠枝さんも真面目だが、母上とはそこそこ仲がいいしな」
鞠枝さんは赤羽家の人間らしく火之崎宗家に敬意を払いながらも、母上とはそこそこ気の知れたやり取りをしていたりする。
凛はどちらかというと父上を見て育っていたような気がしたが、父上の場合はそれこそ厳格な関係を築いている。
互いに信頼し合っている様子ではあったが、あの重苦しい雰囲気よりは、母上のような状態が好みなのだろう。
「しかし、あれは長年の積み重ねという部分もあるからな……いきなりあんな風になれるものではないぞ?」
「仁はなってるじゃない」
「あれは刀祢が特殊だっただけだ」
とはいえ、凛の言いたいことも分からない訳ではない。
あまりにも重苦しい雰囲気の護衛が四六時中ついていたら、私でも肩が凝って仕方なくなることだろう。
「気持ちは分かるが、それは結局の所相手次第だ。桐江が意識してあまり距離を詰めないようにしているのであれば、正直難しいとしか言えないな」
「えぇ……何かないの? こっちから話しかけるとか」
「お前が詩織並みのフレンドリーさを持っているならそれもアリかもしれないが……お前、基本的には友達作り苦手だろう」
「ぐぬっ」
立場の問題もあるが、凛の態度は若干高圧的なのだ。
火之崎として舐められないようにする必要があるのは事実だが、それが常態化してしまっている以上、詩織のようなアプローチは無理があるだろう。
「まあ、とりあえず手は打ってみるが……」
「お? 何か作戦があるの?」
「別に作戦という程ではないが……相手と仲良くしたいのなら、相手のことを知ることが重要だ。桐江に直接聞けないなら、桐江のことを知る相手に聞けばいいだろう」
そう告げて肩を竦め、私はリリ越しに刀祢のことを呼び出していた。




