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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第6章 金瞳の観測者
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103:小さな違和感












 ティンダロスの猟犬――ルルハリルとの契約、およびその手続きについては滞りなく行われた。

 まあ、正面から魔法院に持ち込むことは流石にできなかったので、両親と『八咫烏』を間に挟む形での申請となったが。

 十秘蹟の一員たる父上と母上からの申請、そして裏から室長の手が回されれば、よほどのことが無い限り通らないということはない。

 まあ、室長には流石に呆れられたが。

 手続きに奔走した昨日のことを思い浮かべつつ、教室で席を並べた私と久我山は雑談を交わしていた。



「……手続きって、思ったよりもすんなりと通るもんだね。禁獣の使い魔って珍しいんじゃないの? それも一級とか」

「まあ、それは否定せんがな。あの風宮ですら、一級の禁獣を使い魔にすることは殆どないだろう」



 そもそもの話、それほどの相手を屈服させて従わせることが難しいと言うのもあるのだが。

 だが実際のところ、二級よりは一級のほうが現実的であるとも言えるのだ。



「だが、高度な知能を有している一級のほうが、二級よりもいくらか交渉の通じる相手であるとも言える。元からこちらに友好的であったリリや、完全に抵抗の余地を奪ったルルハリル。どちらも、理性的論理的にこちらに従ってくれている」

「話の通じない動物を従わせるよりは楽な相手、ってことね。まあ、言葉が通じる相手なら、僕としてもやり易いけどさ」



 自らの右耳に触れながら、久我山は軽く肩を竦める。

 そこについているのは、黒く輝く小さなイヤーカフスだ。

 三角形のレリーフが彫られているカフスの中央には、同じく黒い球体が装着されている。

 これは、リリが久我山に創り上げた装備の一つ。普段ルルハリルを封じておくための『住居』だった。

 黒い球体の中にはリリの内部と同じ四次元空間が広がっており、ルルハリルは普段その内部で待機している。

 そして久我山か私の呼びかけに応じて、外の世界に顕現出来るようになる仕組みだ。



「正直、それでも価値観が違いすぎて扱いに困るんだけどさ」

「それは仕方ないだろう。相手は人間ではないのだからな」



 ティンダロスの猟犬は不死。例え殺すことに成功したとしても、元いた場所で復元されるだけだ。

 首輪を嵌めたのはそれが理由でもあるのだが、ともあれ彼らの持つ価値観は人間のそれとは遥かに異なっている。

 生存本能そのものが存在するのかどうかすらも不明だ。人道を説くことは意味がないだろう。

 だが、それでも有効な手札であることに変わりはない。



「まあ、少なくともルルハリルがこちらに危害を加えることはない。と言うより、リリがいる以上は不可能だ。契約条件に則って指示を飛ばす限り、彼女……性別はあるのか? まあともあれ、ルルハリルは従ってくれるだろう」

「了解。まあ、こっち共々、何とか使いこなして見せるさ」



 言って、久我山は己の腕に嵌められたブレスレットを示す。

 それもまた、リリが久我山のために創り上げた装備品。

 あの魔力の糸を生み出し、制御するための道具だ。

 使用試験には私も立ち会ったが、また何とも凄まじい武器を創り上げたものである。

 手札を割られている状態では彼と戦いたくないと、私でもそう思えるほどだ。



「色々と応用も利きそうだからな。楽しみにさせてもらうとしよう」

「あはは、まあ、ご期待には応えられるように頑張るよ、当主様」



 当主と部下と言う関係も、久我山はそこそこに飲み込めているようだ。

 こうして茶化しながら話ができる分には問題ないだろう。

 公的な場所に彼を連れ出すつもりはないから、実質そこまで敬意を払った態度を取る場面などないのだが。

 と――そうして久我山と談笑を交わしていたところに、横から声がかけられていた。



「おーい、灯藤君、久我山君」

「うん? 詩織か、どうかしたのか?」

「いや、二人で話してたから……その感じだと、久我山君の悩みは解決したみたいだね、安心したよ」

「詩織ちゃんには隠し事が出来ないなぁ」



 女子のグループの会話を切り上げ、こちらに話しかけてきたのは詩織だった。

 どうやら、詩織も久我山の状態についてはあの後も気にかけていたらしい。

 久我山から思い悩んだ様子が抜けたのに気づいたのだろう、詩織は嬉しそうに笑いながら久我山のことを祝福する。

 まるで自分のことのように喜んでいるその姿に、私たちも相好を崩していた。

 本当に、人心に敏感で、それでいながら他者を思いやれる少女だ。



「報告が後になってしまったが……久我山の悩みは解決した。今後は同じ問題に悩まされることはないだろう」

「これも、詩織ちゃんが灯藤君に相談してくれたおかげだよ。本当にありがとう」

「そんなことないよ。灯藤君だって、最初から久我山君のことは気にかけていたんだから、私が何か言わなくても、きっと解決していたと思うよ?」

「けど、詩織ちゃんが相談してくれたことは事実だろう? そのおかげで助かったのは事実なんだからさ」

「この間もお礼は言って貰ったんだから、別にいいのに……」



 久我山が率直にそう告げると、詩織は照れたように頬を押さえながら頷く。

 少なくとも、問題が早期解決したのは詩織のおかげなのだ。その点にはしっかり感謝しなければならないだろう。

 まあ、今回の件を早期と言っていいのかどうかは微妙なところだろうが。



「ところで、先ほどは向こうで話していたようだが、何かあったのか?」



 詩織は、クラスでは中々微妙な立場の人物である。

 四大の一族との繋ぎを付けたい者たちが多いこの学校において、特に打算もなく二家の宗家と友人関係を結んでしまったためだ。

 本人には打算も何もなく、少し話せば素であることがすぐに理解できるのだが、会話を交わしたこともない生徒には分かるはずもない。

 そのため、一部のクラスメートからは若干遠ざけられている節があり、普段話すのは専ら私たちが相手だったのだが――今回は、特に付き合いの無いクラスメートと話をしていたのだ。

 変わったこともあるものだと、そう思って質問を投げかけたのだが、詩織はどこか困惑した様子で声を上げる。



「うーん……何か、一緒に魔法の練習をしないかって言うお誘いだったんですけど」

「一緒に練習? ここの学生が、か」

「こう言うのもなんだけど、変わってるよね。しかも殆ど付き合いのなかった相手を誘うとか」



 この学校では、成績順位が将来的な進路に影響する。

 つまり、同学年の学生は全てがライバルであり、協力関係にあるパターンは少ない。

 例外としては、元々のスペックに大きな差があり、上位順位者が下位順位者を将来的に雇うパターンなどだ。

 これに関しては、今の私と久我山の関係が当てはまるだろう。

 だが、詩織がこのパターンに当てはまるということはないはずだ。



「ここ最近、そういうのが増えてるみたい。いいことだとは思うんですけど、ちょっと唐突で変だなー、って」

「ふむ……確かにな」



 詩織の言葉に頷きつつ、私は周囲へ視線を走らせる。

 三組は、旧式魔法エルダースペルを扱うにはギリギリの才能を持った生徒達の集まりだ。

 つまるところ、お互いに協力をしているような余裕はなく、蹴落とし合いになるのが当然のクラスであるとも言える。

 無論、協力が皆無であるとは言わない。実技でチームを組んだ面々などは、協力し合うの普通だろう。

 だが確かに、今回の詩織に対する声かけは、少し不自然だった。



「……だがまぁ、別におかしなことはしていないのだろう?」

「まあ、普通じゃないような訓練をしているようなら、耳にも入ってくるだろうしね。今の所、別に変なことをしているって訳じゃないんじゃない?」

「だよねぇ。気にしすぎかな?」

「まあ、君が警戒を密にしているのはいいことだと思うがな」



 何しろ、特級魔導士の娘だ。家族には隠しているのかもしれないが、どんな柵があるのか分かったものではない。

 首を傾げている詩織の様子に苦笑しつつ、私は周囲へと視線を走らせる。

 特におかしな様子はない、一年三組のクラス。

 だが、普段よりも生徒同士の会話は多いような気はする。

 まあ、誤差と言われてしまえばその程度の差でしかないのだが。



「ふむ。詩織、ちなみにどのような勧誘を受けたんだ?」

「えーと、何だか、一組の人が魔法を教えてくれるから、一緒にやらないかー、って言う感じでした」

「一組、か。それならありえなくはない、か?」



 所謂青田刈りという奴だ。今のうちに他の魔法使い達を支援しておき、卒業後に自身の派閥に確保するという魂胆である。

 まあ、一組の生徒であれば、その適正自体は十分に補償されている。三組の学生に対して支援を行うというのも、考えられなくは無いだろう。

 少なくとも、同じ一組や二組の学生に対して支援を行い、自分が抜かされるという本末転倒な事態になる可能性は少ないのだ。



「しかし、動きとしてはどちらかというと上級生のやることだな……随分と急いでいる様子に思えるな」

「学年が違う相手ならほぼノーリスクなのにねぇ。何をそんなに急いでいるのやら」



 先ほど説明したような派閥メンバーの勧誘は、どちらかというと上級生が下級生に対して行うような活動だ。

 早い内から活動するのも無駄とは言わないが、現状まだ最初の中間試験も行っておらず、学生達の実力というものは殆ど知れていない段階だ。

 勧誘活動を行うには、少し急ぎすぎのようにも思えるが――



『……ご主人様マスター、わたしが調べる?』

『いや、必要はない。別段、問題があるというわけではないからな』

『でも、ご主人様マスターの部下候補を確保されるのは問題』

『現状、久我山以外には特に目をかけている相手はいないのだが……』



 しかし、勧誘できる相手がいなくなってしまうのも問題といえば問題か。

 案外、まだ見つかっていないだけで、掘り出し物は近くに転がっているかもしれないのだから。

 リリの提案に対し、私はしばし黙考した後、胸中で言葉を返していた。



『分かった。少し、調べてみてくれ』

『ん、了解』



 少し気は早いかもしれないが、人員確保は灯藤家にとって必要不可欠だ。

 状況を把握しておくに越したことはないだろう。

 後は、それに加えて――



「……久我山、耳に入ったら教えてもらいたいんだが」

「っと……うん、分かったよ。ちょっと調べておく」

「ありがとう、助かる」



 久我山にとっても、情報収集の練習になるだろう。

 それと、ルルハリルを使役する訓練も、だろうか。

 人間の知覚領域外から接近できるルルハリルの能力は、諜報に対しても高い能力を発揮できる。

 まあ、当のティンダロスの猟犬には諜報などという概念は一切なく、あの次元跳躍能力は狩りにのみ発揮されていたのだが……指示する人間がいれば、多少は違いも出るだろう。



「さて、何が起こっているのやら」



 違和感は感じるが、あまり大きな動きというわけではない。

 精々杞憂で住めばいいのだが、と――私は、小さく嘆息を零していた。





















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