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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第1章 灼銅の王権
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014:迫る危機












「……電話が途切れました」

「うん? 朱莉さんが切ったの?」

「いえ、ノイズと共に強制的に切れました……もう一度、掛け直して貰えませんか?」



 私の言葉に、婦長は訝しげな表情を浮かべる。

 だが、頷いてくれた彼女は、すぐさま再度電話を掛け直していた。

 掛けた先は、恐らく再び母上に対してだろう。受話器を耳に翳し――次第に、その表情が強張っていく。

 一度受話器を降ろした婦長は、再びボタンを連打し、幾度かそれを繰り返した後、舌打ちと共に苛立たしげな声を上げていた。



「クソが、どこの大馬鹿者だ! 病院の外線を潰すだと? 何を考えてやがる!」

「ふ、婦長? 一体何があったんですか?」

「チッ……」



 同僚の看護師の言葉に幾分か冷静さを取り戻したらしい婦長は、それでも鋭い視線のまま、私のほうへと向き直る。

 尤も、その視線の鋭さは私に対するものではなく、現状への苛立ちの様子であったが。

 軽く息を吐き、頭を振ると、婦長は低い声音で私に問いかけた。



「火之崎の……いや、ここは仁と呼ぼう。君は、現状起こっていることを把握しているのか?」

「……正確なところはわかりません。ですが、私を狙ってきているのは確かでしょう」

「確かに……君の価値は計り知れない。火之崎の敵にとってはね」



 肩を竦めてそう告げると、婦長はぐるりと周囲を見渡す。

 彼女のことを不安げに見つめているのは、周囲の職員達だ。

 今の話だけでも、異常な事態が起こっていることを理解したのだろう。

 正直なところ、子供の前でそんな表情をするのは感心できないが……まあ、無理からぬことではあるだろう。



「あんた達、他の階に移動しな。緊急マニュアル、第二十三条だよ」

「っ、婦長!? しかし、それでは!」

「いいから行け。あんたたちはいるだけ邪魔だ。そして仁、君達もこいつらにくっ付いて移動しな。頼りないかもしれないが、それでも大人だ。やるべきことはちゃんとやる」

「いえ、頼もしいです……ですが」

『……少々、遅かったようじゃな』



 千狐が捕捉した、あの男がこちらに近づいてきている。

 迷うことなく真っ直ぐと進んできているのは、母上に対して電話をしようとしたことがバレているためか。

 どちらにせよ、ここから職員達と一緒に出ても、すぐさま捕まってしまうだろう。

 仮に逃げられたとしても、更なる実力行使が待っているだけだ。

 ならば――



「……私の部屋を荒らしていた男が、近づいてきています。母上に電話をしようとしたことが気づかれているかもしれません」

「何? どうしてそんなことが分かる?」

「…………」



 沈黙し、私は千狐と視線を交わす。

 千狐のことを明かせば、説明はできるだろう。だが、これまで隠し続けてきた存在だ。

 場当たり的に存在を明かしてよいものか。

 そんな意思を込めた私の視線に――千狐は、小さく頷いていた。



「……婦長。屈んで、耳を貸してください」

「……分かった。これでいい?」

「はい……婦長、私は、精霊と契約しています」



 その言葉に、婦長は大きく目を見開く。

 だが、彼女の言葉を待っている暇はない。今まさに、敵はこちらに近づいてきているのだ。



「言葉も、魔法も、全て精霊から教わりました。今敵がこちらに近づいてきていることも、精霊が見てきてくれたおかげで分かったことです……もう、あまり時間はありません」

「……分かった」



 小さく頷き、婦長は立ち上がる。

 その表情の中にあるのは、これまでの私の異常な行動に対するある程度の納得感か。

 ここで私の秘密を明かすのは、ある種の賭けではある。

 私にとっては、存在そのものが切り札であるとも言える千狐。

 その存在を明かすことは、この病院にいられなくなることとほぼ同意だ。

 だが、今はそんなことを気にしてもいられない。今、この窮地を潜り抜けなければならないのだ。



「あんた達はさっきも言ったとおり、マニュアルに従って移動。そしてちびっ子達はそこのロッカーに隠れてな」

「婦長が対応するつもりですか? こちらのことは把握されていると思いますが」

「戦いになるかもしれないってことだろう? あたしゃ、この階層の警備担当でもあるからね。一応は魔法院の戦闘魔導士だよ」



 どうやら、この階層の入院患者の護衛も担当している人物であったらしい。

 只者ではないと思っていたが、戦闘能力を持つ魔法使いであったとは。

 知らない単語も出てきたが、今は質問をしている場合ではない。それよりも――



「初音、君はロッカーに。婦長、私も行きます」

「仁!? なに言ってるの!?」

「初音ちゃんの言うとおりだ、仁。君が狙われているんだぞ? 敵の目の前に出て行ってどうする!」



 婦長の指示に従って移動を始めていた職員たちが、婦長の声に驚き振り返っている。

 だが、生憎とこれを譲るつもりはなかった。

 一手遅れを取っただけで、容易く詰みの状態へと陥ってしまうこの状況。

 だからこそ、多少危険を犯してでも、相手の意表を突いて先手を取る必要がある。



「私が目の前にいれば、相手の意識も逸れるでしょう。この階層に入ってきたということは、病院内に手引きをした人間がいるということ……この、重要施設であると言える病院に、内通者を作るほどの慎重な相手です。貴方が戦闘可能な魔法使いであることも、知られていると思ったほうがいい」

「っ……それも精霊の言葉かい? まあ、否定は出来ないか……分かった。ただし、絶対に前には出ないこと」



 私の言葉に深く溜息を吐き出した婦長は、渋々ながら私の言葉に頷いていた。

 さて、後は……この場にいるもう一人の説得をしなければならない。

 あまり、時間はないのだ。急がなければ。



「初音、そういうことだ。お前はロッカーの中に隠れていてくれ」

「でも……仁、あぶないことするんでしょ?」

「否定は出来ないな。だが、だからこそ、私はお前をそんな場所には連れて行けない。出来ることならば、あまり連れまわしたくはないんだ」



 彼女が人質にされる可能性を考えると、そんなこともできないのだが。

 立場としては、初音も私に近い。私が狙われているのと同時に、初音が狙われている可能性だってある。

 私にとって、彼女も護るべき対象だ。可能な限り、私の手で護らねばなるまい。

 だからこそ私は、彼女に頭を下げてでも、ロッカーの中に隠れてもらうつもりなのだ。



「頼む、初音。この通りだ」

「……仁が、そう言うなら」



 不承不承といった様子ではあるが、初音が頷く。

 その様子に安堵しつつ、私は初音の背中を押してロッカーのほうへと向かわせた後、婦長の方に向き直っていた。

 男は、既にすぐそこまで迫ってきている。もうあまり時間がない。



「では、行きましょう」

「ああ……分かってると思うが、君は後ろに隠れつつ、相手の注意を引いてくれ。一瞬でいい、注意さえ逸れれば私がやれる」

「……分かりました」



 果たして彼女がどのような魔法を使うのか――それはわからないが、私のやるべきことは分かった。

 後は実行するだけ、注意しながら、私は婦長の後ろにぴったりと張り付いて進む。

 そうして事務所から外へと出れば、相手の姿はすぐに発見することができた。

 特筆すべきところの無い容姿は、相手に印象を持たせぬようにするため、わざとやっていることなのか。

 だが――若干ながら、日本人らしからぬ印象を感じる。アジア系ではあるが、日本人ではない、そんな印象を。

 その男は、私の姿を見た瞬間、人のよさそうな笑みを浮かべてこちらへと接近してきた。



「おお、そんなところにいたのか!」

「おや、失礼ですが、貴方は?」



 婦長は、何も知らない様子を装って、男に対してそう問いかける。

 その言葉に、男は笑みを崩さぬまま、嬉しそうな声音で返していた。



「私は火之崎の者です。朱莉様が仕事で遅れられるため、私が迎えに来たというわけです。それで、彼はどうして貴方と?」

「ああ、部屋の電話の調子が悪いからと、事務所に電話を借りに来ていたんですよ。賢い子供さんです」

「成程、そうでしたか。ははは、朱莉様も鼻が高いでしょう」



 相手が子供であれば、あっさりと信用されていたかもしれない、人当たりの良い態度。

 だが、火之崎の背景を知っている私からすれば、それはありえないと断言できる。

 母上が、己の部下とは言え、私が一度も会ったことのないような人間を先触れとして出すことなどありえない。

 鞠枝とて、何度も顔を合わせているからこそ、今朝はああして会話をする機会ができていたのだ。

 だが、今すべきことはそれを指摘することではない。



「母上の知り合いの人ですか?」

「ああ、その通りだ。朱莉様ももうすぐ到着されるから、ロビーで待つとしよう」



 子供を装った私の返答に、視界の端で千狐が笑いをこらえるように口を塞いでいる。

 そちらのほうへは視線を向けぬようにしつつ、私は子供のような笑みを浮かべたまま相手を観察していた。

 連れ出そうとする先が外ではなくロビー、この場に婦長がいるが故の発言か。

 こちらが気づいていない演技をしている以上、婦長もあまり突っ込んだ質問は難しい。

 そもそも、相手がぼろを出すのを待っていては先手を打つことなどできないのだ。

 故に私は、こちらに近づいてくる男に対して笑みを向け――その瞬間、横手へと向けて一気に走り出していた。



「なっ!?」



 動物的な本能というべきか、人間は視界の中で唐突に動くものを発見した場合、反射的にその動きを目で追ってしまう。

 特に、注目していた物体であれば、その動きに意識を取られずにはいられないだろう。

 油断というべきではないが、相手が私のことを子供と思い対応していたのが、何よりの付け入る隙だったのだ。

 男は私の動きを目で追い、反射的に手を伸ばして――そこに、回り込んだ婦長の手が迫る。

 彼女の手に浮かび上がっているのは、複雑な紋様を描き光を放つ刻印術式。



「ッ――!!」

「寝てな」



 男の顔の前に突き出された婦長の手が、ぱちんと指を鳴らす。

 その瞬間、男は悲鳴を上げることもできず、その場に崩れ落ちていた。

 そのままピクリとも動く様子のない男を見下ろし、婦長は軽く笑みを浮かべる。



「私を警戒してるんだったら、一瞬でも目を離すべきじゃなかったね」

「……今の一瞬で、気絶させたのですか」

「私は、魔法院所属の第二級魔導士。多少訓練を受けた程度の奴に後れを取るほど柔じゃない。ましてや、こっちが先手を打てる状況ならね……ま、君のおかげではあるけど」



 確かに、婦長の術の発動には若干のタイムラグがあった。

 正面から相対していた場合、術を発動させるよりも攻撃を受けるほうが早くなってしまう可能性もあっただろう。

 そう考えれば、私のやったことも無駄ではなかったか。



「しかし、今はなにをしたんですか?」

「魔法使いは、あまり自分の種を教えるもんじゃない……と言いたいけど、私の術なんて結構知れ渡ってるしね。ま、ちょっくら分子配列を変化させただけだよ。さて、こいつを拘束するとしようか」



 手早く男を武装解除させ、縛り上げていく婦長の姿を眺めながら、私は目を細めて思案する。

 分子配列の変化、ということはその場にあった物質に干渉したということだろうか。

 物質干渉の魔法――俗に『錬金術』と呼ばれるその魔法術式は、扱いが非常に難しい高度な術だ。

 婦長はそれを、刻印式によるサポートがあったとは言え、ほんの僅かな時間で完成させていたのだろう。

 彼女が干渉した物体は、恐らくは空気だろう。

 酸素を欠乏させたか、逆に一酸化炭素や二酸化炭素でも精製したか、或いはその両方か。

 分かっていれば警戒される、防ぎづらい危険な術だ。



「……殺さないどいて正解だったね。こりゃ、生体信号で監視されてる……心拍だけみたいだから、今の術の反応は監視されてないと思うけど」

「この男を送り込んだ相手には気づかれていない、ということですか」

「今のところはね。ほら、無線がある。この手の連中は、定時報告をきっちり行っているもんだ。それが無かった場合は――」

「……異常があったと判断して、次のプランを実行してくる」

「あんまり、余裕は無いね。早いところ、次の手を打つ必要がある」



 相手の先手を潰すことができたとは言え、状況は未だこちらが圧倒的に不利。

 ならば必要なのは、この劣勢を覆すための作戦である。

 脳裏に浮かぶのは、たった一つだけの案。それを思案し、私は事務所の方向へと視線を向けていた。





















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