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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第7章 蒼風の騎乗士
134/182

134:人核兵装












 ――正直なところ、その存在については、こうして目の当たりにするまでずっと懐疑的だった。

 先生から話を聞いたことがある、人間を素体として作り上げられた兵装。

 その目的自体は様々であるが、総じて人道を無視した外道の所業であるということに違いはない。

 そもそもの話、あまり効率的な方法であるとは考えられず、かつての魔法使いたちが何を考えてそれを作り上げようとしたのかはまるで理解できない。

 過去に記録はあれど、現代にそれが残っているとは考えられない、と思っていたのだが――



「人核兵装……まさか、こうして出会うことになるとは露ほども考えていませんでした」

「そりゃそうだろうねぇ。儂もそこそこ様々な経験を積んできた自負があるが……こんなものを見たのはこの小娘が初めてだ」



 肩を竦める水鏡氏の言葉に頷きつつ、私は件の少女の姿を眺める。

 何度《掌握ヴァルテン》で見返しても結果は変わらない。

 彼女は体の全て――特に手足に無数の術式を仕込まれており、それでありながら一つの生命として成立している。

 正直、目の前で見ても信じられない存在だ。これだけの術式を肉体に刻めば、すぐさま魔力が枯渇するか、術式同士の干渉で爆散していてもおかしくない。

 しかし当の本人は、まるで負担を感じた様子もなく、茫洋とした表情で小首を傾げていた。

 むしろ、深刻そうな表情をしているのは、その隣に座っている丈一郎だろう。



「なあ、婆さん……本当に大丈夫なのかよ? 確かにこいつは精霊に認められるような人間ではあるけどさ」

「だったら何だい、小僧。お前さん、その小娘を連れて延々と逃げ回るつもりかい? 今度は古代兵装を連れて逃げた人間として、そこの灯藤とやらにも追われることになるよ? それこそ、お前さんを追ってた連中とは比べ物にならん実力者だ」



 まあ、古代兵装を野放しにすることは、『八咫烏』としても認めることはできない。

 丈一郎が彼女を悪用することは無いだろうが、他の魔法使いの手に渡ればどうなるか分からないのだ。

 しかしながら、丈一郎は私たちのことを信用できずにいるらしい。

 まあ、彼の生い立ちを考えれば無理もない話なのだが……生憎と、彼女を野放しにするという選択肢は存在しない。



「……古代兵装は、ただそれだけで危険極まりない存在だ。古代兵装一つで、この国が滅びることもありえるほどにな」

「ウェンディがそんなことをするって言うのか、仁!」

「いや、彼女自身にその気があれば、とっくの昔にそうなっていてもおかしくは無いだろう。だが、現状この地は無事だ。彼女が力を使うつもりが無いのか、あるいは何か特殊な条件があるのか――しかし何にせよ、暴発の可能性を見過ごすことはできない。何者かに操られ、その力を振るってしまう可能性もあるのだからな……分かるだろう?」



 私の言葉に、丈一郎は押し黙る。

 彼自身、この古代兵装の少女――ウェンディと言うらしいが、彼女がそれほど危険な存在であるということは知らされているのだろう。

 そして、その力が不用意に振るわれれば、危険極まりない状況になってしまうことも理解できているようだ。

 だが、理性が納得できていない。どうやら彼は、思った以上にウェンディと言う少女に対して入れ込んでいるようだ。

 比嘉嬢との会話から察するに、どうやらこのウェンディこそが、丈一郎と一緒に軟禁された人物であったようだが――そうなると、果たして比嘉家はどうやってこの少女を手に入れてきたというのか。

 それについても調べねばならないが、ともあれ彼の説得が先だ。



「ふむ……水鏡氏。彼女についての所感がありましたら教えてください」

「そうだねぇ。とりあえず言えることは、その小娘は、己が普通の人間ではないという自覚はあるようだ。しかしその精神は幼く、不安定だと言っていい」

「成程、彼女の精神の安定状況次第では、どうなるかは分からないと」

「おい婆さんッ! テメェ、何言ってやがんだ!?」

「事実は事実だよ。その小娘は酷く不安定だ。暴発したらどうなるか、分からないとは言わせないよ」



 水鏡氏の容赦のない断言に、流石の丈一郎も押し黙る。

 彼女の言葉には、言い知れぬ凄味というものがあった。

 それを感情的に否定した所で子供の我がままにしかならないと、丈一郎も理解しているのだ。

 まあ、とは言え――彼女の言わんとしているところは、丈一郎にとってそう都合の悪いものでもない筈だが。

 胸中で小さく苦笑しつつ、私は再び口を開いていた。



「では、彼女を安定させる方法は?」

「さてね。幼いとはいえ、人の心だ。そうそう単純なものじゃない。まあ人間の基準で言うんなら、信頼できる保護者が傍にいれば、って所じゃないかな」

「それならば、貴方がその役目を負うと?」

「馬鹿を言うんじゃないよ。儂は退職して隠居したただの婆だ。今更職場復帰だなんて冗談にもならんよ」

「しかし、誰かがその役目をやらなくてはならない訳ですが――」

「ッ……なら、俺がやる!」



 バン、と机を叩き、丈一郎は決意を込めた表情で名乗りを上げる。

 色々と経験しているとはいえ、彼はまだ年若い少年だ。

 名前も知らぬ組織に身を委ねるとなれば、不安も多くあるだろう。

 だがそれでも、彼は名乗りを上げた。他でもない、たった一人の少女のために。

 その決断に――私は、小さく笑みを浮かべていた。



「俺がウェンディについててやる! 文句があるなら――」

「いい気概だ。そう言ってくれるのを待っていたぞ、丈一郎」

「そうかねぇ。儂としちゃあ、もっと真っ先に手を上げて欲しかったもんだが」

「……あ?」



 並々ならぬ決意で言葉を発したのだろうが――それをあっさりと肯定された丈一郎は、そのまま目を見開き固まっていた。

 そのまま数秒ほど硬直し、ようやく状況がつかめてきたのか、丈一郎は顔を顰めながら声を上げる。



「おい……最初っからそのつもりだったって事かよ」

「いや、お前が名乗り出ないのであれば、別の方法を考えた所だったがな。無理強いをするつもりは無かったさ」

「ま、そんな腰抜けならこの家から追い出してやるところだがね」

「……良い性格してやがるよ、お前ら」



 舌打ちしつつそう零すも、やはりウェンディと共にいられるのは嬉しいのだろう。

 その言葉の端は、僅かながらに弾んでいるように聞き取れた。

 私としても、立場が不安定な精霊契約者はきちんと保護しておきたい所であったし、彼が自分から名乗り出てくれるのは渡りに船だ。

 尤も、正直なところを言ってしまえば、彼には灯藤家に所属して貰いたかった所なのだが……流石に、古代兵装が付いているとなったら話は別だ。

 灯藤家どころか、火之崎家全体ですら手に余る代物になってしまうだろう。



「ともあれ、事態は把握しました。室長に連絡して、受け入れ態勢を整えます」

「護送もアンタ一人という訳にも行かんしね。あのお嬢ちゃんは上手くやってるのかい」

「崎守室長のことですか? かなり堂に入っているとは思いますが……」



 あのマフィアもかくやと言うような容姿の室長を『お嬢ちゃん』呼ばわりとは、この人も底が知れない人物だ。

 私が所属するよりも前、舞佳さんが加入したばかりの頃に所属していたという幻術使い。

 『八咫烏』を、ひいては最奥に秘された大精霊を隠すために構築された幻術結界の作り手。

 果たして、あの水城久音と技を競ったらどのような結果になるのか――興味は尽きないが、やるべきことをやるとしよう。



「では、連絡を入れてきます」

「あいよ。任せた……ああ、この建物の中は別の結界が張ってあるから、外に出た方がいいよ」

「また随分と念入りなことで……分かりました」



 高位の魔法使いが、果たしてどれだけ厳重に結界を重ね掛けしているのやら。

 今回はそもそも、彼女からの妨害が余りなかったがためにここまで辿り着けたわけだが、本腰を上げられていれば私も太刀打ちできなかっただろう。

 まあ、《王権レガリア》を使えばまだ何とかできるかもしれないが、流石にそこまでする訳にもいかない。

 未だに状況を良く分かっていないらしいウェンディという少女をちらりと一瞥し、私は一度家の外へと出ていた。

 外から眺めても、やはりどこに結界が仕込んであるのかは分からない。

 こういったテクニックについては是非学んでみたいと思いつつ、私は懐から携帯電話を取り出していた。



「……もしもし、こちら灯藤です」

『ああ、貴様か。目標には到達したか?』

「ええ、使い魔の力があったにもかかわらず、かなり苦労させられましたが」

『相変わらず、腕は落ちていないようだな。まあいい、それで、報告はそれだけか?』

「いえ……少々、厄介なことになっている様子です」

『またか』



 その反応には若干納得しづらいものを感じつつも、私は室長に対してウェンディのことを説明していた。

 人を素体として作り上げられた古代兵装たる人核兵装。

 それがいかなる流れからか比嘉家に渡り、冷遇されてた子息である丈一郎の手によって連れ出されたこと。

 そしてその丈一郎が、精霊魔法の使い手であること。

 彼らを保護した水鏡氏からは、二人をまとめて『八咫烏』に保護するようにと要請があったこと。

 こうして改めてまとめると、信じられないような情報ばかりだな。

 その感想は聞いていた室長の方も同じだったのか、彼女は嘆息と共に言葉を返していた。



『……貴様は本当に、よくよく厄介事に巻き込まれる人間だな』

「ここまで来ると、何かに取り憑かれているんじゃないかと思いたくなるレベルですがね」

『精霊と一緒に厄介なものまで引き連れているのではないか?』

「勘弁して欲しいですね、本当に……」



 本当に何か呪いでも掛けられていないか、一度解析してみようかと真剣に悩みつつ、私は一つ嘆息を零す。

 ともあれ、この現状に対処しない訳にはいかない。

 偶然とはいえ、持ち込まれた古代兵装の内の一つが発見できたのは喜ばしいことなのだから。



「とりあえず、受け入れ態勢の準備をお願いします。それから、護送のための応援を」

『了解だ。貴様はそこで一旦待機しろ。まあ、例によって羽々音が向かうことになるだろう』

「ええ、実力を知っているあの人の方が連携もしやすいですしね。まだ結界はありますし、到着したらこちらから出て行きます」

『そうしてくれ。あの脳筋に水鏡松月の幻術を超えるのは不可能だ』



 強引に突破しようとして入口まで戻される舞佳さんの姿を想像して苦笑する。

 あれは直感やら簡単な解析術式でどうにかできるような代物ではない。

 舞佳さんは戦闘に特化した魔法使いではあるが、ああいった解析系は不得手だ。

 水鏡氏からすれば、いいカモとでも言いそうな相手だろう。



「そろそろ日も落ちてきましたし、早めにお願いします」

『ああ。奴のことだ、数分もせずにそこに到――する、はず――おい、灯――……』

「っ……もしもし、室長? もしもし!?」



 唐突に、通話にノイズが走る。

 だが、通常ならばあり得ない。これは『八咫烏』専用に構築されている特殊回線だ。

 まず混雑することも無ければ、傍受されることもほぼあり得ないと言っていい。

 しかし、この途切れ方は普通ではない。何かの干渉を受けなければこのようには――何が起こったのか、その可能性を模索する私の耳に届いたのは、耳慣れぬ一人の男の声であった。



『――やあ、どうも。お疲れ様だ』

「ッ、何者だ、貴様」

『そうだねぇ。君のファンとでも名乗っておこうか』



 初めて聞く声だ。だが、友好的なその声音に、私は途方もない怖気を感じ取っていた。

 悪意があるわけではない。敵意らしいものもまるで感じない。その言葉の通り、私に対する興味だけがある。だが――



『君の活躍はいつも見させて貰っている。実に素晴らしい。僕らしくもなく、神に感謝の祈りを捧げたほどだ』

「私を、監視していただと……?」



 あり得ない、そう胸中で呟いて、私は周囲へと視線を走らせる。

 私は常に結界で身を包み、尚且つ周囲はリリによって監視網が形成されている。

 この感知能力から逃れることは困難極まりないと言ってもいいだろう。

 少なくとも、今回の水鏡氏の結界を乗り越えるよりもさらに難しいと断言できるほどの自負がある。

 だが、それすらも乗り越えて、この男は私のことを見ていたというのだ。



『だが、これはよろしくない。このように簡単に事件を解決してしまっては面白くないだろう?』

「事件? まさか、古代兵装の――」

『という訳で、このような企画を用意してみた。是非、君には頑張ってもらいたい。期待しているよ、魔王の権能を持つ者よ』

「――――ッ!?」



 一方的に言い放たれた、その瞬間。

 私の意識は、まるでテレビの電源を切ったかのように、一瞬で途切れていた。





















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