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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第6章 金瞳の観測者
111/182

111:魔眼











 時間は放課後、人気の少なくなった教室。そこでは、我々灯藤家のメンバーと、凛が顔をそろえていた。

 久我山から、詩織が例の件に巻き込まれかけたと報告を受けたためだ。

 そして詩織を引き連れて教室に戻ってきた久我山の話を聞き、私は思わず眉根を寄せていた。

 さすがに予想外で、なおかつ危険な状況であったからだ。



「……そんなことになっていたのか」

「悪いね、灯藤君。きちんと説明もせずに動いちゃってさ」

「そこは確かに説明してほしかったところだがな。まあ、次からは気を付けてくれ……だが、よくやってくれた。ありがとう、久我山」

「それこそ、僕が勝手にやったことだよ。お礼を言われることじゃないさ」



 言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうに笑みを浮かべる久我山。

 その姿に、私は小さく苦笑をかみ殺していた。

 事態は久我山の認識よりも遥かに危険な状況だったのだが、それを伝える必要はないだろう。

 というより――今回の被害者である詩織の母親については、知らせることのできない情報なのだが。



「しかし、まさか彼らがそのような手段に出てくるとはな」

「意外かな?」

「ああ。たとえ急いでいようとも、彼らが強引に仲間を増やそうとするとは思わなかった。こう言うのはなんだが、あのブレスレットにはそれだけ人を引き付ける魅力があるからな」



 だからこそ危険だといえるのだが。

 人の競争心や射幸心を煽る品は、どうにも抑止の利きづらい厄介さを有している。

 今回は、それを握っている連中が積極的に競争心を煽ろうとしているのだから手に負えない。

 だがそれゆえに、そんな強引な方法に出る必要性は低いといえるのだ。

 だが事実として、彼らはそんな強引な手段に出てしまっている。

 これはつまり――



「可能性としては二つ。新田の独断専行か……強引な手段に打って出るほど、形振り構わなくなってきてるのか、だ」

「形振り構わないって、どうして? 向こうは有利な状況なのに」

「確かに、それは否定できないな。絶対的なアドバンテージを握っている以上、奴らの有利は否めない」



 首を傾げた初音の言葉に、私は小さく頷きながらそう告げる。

 本来ならば、そんなリスキーな手段に出る必要はないのだ。

 ゆっくりと、秘密裏に侵食していけば、いずれは絶対的な優位を獲得できるのだから。

 だが、彼らはそれを選択しなかった。すでに、巧遅よりも拙速を選択している。

 それはつまり、もはや踏み止まれない所まで来てしまっているということだ。



「その状況で更に急ぎ始めているということは……あと一歩で、奴らの目的が果たされてしまう可能性がある」

「目的……でも、それもはっきりしてないんだよね?」

「ああ……頭の痛いことにな。まあ、それに関しては引き続き考慮しておこう。それで――話したいこととは何だ、詩織?」



 私たちに対して伝えたいことがあると、そう久我山に告げてここまでやってきた詩織。

 彼女は、私たちが会話をしている間、しばしうつむいて沈黙を保っていた。

 それは、私たちが話し終わるのを待っていたというより、何か話しづらいことを口にするのに口籠っていたように見える。

 人を見る目は確かだが、彼女の在り方は凡庸な人間そのもの。この場において、自分から発言することは難しいだろう。

 故に、私は彼女に言葉を促していた。たとえ言いづらいことであったとしても――覚悟を決めたならば、それを聞くのが私の役目だ。

 話しづらいからと、それを放置することは彼女のためにもならないだろう。

 そんな私の気遣いに気づいたかどうかは定かではないが、詩織はようやく、ゆっくりと顔を上げていた。

 その表情の中に、確かな覚悟を宿して。



「……灯藤君。これから私が話すことは、絶対に秘密にしてください。誰にも、教えちゃいけません。この場限りのことにしてください」

「また、随分と念を入れるな。先に、話してはならない理由を聞いておこうか」

「……ママから、絶対に人に知られちゃいけないって、そう言われてるので」

「――ッ!?」



 その言葉に、私は思わず息をのんでいた。

 詩織の母親である、羽々音舞佳。私の同僚であり、魔導士の頂点たる特級魔導士に名を連ねる女傑。

 彼女が詩織に対してそこまで念を押すということは、場合によっては詩織にとって致命的な弱点にもなりかねないほどの秘密である可能性がある。



「ちょっと待ってくれ、詩織――【領域よ】【音を】【遮れ】」



 簡易ではあるが、遮音の結界を展開する。

 これで、少なくとも周囲に音が聞こえる心配はない。

 この場以上に、彼女の話が伝わることはないだろう。

 だがそれはそれとして……果たして、詩織の秘密を知っても良いものか。

 羽々音舞佳――あの《東の剣鬼》の異名を持つ大魔法使いと敵対したいとは思えない。

 ……知ったからには、彼女の協力者とならざるを得ないだろう。



「……詩織。私たちがお前の秘密を知ることは、互いにとって危険なことであると言える。お前が全てのリスクを理解しているかどうかは分からないが……リスクを背負ってまで、どうして秘密を打ち明けようとする?」

「……そうすれば、今回の事件解決の手助けになれると思ったから――ううん、私は、この事件を早く解決したい。でも、私じゃ何もできないから……灯藤君たちに助けを求めるしかないんです」



 じっと私の目を見つめて、詩織はそう口にする。

 どうやら、覚悟そのものは決まっているらしい。

 必要とあらば、彼女は秘密を打ち明けるつもりなのだろう。

 だが、あの舞佳さんが口止めしているとなると、安易に聞き出すわけにもいかない。

 そんな私の逡巡を読み取ったかのように、そして詩織のことを案ずるかのように、凛が横から口を出していた。



「要するに、アンタはこの事件をさっさと解決したいんでしょう? だったら、あたしたちに任せておけばもうじき終わるわよ」

「でも、凛ちゃん……やっぱり、今すぐには動けないんでしょう?」

「っ、それは……」



 詩織の指摘に、凛は口ごもる。

 それは、まぎれもなく事実だ。今の状況が古代兵装によって生み出され、そして悪化しつつあることは間違いない。

 だが、ことが古代兵装となると、安易に動くわけにはいかないのだ。

 人知をはるかに超えた力を持つそれらのアイテムは、たとえ四大の一族、それも宗家と言えども容易く攻略できる代物ではない。

 下手をすれば、こちらが圧倒されてしまうような危険物なのだ。



「……動くことは確定している。だが、あのブレスレットの詳細が分からない限り、動くことは危険すぎる。失敗すれば、間違いなく事態は最悪の状況になるからな」



 新田は、あのブレスレットを無理やり詩織に着けさせようとしていたと聞く。

 となれば、やはりあのブレスレットには、精神に作用する効果があると考えるのが自然だろう。

 もしも我々が敗れ、あのブレスレットによって支配されるようなことがあれば、間違いなく重大な事件へと発展してしまうだろう。

 時間が無いとわかっていても、最低限それが分からなければ動くことはできない。

 だが――



「……あのブレスレットのことが分かれば、動けるんですよね?」

「ん? あ、ああ、その通りだが」

「それなら、やっぱり――私は、秘密を伝えます」



 ――私の言葉に、詩織はまっすぐとそう答えていた。

 覚悟は決まったと、例え自分にとっての不利益があったとしても、この事件を収束させねばならないと――そんな強い意志を、その瞳の中に宿して。



「……どういう意味だ? お前の秘密が、この件の解決策になると?」

「はい、その通りです」

「っ……」



 思わず問いただそうとして、口を噤む。

 そこから一歩でも足を踏み入れれば、その時点で引き返せない場所まで入り込んでしまうことになるだろう。

 つまり、あの舞佳さんが守ろうとしていたものに、土足で踏み込むこととなるのだ。

 果たして、それが本当に正しいのか――いや、正しいも正しくないも無いのだろう。

 彼女が覚悟を決め、その覚悟を私が受け止めきれるかどうか、今はただそれだけの話だ

 ならば、せめて――



「……分かった、聞かせてほしい」

「仁、大丈夫なの?」

「責任は私がとる。あの人への説明もな。最悪、戦いになるかもしれないが……それぐらいの覚悟はしておくさ」



 正直なところ、舞佳さんと戦うためには全力を尽くさねばならないため、出来るだけ話し合いで決着をつけたい所ではあるのだが。

 ともあれ、話を聞く以上、あの人と折り合いをつける必要があるだろう。

 そして、もう一つ。



「詩織、お前の話を聞こう。そしてその前に、私はお前に一つ約束をする」

「約束、ですか?」

「なに、難しい話じゃない。今後、私たちはお前の秘密を守るために協力する、ということだ」

「それは、ありがたいですけど……いいんですか?」

「それぐらいは最低限の責任というものだ。さて……それじゃあ、話を聞かせて貰おうか」



 あの人が本気で心配しているレベルの秘密となると、正直詩織だけに任せているのは少々不安があるのも事実。

 彼女は凛と初音の大切な友人だ、そこは守ってやらねばならないだろう。

 そんな私の内心を知ってか知らずか――詩織は、瞳を決意に輝かせて、私の目を見つめていた。

 ――いや、違う。



「詩織、お前は――」

「私の魔力特性、と言うんでしょうか。魔力そのものに性質があるっていうわけじゃないんですけど……私の魔力は、『魔眼』を形成しているんです」



 詩織の瞳は、その瞳そのものが、淡く黄金に輝いていたのだ。

 先生の瞳にも似ているが、あれは老化を抑える効果の術式を継続しているがための効果だ。

 だが、詩織のこれは違う。術式を構築することなく、その瞳そのものに特殊な効果を発現している。

 魔眼とは、魔力回路そのものが術式を成した時のみに現れる、極めて珍しい魔力特性だ。

 数の希少性で言えば久我山の魔法消去マジックキャンセルの方が上であろうが、魔眼の場合はそもそも効果が一定ではなく、歴史に名の残る強力な魔眼についてはそれ以降誰も発現していないというものも存在するほどだ。

 そう、つまり――魔眼の効果次第では、詩織は歴史上に名を残す可能性すらあるということなのだ。

 その驚愕せざるを得ない事実に思わず息を飲みつつも、私は彼女に問いかけていた。



「……お前の持つ、魔眼の効果は?」

「ママは、《見取稽古》と言っていました。私の目は……目にした術式の構造、理念、構築法、それらを一目で理解できてしまう、というものです」

「な……ッ!?」

「そ、そんな、まさか!?」



 詩織の告白に驚愕の声を上げたのは、他でもない凛と初音だった。

 当然も当然だ。四大の一族にとって、己が一族の術式は何よりも秘すべきもの。

 それを一目で理解されてしまうなど、冗談にすらならない話だ。

 凛たちは詩織の前でいくつもの強大な術式を使用しているのだ、その衝撃もひとしおだろう。



「……念のため聞いておくが、今までに見た術式を誰かに教えたことは?」

「そ、それは無いよ! ママからも、見た術式は私にも絶対話すな、って耳にタコができるぐらい言われましたから!」

「最悪の事態にはなってないわね……それでも、水城からすれば大問題でしょうけど」



 衝撃から立ち直りつつも、気まずげな顔を消せずにいる凛は、横目でちらりと初音の姿を観察していた。

 その初音はと言えば、聞いた言葉を飲み込むのに苦労しているのか、無言で視線を右往左往させている。

 高度で複雑な術式を多用する水城の一族である初音からすれば、詩織の魔眼は天敵と言っても過言ではない。

 その目で見ただけで、術式のすべてを看破されてしまうのだから。



「私としては、見ても制御しきれるものじゃないんですけど……」

「まあ、見ただけで即座に使われてしまっては、私たちも立つ瀬がないがな……この場で聞けて良かった、と考えるべきなのか、これは」

「後になってから知られてたら、それこそ大問題だっただろうけどね……しかしこうなると、詩織ちゃんの将来の進路はほぼ確定かな」

「え? え?」



 久我山のぼやくような呟きに、詩織は首をかしげて疑問符を浮かべる。

 そんな彼女の様子に、久我山は苦笑交じりに返答していた。



「いいかい、詩織ちゃん。四大の一族にとって、術式はモノによっては最高機密の一つだ。それを知ってしまったら……」

「えっ!? わ、私もしかして危ない状況!?」

「もしかしなくてもね……つまり、君の取れる行動は一つ。知ってしまった術式を持つ、四大の一族に所属するしかない」

「え、ええっ!? で、でもこの場限りの話にしてもらえれば……」

「秘密ってのはいつかバレる前提で考えておいたほうがいい。その時、問答無用で始末されるよりは、庇護下に入っていた方が安全だよ。それならほら、水城さんも心穏やかにいられるだろうし」



 この場限りの話にしたとしても、火之崎と水城の宗家である二人は術式を知られたという事実を無視することはできない。

 四大である以上、それは避けられない習性であると言った方がいいだろう。

 そして、そうである以上、詩織を手の届く範囲に置いておかねば、決して安心することはできない。

 しかしながら、詩織が知ってしまったのは火之崎と水城両家の術式。

 このままでは、両家が詩織を巡って争いを起こすことになりかねない。

 となれば、取れる選択肢は一つしかないだろう。



「……火之崎と水城にまたがる、うちで面倒を見るしかないか」

「そうね……」

「ええ、それが無難だと思う……」



 どこか疲れた様子で嘆息する凛と初音に、私も釣られて嘆息をこぼす。

 本題に入っていないにもかかわらず、妙なところで話が紛糾してしまった。

 まあ、四大の一族としては、決して無視するわけにはいかない話だったことは事実だが。



「ともあれ、話を元に戻そう……つまり詩織、お前はあのブレスレットの術式を把握しているんだな?」

「うん……とても複雑だったけど、やっぱり見ただけで理解出来ちゃったから」

「とんでもないな。アレは人間に作り出せるものじゃないんだが……だが、渡りに船であることは事実だ。聞かせてほしい」



 あのブレスレットの仕組みさえわかれば、打つ手はいくらでも考えられる。

 私のその要請に、詩織は決意を秘めた表情で首肯していた。





















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