表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
汝、不屈であれ!  作者: Allen
第7章 蒼風の騎乗士
139/182

139:氷雪の腕












 私の放つ『黒百合・夜叉王』の拳と、丈一郎の放つウェンディゴの拳。

 二つの攻撃は正確に衝突し、夜の河川敷に重く響く衝撃音を生じさせていた。

 乾いていたグラウンドは瞬時に陥没し、砕け散って捲れ上がる。

 その中で――私と丈一郎は、生じた衝撃に互いに弾き飛ばされていた。



「ぐぅ……ッ!」

「ガァッ!?」



 私は地面に二本の溝を作りながら後退し、丈一郎は空中に弾き飛ばされてくるくると回転している。

 今の一撃は、威力だけならば母上の攻撃にも匹敵している自信がある。

 そこから先の駆け引きについてはまた別の話だが、何にせよ今の身体強化の度合いは間違いなく世界トップクラスを自負していた。

 だが、丈一郎は、それにあっさりと拮抗して見せたのだ。それだけで、今の彼がどれほど異常な状態にあるのかを理解できるというものだ。



「――――ォォッ!」

「ちっ!」



 空中にいる丈一郎の回転が止まる。その姿を見て、私は後方へと跳躍していた。

 そしてそれと同時、丈一郎は虚空を蹴って私がいた場所へと突撃する。

 ウェンディゴの持つ、風を踏む能力。それは即ち、空間上の好きな場所を足場にできるということだ。

 丈一郎は何もない空中を駆け抜け、私が一瞬前までいた場所を拳で貫き――その拳で地面を打ち付けていた。

 瞬間、罅割れていた地面は、凍り付きながら砕け散る。



「ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」



 次いで、響き渡るは怒声にも聞こえる叫び声。

 その瞬間に吹き荒れたブリザードが、窪地となったグラウンドを氷で閉ざしていた。

 あの圧倒的な膂力とスピードに加え、この氷雪を自在に操る能力。

 何よりも問題なのは、それほどの規模の力を発現しながら、まるで魔力が尽きる様子が無いということだ。

 精霊契約者である以上、丈一郎もそれなりに高い魔力は有している。

 だが、あんな規模の術を発現し続ければ、あっという間に魔力が尽きてしまうはずだ。

 しかし、丈一郎にガス欠の様子は微塵もない。一体いかなる魔力運用をすれば、ああも術式を維持できるというのか。



「アアアアッ!」

「無茶苦茶だな!」



 打ちかかってきた拳を受け流し、足を払って投げ飛ばす。

 流石に上下逆さまの状態では走れないのか、素直に吹き飛ばされていったが、結局の所その場しのぎにしかならないだろう。

 おまけに、今の一瞬の交錯で、発動していた防御結界が半壊してしまっている。

 張り直すのにも手間がかかるが、これが無ければ、『黒百合・夜叉王』を纏っていたとしても体が凍てついてしまうだろう。

 即座に結界の再構築を行いながら、私は地面を凍らせつつ体勢を立て直す丈一郎から距離を取る。



「どうしたものかな、これは」



 思わず途方に暮れて、私はそう呟いていた。

 身体能力は拮抗。だが、機動力では劣り、術式の出力は比べられるレベルですらない。

 唯一勝っているとすれば防御面であろうが、彼が私の防御を一撃で破れる以上は大した意味がなく、そしてこちらは彼を殺さず制圧しなくてはならない。

 その前提がある以上、こちらの勝機は皆無であると言えた。



「ガァッ!」

「ちっ、器用だな!」



 丈一郎が鋭く咆哮した瞬間、現れた氷の槍が複数、私へと向かって撃ち放たれる。

 どうやら、普通に攻撃魔法としても氷雪を発現させられるらしい。

 そして放たれるのは、機関銃のように連射される氷の槍だ。

 どうやら、普通に攻撃魔法の威力も高いらしい。私は横に走って回避しながら、内心で舌打ちを零していた。



(厄介にもほどがある……!)



 方法を選ばなければ――殺すつもりであれば、何とかできないことも無いだろう。

 手足が変化しているとはいえ、体そのものは丈一郎のものだ。

 《王権レガリア》を使えば、彼の手足を掻い潜って致命傷を与えることは可能だろう。

 だが、そんなことは認められるはずもない。私は、彼らのことを、水鏡氏から任されたのだから。



「だから……ッ! お前を、止めて見せる……!」



 丈一郎が足を踏みしめる。その動作を確認した刹那、私は上へと向かって跳躍していた。

 それとほぼ同時、私の足元から無数の氷柱が突き出す。

 非常に鋭利なその先端は、例え氷であったとしても、人体を容易く貫く威力があるだろう。

 『黒百合・夜叉王』が貫かれることはそうそうないだろうが、それでも動きは止められてしまう。

 そうなれば、最早対処する術は無いだろう。



「オアアアアアアアッ!」

「なっ!?」



 しかし、その直後に起こった予想だにしなかった事態に、私は思わず絶句していた。

 地面に生える氷柱、突き刺さっていた氷の槍、凍り付いた地面――それらが全て、こちらへと鋭利な切っ先を向けて飛び出してきたのだ。

 既に術式から離れたはずの氷すら、影響下に置いたというのか――!



「【堅固なる】【壁よ】【遮れ】!」

「アアアアアアアッ!!」



 元から展開してある二重結界、それに加える形の防御魔法。それを展開しながら、私は足場を作りつつ全力で後方へと跳躍していた。

 その三重の備えを張り巡らせた私へと向けて、丈一郎の魔法は殺到する。

 凄まじいまでの速度で飛来したそれは、私の回避行動も物ともせず、私が避けた先へと向けて突撃してきていた。

 覚悟を決めて結界に魔力を注ぎ込み――氷の刃は、私の結界に穴を空ける形で突き刺さっていた。



「ッ……! 凛の魔法でも、五発は耐えられる自信があるんだぞ……!」



 その強度に対して、一発目から穴を空けるとは――本当に、冗談じゃない。

 次々と突き刺さる氷の槍は、徐々に結界を侵食して破壊していく。

 回避行動を取ったというのに、こうも正確に狙われるのは想定外だ。

 丈一郎に扱えるとは思えない、正確無比な術式構成。これは、ウェンディによるものだとでも言うのか。



「お、ああああああああッ!」



 魔力を全力で注ぎこみ、現在の結界の維持に努める。

 新たに結界を張り直している余裕はない。今の結界を維持しなければ、この身が貫かれるだけだ。

 続く氷の槍たちは、突き刺さっていた槍を砕きながら前へと進み、次なる結界を侵食してゆく。

 瞬く間に穴だらけになる結界を乗り越え、突き進んだ氷は――私の眼前で、《不破城塞フォートレス》に阻まれて静止していた。

 どうやら、この攻撃は何とか乗り切ったらしい――



『あるじッ!』

「――――ッ!」



 千狐の声と、背筋に走った悪寒に従い、私は振り返りながら拳を突き出す。

 その瞬間――いつの間にか背後に回り込んでいた丈一郎の拳と私の拳が噛み合い、周囲の空気を吹き散らすほどの衝撃が駆け抜けていた。



「ガアアアアアアアアッ!」

「拙い……!」



 次々と放たれる拳を打ち落としながら、私は舌打ちする。

 手が徐々に凍り付いて行っている。『黒百合・夜叉王』の体表はリリによって厚く覆われているものの、いつまでも耐えられるものではない。

 だが、こちらから攻撃をしづらい状況であるため、丈一郎を引き剥がすことも難しい。

 相手にガードされることを前提にして、攻撃を加えるしかないか――



「タス、ケ――」

「っ、今のは……!?」



 僅かに聞こえた声に、目を見開く。

 まさか、僅かなりにでも彼の意識が残っているのか――そう考えた、刹那。



「ガァッ!?」

「――灯藤君ッ!」



 丈一郎が瞬間的に飛びのくのと同時、空間を斬り取るかの如き銀の光が駆け抜けていた。

 それが何であるのかを理解するのと同時、私は後方に跳躍しながらリリに命じる。



「リリッ!」

『分離っ!』



 凍り付いた『黒百合・夜叉王』の一部を切り離し、丈一郎へと向けて飛ばす。

 分離したリリは、彼の前まで跳んだ瞬間に膨張し――彼を飲み込もうとした瞬間に、巨大な氷の塊に閉じ込められていた。

 そう簡単に捕まえられると思っていた訳ではないが、ああもあっさり凍らされてしまうとはな。

 切り離した部分を再構築しつつ、並行して結界を張り直し、私は丈一郎を注視する。

 一瞬たりとも、彼から意識を逸らせない状況だ。一瞬でも隙を突かれれば、一撃で落とされてもおかしくは無い。

 とはいえ――援軍が来てくれただけ、多少はマシになったと言えるのだが。



「間に合ったわね、灯藤君……毎度厄介な相手と戦ってるわね」

「自覚はあります」

「全く……それで、今回の相手は?」

「私と凛を足して氷属性にしたような相手ですね」

「オーケー、最悪って事ね」



 私とは若干離れた位置に着地した舞佳さんが、私の言葉に軽い調子でそう返す。

 だが、彼女の表情は真剣そのものだ。油断できない相手であるということを理解しているのだろう。

 実際の所、防御能力の低い舞佳さんからすれば、一撃でも貰えば致命傷となる恐ろしい相手である。

 正直、色々な意味でこの二人には戦って欲しくない所だ。



「舞佳さん、私が前に出ます! 舞佳さんは相手の攻撃の出がかりを!」

「了解よ、援護は任せなさい」



 舞佳さんとしても今の丈一郎には近づきたくないのか、私の提案を受け入れていた。

 こちらとしても、舞佳さんの攻撃力を丈一郎にはぶつけたくない。この陣形で何とか彼を制圧したいところだ。

 ――声が響いたのは、私がそう胸中で呟いた瞬間だった。



『もしもし、仁くん!? 詩織だよ、聞こえてる!?』

「っ! 許可は下りたのか?」

『うん、もうあらかじめ蟲で見てたから、状況は分かってるよ!』



 耳元に響いた詩織の声に内心で快哉を上げつつ、私は丈一郎へと向けて駆ける。

 咆哮を上げる丈一郎の周囲には氷の槍が形成されたが、それらは瞬時に銀の剣閃によって斬り裂かれていた。

 攻撃を潰され、一瞬だけ動きの止まった丈一郎へと蹴りを放ちながら、私は詩織の言葉に耳を傾ける。

 詩織には、小型の簡易的な使い魔を生成するタクトと、それらと視界を共有できるゴーグルを装備として与えていた。

 このタクトから生成できる疑似生物は小さな虫だけであるため、本人は微妙そうな表情をしていたが、これによって安全圏からゆっくりと術式を観察することが出来るのだ。



『あの古代兵装の性質は、単純に言えば人間がウェンディゴの力を発揮できるようにするための物! 兵装と肉体が一体化することによって、その力を出せるようになるの』



 衝撃に後ろへと飛ばされた丈一郎を追いすがりながら、その言葉に頷く。

 現状からも、その性質は明らかである。問題はその先だ。



『でも当然、禁獣の力は人間には御しきれるものじゃない。根本的な問題は二つ。一つは禁獣の力に人間の肉体が耐えられないこと、そしてその出力に耐えうる魔力が足りないこと』

「……それを解決したのが、ウェンディなのか」

『ううん、解決自体はしていないの。その……条件を満たさない場合、その人は兵装に取り込まれて、魔力源に変えられてしまうみたいで……』

「――――ッ!」



 丈一郎が迎撃に放った拳を打ち払い、蹴りの追撃が来る前に舞佳さんの剣戟が降り注ぐ。

 それらを悠々と回避する丈一郎の姿を見つめながら、私は胸中で舌打ちしていた。

 ウェンディの持たされてしまった力の危険性と、それを造り上げた存在への憤りに、思わず顔を顰めながらも詩織に先を促す。



『……人を元に作られたのは、生物として魔力を生成、および溜め込むため。蓄積した魔力があれば、禁獣の力を再現できるから……』

「だが、その場合、丈一郎は適合できているのではないのか?」

『うん、今装備している彼は、今の所適合できている。けど、今度は運用に問題があるの』



 回避行動を取った丈一郎へと拳を放つが、悠々とガードされて反撃の拳が迫る。

 ガードするのも厳しいため、こちらも回避でしのぎつつ、私は詩織の語る問題点に耳を傾ける。



『生き物であるという性質がある以上、兵装そのものに意思があるの。けど、その状態で融合しているから、肉体には二つの意志が宿っている状態になっちゃってるんだよ』

「……それは、体を動かせるのか?」

『二人の意志が完全に重なっていない限り、指一本動かすことはできないよ。でも、その代わりに表面化するのが、戦闘用の人格。つまり――』

「今のこれ、か!」



 こちらを掴もうと伸ばされた手から跳び離れ、悪態交じりに声を上げる。

 この膂力を相手に捕まれば一巻の終わりだ。掻い潜って肉薄するというリスクも侵すことが出来ない。

 正確無比な魔法運用、そして容赦のない攻撃性――成程、戦闘用の人格と言われれば頷ける話だ。



「どうすればいい、どうすればこいつを止められる!?」

『……無理なの』

「な――」

『二つの意思が完全にシンクロしない限り、戦闘人格の暴走は続く……そして、周囲の動くもの全てを破壊するまで、戦闘人格は止まらない……これは、そういう術式だよ』



 苦々しい響きの、詩織の言葉。

 その言葉に、私は思わず口を閉ざし沈黙していた。





















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ