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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第6章 金瞳の観測者
124/182

124:事件の終息












「いやぁ、遠かったわね。灯藤君も、あんな能力が使えるなら私たちもここまで送り届けてくれればよかったのに」

「空間に穴を空けるのにはかなり多く魔力を消費しなきゃならないんですよ。しかも、穴が大きければ大きいほど消費量も上がります。あの時は、人が通れるほどの大きさを維持しきるだけの余裕がなかったんですよ」



 山小屋を偽装して作られた工房の前まで辿り着き、私は舞佳さんの言葉に対して肩を竦めてそう返す。

 確かに《旅人之理タビビトノコトワリ》ならば、この場所まで一瞬で飛んでくることも不可能ではなかった。

 だが、それまでの時点で戦闘を繰り返し、更に別の権能まで同時に発動していた状況では、魔力の余裕が無かったのだ。

 結果として、私と舞佳さんは現場の確保という名目でここまで急がされた次第である。



「さてと、元凶そのものはもう死んでるでしょうけど、古代兵装は確保しないとね」

「内部の状況は使い魔に探らせています。他に敵性反応が無いのは確かです」

「よほど慎重だったのね。よくもまぁ、ここまで秘密裏に事を運べたもんだわ」



 舞佳さんは呆れと関心を同時に交えた言葉を発しながら、その山小屋の中へと足を踏み入れていく。

 罠の類に関しては、私が《掌握ヴァルテン》を使って解析済みだ。

 しかしどうやら、この場所は隠蔽に対して大きく力を割いており、攻撃系のトラップの類はほとんど設置されていない様子であった。

 まあ確かに、誰も訪れないような場所であるならば、迎撃装置もただ無駄なだけになってしまうものだが。



「隠蔽やら印象操作の結界ばっかりね……まあ、こんな位置にある建物なら確かに効果的でしょうけど。灯藤君も良く見つけられたわね」

「正直なところ、使い魔の力が無ければ不可能でしたよ。相手から正体を晒してくれなければ、気付けていたかどうかも分かりません」

「その点に関しては、相手も迂闊と言うか何と言うか……ここまできっちり正体を隠してたのに、勝ちを確信したからって自分から名乗り出ちゃうなんて」

「それだけ、気が大きくなっていたのでしょうね」



 古代兵装の力を意のままに操れる立場だったのだ。

 しかも、元より精神に影響を及ぼすタイプの古代兵装。何かしらの影響があったとしてもおかしくは無いだろう。

 まあどちらにせよ――私が気付けなかったとしても、詩織が気付いていた可能性は高いのだが。

 そこまで考え、私は小さく嘆息を零していた。話すタイミングとしては、今がベストなのだろう。



「……ここから先は、遮断の結界まで張られていますね。本部との通信は困難になるかと」

「ふぅん……オーケー、管制室も聞こえてるわね?」

『こちら管制室。通信が遮断されるという話でしたか?』

「はい。何しろ、相手は古代兵装を隠そうとしていたほどの結界ですから。組成はかなり緻密です。術式本体を見つけないと崩すのは難しそうですし、そもそも古代兵装を回収するまではこのまま利用した方がよいかと」

『そうですね……結界は現状維持でお願いします。場を確保したら改めて連絡を入れるように』

「了解したわ」



 相手は古代兵装、慎重を期するに越したことはない。

 ここで余計な横やりが入ることだけは避けねばならないのだ。

 敵が使っていたものとはいえ、利用しない理由は無い。

 無論、罠の類については慎重に調査を進めねばならないのだが、《掌握ヴァルテン》があればそれもある程度簡略化できる。

 後は、さっさとこの内部を制圧するだけだ。



『しかし、お主にとっては都合の良い話じゃな、あるじ。内緒話をするには持って来いの場所じゃ』

『確かにな……同時に、襲われたら止める者のいない場所でもあるが。仕方ない、覚悟を決めるか』



 建物の内部――正確には、その床下に隠された地下工房への入口へと足を踏み入れながら、私は舞佳さんに気づかれぬように小さく嘆息する。

 舞佳さんの様子からして、詩織の魔眼のことは魔法院にも、そして『八咫烏』にさえも伝えてはいないのだろう。

 それほど慎重になっている彼女のことに踏み込むとなれば、それだけ大きな反応が予測される。

 何とか、穏便に行きたい所ではあるのだが。


 工房そのものは、どうやら結構単純な構造をしているらしい。

 まあ、秘密裏に進めていた以上、施工業者をここまで連れてくることも出来なかったのだろうし、それも仕方のないことではあるだろう。

 だからこそ、この工房は『見つからないこと』自体に力を入れていたのだと考えられる。

 尤も、流石に階段の奥にあった扉そのものには、魔法によるトラップが仕掛けられていたが。



「一定の手順を踏まなければ攻撃を受けるトラップか……確かに、知らなければどうしようもないが」



 しかも、その原動力となる魔力は、あの古代兵装から供給される仕組みになっているようだ。

 あれだけの魔力が込められているとなれば、トラップによる魔法も大層な威力になってしまっているだろう。

 しかし、所詮は人間に組める程度の術式構成。私とリリがいて解析しきれない筈もない。

 扉の規定の個所を決まった回数だけ指で叩き、ロックが解除されたのを確認して、私は扉を押し開けていた。



「手際いいわねぇ」

「足りない部分は使い魔に補ってもらっていますがね。さて、入りましょう」



 地下工房の中は、小型の発電機に繋がれた電球に照らされている、小さな空間だった。

 おおよそ七畳程度の小さなスペースしか無いようではあったが、中心に鎮座する物体のせいで、スペースは余計に小さく感じられた。

 それは、強いて言うならば椅子のような形状をしている物体だった。

 だが、座るべき座面は小さく、背もたれ部分は天井に着きそうなほどに高い。

 肘掛けと思われる部分は妙に長く伸びており、その先には細長い穴が開いていた。

 そして――その前には、半身を削り取られて血の海に沈む、一人の男の姿があった。



「ふーむ……この物々しい物体が親機なのかしらね」

「ええ、どうやらそれで合っているようです。しかし、思っていた以上に巨大でしたね」



 《掌握ヴァルテン》で確かめてみたが、どうやら間違いは無いらしい。

 このオブジェには、大量の魔力が流れ込んできて、蓄積されている痕跡が確認された。

 読み解けないほどの膨大な術式が刻まれていることも含めて、これが親機で間違いは無いだろう。



「これが古代兵装とはね……まったく、どんな伝手で手に入れてきたのやら」

「生かして捕らえられれば良かったのですが……」

「それについては仕方ないわよ。クルーシュチャ方程式を解こうなんて、無茶苦茶なことを仕出かそうとしてたんだもの」



 舞佳さんのフォローに、私は小さく頷く。

 実際のところ、あの状況では確実に仕留めない限り、この男を止めきることは出来なかっただろう。

 下手に生け捕りにしようとしたところで、実際の距離ははるか遠く離れていた以上、簡単に逃げられてしまうのがオチだ。

 情報が得られなかったことは、他の古代兵装のことを考えると頭の痛い問題ではあるのだが。



「ふむ。ま、とりあえずは問題のブツも確保できたし、管制室に連絡しましょうか」

「ええ。ですがその前に一つ、いいですか?」

「ん? 何よ、どうかしたの?」



 舞佳さんはキョトンとした表情で私を見つめる。

 しかし、私が思いつめた表情をしているのを目にしたのか、すぐさま彼女も表情を引き締めていた。



「舞佳さん、私は、ある手段でこの場所を探り当てました。それが、どんな方法であるか、分かりますか?」

「うん? それは、君の使い魔を使ったって聞いてるけど?」

「それは間違いではありません。ですが、それよりも前に、私はある人物の手を借りていました」

「ある人物……?」



 一体何の話をしているのか、と舞佳さんは困惑した様子を見せている。

 だが、この一言を言えば、彼女の様子は一変することだろう――



「貴方の娘、詩織さんです」

「――――ッ!」



 ――刹那。私の首筋に、銀色の魔力が立ち上る直刀が突きつけられていた。

 本当に一瞬、その動きは殆ど見切ることなどできなかった。

 彼女がその気であれば、今の一瞬で、私の首は断ち切られていただろう。

 リリにの助けによって保険をかけていたとはいえ――流石に、今のは肝が冷えた。

 だが、まだまだ安心はできない。鋼のように硬い表情と意志で私を見据える舞佳さんに、話を伝えねばならないのだから。



「……どういうつもりかしら、灯藤君? 貴方、あの子をどうするつもりかしら?」

「少なくとも、危害を加えるつもりは一切ありません。そして、彼女の不利益になることもするつもりはありません。順を追って説明します」



 とりあえず、私が詩織に対して危害を加えるつもりが無いことを伝えると、舞佳さんの視線からは僅かながらに険が取れていた。

 とはいえ、それは本当にごく僅かでしかない。

 彼女が本気になれば、私は瞬く間に斬って捨てられることだろう。

 それを避けるためには、きちんと真摯に返答せねばなるまい。



「事の発端は、魔養学でこの古代兵装のブレスレットが流行り始めていたことです。仙道家の子息がこれを学校に持ち込み、信者を増やすように動いていました」

「……あの子は、ブレスレットの術式を見てしまったって訳ね」

「ええ。詩織は、一目でその危険性に気が付きました。そのため、独自に動いてブレスレットが広まるのを防ごうとしていました」

「あの子は、全く……」



 まあ、考えるまでもなく、無茶にも程があるというものだ。

 相手は集団、例え貴重な魔眼を持っていたとしても、詩織一人でどうにかできることではない。

 実際、案の定ともいえる状況に陥っていたのだ。



「その結果、彼女は仙道の手勢に襲われることになり、私たちが助けることになりました」

「……それに関しては礼を言うわ。その結果でしょう、あの子があなたたちに魔眼のことを話したのは」

「ええ、その通りです。彼女は仙道家に踏み込めるだけの情報を得られなかった私たちに対し、魔眼から得られた情報を提示して、助けを求めてきたのです」

「……はぁ。流れは分かったわ。あのおバカ、その話なら私に伝えればよかったでしょうに……」

「一応ですが、舞佳さんは詩織に対して自分の所属は話していないのでは?」

「魔法院の魔法使いだってことは話してるんだから、こっちに話しても良かったのよ」



 嘆息する舞佳さんではあるが、彼女はあくまで個人で動くエージェントであり、私のような独自組織を持っているわけではない。

 古代兵装の情報を手に入れたとして、どうやって『八咫烏』に報告するつもりだったのだろうか。

 私の場合は後ろに火之崎がついているし、リリのおかげでどのような形にも言い訳が出来る状態ではあるのだが。


 まあ、舞佳さんもその辺りが分かっていない訳ではないだろう。

 それでも、組織に魔眼のことがバレるよりはマシだと考えているに違いない。

 舞佳さんは嘆息しながら、私に突き付けていた刃を降ろす。

 とりあえず、私が無理やりに巻き込んだわけではないということは納得してくれたらしい。



「はぁ……それで、貴方はどうするつもりなのかしら、灯藤君?」

「……私はこれでも四大の一族です。しかも灯藤家は水城にも連なる家系。そうである以上、両家の術式を理解してしまっている彼女を見逃すわけにはいきません」

「下手をすれば、火之崎夫妻と水城久音が相手って訳ね……最悪だわ」



 まあ、私はまだ報告を上に上げてはいないので、今の所情報は灯藤家の中だけに留まっているのだが……父上たちの存在が牽制になっているのならば、あえて伝えることもないだろう。

 この状況下において、舞佳さんに取れる選択肢は少ない。


 詩織の魔眼は、決して誰にも知られてはならない存在だった。それが知られてしまった以上、どこかの勢力に取り込まれることは確定となってしまう。

 たとえ持っている本人が善良で理性ある人間であったとしても、魔法使いであるならば、絶対に彼女の魔眼を無視することが出来ないのだ。

 最悪の場合、詩織は道具として扱われることにもなりかねない――舞佳さんは、それを危惧したからこそ、魔法院に対しても詩織の魔眼を隠し続けていたのだろう。



「舞佳さん。私は四大として、両家に連なる者として、詩織を放置することは出来ない。だが、彼女を排除対象にしないようにできます」

「……まあ、両家の術式を知ってしまった以上、どちらかに所属しても危険が及ぶことは確かね。けど、貴方程度の実力で、どうやって詩織を保護するつもりかしら」

「逆に、私にしかできないんです。今のところ、詩織の魔眼を知っているのは火之崎と水城だけ。詩織がそのどちらかに所属すれば、もう片方が詩織を消すために尽力することになる。それを避けられるのは、両家の架け橋であり中立地帯である、我が灯藤家だけです」



 詩織がどちらかの家系から一方的に口出しできる立場となってしまった場合、既に見られた術式は相手に筒抜けになってしまうことを意味している。

 いくら協力体制が築かれ始めているとはいえ、それを無視することは火之崎にも水城にもできはしないだろう。

 だが、私ならば。灯藤家であるならば、話は別だ。



「灯藤家の所属は、火之崎であると同時に水城にも籍があります。両家が詩織の存在を認識したうえで、彼女の魔眼から情報を得る際の手続きを調停、システム化することで、彼女の存在を両家にとって重要な位置に置くことが出来る」

「……けどそれは、あの子を四大に縛るということでしょう」

「否定はしません。ですが、彼女が両家から安全を保障される立場を作るには、それ以外に道は無いと考えています」



 かなり綱渡りであることは事実だが、勝算はある。

 何しろ、詩織は凛と初音の共通の友人なのだ。

 二人は競い合うように成長することで、互いの家系の中でも高い実力と発言力を有するまでに至っている。

 二人の取り成しがあれば、詩織の保護は決して夢物語ではないのだ。

 それを、私は必死に舞佳さんへと訴える。彼女が納得しない限り、この選択肢を押し付けることは出来ない。


 他に提示できる選択肢があるとすれば、それは『八咫烏』への所属ぐらいだろうが……そこで汚れ仕事をしている舞佳さんが、そのような選択肢を選べるはずは無いだろう。

 となれば、私には最早提示できる選択肢はない。後は、舞佳さんの判断に任せる他ないだろう。

 彼女はしばし黙考し――ゆっくりと、口を開いていた。



「……灯藤君。貴方の言葉に、嘘は無いわね?」

「火之崎の名と、私の精霊に誓って」

「わかった……あの子のこと、貴方に任せるわ。ただし、絶対にあの子の保護を成功させなさい――絶対よ」

「ええ、無論です。彼女は私の家族たちにとって、かけがえのない友人だ。それを失うなど、あってはならないことです」



 私の言葉に、舞佳さんは僅かに目を見開き――そして、口元に僅かな笑みを浮かべる。

 可笑しなことを聞いたと、笑うかのように。



「その言葉、信じましょう。それと……ありがとうね、灯藤君」

「礼には及びませんよ。まだ体制を築けたという訳でもないですから。ともあれ、力を尽くします。私にとっても、彼女は友人ですから」



 舞佳さんの言葉に頷いて、私は一旦部屋の外に出るため踵を返す。

 何はともあれ、まずはこの事件を終息させねばならないだろう。

 改めて気合を入れ直し、私は今後の展望について思考を巡らせていたのだった。





















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