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後ろのメリーさん  作者: 10.bi
着信アリ
9/34

1.9

「殺せないって、どう云うこと?」


 早苗は尋ねた。

 もしメリーの姿が視界に入っていたとすれば、早苗は飛びついていただろう。生を保証しようとする言葉に前のめりになるが、生憎とメリーは後ろにいた。事実から遠ざかる。


「それはね、きっと聞き間違いよ」 

 そう言い、メリーは首を振るう。


 真実がどうであれ、メリーは認めてはいけない。

 二人の契約は、生死を掛けた脅しに近い物だ。もしメリーが命を奪えないとすれば、早苗はメリーを追い出すことが出来る。関係の維持には黙秘が妥当だ。メリーは失言に顔を顰めた。

 メリーにとって幸いなのは、表情が見られないことにあるだろう。メリーは早苗の後ろに居る。幾ら苦虫を噛み潰したような顔をしたところで、問題はない。

 

「聞き間違い、ね」

 そう言われればそうと頷く他はなく、渋々と下がる。

 せめて寝首をとられる恐怖を和らげられない物かと思う。そこにいるだけで安眠妨害と機能するのは頂けない。ストレスにより病院を訪れる羽目になるのは御免と、早苗は尋ねた。

 

「顔を見せない理由は、何かあるのかな」


 一度として顔を拝めていない事実を聞くと、メリーは頷く。

「それくらいなら答えてあげる。顔を見せないのは、決して意味がないことではないの」

「それは、大事なこと?」

「そうね。都市伝説はメリーさんの声を聞き、振り向いたところで終わる。それが理由よ」

「つまり顔を見ることがトリガーになる?」

「そう。顔を見なければ早苗、貴方は死ぬことはない。目を塞いだままでいることは出来ないだろうし、これは教えてあげる」

「ありがとう。それだけで助かるよ」


 目を開けて眠ることさえしなければ、睡眠をとっても問題はない。


 どうやら安眠しても良いことを知り、早苗は安堵する。

 途端に眠気が襲う。時刻は夜八時を過ぎた程で、眠るにはまだ早い。しかし病院での生活が早苗に睡眠を欲させた。

 

「今日はもう、お風呂に入って寝ようか」

「お風呂? それは、何?」


 そこで早苗は予期せぬ問いを向けられた。

 何を言っているのかと睨むことが出来ず、早苗は宙を見つめた。メリーは弁解するように言う。

「いやお風呂は分かっているの。お湯に浸かることでしょう? 私が分からないのはね、お風呂の入り方よ」

「どう云うことかな。それは、お湯に浸かるだけだよ」

 分かっているだろう。早苗は首を傾げた。

 いったいメリーが何に悩むのか。

 

「違うのよ、早苗。私はね、物は分かっていてもやり方を知らない。箸の持ち方がどうであるかは知っていた。けれど持てなかったように、お風呂にもきっと入れないのよ」

「だからどうと言うのか。まさか手伝ってくれ、とは言わないよね」

「まさかよ。お風呂に入るのを手伝っては貰えない?」

「……それは、出来ないだろう。それをするには、この瞳にメリーを映す必要がある」

「目隠しをすれば良いわ」

「はらと布が捲れればお陀仏。それは御免だよ」

「きつく縛れば良いのよ。それか、そうね。アイマスクと云う物はどう?」

「どうしてもと言う?」

「どうしてもお願いしたい。――考えても見て? 早苗、お風呂の入り方が分からないゆえに、汚くて、臭いひとが置かれるのよ。それは視界に入れられない。片づけることさえ出来ないのよ」

「…………分かったよ」


 アイマスクを買ってくる。寝る前にすることが一つ、増えた。

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