127:新たな人員
「まさか、このタイミングで本家からの呼び出しとは……」
「別にいいでしょ? どうせ探索なんて使い魔任せなんだから」
火之崎の屋敷の廊下を歩きながら呟いた私の言葉に、頭の後ろで手を組んだ凛がそう返す。
彼女の二歩後ろを歩みつつ、私は反論の言葉もなく苦笑を零していた。
確かに、私自身はそれほど人探しに向いた能力を持っているわけではない。
《王権》を使えば話は別であるが、その程度のことで精霊魔法を使うつもりは毛頭なかった。
というか、そこまでする必要性を感じない。既に、リリがいくつもの分体を生み出し、街中に監視の目を張り巡らせているのだ。
さらには異次元からの監視を可能とするルルハリルまで存在している。
これで人間一人を探し出せないのであれば、むしろその方が異常だと言えるだろう。
「けど、何で呼び出されたのかしらね。しかもあたしとあんたが一緒になんて」
「さて、理由は存じ上げかねますが」
私が敬語で返した言葉に、凛はちらりとこちらを見つめ、不愉快そうな表情を露わにする。
だが、凛も私が立場上いつも通りの話し方が出来ないことは理解しているのだ。
言葉遣いには特に言及することもなく、再び前を向きながら声を上げる。
「あたしかあんた、どっちか一人だけなら分かるけどね。けど、二人揃ってってなると良く分からないわ」
「今は別に会議のタイミングでもないですからね。私たちに対して何か仕事の割り振りでしょうか」
「確かに、それもあり得なくはないと思うけど」
基本的に、宗家と分家では活動範囲が異なる。
正確には、宗家はあまり活動自体を行わないのだ。
四大の一族の宗家とは、それぞれの家系における最大戦力であると同時に、各家系の運営機構でもある。
言うなれば運営担当兼秘密兵器であり、おいそれと戦場に顔を出すべき存在ではないのだ。
まあ、特級魔導士として魔法院でも活動している姉上のような例外もいるが、基本的に宗家が戦場に出ることはあまりない。
というよりは、宗家が出陣しなければならないような戦場が基本的に存在しないのだ。
つまるところ、分家は宗家の出番が無いように、自分たちの力で戦場を制することが仕事だとも言える。
だからこそ、私と凛が同時に呼び出されることは、一族での会議を除けばほぼ存在しないのだ。
「仕事の話だっていうんなら、二人とも呼び出す必要性ってあんまりないし……お母さまが顔を見たかったとか」
「……それはそれであり得そうなのが何とも言えない所ですね」
「まあ、お母様だし……放っておくと仁の家にも顔出しそうよね」
実は、すでに何度かそれが起こっているのだが、その辺りは言及しないでおくとしよう。
とりあえず、母上であれば自分から顔を出してくる可能性があるため、わざわざそれだけのために私たちを呼び出すということは無いだろう。
となると、先ほど言ったように何らかの仕事が割り振られるものだと思うのだが、このタイミングで仕事が来るものだろうか。
一応、人探しの件についても、引き取り枠が関わるため本家には報告している。
灯藤家の現在の目的は人集めであるため、これは立派な灯藤家の業務。それを遮るということはまずないと思うのだが――さて、何の用事なのやら。
そして結局、私も凛も明確な答えは出せないまま、気付けば父上の執務室の前まで辿り着いていた。
「……ま、悩んでる必要もないか。お父様、凛と仁、到着しました」
『ああ、入れ』
特に変わった様子のない父上の声に招かれ、私たちは順に父上の執務室へと足を踏み入れる。
そこには、いつも通り机越しの父上と、その隣に立つ母上の姿が――そしてそれに加え、赤羽鞠枝と二人の子供の姿があった。
見覚えのないその二人に脳裏で疑問符を浮かべつつも、私は凛と共に父上へと向き直る。
「招集に応じて到着いたしました。お父様、何の御用でしょうか?」
「そう構える必要はない。仕事の話ではないからな」
私たちの内心を読み取ったかのように、父上は軽く肩を竦めてそう告げる。
その言葉に幾分か緊張を散らしながら、私は父上の言葉を待つ。
父上と母上だけならばまだしも、この場には赤羽家の人間もいる。
この状態では、流石に普段通りの話し方をするという訳にもいかなかった。
「今回お前たちを呼んだのは、この子供たちを紹介するためだ」
「この二人を? 彼らは赤羽家の人間ですよね?」
父上に示された二人へと視線を向けて、凛は父上にそう問いかける。
凛の言葉に間違いは無いだろう。赤羽家当主の姉である鞠枝に付き従うように立っており、尚且つ筋肉の付き方も剣士特有のそれとなっている。
彼らは間違いなく、赤羽家の一員として戦闘訓練を受けた魔法使いだ。
問題は、そんな人物がなぜこの場に呼ばれているのか、ということであるが――まあ、二人が赤羽家の人間であるというなら、ある程度の予想は出来る。
「つまり、二人はあたしの護衛になるということですか?」
凛の言葉に、私は内心で頷いていた。
赤羽家とは、宗家の護衛を代々務めている家系だ。
元々は魔法院から遣わされた火之崎一族の監視員であったのだが、その役目も今では形骸化している。
現在の彼らは、純粋に火之崎宗家の護衛、および副官として働いているのだ。
そしてその性質上、当然ながら凛にも護衛は付けられることになるはずだ。
むしろ、今まで赤羽家の人員が割り振られていなかったこと自体が不自然だったとも言える。
私はそう納得していたのだが――その予想に反し、父上は小さく首を横に振っていた。
「半分正解だが、半分は間違いだな」
「半分? どういうことですか?」
凛は首を傾げつつ、二人の方へと視線を向ける。
男女二人、年の頃は私たちと同じくらいだろう。
少年の方はやや高い身長に対し、細く引き締まった体。
だが鍛え方が足りないという訳ではなく、極限まで無駄を削ぎ落としたが故の結果だろう。
まるで存在そのものが研ぎ澄まされた刃であるかのような、非常に洗練された印象を受ける。
一方少女の方は、少年に比べると小柄な印象を受けるだろう。
まあ、それは少年の身長が高いだけであり、彼女が特別小さいという訳ではないのだが。
セミロング程の黒髪に、赤縁半フレームの眼鏡をかけた少女。
知的だが、その引き締まった表情故か、どこか神経質そうな印象を受ける人物だ。
そして二人とも、何故か凛よりも私の方へと視線を向けている。
尤も、少年の方は妙に嬉しそうなキラキラとした視線なのに対し、少女の方は藪睨みのそれであったが。
なぜ二人は私の方に注意を向けているのか――その答えは、父上の放った言葉の中にあった。
「凛。一人は確かに、お前の護衛だ。だがもう一人、そこの少年は仁の護衛となる」
「は? 仁の護衛、ですか?」
「当主様……お言葉ですが、私は既に宗家の席は剥奪されています。赤羽家の人員を護衛には――」
「お前たちの言いたいことは分かるがな。確かに、仁は既に火之崎家宗家の人間ではない。だが、赤羽家が護衛につくのは、宗家の人間だけでなくてはならないという決まりはないぞ」
「それは……まあ、確かに」
別段、赤羽家の人間は宗家の魔法使いの護衛にならなくてはいけないという決まりが明文化されているわけではない。
ましてや、他の誰かの護衛になってはいけない訳でもないだろう。
そう言われてしまえば、確かにその通りではあるのだが。
しかし、それでも他の分家と赤羽家は同格として扱われている以上、灯藤家の下につくような形を認められるのだろうか。
そう考えたところで、やたらと期待した視線を向けている少年と眼が合った。
むしろ願ったりかなったりだと言わんばかりの表情に疑問符を浮かべ――ふと、その顔に既視感を感じる。
以前どこかで、彼と会ったことがあるような――
『あるじよ、鞠枝以外の赤羽家の人間に関わったことがあったのか?』
『臥煙や烽祥、燈明寺ならばともかく、赤羽家とはあまり関わりが……いや、待てよ』
そう言えば、以前に一度、この灯藤家にやってきたばかりの頃に一騒動あったような記憶がある。
確か、分家の子供たちが私に勝負を挑んできたのだったか。
あの時は軽く揉んでやったのだが、一人だけオロオロと迷っていた少年がいたことを覚えている。
「お前は……10年前の?」
「っ、覚えていて下さったんですか!?」
「あ、ああ。済まない、今思い出したばかりだが……あの時の赤羽の少年で合っていたか」
私の言葉に、少年は嬉しそうに表情を輝かせながら、歓喜で身を震わせている。
声を掛けた私が言うのもなんだが、少々過剰すぎる反応ではないだろうか。
そんな私の内心を読み取ったかのように、父上は小さく嘆息しながら声を上げた。
「仁。お前の言う通り、そこの赤羽の子……刀祢は以前お前と面識があった。その縁故か、お前の護衛となることを前々から希望していたのだ」
「成程。それで私の護衛に、ということでしたか。しかしそれにしては、その話が来るまでに随分と時間がかかったようですが」
本来ならば、私と凛が学校に入学した時点で来ていてもおかしくはない話の筈だ。
それが今の今まで延期されていたのには、何か理由があるのだろうか。
その疑問を口にしたところ、父上たち三人が浮かべたのは、皆一様に揃った苦笑であった。
「本来であれば、凛の護衛に就くのは、同年代に近い世代で最も腕の立つ者となる。それがその刀祢だったのだが――」
「この子、貴方の護衛以外になるつもりは無いって突っぱねちゃったのよ。それで話が揉めに揉めてしまった訳」
父上の発言を引き継いだ母上の言葉に、私は目を丸くして刀祢を見つめていた。
赤羽家にとってみれば、宗家の護衛は最も栄誉ある仕事であると言える。
それを自ら辞退した上、まさか私の護衛になりたいと言い出すとは。
私からすれば酔狂としか言いようのない行動であったが――刀祢の目の中にあるのはどこまでも本気の色だった。
どうやら、本気で私に仕えるつもりでいるらしい。
「それで結局、二番手だった子を並び立てるぐらいまで育てようということになって、それで育成されたのがもう一人の桐江ちゃんよ」
「成程。となると、そっちの子があたしの護衛という訳ですか」
そう呟く凛の表情には、若干ながら面倒臭そうな色が浮かんでいる。
まあ、それだけ状況が拗れてしまっていると、これからも面倒が起こりそうというのもあるが――それ以上に、凛自身があまり護衛というものを好んでいないというのもあるだろう。
凛の場合、なまじ実力があるだけに、人を使うことが苦手なのだ。
誰かにやらせるぐらいならば自分でやった方が早いと考えているし、動くための決断に迷いがない。
凛の護衛をする彼女には気の毒な話であるが、中々に苦労することになるだろう。まあ、それもお互いにとっていい経験にはなるだろうが。
「この二人は、我が赤羽家の次代を担う者たちです。若手ではありますが、年齢以上の実力をつけていることは保証しましょう。流石に、お二人には及ぶべくもありませんが……」
「そりゃまあ、そうでしょうね」
鞠枝の言葉に対して躊躇なく頷いた凛に、二人は対照的な反応を見せる。
刀祢は当然だとばかりに頷き、そして桐江はどこか不満げに眉根を寄せる。
どうにも私たちに対して尊敬の念が強すぎる様子の刀祢はまだしも、何やら複雑な感情を抱いているらしい桐江は要注意かもしれないな。
まあそれでも、鞠枝が保証する人材であるならば、そうそう困った事態になることもないだろうが。
私が内心で若干の不安を覚えている間に、鞠枝は二人の背を軽く叩く。それと共に、二人は順に声を上げていた。
「改めまして、僕は赤羽刀祢と申します。仁様にお仕えできる日を、心より楽しみにして参りました! どうぞ、僕のことを存分にお使いください!」
「……赤羽桐江です。凛様のため、火之崎のため、我が剣にてお護りいたします。どうぞ、よろしくお願いいたします」
何とも対照的な様子の二人に、私と凛は思わずちらりと視線を合わせる。
若干の不安はあったものの、二人は鞠枝が推薦してきた者たちだ。その腕に関しては、疑う必要は無いだろう。
それにそもそも、父上がこうして伝えてきた以上、これは最早確定事項だ。
であるならば、先入観には囚われず、きちんと能力を見てから評価を下すべきだろう。
「ええ、よろしくお願いするわね、桐江。仕事については、後々調整しましょうか」
「……少々大仰ではあるが、自ら望んで私についてくれると言うなら否は無い。未熟な上司で申し訳ないが、よろしくお願いする、刀祢」
私たちの返答に、二人は先ほどと同様の調子で首肯する。
随分と個性的な面々が加わってきたものだが……さて、どう扱ったものか。
他のメンバーとの兼ね合いも考えながら、私は内心で小さく嘆息を零していた。




