11
「壁って……」
「ステラと私たちの間には距離がないの。プールのたとえをレクシアがしたでしょう? プールの水は身体から離れたりしない。ずっとプールに浸かっているから離すことができないの。でもだからこそ強く念じるだけでステラにそれが伝わって星術が使える。けど、ユエルには壁があるから念じるだけじゃ伝わらないんじゃないかしら」
「ほ、本当にそんなことがあるの……?」
呆然とレクシアが呟く。俺だってびっくりだ。ためしにステラに聞いてみる。返ってきた答えは「存在する」だった。
「でもよく気づいたな、そんなこと」
「ああ、兄さんは知らないんだ?」
ミレットの賢さが半端ない。存在していないはずのものを想定して、言い当ててしまうのだから。俺が自分のことよりミレットに感心していると、なんでもないようにレクシアが言った。
「母さんは俺たちを拾う前は王家に仕える天才星術師だったんだよ」
「マジで!? なんでやめちゃったの?」
「れれれ、レクシア! 何で全部言っちゃうの!?」
「母さんの歳とかは言ってないよ? それに兄さんだけ知らないのは不公平じゃないか」
「歳は別にいいよっ! だからって、ひろ、拾い子だったことまで言うことは……」
口調が子供っぽくなっているし、相当慌てているみたいだ。珍しくおろおろするミレットが面白くてつい見物してしまっていたが、涙目になっていてちょっと可哀想だったので口を挟む。
「母さんが本当の母さんじゃないのは知ってたよ。わかりやすいし」
「「そうだったの!?」」
知らないとばかり思ってたのだろう。俺もいつ言い出せばいいか迷ってたからな。レクシアがステラ情報でミレットのことを知っているだろうことは予想していたし、レクシアもミレットを母だと慕っていたからわざわざ言うことでもないかなとも思っていたけど。
「で、ちょっと気になったんだけど……母さんって何歳なの?」
「え、えっと……18よ」
若!!
25歳くらいだと思ってた!
つーか生前の俺と、同い年!!
俺って生前ミレットほどしっかりしてたっけ? というか今まで年下に甘えてたと思うと、は……ずかしい……。頭を抱えて転げまわりたくなるほどだ。
ともかく、落ち着いて考えればステラによる急成長もあるのだし、実際はそのくらいなのかもしれない。精神年齢なんかもステラに引き上げられてしまうからやっぱりミレットは25歳くらいということで。うん。そう思わないとちょっと俺がおかしくなりそうだ。
というか俺たちの年齢から逆算すれば、15歳で星術師引退?
俄然ミレットの人生が気になってきた。いったいどんな生き方をしたらそんな濃密な半生を送ることになるのだろう。
「わ、私のことは今はいいでしょ。先にユエルのことなんとかしなきゃ」
「そうだった」
「でも星術が使えない原因はわかったんだから、そんなに難しくないんじゃない?」
レクシアの子供らしく柔軟な発想が出たらしい。さっきもレクシアの何気ない一言で俺の体質の正体がわかったのだから今回も期待だ。
「と、いうと?」
「兄さんはステラと話すときいつも実際に喋ってるでしょ」
「え、マジで?」
自覚なかった。テレパシー的な何かで意思伝達してる気になってた。でも良く考えればステラも見えるからこそわかる伝達をしてきている。目をつぶってしまえば、ステラが何言ってるのかはわからなくなるのだ。テレパシーなんかではない。
「うん。だから、声に出してお願いすれば使えるんじゃないかなって思うんだけど。星術」
「なるほど。一理あるな……やってみるか」
俺はステラに意識を集中した。まずは何が良いだろう。考えているとふいにレクシアがはじめて使った星術を思い出した。
「種が芽吹き、花が咲く」
ステラがわかった、と頷いたような気がした。次の瞬間、庭に積もった雪の上からあらゆる季節の花が顔を出した。
しかし、それだけでは終わらないという感覚。ステラは俺の願いを忠実に聞いて、手当たりしだいの種を芽吹かせようとしていた。
「待て! 良い! もういいから!」
そう言ってようやくステラが止まる。異変はなんとか家の庭だけに留まった。身体に宿るステラはまったく減ってない。操る……もとい現象操作のほうの星術だから当然ではあるのだが、自分の何も減ってないと思うと過ぎた力のように感じてぞっとする。
「……命令するときは、きちんと範囲も伝えたほうがいいかもね」
レクシアの呟きに、ミレットが青ざめながら頷いた。
何はともあれ、俺はようやく星術が使えるようになった。