105:仄暗き異常
「魔法が強化されていた?」
『ハリルちゃんからの報告だと、そういうことになるね』
自宅の自室。携帯電話越しに久我山の報告を聞きながら、私はその事象に関して思考を巡らせていた。
魔法の威力を向上させる手法は、実のところいくつか存在している。
度合いは様々、合法なものから非合法なものまで、ありとあらゆる方法が存在しているのだ。
だが、合法な方法は努力に対して結果が見合わず、非合法な方法はリスクがあまりにも大きい。
だからこそ、それらの手段に関しては、ごく一部の人間しか手を出さないような代物なのだ。
だが――
「その連中に異常は見られなかったと?」
『少なくとも肉体的にはね。ハリルちゃんに直接解析できるのはそこまでだったし』
「精神的、魔力的異常に関しては不明……いや、魔力的には異常があると言ってもいいのか」
『だね。本来使える魔力量、制御力を大きく越えての魔法行使だ。普通ならば魔法が発動するはずも無い』
「だが事実として発動していた。即ち、何かしらのタネがあるということだ」
結果には必ず原因が伴う。
魔法が強化されていたということは動かしようのない事実なのだ。
ということは、魔法を強化するための何らかの仕掛けがあったということに他ならない。
だが、先ほども言ったように、魔法の強化手法において、真っ当な方法は微々たる強化にしかならない。
我々四大の一族は、その微々たる強化を常に続ける根気を有しているが……さて、あの時分の学生にそこまでの熱意があるかどうか。
そしてそんな方法を取っていたにしては、結果が出るのがあまりにも急すぎる。
「……キナ臭いな」
『僕もそう思うよ。一人程度なら、偶然才能があったと言えなくもないかもしれないけど……流石にこれは異常だ。真っ当な方法を取っているとはとても思えない』
「となると、流石に放置するのは拙いな。裏を取っておかねばならんか……」
『そう言うと思って、ハリルちゃんには監視の続行をお願いしたよ。ただし、仙道君の監視だけどね』
「例の集まりの主催者、あの少年か……確かに、何かがある可能性は高いな。何か分かったら報告を頼む」
『ああ、任せておくれよ、当主様』
私の言葉に対し、久我山は冗談めかしたように笑いながら告げる。
しかし、随分と意欲に満ちている様子だ。
まあ、働いてくれる分には助かるし、行き過ぎなければ問題は無いだろう。
久我山は己の分を弁えている人間だ。そうそう踏み込みすぎるということも無いだろうがね。
『あっと……そうだ、もう一つ、ハリルちゃんが気になることを言っていたんだ』
「気になること? 何を言っていたんだ?」
『ああ。彼らのつけていたアクセサリーから、妙に古臭い臭いがした、ってさ』
「古臭い?」
時間という概念そのものが曖昧なティンダロスの猟犬が、わざわざ古臭いとまで言った品。
果たして、それはいついかなる時代のものなのだろうか。
まあ、ルルハリルも具体的な年代まで知っているわけではないだろうが……もしもそのアクセサリーが魔法を強化している要因だとすれば、捨て置くことは出来ない。
とてもではないが、マトモな方法で手に入れたものとは考えられないからだ。
もしもそのようなアイテムが存在するのであれば、それは魔法使いの家系で秘匿・独占されるような品だ。
どう考えても、一般人に対して気軽に与えられるようなものではない。
しかし実際にその道具を配っているということは――その行為にも、何らかの意味があるということだろう。
「……どの程度古いのかは分かるか?」
『さあ、具体的な単位なんてそもそも知らない様子だしね、ハリルちゃん。まあ、『お前たちが生まれるより前です』とは言ってたけど』
「……生まれるよりも前、ね」
それが、久我山個人に対して向けられた言葉であるならば、それはそうだろうとしか言えない。
だが――これがもし、我々人類という種全体に対する言葉であったとしたら。
それは果たして、どれほど昔に作られたものになるのだろうか。
もしも、この嫌な予感が的中していたとしたら――
「……分かった。報告感謝する。また何か分かったら連絡をくれ」
『了解。じゃ、また明日』
「ああ、ゆっくり休んでくれ」
そこまで告げて電話を切り、私は一息吐いていた。
妙な事態になっていることは分かっていたが、どうにも、予想以上に厄介な状況になってきている気配がある。
これは思ったよりも、時間的余裕はないかもしれない。
「千狐、リリ、どう思う?」
『キナ臭いのは確かじゃな。特に、先日の事件があった後ではのぅ』
『わたしではそんな古い気配は感じ取れなかった……恐らく、あの犬コロはその道具を直接見たことがあるのだと思う』
「……時間軸を無視して観測を続けるあのティンダロスの猟犬が見たことのあるアイテム、か。確かに、先日の件と噛み合うが……」
先日発生した、古代兵装の密輸事件。
その兵装の行き先は、未だようとして知れない状態だ。
もしも、ルルハリルが発見したものがその古代兵装であるとすれば、これは学生レベルでは済まない問題になるだろう。
だが――
「件のアイテムを装備していた人間は十人弱……大して、持ち込まれた古代兵装は四つ。関係は無いのか? いや、無いなら無いでその方がいいのは確かだが……」
『お主の勘が囁いておるのじゃろう? それに、古代兵装など、そう偶然でぽんぽん出てくるような代物ではあるまい』
「その通りだな……やはり、報告は入れておくべきか」
小さく嘆息し、私は先ほど使っていたものとは別の、もう一つの携帯電話を手に取っていた。
仕事用として渡された飾り気の無い黒い電話。
だが、その実この電話には最新鋭の機能が満載されているのだ。
この画面を起動するにも、実際のところは魔力による認証がかけられている。
私以外には、この携帯を操作することはできないようになっているのだ。
既に慣れつつある手順で携帯を動かし、私は室長の番号を呼び出していた。
数回のコール音の後、定期的に耳にする硬い女性の声が耳に届く。
『貴様からの定期報告以外の電話とは珍しいな、灯藤。先日の件の続きか?』
「いえ、あれについては特に問題は起こっていません。お世話になりました」
ルルハリルを使い魔として登録する際に、室長の力添えを借りていた件だ。
こと、魔法院の裏側については、彼女は父上や母上以上に精通していることは間違いない。
色々と世話になりっ放しではあるが、魔法院の裏側はかなり闇の深い世界だ。
彼女の力に頼っておくに越したことは無いだろう。
まあ、それはそれとして――
「先日の密輸事件の件です」
『アレか。こちらでは、現在も足跡を追っているところだ。とはいえ、遺留品は何も無かったからな。追うにしてもかなり遠回りにならざるを得ないが』
「正攻法で追うことはやはり難しいですか……実は、それに関連するかどうかは分からないのですが、こちらで一つ気なることがありまして」
『何? 何があった』
僅かに、室長の声が逸る。
冷静沈着な彼女にしては珍しいことだ。恐らく、それだけ行き詰ってしまっているのだろう。
事は絶大なる力を持つ古代兵装、秘密裏とは言え、魔法院と国防軍、そして八咫烏が一丸となって当たっている事件だ。
今は僅かであろうとも情報を欲している、ということだろう。
「学校でですが……古代兵装と思わしき物品が持ち込まれています」
『何だと? 詳しく説明しろ』
「私の所属するクラス、一年三組で、魔法威力を増幅するブレスレットが持ち込まれています。そして先日登録したあのティンダロスの猟犬によると、そのブレスレットから古い気配を感じると報告がありました」
『魔法増幅の装備に、あの禁獣の証言か……確かに、おかしな話ではあるな』
室長の声に、私は小さく頷く。
少なくとも、何らかの異常が起こっていることは確かなのだ。
だが、それが先日の密輸事件がらみであるかどうかはまだ不明確としか言えない。
そんなにコロコロと古代兵装が見つかるというのもおかしな話ではあるのだが――
「しかし、そのブレスレットはそれなりの数があります。確認しているだけで十個弱、それ以上に存在する可能性もあります」
『数が合わない、か。あの時に持ち込まれた品かどうかは微妙なところだな』
「ブレスレットですから、一つの箱の中に大量に入っていたという可能性もありますが……」
『そうだな、その可能性も否定は出来ないだろう。灯藤、一つサンプルを入手できるか?』
「……やってみましょう」
方法はいくつかある。できれば穏当に、目立たない手段をとりたいところだが……そもそも既に学校で目立ってしまっている私では、正面から接触すればすぐに警戒されてしまうだろう。
私と久我山が一緒に活動していることは既に周知の事実だろうから、久我山に取ってきて貰うというのも難しい。
何しろ、配っていると思わしき人物があの仙道なのだ。
どう考えても、私に対して良い印象は持ってはいまい。
となると、あまり良い方法とは言えないが、隙を見て盗み出すしかないか。
「手に入りましたら、こちらでも一度解析をしてみます」
『ああ。連絡員には羽々音を回す。奴に品を届けさせるから、訪ねてきたら渡しておけ』
「分かりました。では、何か進展がありましたら」
『頼んだぞ、灯藤』
室長に対して了承の意を返しつつ、通話を終了する。
さて、とりあえずの方針は決まった。不明点は多いものの、あまり静観できる状況ではなくなってきているだろう。
今の所何とも言えないが、もしもアレが密輸されてきた古代兵装であったとしたら――
「……最悪のパターンは、考えておかねばならないだろうな」
『八咫烏』として、首謀者は処断せねばならないだろう。
もしも仙道がその首謀者であったとしたら……年若い少年の未来を、奪わねばならない。
出来ればそうなっては欲しくないものだが、事は古代兵装に関する事件だ。
とてもではないが、軽く済ませられる話ではないだろう。
「これも汚れ仕事か……リリ、早速だが」
『例のブレスレットの回収?』
「そうだ。ただし、仙道から直接盗み出すことは止めておけ。古代兵装が相手となると、本拠地に足を踏み入れるのはリスクが高い」
例え四大の一族に届かなかったとしても、仙道家もそれなりの規模を持つ魔法使いの家系だ。
どのようなセキュリティが仕掛けられているかは分からないし、慎重を期するに越したことは無いだろう。
となれば、相手はそれ以外の学生達。盗むという方法を取らざるを得ないのは心苦しいが、今は可能な限りリスクを避けなければならないだろう。
本来ならばリスクの高い行為であるのだが、リリならばさほど苦も無く達成できるはずだ。
「三組の誰かしらから、あのブレスレットを回収する。学校にいる間は常に身につけている様子だったから、家まで尾行して回収する必要があるだろう」
『ん……分かった。何体か分体を形成して回収する』
「頼むぞ。出来れば今週中に準備を完了させたい」
まずは現状の把握。その間に、最悪のパターンを考慮して、すぐにでも動ける状況を準備しておく。
状況はどう転ぶかは分からない。だが、出来ることならば――
(……バカな真似は、しないでいてくれよ)
どこか祈るように、私は胸中でそう呟いていた。




