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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第1章 灼銅の王権
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010:仁の一日












 私の一日は、千狐の目覚ましから始まる。

 夜はいつも魔力放出により気絶するように睡眠へと入っているのだが、おかげで朝はそれなりに早い。

 まだ幼い体であるため、あまり睡眠時間を削るような真似はしていないが、それでも必要以上に睡眠をとることはせず、出来る限り時間を有効に使おうとしているのだ。

 私の魔力量は、生まれた当初から比べれば格段に増えている。それでも、この部屋の中ならば、二時間も眠れば回復し切るだろう。おかげで、朝は万全のコンディションで起きることができるのだ。



『本当に余念がないことじゃな。妾にとっても都合がいい話ではあるが』

「妥協して、後悔してからでは遅いからな。私は弱い。出来る限りのことをしなくては」



 私の環境は、恵まれているとも、そうでないとも言えるだろう。

 火之崎という家に生まれたからこそ、これだけの施設を、見咎められることもなく使えていることは事実だ。

 だが、同時に多くのしがらみに縛られている。

 ここで過ごせる時間も、そう長くは残っていないだろう。


 ともあれ、私の起床する時間は朝五時とそれなりに早く、朝食までには若干の時間がある。

 そのため、私は朝の散歩と称して外出し、病院の周りをジョギングするのが日課となっていた。

 病院から外に出ることはないが、外壁の周りは街路樹の植えられたランニングコースのようになっており、私は日課としてそのコースを五周するようにしていた。

 リハビリや運動不足解消を目的として利用している人も多く、今ではそれなりに顔見知りも多い。

 病院は大きく、一周で2km以上はあるだろう。子供が易々と走れる距離ではないが、今の私は魔力の操作もそれなりに習熟している。

 《掌握ヴァルテン》も併用すれば、体中の筋肉、内臓器官の調整、そして体力の回復と身体能力の強化まで、自らの肉体を調整しながら運動することも可能だった。

 成長の阻害にならぬよう、必要以上に筋力を鍛えすぎず、けれど呼吸器や体力の機能を高める――それが出来るのも、千狐の力のおかげだろう。


 ゆったり一時間ほどをかけてジョギングを終えた後は、階段を駆け上って部屋に戻り、備え付けられているシャワーで汗を流す。

 つくづく、子供に与えられる病室とは思えないが、使える物は使わなければ損だ。

 そうして汗を流し、洗濯物を籠の中に入れてしばし魔力操作の練習をする。

 その頃にはすっかり朝となり、朝食の時間には看護師が食事を運んできてくれる。

 病院食ではあるが、別に胃腸が弱いわけでもなく、子供が食べるものということもあり、出されるのはそれなりにいいメニューだ。

 子供の成長に合わせた栄養バランスに加え、子供でも食べやすいように工夫されたそれには、調理担当者の苦心を伺うことができる。

 つくづく、病院とは思えない豪華さだ。


 食事を残さず堪能すると、私は再び外出する。

 とは言え、今度はランニングのためではなく――



「あっ! 仁、おはよう!」

「おはよう、初音。今日も元気だな」

「うん、元気だよ!」



 初音と共に、魔法の練習を行うためだ。

 出逢ってから続けられているこの日課によって、初音の魔力制御は少しずつではあるが成長している。

 彼女の発する魔力の最低量は、現在では私の全力の半分ほどまで減ってきていた。

 当初の量を考えれば、かなりの進歩であると言えるだろう。

 恐らく、今の制御力ならば、魔法術式が暴走することも少なくなっているはずだ。

 尤も、量が多いことに変わりはないのだが。



「んーむむむ……」

『しかし、本当に懐いておるのぅ。将来は女泣かせになるのではないかな、あるじよ』

『馬鹿を言うな。私など、そう好かれる人間ではないだろう』



 変わり者も変わり者。自ら危険と苦難に飛び込んでいくような愚か者だ。

 そんな人間がそうそう好かれるとは思えない。付いてくるのは、かつての部下のような変わり者ばかりだろう。

 子供は嫌いではないし、初音が懐いてくれているのは嬉しい限りであるが。

 そう胸中で呟きながら、私は彼女の発する魔力を《掌握ヴァルテン》で霧散させつつ、魔力制御の訓練を平行して行っていく。


 私が今行っている訓練は、魔力を瞬時に、必要な量だけ発するという内容のものだ。

 私の魔力量は、今も増やしているとは言え、他人に比べて少ないことに変わりはない。

 少なくとも、凛にも姉上にも圧倒的に負けている魔力量では、『家族を護る』などと軽々しく口にできるはずもないだろう。

 量で負けることは仕方がない。それは生まれもった才能の部類なのだ。持たなかったことを嘆いていても始まらない。

 ならば、突き詰めるべきはその運用、その効率。

 少ない魔力を効率的に使い、最少量で最大限の威力を発揮すること――そのために、純度の高い魔力を瞬時に制御し操ることが必要なのだ。



「……まだまだ、この程度ではな」



 私は、家族を護れるほどに強くならなければならない。

 だが、火之崎は国内でも有数の力を持った魔法使いの一族。その片鱗は、母上の魔力量からだけでも十分に感じ取れる。

 千狐の基準で言えば、母上の魔力は凛の四倍以上――数値にすれば二万を越えるほどの魔力量だ。

 常識の埒外と言ってもいいその力は、火之崎の当主夫人に相応しいレベルなのだろう。

 流石に、あれが普通のレベルだとは思いたくない。この五年間で見かけた魔法使いは、誰もが初音より魔力が少ない程度だったので、そこまで心配はしていないが。



『魔力そのものの質を高め、そして瞬時に励起状態にまで魔力を高ぶらせることができれば、魔法の発動も瞬時に行うことができる。と言っても、術式の展開という工程がある以上、一瞬とは行かんがの』

『術式か……今は、練習できる環境ではないな』



 魔法を発動させてしまうのは、流石に危険すぎる。

 魔法そのものが危険と言うのもあるが、周囲の人間に見咎められれば、外出そのものが出来なくなってしまうだろう。

 発動させていない今も、魔力を周囲に気づかれぬよう霧散させるために《掌握ヴァルテン》を使っているのだから。

 いずれ、この入院生活が終われば、発動までを練習する機会も生まれるだろう。

 今出来ることは、魔力操作の練習と、術式を編む練習程度だ。



『できるとしても、励起状態にするではないぞ、あるじよ。励起状態となった魔力はオーラとなって、周囲に可視化されてしまう。それを隠す術もあるが、かなり高度な技術じゃ。ここでやったら、あっという間に露見してしまうぞ』

『分かった。余裕を持って、魔力を適量発せられるようにしておけばいいだろう』



 余裕があれば、魔力を励起状態にすることも可能だ。だが、技術としてはまだまだ拙い。

 だからこそ、反復練習を繰り返し、魔力操作をより確実なものへと高めていく必要がある。

 五年も繰り返していればそれなりに上達はするが、それでもまだまだ頂は見えない。

 そうして魔法の練習を繰り返し――しばらくすれば、昼食の時間がやってくる。



「それじゃあ初音、また後で」

「うん! あとで仁のおへやに行くからね!」



 大きく手を振る初音の姿を見送り、私は一度部屋へと戻る。

 私と同じように、初音も己の部屋で食事を取るようにしているのだ。

 そのため、初音とは一旦別れ、部屋に戻って食事を取る。

 だが、午後はいつも外出するというわけではない。

 一日おきに、図書室の本を使って魔法の勉強を行うようにしているのだ。

 ちなみに、本は図書室のものだけではなく、母上から手渡されたものもある。

 最近の愛読書は、母上からお勧めとして渡された身体強化の技術に関する本だった。

 ……まあ、母親が子供に渡す本としてはどうかと思うが。



「仁、あそびに来たよ!」

「ああ、ようこそ初音。今日も一緒に勉強するとしようか」



 本を準備している内に、初音が私の病室を訪れる。

 いつも初音の世話というか管理をしているのはこの階層の婦長なのだが、何かと大雑把な彼女は、初音がこの部屋に来るとそのままナースステーションに戻ってしまう。

 一度聞いてみた所、『あんたと一緒なら大人しくしてるからね』とのことだった。

 本当にそれだけで監視の目を外してよいのかという疑問はあったが、それは聞いても答えてはくれないだろう。

 もしかしたら、誰かからの言伝があったのかもしれない。

 まあ、監視の目が少ないことは都合のいいことだし、放置してくれるのであれば文句をつけるつもりもないのだが。



「さて初音、魔法の種類については既に勉強したな?」

「うん。みっつの魔法だよね?」

「そう、旧式魔法エルダースペル数式魔法カリキュレートスペル精霊魔法スピリットスペル――このうち、私たちが主に使うことになるのは旧式魔法エルダースペルだ」



 旧式魔法エルダースペルは、機械や精霊の補助なく、己自身で術式を編み、魔法を発動する。

 古くから使われるこの魔法が限られた人間にしか扱えないのは、偏に多くの魔力を必要とするためだ。



旧式魔法エルダースペルの発動に要求される魔力量は、一般人からすればかなり多いと言える。逆に言えば、多くの魔力を持っている私たちには、旧式魔法エルダースペルが最も相性がいいんだ」

「わたしも、たくさん魔力があるんだよね」

「そう。お前の場合は、私よりもかなり多いからな。魔力量に困ることはないだろう」



 魔力量に困る身としては、色々と頭の痛い話ではあるが。

 ともあれ、我々が扱う魔法は、千狐の精霊魔法スピリットスペルという例外を除けば、旧式魔法エルダースペルに限定されるだろう。



「そして、この旧式魔法エルダースペルだが、発動に要する術式の編み方にも種類がある。初音、知っているかな?」

「えっと……呪文をとなえるのと……魔法陣?」

「よく知っているな。おおよそ、その通りだが……厳密には、三種類ある。詠唱式、展開式、刻印式の三種類だな」



 術式とは、平たく言えば数式のようなものだ。

 変数に魔力を注ぎ込むことによって、決まった効果を得ることができる。

 定数となっている部分に様々な術式を組み合わせて変化させれば、より複雑で高度な術式へと変わるのだ。

 魔力操作を訓練した今の私ならば、術式に魔力を注ぎ込むことについては特に問題はない。

 私は《掌握ヴァルテン》を日常的に使っており、千狐曰く旧式魔法エルダースペルの術式も方法は大差ないとのことだったので、恐らく問題はないだろう。



「鍵となる言霊を連ねることにより自らのイメージを術式化する詠唱式、空間展開した魔力で魔法陣を描き術式とする展開式、モノに直接物理的に魔法陣を描くことにより術式とする刻印式……この中でも、一般的なのは詠唱式だな。初音の言う通り、呪文を唱える方法だ」



 旧式魔法エルダースペルは古くから存在する魔法であり、その古き時代の中では、魔法使いは長い詠唱によって術式を構成していた。

 だが現在、魔法が解析されることによって、術式の構成には核となる言葉があることが判明したのだ。



「たとえば、掌の上に炎を発する《灯火》という魔法を例にしよう。この魔法の正式な詠唱は、『円環に在りし四大が一つ、破壊と再生を司りし猛々しき炎よ、我が掌の内にて小さき灯火となれ』だ。この詠唱を口に出すことで、イメージが固定され、術式が構成される」

「んー……わたしがおそわったの、もっと短かったよ」

「その通り。現在では、この詠唱の中で重要なキーワードだけを抜き出すことで、もっと効率化されているんだ。先ほどの《灯火》で言えば、現在は『【炎よ】、【灯火となれ】』で済む」



 これを圧縮詠唱と呼ぶ。現在では体系化された技術の一つだ。

 尤も、これは普通に詠唱する場合よりも難易度は上がる。より高度な魔法の場合、圧縮詠唱では術式の構成が困難になるのだ。

 言霊を連ねた数だけ術式の難易度は上がり、制御も困難となっていくのである。



「まあ、最初は圧縮などせず、普通に練習するべきだろうな。今は練習できないが、詠唱ぐらいは覚えておいて損はないだろう」

「はーい!」



 元気の良い初音の言葉に頷き、魔法の詠唱について書かれた本を読み解いてゆく。

 まあ、初音はまだあまり漢字が読めないので、もっぱら私が読み聞かせることになっていたが。


 そうこうしている内に時間は過ぎ、夕食の時間となる。

 あまり運動はしていないが、子供の体ではすぐに腹が空いてしまうものだ。

 初音とはまた明日、と言葉を交わして別れ、部屋で夕食を取る。

 そして部屋に備え付けられている風呂に入り、寝る前には日課として限界ギリギリまで魔力を放出する。


 ただひたすら、己の力と技術、そして知識を磨くだけの日々。

 それに変化が訪れたのは、初音と知り合い、ちょうど一ヵ月後のことであった。





















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