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旧校舎で君と語らう

 某県立、御架科(みかしな)高校旧校舎。立ち入り禁止でこそないものの、特に用途もなくただただ不気味なだけのその建物に、肝試しならばまだしも、春の、それもまだ明るい夕方にわざわざ訪れる生徒は全くいない。……のだが。


「あら、今日もいるのね、不良さん」


 旧校舎の一室に一人の少女が訪れた。やんわりと妖しく微笑むその(さま)はミステリアスで、官能的で、神秘的である。


「お前が今日もここに来ただけだ」


 机を窓際にピタリとくっつけて、窓縁に肘を置き、ボーッと外を眺めている青年は景色と一体化していたが、少女が旧教室に入ってくると、露骨に嫌そうな顔をして少女を見る。


「そんなに私に会いたかったのねー」


 そんな青年の反応を茶化すようにクスクスと笑う少女。笑いながら青年の正面の椅子に座る。


「あ? 俺の話聞いてたか?」


 この青年、冗談が少し通じづらいようだ。


「ええ、聞いてた聞いてた。それにしても、毎日毎日、放課後になると旧校舎でただボーッとするだけ……よく飽きないわねー」


 少女は呆れるようにため息を吐いていたが、その口調から、少女が楽しんでいることがわかる。


「うっせ。ほっといてくれよ……」


「あ、そうだ、不良さん」


 放っておくつもりは毛頭ない少女は、青年の言葉を無視して話を続けようとする。


「だから、昨日も言っただろーが! 俺は不良じゃねーよ。ただ自分の心に正直なだけだ」


「授業中に机を蹴っ飛ばして教室から出て行ったり」


「おう。あの教師、理不尽なことでキレるからな」


「上級生と殴り合いの喧嘩をしたり」


「おう。あの野郎、自分はサボっておいて後輩にはきっついメニューをさせてるからな」


「そして今日は授業中に先生と口論、あわや殴り合いの喧嘩になりそうになったり……」


「おう、あの教師、自分の間違いを潔く認めなかったじゃねーか」


 青年は真剣な顔をしていた。真面目に、理不尽に対して怒りを抱いているのだろう。


「はあ……たしかに、『自分の心に正直』だっていうあなたの言い分は分かるわ。それはまあ、私だって、あの先生には色々と言いたいことはあったし、腹が立つ人もたしかにいるわ。……けれど、それをグッと堪えるのが普通よ」


「……」


 諭すように言う少女に、青年は少しだけ落胆したような顔をした後にまた外を見た。


「ま、そういうのは世間の風潮で、私からしてみれば、羨ましいんだけどねー」


「なら最初からそう言えよ……」


 わっかんねえやつだなと言いながらまた少女の方を見る青年。


「でも、あなたは不良さんよ、不良さん」


「はあ……ああ、うん。もう、わかった。わかったわかった。不良さんでいいよ、不良さんで」


 諦めたように両手をプラプラと振る青年。


「ん。……それじゃあ、本題に入るけれど、今日も勉強を教えてくれるかしら?」


「なんか偉そうだな……それにしても、お前、優等生オーラがバンバン出てるのにバッカだよな」


 そう、この少女、容姿端麗で真面目な性格なのだが、勉強の方はてんで駄目らしい。


「ば、馬鹿とは何よ。馬鹿とは。今はほら、赤点は回避してるし……! というか、あなた、不良さんのクセして、何でそんなに頭良いのよっ!」


 そう、この青年は周囲から『不良』というイメージを持たれているものの、高校に入学してから今まで、試験の成績は万年トップである。学校側が強気な対応を取れないのは、そういうことだ。


「ま、俺は基本マジメだからな、うん。……ってか、お前、目標が低すぎんだよ。なんだよ赤点回避って。来年の一月はセンター試験だぞ。トップを目指せトップを」


「……くっ! 言ってることは至極まともなのが辛いわ!」


 と、言っても、少女が勉強を全くしていないというわけではなく、今の時期の同年代から考えると、寧ろ少女は勉強している方なのである。……だが、やり方が少し間違っているのかもしれない。


 しかし、間違っていたとしても、彼女にそれを教えてくれる人はいないだろう。


「……で、昨日は訳の分からん化学式を創り出してたお前は、今日は何を教えてほしいんだよ?」


「一々掘り返さないでいいじゃないの……えっと、数学か、日本史」


「数学はともかく日本史はひたすら覚えろよ。そうだな、なんか、お前でも覚えていそうな簡単な問題……参勤交代の制度を定めたのは江戸幕府何代将軍の誰だ?」


 『問題』と聞いて、顔がこわばる少女だったが、想像よりも簡単な問題に安堵の表情を浮かばせた。


「ふふん、中学校の範囲よ。こんな問題。三代将軍の徳川家……徳川さんよ」


「全員徳川さんに決まってんだろうが」


「ど、ど忘れしただけよ! ……そうよ! 家光よ! 徳川家光! ……どう?」


「まさか家光でここまでドヤ顔になれる高3がいるなんて思いもしなかったぜ……うん、合ってる合ってる。それじゃ、次。一般的には世直しを訴える民衆運動とされている、幕末に発生した騒動は何だ?」


「あ、これも中学でやったわ。……アレよね? ……『ええじゃないのか運動』よ!」


「何で少し迷いが発生してんだよ。『ええじゃないか』って断言しろよ。……正直、ちょっと聞いてみただけで絶望的だと思うんだが、まあ、こんな感じでだな。問題を解きまくったり作ってみたりとしていたら、勝手に覚えるだろ」


「……なるほど! 参考になったわ。とりあえず、そうやって勉強してみる。……次は数学だけど」


 流石に罪悪感を感じたのか、少しだけ申し訳なさそうな顔をして、青年の表情を窺う少女。


「……お前は、数学に対してどの辺で苦手意識を持ったんだ?」


「正直言って、あまり覚えていないわ。……ただ、一つ言えることは図形の上を動く謎の点Pが出てきたくらいでかなりイライラしていたわね」


「ああ、中学後半くらいから苦手、と……ったく、これは時間がかかりそうだな」


 長い溜息を吐く青年。


「……い、嫌なら、断ってもいいのだけど」


 段々と弱気になっていく少女。椅子の上でシューン、と身体を縮こまらせている。 


「……ま、このくらいなら手伝ってやるよ。ココから見る景色にも飽きたところだからな」


 青年はフッと微笑み、そして、微笑んだ自分に気づき、顔を赤らめ、飽きたはずの景色をまた眺めている。


「……ふふッ!」


 そんな青年の様子を見て、少女は可笑しそうに、楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに笑った。

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