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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第6章 金瞳の観測者
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100:魔法消去

第6章 金瞳の観測者ウィットネス












 広く作られた練習場――道場のような室内で防御の刻印術式が張り巡らされたそこでは、一人の少年が魔法の訓練に明け暮れていた。

 前方に設置された的へと向けて、彼はその手を伸ばしながら術式を編み上げる。

 目指すのは、一流の証明とも言われる魔法――



「ふぅ……っ、【炎よ】【集い】【連なり】【爆ぜよ】!」



 その言葉と共に、彼の周囲に五つの火球が発生する。

 出現した炎の弾丸たちは、彼の号令と共に的へと殺到し、着弾と共に小さな爆発を発していた。

 魔法は確かに発動し、その効果を顕した。だが、それを為した少年の表情は、始める前と同じく曇ったままだ。



「くそ……っ」



 己に対する罵声も力なく、彼は――仙道啓一は、魔力消費による疲労でその場に座り込んでいた。

 練習していたのは三級の圧縮詠唱だ。圧縮詠唱による実現が現実的であり、尚且つ最も高い効果を発揮できる、一流の魔法使いにとっての必須技能とも言える技術だ。

 仙道も圧縮詠唱については訓練を重ねてきたが、未だ使えるものは四級まで。

 指数的に難易度が上昇する魔法術式の等級においては、三級と四級の間には天と地ほどの差があると言っても過言ではないだろう。



「ダメだ、この程度じゃ……」



 脳裏に浮かぶのは、以前目撃した四大の一族同士の模擬戦。

 模擬戦と名は付いていたが、アレは殆ど実戦に近いような戦いだった。

 もしも己があの場にいたら、と考えると、仙道は体に走る震えを止めることができない。

 己では、数秒と持たないだろう。火之崎凛が放つ炎も、灯藤仁が繰り出す拳も、己では決して防ぐことができない。

 そして同時に、自分の使える程度の魔法では、彼女達に対して有効なダメージを与えることも出来ない。

 そこには、隔絶された実力の差というものが存在していた。



「……自惚れていた、か」



 背中からその場に寝転がり、仙道は一人ごちる。

 新興の魔法使い一族である仙道家、その中でも才能があると謳われているのが仙道啓一だ。

 事実、未だ若い身でありながら、魔力量と制御力では二級の判定、魔力感応に関しては一級の判定を受けている彼は、間違いなく天才と呼んで差し支えないだろう。

 だが、四大の一族は、血によって支えられた才能に加え、生まれたときから高度な訓練を積み重ねてきた者達だ。

 例え同等の才能を有していたとしても、訓練にかけてきた時間と質が圧倒的に違う。

 実力に大きな差が生まれてしまうのも、ある種当然であると言えるだろう。

 だが、それで納得できるかどうかは、また別の話だった。



「灯藤、仁……!」



 才なしであると断じていたはずの相手に、触れることすら叶わぬまま敗北したことを思い出す。

 三組と言う、旧式魔法エルダースペルを使えるギリギリの才能しか持たない、落ち零れであったはずの人間。

 彼は火之崎の宗家として活動できるだけの才覚を持たなかったが故に宗家の籍を剥奪され、お情けで新たな分家の当主に据えられた人物であると聞かされていた。

 だが実際はどうか。彼は、宗家の人間である凛と対等に戦えるほどの実力を有していたのだ。


 後に調べたところ、彼の異様極まる経歴が明らかとなった。

 彼は生まれつき魔力が低く、五歳の頃まで病院で過ごしていた。

 そして五歳の時、病院を襲撃してきた魔法使いたちを、精霊魔法スピリットスペルを用いて撃退したと言うのだ。

 とてもではないが五歳の行動とは思えない。だが、これは多くの目撃者がいたが故に広まった話だ。

 異形の右腕を以って魔法使い達を殲滅した、幼い少年の逸話。己の一族にもその目撃者がいたとなれば、仙道も疑うことは出来なかった。



(僕の魔法や火之崎さんの魔法を防いだのはその精霊魔法スピリットスペルか? いや、だけどあいつの右腕に変化はなかった……何か条件があるのか? 話を聞く限りだと、防御系の精霊には思えないし……)



 天井を見つめる仙道の思考は、堂々巡りを繰り返す。

 何にせよ言えることは、灯藤仁はあの模擬戦において、件の精霊魔法スピリットスペルで異形の右腕を使わなかったということだ。

 それはつまり、彼が未だ全力を出していないということを示している。



「……くそっ!」



 思わず、拳で床を叩く。

 相手の実力を見極められなかったのは、己の観察眼が不足していたからだと仙道は考えている。

 三組だからと言うレッテルを張り、相手が弱いと思い込んで挑んでしまったのは、間違いなく自身の責任であると。

 だが、まるで歯牙にもかけられていない、あの態度だけは許容できなかった。



『期待している、ということだ。今後も変わらず、努力をして欲しい』



 実力に大きな開きがあることについて否定するつもりはない。

 仙道は、事実は事実として受け止められるだけの器は有していた。

 だがそれでも、まるで赤子を相手にしているかのようなあの態度。上から押し付けるかのようなあの視線を、仙道は許容できなかったのだ。

 仙道自身は自己把握できていなかったが、それは要するに反抗期の子供らしい感情であると言えるだろう。

 耳障りのよくない言葉を否定し、自分にとって悪しき物であると無理やりに型を嵌めようとする考え方は、人間誰しも経験するものだ。

 ましてや、それが憎き恋敵の言葉であるというならば――



「――坊ちゃん、ここにいましたか」

「……お前か」



 知らず歯を食いしばっていた仙道は、耳に届いた声に嘆息を吐き出して脱力する。

 そして改めて体を起こせば、訓練場の入り口付近に一人の男性の姿を発見していた。

 中年から初老に入ろうかという年齢の男であるが、彼はこの仙道家の使用人の筆頭であり、高い実力を有する魔導士であった。



「訓練の邪魔でありゃ、私は退散しますがね」

「いや、いい。魔力もそろそろ限界だったから、この辺りで切り上げる」



 結局、三級の圧縮詠唱は、発動はしたもののきちんと効果を発揮させることはできなかった。

 術式の強度が不十分なため、魔力の伝道が上手く行かず、狙った威力を導き出すことができなかったのだ。

 集中に集中を重ねてこれでは、とてもではないが実戦形式で使うことは不可能だろう。

 気落ちした溜息を吐き出す仙道に、使用人の男は笑みを浮かべながら声を上げる。



「どうやらお悩みのご様子。私じゃ力になれませんかね?」

「お前にはいつも力になってもらっているさ。ウチがここまで力をつけられたのもお前のおかげだからな」

「ははは、高いご評価ありがとうございます。ではその評価ついでに一つ、面白い話があるんですがね」

「……面白い話?」



 先ほど攻撃した的を見つめたまま、気のない声で仙道はそう返す。

 実力は信頼しているが、この男は少々胡散臭いところがあるのだ。

 話半分に聞いている仙道は、あまり期待せずに受け答えを行っていた。

 ――故に、気づけなかったのだ。



「術式兵装に興味はありませんかね、坊ちゃん」



 ――男の額が、淡く燃えるように輝いていたことに。











 * * * * *











 久我山が灯藤家に所属してから数日ほどの時間が経過した。

 とは言っても、それほど普段の行動に変化が生じたわけではない。

 灯藤家はまだ正式に稼動しているわけではないため、所属員にもほぼ仕事は存在していないのだ。

 まあ、四大の一族に属する以上、ある程度実力を付けることは急務ではあるのだが。

 ともあれ、変化と言えば、久我山が私たちの家に訪れることが増えたこと程度だろう。



「いやぁ、部屋まで用意してもらっちゃって申し訳ないって言うか」

「部屋が余っているからな。管理する人間がいないと、ただたまに掃除するだけの部屋になってしまう」

「でも、汚れてたらわたしが掃除する」

「あー……まあ、変なものは置いておかないようにするけどさ」



 少し恥ずかしそうに視線を細める久我山の様子に、私は思わず苦笑を零す。

 まあ、彼も年頃の少年だ。人に見せたくないものの一つや二つ、あって当たり前だろう。

 相手がリリであれば尚更だ。リリは見た目は幼いが、知識に関しては大人を遥かに超えている。逆にやりづらい相手だといえるだろう。



「正直、休みの日にお見舞いに行かなくなっただけでかなり手持ち無沙汰でさ。こうやって気軽に遊びに来れるのはありがたいよ」

「部外者ならともかく、お前なら気軽に来てくれても問題はないからな」



 自分の部屋となった一室を見回す久我山の様子に、私は苦笑しつつそう返す。

 これまで雲井家のために生きてきた久我山が、ようやっと手に入れた自由な時間だ。

 しばらくはゆっくりとしていても罰は当たらないだろう。

 とは言え、灯藤家の当主として、ある程度話は聞いておかなければならないのだが。



「さて、本家への連絡も終わったし、これでようやくウチに正式所属となったわけだが……そろそろ話して貰ってもいいか?」

「ああ、魔法消去マジックキャンセルの詳細だよね? 分かってるよ」



 頷き、久我山はとりあえず持ち込んだカーペットの上に腰を降ろす。

 私もまたそれに向かい合うように座ると、久我山は軽く手を上げて、小さく笑みを浮かべつつ声を上げた。



「さて、これで君はもう僕の術中に嵌まったわけだ」

「何だと?」

「灯藤くんなら見えるかもね。僕が部屋に張り巡らせているもの、分かるかな」

「部屋に、張り巡らせている……?」



 眉根を寄せつつも、私は周囲へと視線を走らせる。

 未だ私物の少ない、殺風景な部屋。そこには何ら異常があるようには思えない。

 だが、久我山がこういう以上は何かがあるのだろう。そう判断し、私は視線を細めつつ《掌握ヴァルテン》を発動していた。

 少なくとも、この空間に術式の類は仕掛けられていない。

 薄っすらと、本当に薄く久我山の魔力が充満している程度だろう。



(……いや、待て。何かがおかしい)



 本当に薄く、僅かな魔力ではあるが、部屋中に久我山の魔力の存在を感じ取ることができる。

 通常、常に魔力を発散しながら生きている人間は、己の周囲にその魔力を纏っている傾向にある。

 だからこそ、部屋の中に久我山の魔力があること自体はおかしな話ではない。

 だが――部屋の隅々まで、ほんの僅かながらも魔力が存在しているのはおかしな話だ。

 そう考えた私は、部屋の隅のほうにある久我山の魔力へと目を凝らし――それが、目視することが難しいほどの細い糸状の形をしていることに気がついた。



「これは……魔力でできた糸、ということか」

「ご名答。僕の魔力は糸状に形を変えて展開することができる。そして、この糸に触れた相手の術式に対して、魔力越しに干渉することができるのさ」

「……《介入クラッキング》の魔力特性」



 ポツリと呟いたのは、久我山の言葉に対して僅かに驚きの表情を見せているリリだ。

 どうやら、リリも久我山の魔力糸には気づくことができなかったらしい。

 私たちの意表を突けたことに満足したのか、久我山はどこか得意げな表情で続ける。



「そういう名前らしいね。とにかく、僕はそうやって糸を繋いだ術式に対し、魔力を流し込むことによって術式を崩壊させる。それが、僕の扱える魔法消去マジックキャンセルだよ」

「……なるほど、通りで高い隠密性があるわけだ。だが、いくつか欠点もあるようだな?」

「やっぱり、君には分かっちゃうか。ご指摘の通り、僕に崩せるのは僕の知っている術式だけだ。構成上、術式の強度がどうしても弱いところに魔力を流し込むことで崩壊を招くわけだからね。知らない術式じゃあ、どうすれば崩せるのかが分からないし」



 肩を竦め、久我山は苦笑する。

 確かに、それは面倒な制約であると言えるだろう。

 だが、それを加味した上でも、先ほどの高い隠密性は十分すぎるほどのメリットであると言える。

 ならば、あとは彼の欠点を補う方法を考えるだけだ。

 内心でそう結論付けた私は、隣に立つリリへと目配せをしていた。





















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