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「兄さん、どう?」
卸したての制服を着て、くるりとレクシアが回る。思わず可愛いよ、と言いそうになるのをぐっと抑え、俺はとびきりの笑顔を浮かべた。
「似合うぜ」
「ありがと! 兄さんは……やっぱりあまり似合わないね」
俺もそれについては同意だったので頬をぽりぽりと掻いて苦笑する。学園の制服は落ち着いた茶色のブレザーだった。全体的にお坊ちゃんっぽいデザインだ。半ズボンがこそばゆい。レクシアは流石の着こなしだったが、俺は生意気そうな顔立ちや癖のある金髪のせいでどこかちぐはぐな印象があった。
「ユエル、レクシア。準備できた?」
藍基調の星術師らしい正装を着てミレットが扉から顔を出した。今日は学園の入学式だ。だから二人で制服の確認をし合っていたわけだ。女性の星術師の正装は膝丈のワンピースに外套のようなマントで思わずファンタジーだなぁ、と感動してしまった。ミレットは落ち着いた茶髪に少しクールな顔立ちなので似合わないと思っていたが、中々どうしてしっくりきていた。元宮廷星術師の貫録かもしれない。
「待って! 忘れ物ないか確認する」
「あ、俺もしとこ」
「入学許可書だけは忘れちゃダメよ?」
「あ、ベッドに置きっぱなしだった」
「もうユエルったら……」
レクシアのファインプレーのおかげで門前払いを喰らわずに済んだ。流石俺の弟だな。
学園は島にあった。転移門でしか繋がらない絶海の孤島だ。島は広く、大きないくつかの校舎と講堂、教会のような施設に、森まであった。このひとつの学園に初等部、中等部、高等部のすべてがあるらしい。俺たちはもちろん初等部入学だ。基本的に外部進学はないらしく、時折特別な理由で何年かに一人ほど退学者が出、十何年かに一人ほど転入生が来るらしい。
流石にこれがこの世界の常識とは思えない。ミレットに尋ねたら木葉を隠すなら森の中、と答えられた。それってもしかしなくても、この学園って問題児の集まる学園なんじゃないのだろうか?
レクシアもそうなんだろうね、と言ってたが特に気にした様子はなかった。
「それじゃあ教室に行ってらっしゃい。私は学園長に挨拶してくるから」
初等部の校舎まで案内してもらい、俺とレクシアはミレットに送り出された。周りにはちらほらと俺たちと同じように七歳くらいの子供たちが親に送り出されている。それだけ見れば微笑ましい光景なのだが、その子供たちに宿るステラやまとわりつくステラがやたら一色に偏っていたり爆発しそうな危うい雰囲気を持っていたりして恐々とせざるを得ない。
ステラが見えないレクシアも雰囲気だけは感じているらしく、うわぁ、と素直に感心していた。強い。
「じゃ、兄さん。教室に行こう! 一クラスしかないから同じクラスだよ」
「え、いつの間に確認したの?」
「さっき遠視したの! 俺が案内してあげる!」
どうやら俺が周りの生徒にびびってる間にレクシアは星術で教室の確認を済ませていたらしい。ホント頼りになる弟で……。
「にしてもこんな広いのに一クラスかよ。たしか人口って150億だったよな? 少なくね?」
「まあ普通のクラスは五クラスあるみたいだけど、そこは明日入学式するんだって」
「ちょい待ち。普通のクラスってなんだ。俺たちは特別クラスなのか!?」
特殊な学校のさらに特殊なクラスってどういうことだ、と思わざるを得ない。謎が多すぎる。レクシアも知らないはずなのにずいぶん余裕だ。そっちも謎だ。しかしその謎はすぐに解けた。
「はい、パンフレット」
「パンフレットとかあったの!? 訳アリ学園に?」
いまいち釈然としないながらもレクシアからパンフレットを受け取る。
学園の名前は『テシェラ星術学園』。見るからに星術を学ぶための学園って感じだ。
そもそも俺は学園の名前すら知らなかった。主に最近のミレットとの個人特訓のせいだ。
テシェラ星術学園は星術に特殊な才能や縛りを持って生まれてきた子供の才能を伸ばすための学園らしい。なるほど、ここなら俺やレクシアも特別ではなく普通になれる。
また星術師を目指す優秀な子供も受け入れているらしく、その子供たちは普通クラスに入学することになるそうだ。優秀ってことはつまり、ステラに愛されているとか、ものすごく精神制御が上手いとかなのだろうが、生まれて三年でそんなことがわかるものなのだろうか?
レクシアに聞くと、三歳になったら適正試験というのを受けるのが普通らしい。それで宿ったステラの量だとか才能だとかを調べるらしいが、俺たちがそれを受けたら大変なことになるかもしれないから、とミレットが受けさせなかったらしい。ちなみに適性試験の結果は公表される。
パンフレットをぱらぱらとめくりながら歩いていると、ふいにステラが騒ぎ出した。
「どうしたのかな?」
レクシアも異変を感じたらしく、首をかしげる。俺はステラに何があったのかを訪ねた。
『悲しみが……決壊する』
「ぐっ……!?」
「兄さん!?」
ステラの悲痛な意思が脳を焼いた。気付くと、レクシアの声を背に俺は思わず駆け出していた。