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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第7章 蒼風の騎乗士
126/182

126:依頼












「お願いします、手を貸してください!」



 昼休み、灯藤家――に凛を加えた――メンバーでいつもたむろしている場所へと向かっていると、耳慣れない少女の声が響いていた。

 場所は中庭の端にあるテラス席のような場所で、私たちが使っている場所だと認識されているためか、用事のある生徒以外はあまり近づかない場所である。

 つまるところ、そこに私たち以外のメンバーがいるということは、何かしらの用事が――それも、四大の一族に対する用事があるということだろう。



「また雇ってくれってお願いかな?」

「今聞こえてきた感じだと、あまりそういった印象ではなかったがな」



 久我山が発した疑問の声に、私は肩を竦めながらそう返す。

 何やら、助けを求めているような声音だ。

 この響きでは、あまり四大の一族への所属を求めているような様子には聞こえない。

 正直なところ、ああいった連中の方があしらうのは楽なのだ。実力差を理解すれば、四大の一族がどれほど厳しい場所なのかは察しが付く。

 まあ、そういった連中が集まるようになったのは、実力的にはあまり秀でていない久我山や詩織が所属するようになったからなのだが。


 まあともあれ、何かしらの目的があって私たちに接触しようというのであれば、とりあえず話ぐらいは聞いてみるのもいいだろう。

 尤も――我々に助けを求めるということがどういうことなのか、分かっているのかどうかが肝心なのだが。

 そう胸中で呟きながらテラス席へと顔を出せば、そこには既に凛と初音の姿が――そして、もう一人少女の姿があった。

 どうやら、先ほどの声を発していたのは、この見知らぬ少女であるようだ。



「すまない、少し待たせてしまったか?」

「仁。私たちも来てすぐだから、それは大丈夫だよ。だけど――」

「この通り、ちょっと面倒な手合いが顔を出してるわ。ちょっと時間を貰うわよ」



 面倒と断言した凛の言葉に、その少女は眉根を寄せる。だが、自分が招かれざる客であることは理解しているのか、そこは沈黙するに留まった。

 そこで改めて、私は件の少女へと視線を向ける。

 発育のいい初音と比べるのは間違っているが、それにしても少々小柄な体躯。まあ、凛よりは多少背は高いようだが。

 肩口程度まで伸ばされている髪は、よく手入れされていることが窺える。その姿勢の良さからも、育ちの良さは察せられるだろう。

 魔力についても、恐らく四大の分家の子供が持つ平均的な魔力は有していることだろう。

 恐らくだが、彼女は何らかの魔法使い一族の息女であると考えられる。今はまだ未熟だが、努力次第ではかなり優秀な魔導士となれるだろう。

 彼女は、私の姿を目にすると、少し驚いた様子を見せつつも、目礼のみで再び凛と初音の方へ声を掛けていた。



「お願いします、火之崎さん。お兄様を探して欲しいんです……!」

「あのね、人探しなら探偵でも雇いなさいよ。何でそれをあたしたちに持ってくるのよ」

「それは……身分の知れない魔法使いに情報を晒す訳にはいきませんから」

「魔法探偵だって端から端までそんな連中じゃないでしょうに。それで四大の一族に持ってくるなんて、どうかしてるわよ」



 凛の言うことは尤もだろう。助力を求める相手として、四大の一族は決して適当であるとは言えない。

 根本的に、四大の一族は国防を目的とした戦闘集団だ。

 市民の味方であることは事実だが、その役目はあくまでも国民の生活を脅かす脅威を排除することにある。

 人探しのために四大の一族の協力を仰ぐなど、とてもではないが正気の沙汰とは思えない。



「仁くん、四大の一族に協力してもらう場合って、その一族に所属しなきゃならないんだよね?」

「まあ、間違いではないが……相手が魔法院に登録している魔法使い一族の場合はそうとも限らない」

「と言うと?」

「四大の一族は、あくまでも国家防衛のための戦力だ。逆に言えば、国家防衛のための活動であると認められれば、四大の一族は動くことが出来る。相手がそれなりの勢力を持つ魔法使い一族であれば、そういった理由づけもできない訳ではないからな。だが――」

「……家系の規模での取引になるって訳か」



 詩織に合わせて名前呼びになった久我山の言葉に頷き、私はちらりと視線を向けて苦笑していた。

 思案する久我山の向こう側で、詩織が疑問符を浮かべていたのだ。

 苦笑交じりに、私は補足の言葉を付け加える。



「つまり、四大の一族にとって国防の一環――よくある例でいえば、戦力の拡充になる場合は、取引材料として動けるということだ」

「戦力を集めることが、国防の活動なの?」

「四大の一族の戦力は国防戦力の厚さに直結する。四大が強化されるならば、それは四大の一族の活動として認められる訳だ。尤も、中途半端な戦力など、四大の一族にとっては『戦力』に値しないがな」



 ただ多少強い程度の者が入ってきたところで、四大の一族にとっての益とはならない。

 むしろ、質が下がる分害にしかならないだろう。

 故にこそ、こう言った場面においては、よく取引材料とされるものがあるのだが――果たして、彼女はそれを用意しているのかどうか。

 私たちが話している間にも、彼女は凛に食い下がり続けていた。

 こう言うのはなんだが、中々根性はある様子だ。



「お願いします……っ、探索術式にも反応が無くて、何か事件に巻き込まれたのかと思うと……!」

「探索なら風宮に持って行った方がいいでしょうに……何で火之崎うちなのよ」

「それは、その……私で交渉できそうなのが、戦力集めに意欲的な火之崎ぐらいしか無くて……」

「ん? あんた、個人で交渉材料持ってる訳?」

「は、はい。一応、次期当主ですので……」



 事件と聞いて、先日の事件を思い出していたところに、ふと興味深い言葉が耳に届く。

 どうやら彼女は、私が思っていた以上に使える手札を有していたようだ。

 となれば、私としても話を聞いておきたい所ではある。

 それは恐らく、私としても出来れば手に入れておきたいものだからだ。

 そして、それに関しては凛も私と同意見だったのだろう。彼女はちらりと私の方へ視線を向け、小さく頷く。



「……分かった、話を聞こう。だが、長くなりそうだからな。昼食を取りながらでもいいか?」

「えっ? あ、は、はい!」



 どうやら、一応弁当は持参してきていたらしい。

 その様子に苦笑しつつも、私たちはいつも通りの並びで席についていた。

 私の両隣には凛と初音、向かい側に久我山と詩織――自然と、少女は空いている席である詩織の隣に腰かけていた。



「さて、置いてけぼりで話が進んでいたのでね、改めて自己紹介をお願いできるか?」

「はい。私は、比嘉ひが友梨佳ゆりかと言います」

「成程、比嘉家のご息女か。私は灯藤仁、火之崎の分家の当主だ」



 一応、灯藤家は公式に存在しているが、当主と言うのは少々語弊がある気がする。

 とはいえ、事実は事実なので、私は分かりやすくそう伝えていた。

 比嘉嬢の方も私のことについては既に調べてあったのか、私の自己紹介には軽く頷いて見せた。

 一応、比嘉家については私も知っている。四大ほどではないものの、古くからある魔法使いの家系だ。

 属性の偏りはないが、刻印式や展開式の魔法に秀でており、姉上が『まるで詰将棋のような戦い方をする』と評していたのを覚えている。

 その次期当主となれば、彼女自身もかなり優秀な魔導士候補なのだろう。

 まあ、その立場であるならば、私の欲するものを有していることも頷ける。



「さて、それでは単刀直入に聞くが……お前は、火之崎との交渉材料に、チルドレンの優先引き取り枠を提示するつもりか?」

「……はい、そのつもりです」



 チルドレンとは、魔法院の施設で育てられた子供たちを指して呼ばれる俗称だ。

 魔法の才ある孤児たちを独自に育成し、一定年齢になるまでその能力を伸ばす。

 そして、一定の年齢に達した所で、魔法院に属する各魔法使い一族へと里子に出されるのだ。

 この時、魔法使い一族にはそれぞれ引き取り優先枠と言うものが渡され、その枠の順位と数に応じて、希望するチルドレンを引き取ることが出来るのだ。


 魔法使いの一族は、独自の術式や技術を護るため、他家との婚姻関係を避ける傾向にある。

 チルドレンとはその対策として、血が濃くなりすぎてしまうのを防ぐことを目的としたシステムなのだ。

 無論、彼らは魔法使いとしても優秀な才能を有している。純粋な戦力としても期待できる、優秀な人材なのだ。

 尤も――



(魔法院の裏を知っている立場としては、歓迎できるシステムではないがな)



 胸中でそう呟き、私は嘆息を噛み殺す。

 一体どこから、そんな大量の子供たちを確保してきているのか――その仕組みの答えとなる光景を思い返し、陰鬱な思いを抱きつつも、私は彼女へと問いを続ける。



「それは比嘉家にとっても重要な枠だろう。枠の取引となれば、家同士の取引になると思うが、お前の一存で決めることは出来ないのではないか?」

「それは、大丈夫です。私が提示するのは、私個人に割り振られている引き取り枠なので」

「比嘉家は、枠の一つをお前の自由裁量に任せていると?」

「はい。私にとって必要な魔法使いを引き取るなり、交渉材料として使うなり……自由に使っていいと言われています」



 それもまた、魔法使いとしての修行ということだろうか。

 火之崎でも引き取り枠を交渉材料として使うことはあるが、今年の引き取り枠は基本的に灯藤家の戦力拡充に使うつもりのようであるため、取引用の枠はあまり多くはない。

 新興の分家である灯藤家にとっては、引き取り枠はいくらあっても足りない、喉から手が出る程に欲しい権利であることは事実なのだ。

 ――私個人の感情を除いて、ではあるが。



「つまりお前は、個人として四大の一族と取引を行いたいと」

「……はい、その通りです」

「どういうことよ、それ? 仮にも本家の当主筋の捜索でしょう? そんなもの、一族ぐるみで依頼をかけるべきじゃない」



 凛の遠慮のない言葉に、比嘉嬢は僅かに視線を伏せる。

 どうやら、その辺りに何かしらの事情があるようだ。

 他家の話であるため、あまり踏み込むべきものではないのだが――どうやら、彼女は話を打ち明けるつもりらしい。



「お兄様は……何というか、とても大雑把な人で……複雑な術式構成を編むことが出来なかったんです。それは、比嘉家ではとても致命的なことで……お兄様は、ほぼ軟禁状態で過ごしていました」



 何となく身に覚えのある話に、私は軽く嘆息していた。

 一定の分野に特化している家系の場合、どうしてもこのような話は出てきてしまうものだ。

 まあ、母上という前例があるため、そう簡単に放逐されることはなくなったようであるが――



「……それ、扱いに嫌気が差して出て行ったんじゃないの?」



 まあ、普通に考えればその流れである可能性が高いだろう。

 普通ならば、好き好んでそのような環境に置かれようとはしない筈だ。

 それに関しては比嘉嬢も考えていたのか、言いづらそうな様子で続ける。



「それは……正直、私もそうなんじゃないかって思います。出ていくだけの理由があるのは確かですから。でも、せめて居場所を知りたいんです。どこに行ったのかも分からないと、不安で……」

「気持ちを理解できないとは言わないが――」

「正直に言わせてもらうと、あんた当主としては失格よ? 個人的な感情で大事な引き取り枠を使おうだなんて」

「……」



 返す言葉もないのか、比嘉嬢は押し黙る。

 だがそれでも、彼女が前言を撤回する様子はなかった。

 どうやら、彼女は本気で兄の身を案じているらしい。

 その心根は好ましいものではあるが、どうにも将来が心配になってくる少女だ。



「……まあ、いいだろう。それでも意志を曲げないというのであれば、その意志を尊重しよう」

「……! あ、ありがとうございます!」

「礼はいい。発見できるかどうかも分からんし、こちらに益のありすぎる話だ」



 正直なところ、引き取り枠はただの人探し程度で使うようなものではない。

 間違いなく無駄遣いの部類に入るようなものだ。

 正直、相手に付け込んでいるかのようで少し気は引けるのだが、灯藤家としてはこのチャンスを逃す手はない。

 やると決めたからには、全力で事に当たらせて貰うとしよう。



「それで、その兄君の写真やら特徴やら行動パターンは無いのか?」

「外での行動パターンとかは、正直あまり……ずっと軟禁されてましたし。でも、写真ならありますよ」



 そう告げて比嘉嬢は、携帯端末で一枚の写真を表示する。

 そこに写されていたのは、茶髪に髪を染めた一人の少年の姿だった。

 藪にらみの三白眼であり、少々大柄な体躯を含め、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。

 有り体に言えば、あからさまに不良っぽい少年だと言えるだろう。

 まあ、暮らしてきた環境を考えれば、擦れてしまうのも無理のない話であると言えるだろうが。

 だが、虐げられていた者特有の雰囲気はない。外部を遠ざけるための威嚇ではなく、どこか荒々しさを伴う余裕が感じられる表情だ。



「お兄様の名前は比嘉丈一郎。うちの刻印術式などは扱えませんが、普通の魔法はある程度扱えるはずです。その……家の者たちに結構虐げられていましたけど、不思議とあまり怪我をしたことはないので、魔法戦闘はそこそこ腕が立つかも……」

「……それ、あんたはやってないでしょうね?」

「そんなの、当然です! 私は何もやったりしていません!」

「何もやっていない、か。まあ、いいだろう。それで、発見したらどうする? お前に居場所を知らせればいいのか?」

「はい。一度お兄様にあって、話がしたいんです。どうか、よろしくお願いいたします」



 要するに、捕まえて彼女の前に連れて行くか、彼女をその彼の前まで連れて行けば依頼は完了ということだ。

 あまり手荒なことはしたくないし、平和的に話し合いで終わってくれればいいのだが――さて。



(素直に応じてくれるものかな、これは)



 写真の中から睨みつけてくる捜索対象の姿に、私は胸中で小さく嘆息を零していた。





















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