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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第6章 金瞳の観測者
115/182

115:霧と銀糸












「ぎゃあああああっ!?」

「やめろ、やめて……ああああああああッ!」



 白く塗りつぶされた、果ての見えない空間。

 周囲にはだれもおらず、けれど悲鳴だけが木霊している。

 その中で、仙道は息を荒げながら、周囲へ向けて闇雲に魔法を放っていた。



「くそっ、くそっ! 【風よ】【集い】【逆巻き】【打ち砕け】!」



 仙道の唱える三級の圧縮詠唱魔法は、この追い詰められた状況下であったとしても、正確な効果を発揮していた。

 渦を巻くように顕現した風は、まるで鉄槌のごとく前方へと向けて放たれ――そのまま、何かに接触することもなく通過する。

 周囲を満たす白い霧は、僅かに揺らぎこそしたものの、それを吹き散らすことは一切叶わなかった。

 初音の展開した、霧の迷宮たる《夢幻水牢》。

 かつては不完全な形でしか実現できなかったその術を、今の初音は完全に制御しきっていた。

 尤も、水城久音のように、霧に幻惑の世界を映し出し、それを現実と誤認させるほどの制御ができている訳ではないのだが――少なくとも、霧を完全に制御、安定させ、瓦解させないようにすることは成功していたのだ。



「腕があああああ!?」

「きゃああああああああああああああ!」



 その完成度は、学生程度の魔法使いでは決して逃れることが出来ないほどの物。

 今の初音には、たとえ四大の一族が相手であったとしても、宗家クラスや分家上位クラスでもない限り、抜け出させないと断言するだけの自負があった。

 ――今この場にいる敵だけでは、決して逃れることなど叶わないと、そう断じていたのだ。



「何で……何で、霧を散らせられない!? 今の僕は、四大にだって劣っていない筈だ!」



 全力で魔法を放ち、けれど揺らぐ気配すら見えない霧の結界。

 この霧がもしも、視界を塞ぐためだけのものであったならば、先ほどの風の魔法で吹き散らすこともできていたかもしれない。

 だが――これは霧を利用しているが、本質はあくまでも結界魔法だ。

 結界を破壊するには、力で上回るか、起点となる術式を破壊する以外には殆ど方法が存在しない。

 そして複雑に構成された水城の結界魔法は、その強度自体も非常に高い水準を維持している。

 この結界を強引に破壊しようとするならば、凛の放つ全力の攻撃魔法が必要となるだろう。



「何故だ! 水城さん、何故こんなことを! 力を求めるのは、魔法使いにとって当然のことだろう! 何故、どうして僕らを――」



 喚き散らす仙道に、しかし初音は答える必要もないとばかりに、霧の中から水の槍を発射する。

 その数は五つ――あらゆる方向から襲い掛かるその攻撃に、仙道は悪態を吐きながら防御魔法を展開していた。

 ブレスレットによって増幅された魔力により、展開された防御魔法は四大の一族が使ったものに匹敵する強度を有している。

 初音の放った魔法は、僅かに障壁を軋ませたものの、仙道当人に対してダメージを与えることはなかった。

 それに安堵しつつも、仙道は悪態を吐くように声を上げる。



「っ……僕らは……僕は、ただ――」

「灯藤君を見返してやりたかった、とかかな?」



 ふと――仙道一人以外に人影の見えなかった空間に、一人の少年の姿が現れる。

 両手を後ろに回しながら、口元を僅かに歪めた笑みを浮かべた彼は、その嘲笑を隠そうともせずに仙道に対して告げていた。



「まさかそんな下らないことのために犯罪者になろうなんて、僕には理解できないね。その崇高な理念をちょっと説明してくれないかな」

「久我山……ッ!」

「おいおい、君と僕は呼び捨てで呼び合うほど仲良くないだろう? 普通に『久我山君』とでも呼んでおくれよ。あ、敬意を込めてさん付けでもいいぜ?」

「ふざけるなッ!」



 怒りの混ざった絶叫と共に、仙道は無詠唱で炎の弾丸を放つ。

 五級程度の魔法ではあるが、それでも直撃すれば怪我と火傷は免れない一撃だ。

 しかし、あらかじめ読んでいたとばかりにひょいと躱した久我山は、やれやれと肩を竦めつつ声を上げる。



「随分荒れてるじゃないか。水城さんに素気無く扱われているのがそんなに気に食わないのかな?」

「お前……ッ! 馬鹿にするのも大概にしろ、三組の劣等生風情が!」

「あははははっ! 面白い台詞だ、仙道君! まさか君からそんな台詞が聞けるとは思ってもみなかったよ!」



 言外に、先日の模擬戦で仁に敗れたことを指摘され、仙道の顔色は羞恥と怒りで朱に染まる。

 仙道が仁を相手に三組の生徒と侮り、手痛い敗北を喫したのはつい先日のことだ。

 あの経験を経てもなお、下位のクラスに対する蔑視を残している仙道に、久我山は嘲笑の中にも軽蔑を交えて声を上げていた。



「いやぁ、芸人の才能があるんじゃないかな。魔法使い辞めてお笑いでもやったら? 君、魔法使う才能ないみたいだしさ」

「な――」



 そんな久我山の身もふたもない発言に、仙道は思わず反論の言葉も忘れて絶句する。

 そしてその意識の空白を逃さず、久我山はさらに言葉を繋いでいた。



「だってそうだろう。そんなとんでもないアイテムを持ち出してきておいて、結局水城さんに手も足も出ていない。まあ、君程度じゃ無理もない話だけど」

「ッ……どういう、意味だ! お前に、何が分かる、何を知ったような口を利いている、久我山ァ!」

「当然、僕に分かるのは見たままのことさ。君じゃあ水城さんには勝てない」



 その言葉と共に嘲りの表情を消し、久我山は真顔でそう言い放つ。

 口調そのものも静かで鋭い、真剣なトーンのそれにすり替るかのように変化していた。

 その瞬時の態度の変化に、激高して言葉を重ねようとしていた仙道は、思わず面くらい言葉を詰まらせる。

 ――それが、久我山の話術であることに気づくこともなく。



「確かにそのアイテムの効果は凄い。魔力も制御力も、普通じゃ考えられないほどに上昇する。魔法使いにとっては、夢のようなアイテムだと言えるだろうさ」

「そ……その通りだ! これさえあれば、我が仙道家は四大の一族に匹敵する力を得られる! 力ある魔法使いが増えることは、この国にとっても有益なことの筈だ!」

「いや、それはないね。仙道家が四大の一族に匹敵するなんてことはあり得ない」



 得意げに、だがどこか追い詰められた調子を内に秘めながら言い放つ仙道の言葉を、久我山はそう口にして一蹴していた。

 さも当然であると、それが常識であると、まるで疑うこともなく。

 考慮の余地もないとばかりに断言されたその言葉に、仙道は思わず言葉を詰まらせていた。

 強い断言には、ただそれだけで説得力が生じる。それがほんの僅かなものであったとしても――相手の意識を揺さぶる要素の一つにはなるのだ。



「四大の一族は、その一人一人が強大な力を持つ者たちだ。当然、その訓練課程はそれ相応の実力を有していることが前提として組まれている。君は個人の素質しか見ていないようだけど……行ってきた訓練そのものの方が、大きな差があるってことさ」

「それは……!」

「君がそのブレスレットでどれだけの魔力と制御力を得られたとしても……それで使えるようになった魔法はまるで習熟できていない。四大の一族に勝てないことなんて、考えるまでもなく自明って訳さ」



 四大の一族は、決してその才能だけで成り立っているわけではない。

 幼少のころから魔法使いとして――護国四家に属する人間兵器として積み重ねた、厳しい訓練がものを言うのだ。

 才能はあくまで下地に過ぎず、そこにどれだけの訓練を重ねてきたかが個人の、引いてはその一族の力となる。

 例えその下地部分が匹敵するレベルになったとしても、それまでの経験で劣っている限り、決して四大の一族を上回ることは出来ないのだ。



「四大の一族の前身となった家系だって、四家が全て同時にポンと発生したわけじゃない。長い時間をかけて、それぞれが独自に発展してきたってだけだ。君たち仙道家が四大の一族を目指すのならば……急ぐべきではなかった、ってことだ」

「だが、それではいつまで経っても……」

「四大の一族だって成長を積み重ねているからね、まあ差はなかなか縮まらないだろう。だけど、伸びしろの差で言えば、他の家系の方がまだまだ余っている状態だ。今の君の家が追い付けずとも、数十年後数百年後になれば、追い付いていたかもしれない」



 けれど、と久我山は付け加える。

 その表情の内に、再び仙道への嘲笑を復活させながら。



「それもここまでだ。そんなアイテムに手を出してしまった以上、仙道家の取り潰しは免れない。君たちは君たちの愚かさで自滅するって訳だね――これまで積み重ねてきたものも、これから先の未来も、すべて犠牲にしてさ」

「そんな、ことは……」

「分かってるだろう? 水城さんが、四大の一族が出張ってきた、その意味ぐらいはさ」



 四大の一族の、護国四家の敵――それは即ち国家の敵だ。

 つまるところ、それは国に対して反逆したと見做されているに等しい。

 例え今この場を切り抜けることが出来たとしても、仙道家は既に終わっているのだ。

 冷静に考えればわかっていたはずの事実を突きつけられ、仙道は呆然と立ち尽くす。

 その様子を愉快そうに眺めていた久我山は、小さく息を吐いて告げていた。



「さて、そろそろ周りも片付いたかな」

「っ……まさか!?」



 その言葉に、はっと顔を上げた仙道は、霧に閉ざされている周囲へと視線を走らせていた。

 当然辺りに他の人間の姿を見かけることは出来ないが、それでも先ほどまでは、幾人かの生徒たちの声が聞こえていたのだ。

 だが、今はそれも消えている。周囲には久我山以外の気配を感じ取ることは出来なかったのだ。

 それはすなわち、仙道を除いて、初音が仕事を終えていることを示していた。



「君が辺り構わず強力な魔法をぶっ放すからさ、他の生徒たちに被害が及びそうだったんだよね。まさか、そんなことも考えられないほど愚かだとは思ってなかったからさ」

「ぼ、僕は……まさか、他のみんなは」

「安心しなよ、死人は出ちゃいない。ま、重傷者は出てるし、僕が止めなかったらどうなってたかも分からないけどさ」



 やれやれと肩を竦めて、久我山は委縮してしまった仙道を見据える。

 彼には野望こそあれど、不特定多数へ向けた悪意があった訳ではない。

 久我山からすれば、だからこそ小物でしかないのだ、と言ったところではあるのだが。



「君なんて所詮その程度ってことさ。周りに賛同者がいなければ何もできない。結局灯藤君の敵にすらなれず、事務的に処理されるのがオチって訳だ」

「ッ……久我、山……!」

「事実だろう? 君は結局、灯藤君から子供扱いしかされていなかったんだからさ」

「黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れぇッ!」



 挑発交じりに放たれた、久我山のその言葉。

 追い詰められていた仙道には、その言葉を聞き流すことなど到底できるはずもなかった。

 励起した魔力が集い、仙道の掲げる腕へと収束する。

 その魔力量は、彼の公言する通り、四大の一族の者たちが持つものと比べても遜色ないものだった。



「【風よ】【集い】【連なり】【斬り裂け】ッ!」



 集う魔力は、仙道の紡ぐ術式に従い、風の刃となって顕現する――その、筈だった。

 しかし、注ぎ込まれたはずの魔力は形を成さず、ただの魔力として空中に霧散する。

 何の効果も及ぼすことなく消えた魔法に、仙道は呆然と目を見開いていた。



「な……何だ、何が!?」

「何だも何も、魔法の制御に失敗したみたいだね。そんな物に頼ってるから、制御訓練がおろそかになったんじゃないのかい?」

「そんな筈があるか! 【風よ】【集い】【斬り裂け】!」



 等級を一段落とした四級の圧縮詠唱。だが、その魔法も、やはり霧散して形を成すことはなかった。

 無論、それを成しているのは、久我山の魔法消去マジックキャンセルによる効果だ。

 長々と言葉を交わしている間に、この霧に包まれた空間には、既に久我山の魔力糸が広域展開されていた。

 仙道はすでに久我山の糸に触れてしまっている状態であり、魔法の発動に際して久我山の干渉からは逃れられなくなっている。

 わざわざ分かりやすく大声で詠唱してくれている仙道の様子を嘲笑しながら、久我山はゆっくりと彼の方へと歩き出していた。



「いやはや、本当に魔法の扱いが下手糞な様子だね。ブレスレットを持つ前より劣化してるんじゃないのかな?」

「【風よ】【集い】【斬り裂け】……ッ! クソッ! 何で、何でだっ!?」

「そんな様子で四大の一族に、灯藤君に勝とうだなんて、冗談にすらなってないって話だよ」

「【炎よ】【集い】【爆ぜよ】っ! 【光よ】【集い】【打ち抜け】ェッ!」

「視野が狭い、魔法ばかりを重要視する、四大がやっていることを理解していない。そんな外法に手を出すのは、やれることをすべてやり切ってからってもんだよ。初歩の初歩すら出来ていないヨチヨチ歩きが、よくもまあほざいたもんだよね」



 一歩一歩、踏みしめるように歩み寄り――その最中、僅かながらに久我山の言葉が揺れる。

 その瞳の中に込められていたのは、確かな怒りだった。

 己を救ってくれた、大恩ある仁に対する理不尽な敵意。

 救おうと差し伸べられた仁の手を振り払った以上、最早救済の余地はない。そう胸中で呟いて久我山は背後に隠していた手を下ろし、その拳を握っていた。

 そして、対する仙道は、ゆっくりと接近してくる久我山の姿に、掲げていた震える手を握り締めていた。



「それと、もう一つ――」

「あ、ああ……うああああああああああああああああああッ!」



 淡々と言葉を紡ぎながら近づく久我山の姿に、魔法を紡ぐ集中すら保てず、絶叫と共に仙道は拳を振り上げる。

 我武者羅に駆け、ゆっくりと歩む久我山へと、その拳を叩きつけようと振り抜き――突如として走った水の刃が、彼の右腕を切断していた。



「あ――?」

「――よくも詩織ちゃんに手を出してくれたね、クソ野郎」



 回転しながら吹き飛ぶ右腕、飛び散る血潮――その向こう側から放たれた拳は、狙い違わず仙道の顔面を打ち抜いていた。





















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