そんなナンパは間違っている。
「すみませんっ……」
私――本郷理奈は男性に声をかけられた。
「はい?」
「あの、デパートに行こうとしていたんですが……」
「ああ、それなら……」
道を聞かれたのだと思い、言われたデパートのほうを指差そうとした。
「いえ、あなたとすれ違って。
すごくタイプだったので、戻ってきたんです」
――ああ、道を聞きたい訳ではないのね。
「あ、すみません。急いでいるので」
「声をかけなければ後悔すると思いまして……」
「そうですか、失礼します……」
「あの、自分○○と申します。
○○で仕事をしていて……」
一方的な自己紹介をされても、結局あなたは誰ですか。
と言いたくなってしまう。
「本当にすみません、」
――ああ、私は悪いことをしている訳でもないのに、いったい何度謝るのだろう。
「みっちゃん、本当に声かけられる率高いよねー」
同じ大学に通う谷塚依子は感心したように言います。
「よりちゃん、声かけられない?」
「私なんて全然。
かけられても、夜のお仕事のスカウトくらいだよ」
依子はそう言いながら笑います。
「みっちゃんも夜のお仕事のスカウトされた事あったよね」
「うん……二回くらいあったかな」
私は依子に言われ、思い返してみる。
一度目は地元でのことだった。
「すみません、夜のお仕事とか興味ありませんか?」
いたって普通の声のかけ方だったと思う。
「……ありません」
「学校帰り?」
「そうですねー……」
適当な返事を返しながら、私は歩く足は止めませんでした。
「いや、じゃあさ、仕事のスカウトとか関係なく、個人的に連絡先とか教えてもらえないかな?」
「……え?」
私は予想外の言葉を言われ、一瞬はっと立ち止まりました。
「え?そんなに驚かなくても。
いやー自分のタイプだから声かけた訳だしさ」
――いやいや、あなた仕事中でしょう。
二度目はどうだっただろうか。
確かその日は大雨が降っていて、私は花柄の派手なレインブーツをはいていた。
濡れたくないからと、大きなリュックをしょって、なんだか不思議な格好をしていたと記憶している。
「あれは多分、家出少女だと思われたのよね」
私は言った。
「でもみっちゃんは本当に気を付けた方が良いよ。
道聞かれたついでに連れてかれちゃったらどうするの。ほら、札幌とか」
ああ、そんなこともあった。
「すみません、乗り換え聞いても良いですか?」
駅の地下道で私は聞かれた。
「私、電車とか苦手ですけど……」
「ええと、ここに行きたいんだ」
見せられた手帳の路線図は北海道。
指差された場所は札幌だったのだ。
「え……飛行機……?」
私が間をおいて呟くと、その人は笑いながら
「面白くなかった?」
なんて言う。
――何が面白いのだろう。
そんな事のために私は立ち止まってしまったのだ。
私はからかわれたとそこで初めて気付き、再び歩き始めました。
「待ってよ。怒った?
いや、笑ってくれると思って」
「すみません、乗りたい電車の時間なので」
「あ、連絡先とか教えてよ」
「……札幌に、」
「え?」
「『札幌に無事着けると良いですね』だっけ?笑顔でそれは結構キツい一言だったよねーきっと」
依子は言った。
「だってさ、相手の方がそうやって声かけてきたのよ。
よくわからない名刺押し付けられたり、すれ違った人に『好きになっちゃいました』とか。
意味わからない!」
「お、落ち着いて……!
とにかく、みっちゃんは外を歩くときは今まで以上に気を付けて。
無視したって良いんだから」
私は依子にそう宥められました。
「一人?」
どこかから声がした。
回りを見渡しても、声をかけられたのが私ではないようだったので、歩き続ける。
「一人?何してるの?」
やっぱり声がして振り返ると、一人の男性と目があいました。
「帰るところです」
「お茶する時間ない?」
「ありません……」
「そっか、じゃあまたね」
私は何気ない“またね”という言葉にぞっとしました。
しかし根本的にその人は間違っている。
――ああ、また依子に話すネタができてしまったわ。
だって、カフェから出てきた人に、お茶する時間ない?だなんて……。
私の手には、買ったばかりのホットコーヒーのカップがしっかりと握られているのだから。