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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第7章 蒼風の騎乗士
135/182

135:暗躍する悪意












 抵抗することも出来ず、襲い掛かってきた意識の断絶。

 しかしそれも一瞬の内に過ぎ去り、気が付けば、私は先ほど入った路地の入口に立ち尽くしていた。

 思わず周囲を見渡し、絶句する。



「馬鹿な……一体、何が……」

「仁様!? 何があったのですか!?」



 現状を把握しきれず呆然としていた私は、掛けられた声に我に返り、その声の方向へと視線を向けていた。

 その先からこちらへと走り寄ってきたのは、ずっと路地の外で待機していた刀祢だ。

 血相を変えている刀祢は、私の傍まで駆け寄って声を上げる。



「どうなさったのですか、仁様。僕には、貴方が突如としてそこに出現したように見えましたが……」

「……お前には、そう見えたか。となると、まさか本当に、強制転移を喰らったのか……?」

「強制転移、ですか?」



 刀祢の言葉に対し、信じがたいとは思いつつも、私は首肯を返す。

 転移魔法と言うものは、存在自体はするものの、非常に難易度と希少性の高い魔法だ。

 希少な魔力特性に数えられるほどの属性適正、その上で高高度な術式を編まねばならず、あまり現実的な魔法であるとは言えない。

 ましてや、抵抗レジストの余地すらなく相手を強制的に転移させるなど、それ専門の力を持った精霊でもいなければほぼ不可能だと言える。

 私の場合は《旅人之理タビビトノコトワリ》で似たようなことが出来るだろうが、それでも相手に気づかれぬまま転移させるなど不可能だ。

 ――だとすれば、先ほどの声の主は、一体何者だと言うのか。

 しかし、そんな疑問の整理をする暇もなく、手に持ったままの携帯端末が鳴り響いていた。



「っ……もしもし、室長ですか?」

『ああ、そうだ! 灯藤、一体何があった!? 貴様の反応が唐突に途切れたかと思ったら、違う場所に移動したぞ!』

「そちらでもそう観測されましたか……状況を鑑みるに、どうも強制転移を喰らったようです」

『転移魔法だと? 馬鹿な、そんなことがあるはずが……』

「移動しながら順を追って説明します。とにかく、水鏡氏の所に戻らなくては――」

「――だめ、待って、ご主人様マスター



 何にしろ、緊急事態には変わりない。

 そう判断して刀祢と共に元の道を戻ろうとしたその時、リリの制止の声がかかっていた。

 今回はきちんと肉声を発しており、どうやら室長や刀祢に対しても告げるつもりであるようだ。

 私は踏み出しかけた足を留めつつ、リリに対して問いかける。



「どうした、リリ。何があった?」

「幻術結界が大幅に狂わされている。法則性も何もない、とにかく無茶苦茶に悪意と害意が込められている。足を踏み入れたら、常人ならあっという間に廃人になるレベルの精神汚染」

「な……!?」



 言わずもがなであるが、元々の幻術結界にはそのような効果など存在していなかった。

 そして、あの水鏡氏であろうとも、あれほど精密な結界を短時間に作り直せるとは思えない。

 となれば、考えられるのはただ一つ。



「……先ほどの声の主が、それを成したとでも言うのか」

「それ以外に考えられない……わたしからしても、信じられないけど」

『貴様は、灯藤の使い魔か。灯藤、先ほどの声とは何だ?』

「先ほど室長と通話している最中、唐突に通話を乗っ取った人物のことです。声は男のものでしたが、名乗ることはなく……ただ、私のファンだと、そう口にしていました」

『ファン、だと? 魔導士としてはまだ活動期間が短い貴様のことを、そう名乗るほどに知っているとでも言いたいのか』



 室長はそう吐き捨てるが、聞きたいのは私の方である。

 あの声の人物がやってのけたことは、どれもこれもあり得ないことだらけだ。

 秘匿回線である『八咫烏』の通信に割り込み、私に術式を察知されることもなく強制転移を実行し、更には他者の作り上げた精密極まりない結界を狂わせてみせた。

 これは、それぞれを専門分野とする魔法使いが、長時間をかけてようやく成し遂げられるかどうかというレベルの難易度だ。

 あの声の主が、組織立って干渉してきたのであれば、不可能に近くはあるがまだ可能性はあるだろう。

 だが、あの口ぶりからするに、どうにも組織立った動きには思えなかった。



「規格外すぎる、とても人間とは思えない……」

『……まさか』

「室長? 何か心当たりでも?」

『いや……済まんが、ここでは回答を避けておく。特秘事項だ。許可が出たら、貴様にも伝えよう』

「……分かりました」



 非常に気になるが、そう言われてしまった以上は口出しすることも出来ない。

 正直なところ、あまりいい予感はしないが……今はこれ以上口出ししても、情報は手に入らないだろう。

 ともあれ、まずは何とかして、この狂わされた結界を乗り越えなくては。



「室長。私はとりあえず、再び水鏡氏の住居を目指します」

『了解した。ここからは作戦行動へと移行せよ』

「拝命しました。では、後程」



 通話を切り、私は再び路地へと向き直る。

 見た目からは、先ほどと何ら変わった様子はない。

 だが、リリの説明からすれば、この場は足を踏み入れれば精神を蝕まれる死の領域へと変貌している。



「仁様、今の通信は……」

「魔法院からの指示だ。ともあれ、ここを突破しなければならないのだが……リリ、どうだ?」

「……解析には、しばらく時間がかかる」



 元々の結界自体も、かなり高度なものだったのだ。

 それが法則性も無く崩されてしまえば、現状を理解すること自体が非常に難しくなってしまうだろう。

 だが、無理に足を踏み入れれば、それこそ木乃伊取りが木乃伊になってしまうことになる。

 今はとにかく、リリの解析を待たなくては。



『……こんなことが出来る存在が、相手だなんて』

「リリ……?」

『ううん……解析を続行する』



 声の中に不安げな感情を隠せずにいるリリの様子に、私は言い知れぬ嫌な予感を抱きながら、《掌握ヴァルテン》による解析の補助を実施する。

 しかし、これほどの術式崩壊を受けて、術者である水鏡氏へのフィードバックは問題ないのだろうか。

 最悪の事態にだけはなっていてほしくないと眉根を寄せながら、私は崩れた術式の意味を読み解いていた。











 * * * * *











 水鏡松月の家、その居間。

 灯藤仁が出て行った後の部屋には、丈一郎と松月の二人の姿があった。

 とりあえずの交渉を終え、軽く息を吐き出した松月は、もの言いたげな視線を向ける丈一郎に対して声を上げる。



「何だい、その面は。言いたいことがあるんならさっさと言いな」

「……アンタはそういう婆さんだったな。じゃあ聞くけどよ……仁の所属する組織ってのは、一体どんな組織なんだ?」



 来るだろうと思っていた問いに、松月は小さく笑みを浮かべる。

 丈一郎の立場からすれば、当然気になる疑問だろう。

 彼にとって、何よりも守らなければならない存在。そして松月にとっても、決して目を離してはならない存在。

 あのウェンディと名乗る少女、人の体を持った古代兵装を預ける先となるのだから。



「あの灯藤と言う小僧が所属しているのは、儂が以前所属していた組織。それはさっきの話で分かっていると思うがね……あそこはまぁ、魔法院の一部だと思っときゃいい」

「魔法院の下部組織なのか……」



 正確には、魔法院の上位に位置する精霊府が保有する特殊部隊である。

 尤も、それを伝える必要もないと、松月は肯定も否定もせずにその言葉を受け流していた。

 『八咫烏』は色々と厄介な位置に存在する組織であり、決して安全であると断言することはできないだろう。

 だが、古代兵装の預け先としては、他の選択肢がほぼ無いことも事実であった。



「あの組織ならば、入ってしまえば他の連中からは口出しできん。対象が古代兵装となると、横からの口出しが厄介だからね」

「そんなに権限がある組織なのか?」

「ああ。上にいるのがお偉いさんだからね。誰も逆らえんよ」



 何しろ、『八咫烏』を従えているのはこの国を守護する大精霊である。

 その御膝元たる『八咫烏』に対し、非合法な手段で干渉することはほぼほぼ死と同等の意味だと言える。

 そこでならばウェンディの安全は確実に確保されるだろうし、古代兵装の安定を理由に丈一郎の存在も保証される。

 丈一郎が精霊魔法の使い手であるという点も好都合だと言えるだろう。

 特殊な技能を持つ魔法使いは、幾らいても困らないと豪語するのが『八咫烏』という組織なのだから。



「とにかく、あそこはあの小娘の預け先としては最高の場所だ。横から掻っ攫われることはまず無い。だが……あの小娘が危険な存在だと判断されるのは拙い。分かるね?」

「っ……ああ、ウェンディは俺が護る。あいつは、危険な存在なんかじゃねぇ」

「なら、それを行動で示してやりな。あそこの管理者は、お堅い人間ではあるが悪い奴という訳でもない。あの灯藤の言伝があればなんとかなるだろうよ」



 くつくつと笑う松月に、丈一郎は眉根を寄せる。

 それは、特に不満があったからという訳ではない。

 ただ、その言葉が、彼女のイメージにそぐわないものであったからだ。



「婆さん、あんた、仁のことを随分評価してるんだな。俺やウェンディと違って名前で呼んでるしよ」

「はん、ヨチヨチ歩きの小僧と小娘が、偉そうなことを言ってるんじゃないよ。あいつは自立した大人だ。己で金を稼ぎ、家族を養ってる一人の男だよ。こんな婆の庇護下にいるだけのガキが生意気いんじゃない」

「ぐぬ……っ」

「あの若さで『八咫烏』に所属しているという時点で、かなり異常ではあると思うがね。何にせよ、あいつは儂の結界を正面から潜り抜けて見せた。幻術使いとして、敬意を表する相手でもあるのさ」



 攻撃性の高いものではなかったとはいえ、この家を中心に張り巡らされている結界に、松月は強い自信を持っている。

 熟練の魔法使いですら、この場所に足を踏み入れることは叶わないという自負があるのだ。

 それを、あれほど若い魔法使いが成し遂げたとなれば、評価しない訳にはいかなかった。



「儂の結界を物ともせずに抜けられる奴なんぞ、あの水城の化け物か、もしくは――」



 刹那――魔力を通じて伝わったおぞましい感触に、松月は思わず眼を見開いていた。

 あり得ない。だが――今まさに攻撃を受けているという事実を、見逃すわけにはいかなかった。



「……おい、婆さん? いきなりどうした――」

「小僧! 早く小娘をここに連れて来な! 急げッ!」

「はぁ!? 一体何を――いや、分かった!」



 言葉の意味を問おうとした丈一郎だったが、松月の顔に浮かんだ鬼気迫る表情に、急ぎ隣の部屋にいるウェンディの元へと駆け出していた。

 その背中を見送り、松月は思わず顔を顰める。

 ――これは、思いつく限り最悪の状況である、と。



「……突然古代兵装なんぞが出てきて、おかしいと思えば……貴様の仕業って訳かい」



 誰にともなく呟き、松月は術式を走らせる。

 そこから伝わってくる感触に眉を顰めながらも、彼女は部屋に駆け込んでくる二人の若者を出迎えていた。



「連れて来たぞ、婆さん!」

「……おばあちゃん?」

「時間が惜しい、単刀直入に言うよ。今、ここは攻撃を受けている。相手はこの世で最もクソ野郎な魔法使いだ」

「なっ!? 攻撃って、でも、婆さんの結界なら……!」



 その言葉に、松月は苦笑する。

 普段ならば、その言葉に自信満々に頷くところであるが――今回の敵は、それとは次元が異なる相手だった。



「こいつ相手には、儂でも太刀打ちできん。精々、結界の浸食を遅らせるのが限度だ……いいかい。お前たちは、今すぐ裏の道を使ってここから逃げるんだ」

「おい、婆さん!? それって、アンタは――」

「儂が結界の維持をせねば、ここは今すぐにでも敵の手に落ちるよ。そうすりゃ、あとは蹂躙されるだけだ」



 結界を侵食するこの術式は、松月にしか押し留めることはできない。

 それでも、抜け道一つを護るのが精いっぱいだ。

 最早一刻の猶予もない。久しく感じていなかった焦燥と共に、松月は強く叫ぶ。



「とっとと行きな、小僧! アンタは、その小娘を護るんだろう! 儂のことを気にしている暇があったら、その子を護れ!」

「ッ……クソがぁッ! 後で必ず助けに来るからな、婆さん!」

「あ……ま、まって――」

「アンタはその男を頼るんだよ。さあ走れ、振り向くな!」



 声で背中を押すように、別れの言葉を継げる。

 その言葉が叶うことは無いと、既に理解しているが故に。

 二人が家の外へと駆け出して行ったのを確認し、松月は苦笑を浮かべていた。



「はっ、ご丁寧にけったいな呪いまで混ぜ込んでからに……儂が死ぬか、全員が死ぬかってか――上等だよ」



 白く輝く魔力が励起される。

 周囲には無数の刻印術式が光を放ち、その中央で、二代目の水鏡松月は力強い笑みを浮かべていた。



「生涯最後の挑戦、先代が負けた相手との戦いだ! さあ、派手にやってやろうじゃないか!」





















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