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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第7章 蒼風の騎乗士
129/182

129:獣の力












 刀祢が灯藤家にやってきた翌日、再び調査のためにリリを街に放った私は、初音と共に街へと繰り出してきていた。

 まあ、比嘉丈一郎を発見したらそこに向かう手はずになっているので、外に出ておくというのは当初の予定通りではある。

 しかし、初音が付いて来たことにより、その外出はいつの間にかデートへと早変わりしていた。



「仁? どうかしたの?」

「……いや、何でもない」



 しばし無言で考え込んでいた私を覗き込むように、初音は首を傾げながら問いかけてくる。

 そんな彼女に苦笑を返しながら、私は素直に今の状況を受け入れていた。

 まあ、一人で街に来たところで、何かやることがあるという訳でもない。

 それに、初音と共にいるのは別に不快ではない。むしろ、私にとっても楽しみであると言える。

 時間がある時ぐらい、家族サービスをするのも悪くは無いだろう。



「たまに出かけてはいたけど、こうして二人っきりで出かけるのは久しぶりかな?」

「二人きりか……まあ、確かにな。最近は他の面々も増えてきたことだし」

「いいことなんだけど、二人だけの時間が減っちゃうのはちょっと残念かも」



 腕を組みながら歩く初音は、苦笑を交えながらそう告げてくる。

 それに関しては申し訳なくはあるのだが、灯藤の家である以上は仕方のない話だ。

 まあ、こうして時間を取ることはできなくもない訳だし、二人の時間を作ることは今後も考えておいた方がいいだろう。

 とはいえ――実のところ、二人だけという訳ではないのだが。



(護衛としての訓練を積んできたとは言っていたが……これは大したものだな)



 周囲の気配を探り、私は胸中でそう呟く。

 私たちから少し離れた後方、そこには、一定の距離を保ちながら歩いている刀祢の姿があった。

 彼はあくまでも私の護衛だ。私が外出している以上、そこについてこない訳にはいかない。

 とはいえ、こういったプライベートな時間を邪魔するつもりもないようで、彼はこうして周囲の雑踏に紛れながら護衛を続けてくれているのだ。


 驚くべきは、その隠形だろう。彼は気配を消すのではなく、気配を同化させることで、私たちに存在を意識させることなく付いて来ている。

 護衛対象にストレスを与えないようにする方策なのだろうが、これは気配を消すよりもよほど難しい行為だ。

 事実、私も注意して気配を探らなければ、刀祢の居場所を把握することはできなかった。

 初音が常時展開している魔法の効果からもギリギリで外れる距離を保ち、それでいながら一瞬でこちらに接近できる準備もしている。

 正直なところ、これほどの腕を持っているとは想像もしていなかった。



(これは、父上も頭を悩ませたことだろうな……赤羽家には、少し申し訳なくはあるが)



 刀祢は私以外の護衛になるつもりは無いと言う。

 まあ正直なところ、宝の持ち腐れだと言われても仕方のない状況だと言えるだろう。

 実際、燠田の当主辺りには面と向かって言われそうな気がするのだが。

 私も、母上辺りによる無理やりの推薦であったならば辞退していただろうが、本人の意志であるならばそれを尊重せざるを得ない。

 燠田については……まあ、納得させられるだけの実績を上げるしかないだろう。

 あの女当主の厳しい視線を思い返して若干憂鬱な気分に浸っていた、ちょうどその時。腕を組んでいた初音が、私の腕を弾んだ様子で引っ張っていた。



「ねえねえ、仁。あそこ、珍しいお店があるよ」

「む? ほう、時計屋か?」



 初音が指差したその先にあったのは、古びた時計屋だった。

 今時珍しいゼンマイ式のアンティークな置時計がショーウィンドウ越しに並んでおり、小洒落た雰囲気を醸し出している。

 こういった物品の目利きはできないが、かなり古い品のように思える。

 それがこうしてきちんと整備され、動いているのは、一種の芸術であるようにも感じられた。



「これは凄いな……今時動いているアンティーク品は殆ど見たことが無いぞ」

「そうだよね。うちの蔵にも似たようなものはあったけど、もう動いてなかったし」

「こういったものはきちんと整備してやらんと動かなくなるからな。そんな品がこれだけあるんだ。恐らく、店内にもまだいくつかあるんだろう。整備維持だけでも中々の手間だぞ」



 これだけの数のアンティーク品を扱っているのだ、店主の腕はかなりのものだと考えられる。

 まあ、大通りから少し外れた上に、通りからは影になって見えづらい位置にあるため、店自体はあまり流行っていない様子であったが。



「ふむ、入ってみるか?」

「うん、こういう隠れ家的なお店ってちょっと好きかも」



 前々から思っていたが、初音の趣味は少々渋い気がする。

 まあ、それはそれとして、私は初音の言葉に頷きつつ店の中へと足を踏み入れていた。

 ドアに備え付けられたドアベルが、ちりんちりんと軽い音を鳴らす。

 それと共に耳に入ってきたのは、壁一面に飾られた時計が奏でる針の音だった。

 予想を遥かに超える数の時計に、私と初音は揃って圧倒され――その瞬間、店の奥から声が響いていた。



「いらっしゃーい、珍しいお客さんだ」



 耳に届いたのは、意外や意外、想像していたよりも遥かに若い女性の声だった。

 とはいえ、それでも二十代後半程度はあるだろうが――イメージしていた壮年の男の姿とは、180度異なる印象だ。

 栗色の髪をバレッタで纏めた、黒縁の四角い眼鏡をかけた女性。

 開いた本を片手に持った彼女は、私たちの姿に淡い笑みを浮かべていた。



「ようこそ、針田時計店へ。初めてのお客さんだね。歓迎するよ」

「あ、ええ。お邪魔しています」

「お邪魔だなんてそんなことはないさ。ゆっくりと見ていってくれたまえ」



 何と言うか、掴み所のない性格をした店主だ。

 この店を切り盛りできている以上、間違いなく腕は立つのだろうが、あまり適切な接客態度であるとは言えない。

 不快な距離感という訳ではないのだが、随分と気安い様子の店主である。

 まあ、それでも困窮しているような様子はないし、うまくやれているのだろう。



「ねえ、仁。見て、中の歯車が動いてるよ」

「ほう? これはまた……」



 私が益体もないことを考えている間に、初音は周囲の時計を見ていたようだった。

 そんな中で初音が興味を持ったのは、机の上にある置時計の類だ。

 彼女が指差した先にあったのは、時計の文字盤の中央辺りが透明な素材でできたゼンマイ式の置時計だ。

 中で無数のパーツが精密に、正確に動いている様子は、まさに動く芸術品と言うべきか。

 これを一つ一つ分解して整備するとなると、途方もない技術が必要になるだろう。

 どうやら店主は、間違いなく腕利きの時計職人のようだ。



「驚いたかい? それは私の自信作だよ。作るのにはそれなりに苦労したけどね」

「え? これ、貴方が自ら製作されたものなのですか?」

「驚いた……元々あったものを整備しているのかと思っていました」

「はははは、無理もないさ。何しろ、未だにそんなものを製作してるのは私ぐらいなもんだろうからねぇ」



 私たちの驚愕を受け止め、店主はからからと笑い声を零す。

 まさか、ゼンマイ時計を自ら製作するほどの技術を持っているとは思わなかった。

 一からの製作となれば、修理よりも遥かに高い技術を要求されることは目に見えている。

 今の時代に、それほどの技術を持った人間がいるとは、露ほども考えていなった。

 やはり、世界は広いということか。内心でそんなことを考えながら感心していた、その時――



ご主人様マスター、目標を発見』

『っ、場所は?』

『前回見失ったあたりの位置から出現、近くにあるコンビニの方へ移動中』

『わかった、監視を続けてくれ』



 予想通り、彼は今日も動き出したようだ。

 まあ、こちらから観測できない位置に引きこもられてしまったのではこちらとしても打つ手がないし、そうでなければ困るのだが。

 ともあれ、見つかったのならば早く動かねばならない。

 店に入ったばかりで残念ではあるが――



「初音」

「……うん、分かった。ごめんなさい、店主さん。思ったより高かったので……今日は出直します」

「ああ、構わないとも。お高い値段にしてしまってる自覚はあるからね」



 初音が咄嗟に口にした言い訳に、店主は特に気を悪くした様子もなく、にこやかな表情で首肯する。

 まあ実際のところカードで買ってしまえばいいのだが、店主の言うようにそこそこ高い品だ。

 時計自体もほとんど骨董品や美術品の類であるし、購入はしばし考えてからにしたいものだ。



「では、またいずれ」

「ああ、頑張ってきたまえよ」



 ひらひらと手を振る店主に礼をし、私たちは店を出る。

 目指すは、リリの指定したコンビニの方角だ。

 大通りからは少々外れた位置にあるため、辿り着くには若干の時間がかかるだろう。

 その間にまた姿を消されても困るし、少し急がなければ――



「……うん?」

「仁? どうしたの、急ぐんでしょ?」

「あ、ああ……そうだな、急ごう」



 初音に促されるまま、私は人通りの少ない路地へと入って走り出す。

 ――店主の最後の言葉に対する違和感を、深く考えることもないまま。











 * * * * *











 リリのナビゲートの下に辿り着いたのは、目的地として指定していたコンビニの裏手にある路地だった。

 昼間だというのに若干薄暗く、人通りはほぼ皆無に等しい。

 だが――今日に限って言えば、それは例外であったようだ。



「オラぁッ!」



 気合と共に翻った足が、立っていた男をガードの上から打ち据える。

 瞬間、防御魔法が砕け散る音と共に、男の体は冗談のように宙を飛び――そのまま、後方にあったブロック塀に叩き付けられていた。

 蹴りを放った少年の周りには、同じように吹き飛ばされたと思われる男たちが何人も昏倒している。

 どうやら、今のと同じように、強引に叩き伏せられた様子だが――



(何だ、今のは……?)



 放ったのはただの蹴りだった。動きも洗練されている訳ではなく、素人同士の喧嘩でよくあるような、大ぶりな攻撃だ。

 だが、その結果として導き出された威力は、今の動きには決してそぐわぬものだった。

 とてもではないが、今の一撃で防御魔法を破れるとは思えない。

 どれほど弱い組成であったとしても、ただの打撃程度で破壊されるような術式は存在しないのだ。

 一体、今のは何をしたのか。そう考えを巡らせていた私の方へ、路地の真ん中に立っていた少年の視線が振り向く。



「チッ……まだいやがったか、クソ野郎共が」

「何? 待て、私たちは――」

「ぶっ飛びやがれッ!」



 ズドン、と。地面が爆ぜるような音を立て、少年の姿が一気に霞む。

 それを認識した瞬間、私は即座に初音を庇うように前に出ていた。

 瞬時に魔力を励起、体を流れる魔力を加速させ、飛び込んでくる少年の姿を見据える。

 そして――真っ直ぐと突き出されてきたその拳を、私は正面から受け止めていた。



「ッ……!」

「なっ!?」



 瞬間走ったとんでもない衝撃に、私は歯を食いしばりつつもその場で耐え、対する少年は信じられないとばかりに目を見開いていた。

 その一瞬の隙を逃さず、私は彼の手を絡め取るように掴み、その腕を瞬時に捻り上げていた。

 と言っても、痛みが走るほどに極め切っている訳ではないのだが。



「落ち着け。私たちはただ、路地裏で物音がしたから様子を見に来ただけだ」

「な、なにが……!?」

「あー……とにかく、私はお前に危害を加えるつもりは無い。暴れないで貰えるか?」

「……分かった」



 関節を極め切らなかったため、彼もこちらに危害を加える意図が無いことは察したのだろう。

 あるいは、今の状況からでは逆転の目が無いことを察したのか。

 とにかく、彼は存外に落ち着いた様子で私の言葉い頷いていた。

 その様子を確かめてから手を離すと、彼は警戒したように私から距離を取る。

 まあ、突然現れたのはこちらである。警戒されるのは仕方ないだろう。



「集団で襲われた……ように見えるが、大丈夫か?」

「……ああ、問題はねぇよ」

「彼らに心当たりは? 警察に通報する必要があるならしてもいいのだが」

「いや、それはいい。こいつらは知ってる連中だからな……これ以上関わり合いになりたくないんでね」



 ふむ。彼の口ぶりからするに、そこに転がっている彼らは比嘉家の人間なのかもしれない。

 となると、彼らに私たちの姿を見られるのはあまり好ましくない。

 この少年、丈一郎の件でこちらに干渉されると面倒だ。



『あるじよ、場所を変えた方がよいのではないか?』

『だな。とはいえ、素直に付いて来てくれるかどうか……』



 千狐の言葉に頷き、改めて丈一郎の方へと視線を向け――私は、眉根を寄せる。

 彼の視線が、目の前にいる私ではなく、別の方向へと向けられていたからだ。

 その視線が向いている方向は、私の肩口辺りであり――




「……まさか」

「アンタ、まさか俺と同じ……!?」



 驚愕に目を見開く丈一郎。

 そんな彼の両肩に手をかけ、身を乗り出すように現れたのは――一匹の、白い狼の姿をした精霊だった。





















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