1.5
自らの名を言ったメリーに、早苗は怪訝そうに顔を顰めて見せた。
期待とは違う反応にメリーは首を傾げた。その様は、早苗には見えない。
メリーの不服を察することはなく、早苗は指摘する。
「ねえ、メリー。自分の名前に『さん』を付けても可愛くはないよ」
「……そんなこと?」
何を言っているのか。メリーは首を更に傾げた。
首が音を立てる。どうしても首が回転しようとしないことを、メリーは今日ほど感じたことはなかった。
そして、早苗がそうであることを改めて認識した。
「――つくづく貴方は鈍感ね」
「鈍感なことと『さん』を付けることに関係がある?」
「メリーさん、と聞いて思い浮かべる物はない?」
「これっぽっちも」
早苗は、首を振るう。
彼女は鈍感であるがゆえに気付かない。
知っていて当然と云うように言ったメリーの言葉に、早苗は真後ろに立つ少女が有名人ではないかと考える。サインを求められる程だろうか。考えは間抜けな物で、表情は何も気づいていない事実を伝えるようだ。
有名なことに間違いはない。
けれど、いまのままで答えに辿り着くことはないだろう。
メリーと云う物は、世間に疎くとも知られている。
早苗も例外ではない。けれど早苗が思い浮かべられない理由は、単純に結びつけられないことにある。
可能性を考慮していない。メリーをただの少女と考えているゆえに。
「――都市伝説よ」
と、メリーは言う。
「私メリーさん、いま貴方の後ろにいるのって言えば、流石に分かるよね?」
まさか。メリーがメリーさんであると云う訳はないだろう。
早苗は首を振るう。冗句と鼻で笑い飛ばそうとした。しかし、メリーは首を振るう。
「いいえ、早苗。私はメリーさんよ。正真正銘に、都市伝説のね」
ねえ、とメリーは問いかけた。
「早苗。鍵を掛けた部屋に入って来られるひとを普通と扱おうと言うの?」
「それは、鍵を掛け忘れていたに違いない」
「それは二度起きる物?」
「きっと間抜けなだけだよ。いままでも忘れていたことだろう」
認めようとしない早苗に、メリーは肩を竦めた。
意固地になって認めないと首を振るうことに理由はあるのか。
現に現実におかしな物と疑ったろうに、とメリーは思う。
「私の顔を一度も見ていないことの理由は?」
「偶然に違いない。それに、メリーは顔を隠していた」
「顔を隠す理由が何か考えなかった?」
「君はきっと恥ずかしがりに違いない」
「ブスと言わないのは優しさね。――それじゃああれだけ病室に入り浸り、ときに夜中に入っても何も言われない理由は?」
「許可を得ていたのだろう?」
「普通病院は夜中には帰される物よ。特に重大な病もなく、知り合いでもないひとを置くことはしないと思うけれど?」
「想像とは違っていたみたいだね」
「それじゃあ――」
メリーは、ねえと尋ねた。
彼女は確信を抱いていた。意固地になって否定する理由。気付かないとばかり考えていたが、違う。
メリーは気付いた。早苗は鈍感ではないこと。とっくの昔に気付き、しかし気付いたことを忘れたということ。
「初めの日、電話を掛けたよね。番号にきちんと名前が付けられていたことを、不思議に思わない?」
早苗は口を閉ざした。
勿論、おかしいと感じていた。目を覚ましたとき、携帯を確認したときに目を疑った。
初めて会った相手と云うのに、登録されていない筈の番号が登録されていたのだ。電話帳に名前はなく、しかしメリーさんと云う名前は番号の代わりに写されていた。
それでも早苗はメリーをただの少女と信じた。
眠っている間に番号を登録したに違いない、そう言い聞かせた。
おかしいと感じながらも、顔を見せることのない少女をただの人間と扱おうとした。
記憶に蓋をするように、早苗はメリーを人間と思っていたというのに。
「私はメリーさんよ。ねえ、分かった?」
メリーは否定する。
初めは強盗と思っていた。声を掛けられたことで少女と知り、確かに得た安堵は、恐怖に変わろうとしていた。得体の知らない何かに何をされるかは分かった物ではない。気付かないふりをすれば、何もされないと考えていたと云うのに、メリーは自らを明かす。
どうやら助かる当てはないようだ。早苗は涙目になる。
「一つ、聞いてほしいの」
そう言うメリーの言葉に、頷かないわけはないと云うのに。
意地が悪い、と早苗は思う。口にすることはない。
そして、メリーは言う。
「私を住まわせて貰えない?」




