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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第6章 金瞳の観測者
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107:謎のブレスレット












 仙道たちがその身につけているブレスレット。

 学校にいる間、一日中観察していたのだが、彼らがそれを外す場面には出会うことは出来なかった。

 まあ、元より学校にいる間に手に入れようとしていた訳ではないのだが……どうにも、身につけている学生たちはあのブレスレットに執着している様子だった。

 自らの力を高めてくれているアイテムだから、という認識である以上は仕方のないことかもしれないが。

 何にせよ、学校で掠め取ることはリスクが高いと判断し、私は分裂させたリリをそれぞれ派遣して、各個人の家で隙のあるタイミングで奪うこととした。

 尤も、クラスメイトの新田という女子生徒については、既に警戒されているから止めた方がいいと久我山から進言されていたため、そこは省いていたのだが。



「さて……そろそろか」



 その日の夜。初音の作った食事に舌鼓を打った私は、リビングでの交流の後、自室へと戻ってきていた。

 時刻はもう十一時を回り、規則正しい生活の普段からすれば既に遅い時間だ。

 尤も、数日は寝ないで活動できるように訓練はされているため、多少の寝不足でスペックが落ちるということはないのだが。

 少々眠気は感じつつも、私は部屋の窓を開けて待ち構える。

 そして数分と待つことなく、複数の気配が高層マンションのベランダに現れていた。



「……任務完了」

「ああ、お疲れ様だな、リリ」



 本体は普段と同じく私の傍に控えていたので、お帰りとは言わずに彼女達を出迎える。

 分裂していたリリは再び一つの個体に戻ると、早速回収してきたブレスレットをテーブルの上に置いていた。

 見た目は、どこにでもあるような普通のブレスレットだ。

 簡素なデザインながら、細身であるためあまり目立たず、普段から装備していてもそれほど違和感はないだろう。



「こうして間近で見るのは初めてだな……リリ、サンプルはこれ一つか?」

「ん、複数人が紛失すると、怪しまれる可能性が高いと思って」

「ああ、正解だな。それでいい。だが、他のものと同一の品であるかどうかは確認したんだろう?」

「それは勿論。間違いなく完全に同じもの」



 想像通りの品であったことに安堵しつつ、私はブレスレットを手に持って観察し始める。

 見た目はただの銀のブレスレットだ。過度な装飾はなく、一部に紋様が掘られている程度の代物である。

 内側を覗き見てみてもそれは同じであり、これが術式兵装であると言われても到底そうは思えないような代物だ。

 だが――



「《掌握ヴァルテン》……づッ!?」



 千狐の力を借りて見たその視界で、私は思わず目を閉じて仰け反っていた。

 取り落としたブレスレットが、テーブルにぶつかって硬質な音を立てる。

 だが、それを気にする余裕もなく、私は右の手の平で両目を覆っていた。

 そこに刻まれていたのは、膨大極まりないほどの術式だったのだ。

 思わず頭痛を感じ、顔を顰めながらも薄目を開けて様子を見る。

 刻まれている術式は巨大と言わざるをえない。巨大な基底術式に、刻まれている付加術式は数知れず。

 見ることはできるが、理解には程遠い――これがどうやって刻まれているのかすら、私には理解することは出来なかった。



「っ……何だ、これは。こんな術式を組める人間など……」

『いる筈もないのぅ。この術式、人間の感覚からすれば、一級を優に超えておるぞ』

「これを唱えられる人間は存在しない。当然、刻印として刻むことが出来る人間も――つまり、これは」

『逆説的に、人間が作った物ではあるまい』



 千狐の言葉に、私は戦慄しつつも頷く。

 魔法の等級は、基底術式に対して追加された付加術式の数によって決まる。

 等級は五級から一級まで。一応ではあるが、世界中を探してみれば、一級を唱えられる人間というものは存在している。

 恐らくは先生もそれに当たるだろう。先生の扱う治癒術式の中には、一級の魔法も存在している筈だ。

 だが、このブレスレットに刻まれている術式は、そのレベルを遥かに超えている。

 特級という言葉すら滑稽に思える、人間には決して扱うことの出来ない術式だ。



「リリ、これはやはり……」

「ん……恐らく、かなり古い時代のもの。わたしも見たことはない、けど」

「どちらにせよ、やはり古代兵装に分類されるものか……」



 悪い方の予想通り、と言うべきか。やはりこれは、あの密輸事件で持ち込まれた物である可能性が高い。

 いくつかの疑問は残るが、これは報告しなければならないだろう。

 以前に挙がったものと同じ疑問点に眉根を寄せつつも、私は仕事用の携帯電話を取り出していた。

 既に夜中ではあるが、『八咫烏』の管制室には誰かしらが常駐していることだろう。

 そう考えて通話を開始すれば、数コールと経たない内に返答が帰ってきていた。



『はい、こちら『八咫烏』管制室です。何がありましたか、灯藤隊員』

「魔養学で出回っているブレスレットを入手しました。室長に変わっていただけますか?」

『室長は今日は既にお休みになられています。事情はこちらでも把握しておりますので、説明をお願いします』



 まあ、室長ならば一人で情報を抱えたままにすると言うことはなかったか。

 休んでいると言うことは、もしやあの建物内に住んでいるのかと想像しながらも、私はオペレータに対して話を続けていた。



「件のブレスレットですが、やはりこれは古代兵装です」

『……間違いありませんか? 一体何を根拠にそう判断したのです?』

「刻まれている術式を解析しました。結果、術式は分類不能ランク……一級以上のものが構築されていました。これは現代の……いえ、過去であろうとも、人間に構築可能な術式ではありません」

『……分かりました。翌朝になりますが、回収員を向かわせます』

「いえ、ポイントを指定してください。私の使い魔に持って行かせますので」

『分かりました。後ほど時刻と座標を指定します。他に何か報告はありますか?』

「他にはありません、以上です」

『では、通信を終了します。任務、お疲れ様でした』



 おおよそ定型文のような台詞を最後に、管制室との通信が切れる。

 オペレータとしてはかなり慣れた対応のように思えたが、これほどの事件がそんなにしょっちゅう起こっているのだろうか。

 若干の不安を感じつつも、私は携帯電話の画面を切っていた。



「さて、とりあえず事態の進展はあった。後は、これ以上の大事にならないことを祈るばかりだな」

『果たして、そう平穏に終わるものかのぅ。お主の経歴を考えると、とてもただで済むとは思えんがな、あるじよ』

「勘弁してくれ」



 嘆息しながら携帯を放り出し、ベッドに寝転がる。

 私自身、あまり否定できたものではないのだ。

 生まれてからこの方、果たしてどれほどの厄介事に巻き込まれてきたものか。

 ――だからこそ、覚悟を決めねばならないだろう。



「相手が古代兵装となれば……やはり、あの若者達も、ただで済むことはないか」

『お主に気にするな、と言ったところで無駄であることは分かっておるがの。まあ、これを配布された者たちはただ巻き込まれただけ、とも言えるじゃろう』

「実情のところは気づいていないだろうからな。だが……仙道、彼は」



 もしも、このブレスレットが何であるかを理解し、その上で使っているのだとしたら。

 もし本当にそうだとしたら――私は『八咫烏』として、四大の一族として、それを決して許すわけにはいかない。

 ことが古代兵装となれば、絶対に洒落では済まないのだから。

 小さく嘆息して、私は体を起こす。相手が古代兵装となれば、油断など出来るはずもない。打てる手は全て打っておくべきだろう。



「リリ、この建物の遮断結界のレベルを上げてくれ。外部からの干渉は完全にシャットアウトする必要がある」

「ん……了解」

「後は……用心は重ねておくか」



 リリが作業に取り掛かるのと同時、私は部屋に設置された作業机へと足を運ぶ。

 学校で出された宿題や、リリとの術式兵装開発などで使われているこの机には、それ専用の道具などがいくつも保管されている。

 それらが入っているラックの中から、私は一枚の紙を取り出していた。



『魔力紙か。それで一体何をするつもりじゃ、あるじよ?』

「念には念を、と思ってな。相手が古代兵装では、どこまで通じるかは未知数だが……それでも、何もやらないよりはマシだろう」



 この魔力紙は、原料の段階から私が魔力を馴染ませて作った品だ。

 故に、私の魔力との親和性はこれ以上ないほどに高く、魔法実験には非常に適した一品である。

 この紙に対し、私は手を置いて己の魔力を励起させていた。

 あまり強く魔力を発すると初音が気づいて飛んでくるため、ほんの僅か程度だったが。



「隠蔽と遮断の結界を刻む。刻印を刻んだ魔力紙で包んでおけば、外部からの遮断にはなるだろう。後は、それをリリに仕舞っておいて貰う」

『随分と念入りじゃの。確かに、それだけやっておけば外からの干渉は不可能じゃろうが』

「相手は古代兵装だ。何が起きても不思議じゃないと考えておくべきだろうさ」



 何しろ、現代ではありえぬほどの技術力を用いて作られた代物だ。

 《掌握ヴァルテン》の力を持ってしても、ほんの僅かにしか概要を読み取れなかったその力。

 決して、油断することは出来ないだろう。



「あまりにも緻密な術式だったから、私にも殆ど読み取れなかった。だが、これが外部と繋がっていることだけは分かったんだ」

「だからこそ、外部との接触は絶っておくべき」

『ふむ。下手をするとこちらの位置を特定されかねんか。古代兵装となると、何があるか分からんからのぅ』



 千狐の言葉に、軽く肩を竦めつつ無言で首肯する。

 膨大で複雑な、それでいて蜘蛛の巣のように緻密に張り巡らされた術式。

 私には、それがまるで二行も三行も連なっているような、文字ばかりの数式のように見えてしまった。

 正直なところ、これを読み取るには専門の学者の協力が必要になってしまうだろうと考えている。

 既存の形態とは異なる付加術式まであったのだ。私では読むことができても、理解することは不可能だろう。


 だが、僅かながらに、これが外部と繋がりを持つような術式が付加されているのが読み取れた。

 その繋がりがどのようなものであるかは理解不能なのだが、今この状況で、それを繋げっ放しにするのは危険だろう。

 リリの結界に包まれたこのマンション内ならばそれらも遮断されるだろうとは思うが、楽観視は危険だ。

 対策が可能ならば、打てる手は全て打っておく。


 励起した魔力を用いて、いつか先生がやっていたものと同じように、魔力を用いて術式刻印を魔力紙に焼き付ける。

 防御系の魔力特性を持つ私にとっては、多少複雑な術式の構築もそれほど苦ではない。



「外部からの干渉遮断、内部の存在隠蔽、そして結界自体の隠蔽……これ以上は紙が持たないか」



 魔力紙には私の魔力が込められているとは言え、その魔力は有限だ。

 あまり強力な術式を刻んでしまうと、数時間程度で効果を失ってしまうことだろう。

 これはせめて、『八咫烏』の本部に到着するまでは保たせる必要がある。

 あそこならば、このマンションと同等の遮断結界が張られているから、それで外部との接触は絶てるはずだ。



「さて、打てる手は打ったが……どう転ぶことか」



 刻んだ術式を起動し、術式の中心にブレスレットを置く。

 《掌握ヴァルテン》を用いても内部に置いたブレスレットの術式を読み取れなくなっていることを確認して、私はようやく一息ついていた。

 正直、ここまでやってもまだ安心は出来ないのだが、これ以上は手の打ちようがない。



「……ともあれ、明日は頼んだぞ、リリ」

「ん……わたしはちゃんと任務を果たす」

「ああ、頼りにしているさ」



 リリの頭を軽く撫でて、私は気を引き締める。

 どのような形であれ、事態は進展するだろう。その時に少しでも良い結果を得られるよう、最善を尽くすしかない。

 紙の中央に置かれたブレスレットを見つめながら、私はそう決意を新たにしていた。





















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