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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第6章 金瞳の観測者
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101:黒の欠片












「さて、お前が正式に灯藤家に所属してくれた祝いとして、一つ便利なアイテムを贈るとしようか」

「へ? アイテム?」



 リリに確認を取りつつわたしが告げた言葉に、久我山は目を丸くして首を傾げる。

 まあ、唐突な話ではあるが、元より祝いの品は贈るつもりではあったのだ。

 何にしようかと迷ってはいたが……これはいい機会だろう。



「せっかくの貴重な魔法技能、活かさない手はないだろう? だからこそ、お前の魔法消去マジックキャンセルの力を強化したいと思ってな。どんな祝いの品を贈るべきかと考えていたが、ちょうど良かった」

「はぁ……まあ、お祝いだって言うんなら受け取るけどさ。けど、どうするつもりだい? 自分で言うのもなんだけどさ、この魔法消去マジックキャンセルは自分で研鑽を重ねて辿り着いた力だ。突然君が口を出したからって、そこまで改善するとは思えないけど」



 どうやら、久我山にも己の魔法に対しての矜持があるらしい。

 魔法消去マジックキャンセルは希少な技能、それ故に誰かからの教練を受けることはできなかっただろう。

 今の形に辿り着くまでには、かなり多くの苦労と苦悩があったはずだ。

 無論、私にはそれを否定できるはずもない。畑の異なる努力となれば尚更だ。

 故に――私が提案できるのは、異なるアプローチだけだ。



「言っただろう、道具を渡すと。まあそれは兎も角……お前の魔法消去マジックキャンセルの弱点を一つ挙げようか」

「ああ、まあ君なら、仕組みさえ知ってしまえば弱点の一つや二つ分かるだろうけど」

「まあ、それはそうなんだがな。とりあえず、私の考える大きな弱点はこれだ」



 そう告げて、私は《放身》を発動させていた。

 全身から放つ灼銅の魔力、この魔力の輝く領域は、私自身の魔力しか存在しえぬエリアだ。

 例え無色の魔力を持つ久我山と言えど、この魔力を乗り越えて私に糸を触れさせることはできないだろう。

 私が魔力をたぎらせた姿に、久我山は苦笑交じりに肩を竦めていた。



「まあ、そうなっちゃえば無理だね。僕の魔力は他人の魔力に排斥されないけど、その勢いで吹き出る魔力は超えられない」

「だろうな。だが、《放身》は高位の魔導士同士の戦いにおいては必須項目であるともいえる。だが、そうなるとお前は厳しいだろう?」

「……否定は出来ないね」



 しかし、四大の一族である灯藤の相手となるのは、やはり高位の魔導士である可能性が高いだろう。

 火之崎である以上禁獣を相手にする場合も多いだろうが、そうなると既知の魔法しか崩せない久我山を出すこと自体が憚られる。

 結論として、今のままでは戦力として扱うのは難しい状態だと言えるのだ。

 だからこそ、梃入れが必要になる。そう説明しようとした瞬間――



「仁、どうしたの!?」

「っと、初音……ああ、すまん。突然魔力を使ったからか。今のはデモンストレーションだよ」



 泡を食った表情で部屋に乗り込んできた初音に、私は魔力を抑えつつそう告げる。

 どうやら、私が《放身》で放った魔力を感知してしまったようだ。

 あらかじめ説明しておくべきだったかと反省しつつ、私は初音を部屋の中へと招き入れる。

 まあ、初音にも話しておくべきことだ。ちょうどいいタイミングだったとも言えるだろう。



「初音にも話しておくべきだな。まず、私は戦闘時、このような装備を使っている」



 告げながら、私は右手のみに『黒百合』を展開する。

 リリの体によって創り上げられ、一級の禁獣の甲殻などを用いて強化された手甲は、母上と打ち合ってなお砕けぬほどの強度を誇っている。

 そんな私の手を見つめ、興味深そうに久我山は口を開いた。



「へぇ、それが君の術式兵装か。噂には聞いていたけど、本当に突然出てくるんだね」

「そうだな。まあ、これは本当は術式兵装とは一部異なるものなのだが」

「……と言うと?」

「これは、私の使い魔を体に纏い、その上に術式強化した装甲を被せている。つまり、装甲部分は確かに術式兵装だと言えるのだが、その下地はまた別と言うわけだ」

「下地って、この黒い部分? ……灯藤君の使い魔?」



 訝しげに眉根を寄せた久我山は、装甲の下にある黒い物体――言うまでもないが、リリの体である黒い粘塊に視線を向ける。

 虹色の光沢を持つその体は、どこからどう見ても普通の生物には見えないだろう。

 だが――久我山の知識量は並ではない。その答えに行き着いたのか、彼は驚愕と共に視線を上げて、私の顔を見つめていた。



「タイラントスライムを……そんな強力な禁獣を使い魔にしてるのか!」

「正式名称はショゴスと言うのだがな。お前の言う通り、私の使い魔は禁獣であり……そこにいるリリが、その本体だ」

「……いや、うん。君の従者とは聞いていたけど、まさか使い魔で、しかも禁獣とは。驚きすぎて呆れるしかないよ」

「褒め言葉として受け取っておこう。まあとにかく、私はこうしてリリの一部を装備と言う形で活用しているわけだ」



 そこまで告げると、ある程度話が見えてきたのか、初音と久我山の目に理解の色が見え始める。

 その様子に私は小さく笑みを浮かべ、続けていた。



「と言うわけで、私は、お前たち二人にも、リリが作った道具を装備して貰いたいと考えている」

「へぇ……そりゃまた、面白そうだ」

「ええ、リリちゃんの能力については色々と見てきたけれども……道具の作成についてはまだ見たことがなかったね」

「ふふん、任せてくれて問題ない」



 視線を集めつつ胸を張るリリの様子に、私は思わず苦笑を零す。

 さて、まず決めるべきは初音の分だろう。

 まだそれほど気にすることでもないかもしれないが、初音は灯藤家における序列二位に当たる。

 先に久我山に渡してしまうのは、少々問題があるのだ。



「さて、まず初音の場合だが……術式構築の補助機が望ましいかな」

「そんなことまでできるの?」

「勿論。水城の方法論は知らないけど、わたしなら一定の術式構築を補助する機能を作るぐらい簡単」

「リリは分体を創り上げ、それぞれ独自に思考を持たせて動かすことも可能だからな。それを応用して、術式構築のみにリソースを割いた脳を構築することで、補助機の役割を持たせられるはずだ」



 ショゴス・ロードであるリリにとって、自分の体細胞から脳を作り上げることは簡単だ。

 作り方によっては、自意識を持たず、ただ術式構築の機関として使用することもできる。

 そしてリリならば、他人用にチューニングすることも可能だ。

 複数人で術式を構築する水城にとっては、垂涎の品であると言えるだろう。

 携帯できる物品の形にするならば、それほど大きな装備は作れないだろうが――リリの演算能力は人間のそれを遥かに超える。

 複数人で創り上げる術式も、リリの作る装備品一つで補うことができるだろう。



「それなら……うん、どれぐらいの演算補助があるのか分からないけど、簡略化していた術式をいくつか復活できるかも」

「……一人で水城の術式を扱えるって、あの水城久音みたいなことになるね」

「あの人は、それを一人でこなせるから恐ろしいがな」



 弾んだ声で考察する初音の言葉に、私と久我山は思わず頬を引きつらせる。

 自分でやっておいてなんだが、あの人レベルの幻術を操られるようになったら恐ろしいことになるだろう。

 今でさえ、初音は水城として恥ずかしくないレベルで魔法を操っているのだ。

 これが水城久音と並び立つほどのレベルと称されれば、色々と面倒なことになるかもしれない。



「ともあれ、そういう装備を作るつもりだが……出所も能力も規格外だからな、基本的に普段は隠すようにしてくれ」

「うん、分かってるよ。仁の手札は色々とデリケートだから」

「我等が当主様は色々と凄いものを抱えてるねぇ。精霊魔法スピリットスペルに、禁獣の使い魔に、この間の『先生』だ」

「確かに、否定は出来んな」



 それに加えて『八咫烏』のこともあるのだが……そう考えると、随分と厄介なネタを抱えてしまっているものである。

 とはいえ、その厄介さ以上に私に利をもたらしてくれているのだ。

 それに文句を言うのも筋違いと言うものだろう。デメリットは甘んじて受け入れている。



「まあ、初音の分はそのような構想だ。次は久我山の分だな」

「流石にここまで来ると少し期待しちゃうけど、やっぱり難しいんじゃないかな?」

「確かに、取れる選択肢は限られる。だが――リリ、あれを出してくれ」

「ん、了解」



 私の言葉に頷き――リリはその手を、己の腹部へと突き刺していた。

 ぎょっとした目で初音と久我山が見つめる中、しかしリリは痛みを感じる様子もなく腹の中をかき回し、そこから白い物体を取り出していた。

 拳大の、白い涙滴型の宝玉。そこに込められている異様な魔力に、二人が思わず息を飲むのが見えた。



「私は十年間、一級の禁域で修行を続けてきた。終盤には、何度も一級の禁獣と交戦している。そして、そんな禁獣たちの素材は、全てリリが保管しているんだ」

「一級の禁獣……一流の魔導士が束になって蹴散らされる相手だって聞くけど?」

「まあ、間違いではないな。私も何枚か切り札を切ってようやく相手ができるような存在だ。倒しきるのは中々困難だが、まあいい修行にはなったさ……ともあれ、これはそんな一級の禁獣の素材と言うわけだ」



 私が言葉を紡いでいる間、リリは手にした宝玉を久我山へと差し出す。

 これを手に入れるのには相当苦労したのだが、生憎と私に使いこなせるような代物ではなく、『黒百合』に応用することもできなかった。

 このまま死蔵しておくよりは、有効活用しておいたほうがいいだろう。



「久我山、それに魔力を通してみてくれ。普段糸を構築している時と同じようなイメージで」

「これに? ええと、じゃあとりあえず――っ!?」



 久我山が、ほんの僅かに魔力を励起させる。

 その瞬間、宝玉は僅かに光を放ち、涙滴型の先端部から魔力の糸を発していた。

 相変わらず目視できないほどに微細だが、今回はどこから発生するかがわかっていたため、それを確認することができた。

 発せられている魔力の量は相変わらず。だが、魔力は上手く収束し、その密度を上げている。

 より細く、極限まで圧縮されて強度を上げながら、しかし魔力の発散を無くして隠密性を高めているのだ。

 改めてみても信じがたい性能だ。良くあんな化け物を相手に勝てたものだと、今更ながらに嘆息する。



「それは、アトラク=ナクア幼生という蜘蛛型の禁獣が体内に持っていた物質だ。どうも、それを元に糸を精製していたようで、魔力を込めることで糸状の魔力を形成できる。普段よりもやりやすいのではないか?」

「確かに……これは凄い性質だ。まあ、正直僕以外に使うような人間がいるとは思えないけど」

「連中は種族的な特性として利用しているからな。まあとにかく、私が提案するのは、その宝玉を活用した糸の強化だ。より隠密性と強度を高めることができれば、これまで通じなかった相手にも魔法消去マジックキャンセルを使えるようになるかもしれない」

「うん、確かにそうだ。これなら、やれることも増える」



 そう呟いて宝玉を見つめる久我山の視線は、どこか楽しそうに綻んでいる。

 早速、どう扱うかについて想像を膨らませているらしい。

 熱心でいいことだ。



「さて、とりあえず私の提案はこの程度だ。具体的な形状などについては、適宜リリに注文を付けてくれ」

「ん、可能な限り相談に応じる。武器状、防具状、どっちもいけるはず」

「まあ、身につけられるサイズに収めるべきだろうがな」



 普段から持ち歩けるようにしなければ、咄嗟の時に活用できないのだから。

 流石に、貴重な素材を多数利用している『黒百合』を他の二人にも提供することは不可能だ。

 そもそもの話し、アレは私専用にチューニングしているため、他の人間には殆ど使いこなせないだろうしな。



「さて……これでそこそこの強化にはなると思うが、あと一つ」

「え? まだあるの?」

「ああ。これはまあ、二人を強化するという話とは少し異なるのだが……久我山」



 私は、じっと彼の目を見つめる。

 これは、ある種の賭けになってしまうのだが――



「――禁獣の使い魔は欲しくないか?」



 視線を逸らさぬまま、私はそう問いかけていた。





















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