13
ステラの異変の元をたどると教室にたどり着いた。何人かの子供がいて、おそらくここが俺たちの教室だろうと想像できる。
クラスメイトたちは皆頭を抱えてうずくまっていた。……いや、一人だけ立っている女の子がいる。涙をぽろぽろとこぼし、ひくっ……ひくっとしゃっくりをあげていた。それだけならただの泣いている女の子だが、体内のステラが暴走を起こし、周囲のステラを巻き込んで暴走しようとしていた。
「兄さん!」
追いかけてきたレクシアが遠くから叫んだ。駄目だ、ととっさに思った。レクシアはステラに愛されすぎて影響を受けやすいから暴走に巻き込まれる可能性が高い。
『来るな!』
星術でレクシアを止める。レクシアならじきに破ってしまうだろうが、少しでも足止め出来ればいい。俺は泣いている女の子に駆け寄って、出来るだけ優しい口調で尋ねた。
「どうした?」
女の子は泣き続けるだけで反応しない。周りが見えていないようだった。女の子をなだめるのは無理そうだと判断し、俺は周りにいるステラに語りかけた。
『落ち着け。悲しみに飲まれるな』
身体に宿ったステラに鎮めの気を乗せて放つ。周囲のステラはだいぶ落ち着いたが女の子の異変は収まらない。
「兄さん、どうしたの!?」
星術を破ってレクシアが駆け寄ってきた。周囲のステラは落ち着いているのでレクシアは平気そうだ。これ以上はどうすればいいのかわからなかったのでレクシアの意見も聞いてみた。
「コイツの感情がステラを暴走させてる。どうにか出来ないか?」
泣き止まない女の子を見て、レクシアはためらわずに女の子を抱きしめた。
ぎょっとする俺に気付いているのかいないのか、レクシアは女の子の背中をあやすように撫でながら「大丈夫だよ」とか「泣き止んで」と声をかけ続けていた。女の子は次第に泣き止み、くしゃくしゃになった顔でレクシアを見上げた。
レクシアがいつもの天使の笑みを見せると女の子は顔を真っ赤にして固まった。
早速レクシアは一人の女の子の心をつかんだらしい。流石というかなんというか。
「よく宥めたな」
「兄さんが俺にやってくれたようにやっただけだよ」
「あー、そういえば」
俺が折を見てレクシアに声をかけると、レクシアは不思議そうに答えた。レクシアは生まれてからずっと一緒にいた兄弟だったから良かったんだけど、初めて会った女の子にそれをする発想は出てこなかった。
「ね、ねえ……」
後ろからためらいがちな声を掛けられて振り返ると、さっきまでうずくまってたクラスメイトが揃って俺たちを見ていた。そのうちの一人が代表して話しかけてくる。
「今、ステラを鎮めたの……?」
「そうだけど、それが?」
「すごい……わたしにも出来る?」
レクシアが宥めた女の子を連れて隣に来た。俺にどうするの? というような視線を投げかけてくる。
ステラを鎮める星術は珍しくはあるが、おかしなものじゃない。実際ぐずるレクシアをミレットは何度も星術で鎮めていた。当然レクシアも習得済みである。
難易度はおそらく難しいのだろう。クラスメイトたちの尊敬の目がそれを物語っている。
学園で早々に目立つのもどうかと思い、俺はひとつ提案することにした。
「わかった。特別に教えてやる。けど……他言無用だからな」
「兄さんは甘いけど、俺が常に監視してるからー。立派な星術師になりたいなら、裏切っちゃダメだよ」
にっこり笑顔なのにレクシアから不穏な空気を感じて、思わず顔が引きつった。フォローはありがたいが、ありがたいのだが、それは脅しではないのか。
しかしクラスメイトたちにとってはそれが逆に良かったらしい。秘密を共有した者の笑みを浮かべ力強く頷いた。
精神年齢は高校生くらいって知ってはいるが、見た目七歳の子供たちがそういう表情すると中々壮観だね。
俺は気づかれないようこっそり溜息をついた。滑り出しはいきなりコース外に外れてしまったようだ。