1.4
早苗が退院するその日、メリーは病室に居なかった。
前日までは部屋に居たメリーは、忽然と姿を消していた。
病室には早苗と、その母親だけが居る。母親が病室を訪れたのは、入院したその日以来だ。
そう云えば、そのときもメリーはいなかった。案外人見知りの気があるのかもしれない。早苗が笑うと、母親は不思議そうな顔をした。
果たして、メリーは何処に行ったのだろう。
メリーの定位置とも云えるカーテンの向こうに姿はなく、それゆえいつも盛り上がっていた布は今日ばかりは痩せている。
また会うことは出来るだろうか。どこか寂しい気持ちを引きずって病室を後にした。
久しく外に出たことで早苗が感じた物は、懐かしさではない。
退院したことを後悔するように、早苗はコンクリートを睨みつけた。
うだるような暑さに、汗をかく。
車を取ってくる。そう言い残した母親を待つ間、病室に逆戻りしたくなった。
「どうせ車を取ってくるなら、ロビーに置いてくれれば良かったのに……」
愚痴を吐く程に、日差しにすっかりと弱っていた。
その理由は、まるで日差しを浴びていなかったことにあるだろう。
「メリーの所為ね」
またも愚痴を吐く。
こうしたとき、ヒョッコりと顔を出す少女であると早苗は認識していた。
しかし現れはしない。代わりに声を掛けたのは、車を取ってきた母親だ。
冷房のついた車に身を置くと、数十分待てば家に着く。
母親は部屋に上がろうとしなかった。早苗を家まで届けると車を発進させた。
そうして、久方ぶりに早苗は帰宅した。
懐かしささえ感じる部屋は、けれど記憶の上よりも整っている。わざわざテーブルの上に並べられたリモコンは、掃除されたことを伝えるようだ。
「……お節介」
ぶうと口を尖らせる。
早速、手に取ったリモコンを扱い冷房を付ける。
そして一息つこうと座椅子に腰を下ろしたとき――。
「ただいま」
声が聞こえた。
「大丈夫? 忘れていない?」
「……ダメかもしれない。また、鍵を掛け忘れていた」
「大丈夫。鍵は掛かっていたから」
それならばどうして入って来られたのだろう。
早苗は、声を掛けられるまでメリーと出会ったときのことを忘れていた。不法侵入をされただろうことは、病院に連絡したことを理由に水に流していた。
けれど、どうやら放置することの出来ない問題に嘆息する。
「メリー。私は、退院したの。だから教えて頂戴」
「良いわ。約束は守る性格よ」
メリーはそう言って、笑う。
早苗は玄関を向いた。鍵の掛けられた扉が視界に映るのみで、メリーの姿はない。
不意に背後より気配を感じた。
そして、そこにいることを伝えるように、メリーは言う。
「私はメリーさん」
改めて名前を口にした。




