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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第1章 灼銅の王権
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011:もう一つの精霊魔法












『うむ……お主の魔力も、中々に増えてきたのう、あるじよ』

「……突然どうした、千狐」



 いつもの場所で初音を待っていた私は、唐突にかけられた千狐の言葉に首を傾げていた。

 彼女の賞賛が嬉しくないわけではないが、何の理由もなくそのような言葉を掛けられたとは思っていない。

 千狐がこのように声をかけてきた場合、何かしらの用事があることが大概なのだ。

 今度は一体何をさせようというのか。私の力に繋がるのであれば異を唱えるつもりはないが、厄介事は勘弁して欲しいところだ。

 そんな思いを込めた私の視線を尻目に、千狐は薄い胸を張りながら腕を組んで声を上げる。



『別段、おかしなことを言ったつもりはないぞ、あるじよ。純粋に褒めておるのじゃ』

「よく言う……魔力が増えたことで、一体何が変わったんだ?」

『くははは! やはりお見通しというわけか。実はの、お主の魔力量が増えたことによって、妾のもう一つの術式を使えるようになったのじゃよ』

「もう一つの、か。そういえば、お前には二つの精霊魔法スピリットスペルがあるのだったな」



 通常、精霊魔法スピリットスペルは一体の精霊につき一つだけだ。

 精霊魔法スピリットスペルはただそれだけで強力なものが多いのだが、術式のバリエーションは非常に少ない。

 そのため、精霊魔法スピリットスペルの使い手は、極力その術式を隠しながら戦うことが多いという。

 だが、千狐の場合は違う。異なる世界で生まれたためなのか、はたまた別の理由があるのか――千狐は、二つの術式を保有しているのだ。

 一つは言わずもがな、私も普段から活用している《掌握ヴァルテン》。

 そしてもう一つが、今千狐が言っている術式なのだろう。だが――



「分かってはいたが……今の今まで使えなかったのか。精霊魔法スピリットスペルにしては、随分と魔力の消費が大きいな。私が言うのもなんだが、今の私の魔力量は、既に一般的な魔法使いと同じ程度にはあるぞ」

『うむ、確かにの。じゃが、それ相応の力があることだけは約束しよう。尤も、今のお主には扱いきれんじゃろうが……その辺りは追々じゃな』



 千狐の言葉に、私は首肯する。

 流石に、初めて使う術式、一発で扱いきれるなどとは思っていない。

 反復練習に次ぐ反復練習、それをこなしてこそ自分自身の力とすることができるのだ。

 元々、精霊魔法スピリットスペルは千狐から力を借りているようなものなのだ。

 扱いきれもしないのに力を振りかざすのは、私の流儀に反する。

 流石に、目立つ術式であればこの場で練習するわけにも行かないが、果たしてどのような力なのか。



「それで、一体どんな術式なんだ? お前は、使えるようになってからのお楽しみだと前々から言っていたが」

『妾が言葉で説明するより、実際に使ったほうが分かりやすいじゃろうな。とは言え、ここで使うわけにもいかんが』

「ということは、今度は目立つ力という訳か……何か例はないのか?」

『そうじゃな……お主がこの世界に来る前、炎に包まれていたあの時――そこでお主に分け与えたものが、その一部じゃ』



 その言葉に、私は思わず目を見開いていた。

 今でも鮮明に思い出すことのできる、あの炎の中の風景。

 あの日、千狐と出会い、差し伸べられた手を取らなければ、今の私はここに居ない。

 彼女のおかげで、今こうして、もう一度チャンスを得ることができたのだ。



「あの力か……懐かしいな。改めて礼を言いたい気分だ、千狐」

『もう何度も聞いておるよ。お主が妾に恩義を感じているように、妾もお主に対して恩義を感じておる。お互い様じゃ』

「ああ、そうだったな」



 己の右掌を見つめ、私は苦笑を零す。

 あの日、私の右腕を焼き尽くした、あの灼熱の感覚。

 千狐は、今の私であれば、それを使うことができると言っている。

 正直なところ、あまり実感が湧かないことは事実だ。

 あの腕を振るっていた時は、どこか夢を見ているような感覚でもあったのだから。



「今はまだ、力に振り回されてしまうだろうな。正直なところ、私は制御できない力に頼ることはしたくない」

『ふむ、まあ道理じゃな。しかし、それだけではなかろう?』

「……まあ、自分の力で磨き上げていないものに頼るのは、私の流儀に反しているのも事実だよ」



 《掌握ヴァルテン》については、それ自体が力を持つものではなかったため、抵抗感は覚えなかった。

 私自身の意思で完全に制御できており、これまでの訓練でその制御にも磨きをかけてきた自負もある。

 だが、あの炎の中で振るった灼熱の感覚は、とてもではないが制御など出来るものではなかったのだ。

 今の私は魔力の扱いにも慣れ、あの時のように命を燃料とするようなことはないだろう。

 しかしそれでも、あの力を手足のように操れる自信は、私にはなかった。



「今の私では、あの力を操りきることはできないだろう。だが――あれが、とてつもなく強大なものであることも理解している。私にも信条はあるが、それにこだわり過ぎて本質を見失うようでは本末転倒だ」



 私は、可能な限り自分の力で目指す目標を達成したい。

 だが、私の目的は、何を差し置いても家族を護ることだ。

 己の信条にこだわり過ぎて、大切なものを取りこぼしてしまっては意味がない。



「だから……本当に力及ばない時は、手を貸してほしい」

『ふふ……変わらんの、あるじよ。じゃが、それでこそ我があるじじゃ。その時が来たならば、喜んで手を貸すとしよう』



 笑顔で頷く千狐に、私もまた笑みを浮かべる。

 世話になってばかりであるが、彼女の助力は何よりも助かるものだ。

 もう一つの千狐の力も、いずれは使いこなして見せよう。

 胸中でそう決意を固め――ふと、私は視線を感じて顔を上げていた。

 じっと見つめられているこの感覚は、普段から良く感じ取っているものと同じだ。

 だが、いつものように元気よくかけられる声がないことに違和感を感じ、私はその方向へと振り返っていた。



「む……?」

『あるじよ、どうかしたのか? ……おや』



 私に視線を向けていたのは、予想したとおり初音であった。

 だが、そこにいたのは彼女だけではない。見覚えのある、だがあまり話したことはない相手が一緒だったのだ。

 スーツを着た、若干長身の女性。背筋はピンと伸びて、歩いていても重心がぶれる様子は一切ない。

 その立ち姿だけでも、相当な技量を感じさせる人物――栗色の髪をショートカットにし、切れ長の灰色の瞳でこちらを睥睨している彼女の名は、赤羽あかばね鞠枝まりえ

 火之崎宗家の副官を代々務める赤羽家、その当主の姉である彼女は、私の母上の付き人を務めている人物であった。



「おはよう、初音。そしてお久しぶりです、鞠枝さん。今日は、どうして彼女と一緒に?」

「……ええ、ちょうどこの辺りに足を運ぶ仕事がありましたので。そのついでに、と朱莉様より伝言を預かりました」



 非常に硬い、機械的な言葉に対し、私は小さく頷く。

 私のことを不自然なまでに信用してくれる母上に対し、彼女は過剰なまでに私に対して警戒心を向けていた。

 実際、子供にしては異様な行動を取っている自覚はあるし、警戒されることも仕方がないとは思っている。

 だが、流石に彼女は警戒しすぎではなかろうかと、私は胸中で嘆息を零していた。

 母上は、一体何を考えて彼女をメッセンジャーにしたのか。



「……分かりました。母上は何と?」

「本日の午後、朱莉様は朱音様と凛様を連れてこちらに足を運ぶ予定でしたが、少々午前の予定が長引くとのことで、朱音様と凛様だけが先にこちらに足を運ぶとのことです」

「母上は後から来るということですか、承知しました」



 頷いた私に対し、しかし彼女はじっと私のことを見つめたまま沈黙している。

 僅かに視線を細め、訝しげに見上げる私に対し、鞠枝はゆっくりと口を開いた。



「貴方は……どこまで理解しているのですか」

「……どこまで、とは?」

「貴方自身の立場のことです。火之崎の宗家に生まれながら、魔力総量も少なく、炎への適正も低い出来損ない。貴方が今ここで生活できているのは、他ならぬ朱莉様が庇っておられるからです」



 遠慮のない鞠枝の言葉。その発言に、眦を吊り上げたのは私の傍で話を聞いていた初音だった。

 しかし、私は激昂しそうになる彼女の肩を掴んで押し留め、軽く苦笑しながら声を上げる。



「私の存在が、分家筋を分裂させる要因になっていると。火之崎の力を削ぎかねない私が邪魔ですか、鞠枝さん」

「……! 今の話で、それを理解したのですか……」



 否定しない彼女の言葉には、嘆息せざるをえなかったが――彼女の言葉に納得できてしまうことも事実だった。

 日本でも最強の武力を誇る、四大の一族が一角、火之崎。

 そんな火之崎にとって、私という存在は酷く不安定な要素だった。

 宗家に置くには相応しくない。だが、そうなればどう扱うべきなのか。

 宗家の血を求める分家からすれば、私を取り込みたいと思うところもあるだろう。

 或いは、力を持たぬ者などいても仕方ないと、さっさと放逐したいと考えている者もいるのではないだろうか。

 そうして内部での混乱が続けば、火之崎全体の弱体化にも繋がりかねない。

 宗家の副官として、赤羽家が私を敵視するのも仕方がないということか。



「私が厄介者であることは、最初から分かっていますから。まあ、そう遠くない内に私の処遇は決まるでしょう」

「……何を以ってそう言っているのかは分かりませんが、おかしな企みはしないことです」



 ちらりと初音を見て、鞠枝は私にそう告げる。

 初音が水城の人間であることも、とっくに知っているのだろう。

 私が水城の人間と繋がりを持つことが広がれば、分家筋に更なる混乱が生まれることも考えられる。

 無論、だからと言って初音との付き合いを変えるつもりもないのだが。



「分かっています。では、母上には楽しみにしています、とお伝えください」

「……分かりました。では、後ほど、朱音様と凛様をお連れする時に」



 それだけ告げて、鞠枝は踵を返してこの場を後にする。

 きびきびと歩くその背中をしばし眺め、私は深く溜息を吐き出していた。

 分かってはいたが、この暮らしもそろそろ限界が近づいてきているようだ。

 それまでに、千狐のもう一つの術式を使えるようになったのは、不幸中の幸いだったか。



「仁……だいじょうぶ?」

「ん、ああ。大丈夫だよ。初音が心配することはない」

「でも……あの人、仁にあんなひどいこと……」

「彼女にとって、一番大切なのは私の母上だからね。彼女は、母上のことを心配しているんだ……今のお前が、私のことを心配してくれているように。私は、彼女のことを嫌ってなどいないよ」



 母上は、私にとっても掛け替えのない家族。

 初音と同じく、護りたい存在だ。尤も、今の私では到底母上には及ばないのだが。

 ともあれ、鞠枝は母上を護ろうとしている人物なのだ。そうである以上、私に彼女を嫌うような理由はない。

 ある意味では、同志のような存在であるとも認識していた。



「しかし……」



 今になって、彼女がこうして口出しをしてきたということは、何か変化が生じつつあるということだろうか。

 あくまで直感的な感覚であり、何がどうと断定することはできないが――少しだけ、嫌な予感がする。

 母上が鞠枝をメッセンジャーにした理由、そして、その彼女の言葉。

 私に関わることで、何かが動こうとしている予感。

 今の私では、その全容を把握しようとしたところで、相手にされないのがオチだろう。

 今できることと言えば、予想し、対策を練ることぐらいだ。



「あまり大きなことが起きなければいいが……」



 嫌な予感はよく当たる。特に、こうして頭の奥にざわつくような感覚がある時は。

 この直感のおかげで、前世の私は幾度も危険を潜り抜けてきたのだから。

 今更、この感覚を捨て置こうとは思わなかった。



「……どうなることやら」



 今日は、あまり魔力を使わずにしておくとしよう。

 そう決意し、私は改めて、初音との訓練を開始したのだった。





















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