2.12
食事、入浴。昨日あれだけ苦労した事柄は、相手が変わることでストレスを感じずにこなすことが出来る。スプーンを勧める必要はないし、狭い風呂に二人して入ることもなく、この日早苗は生活を取り戻したように錯覚を覚える。
その心地よさが二日後に終わることを意識したとき、思わず嘆息が漏れる。
気苦労にのみ目を向けていることを、果たして当人は意識していただろうか。
メリーと言う存在自体を疎ましく思うことがないのは、早苗にとって問題に他ならないだろうに。しかし深く考えに耽ることはない。
湯に浸かった早苗は、ちゃぷとお湯を押した。
手を前に突き出しては引き、流れを作った後に身体を沈める彼女は風呂を好いている。そのため、この時ばかりは少女らしく弛んだ顔をする。
バスタブに背中を、後頭部を壁にあずけて湯に浸かる時間は長く、ぼう、と天井を見上げる時間はどれほど続いただろうか。目覚ましのように、風呂の戸を叩く音が覚醒を促した。
「出てきてはいけないと言っただろう」
と、そうして戸を叩いた人物をメリーと思い、早苗は呆れたように言う。
見つかることはないと思ったのだろう。その通り姿を見られることはないが、風呂場は声が響く。ここはいけない。そう注意しようとしたとき、言葉を口にする手前に声は聞こえてきた。
「お姉さん、のぼせていない?」
長い時間風呂に入っていたせいだろう、友が身を案じたように一言尋ねる。
メリーではなかった。ひと間違いをした気恥ずかしさに、早苗は渇き始めた髪をわしと持ち上げる。
「のぼせていないよ」
気が抜けた、すっかりと萎んだ返事をした。
「ねえ、お姉さん」
戸を控えめに開きながら友は不思議そうに言う。
「出てきてはいけないってどういうこと?」
「……さて、そんなこと言ったかな」
「聞き間違い、かな?」
「かもしれないな」
そう、と友は納得しかねると言った微妙な顔で頷く。
これこそ注意した方が良いだろう。悟られないよう気を配らなければいけないだろうことを知り、早苗は湯に浸かっている太ももをつねる。刺激は更に覚醒を促し、ぼうとした考えは去ろうとする。
「それで、もう良いかな。折角温めている身体が冷えてしまう」
「うん。もう一つ良いかな。何だかこの部屋に誰か暮らしているみたいな、そんな気がするのは気の所為かな」
「何を言っている。私が暮らしているだろうに」
「お姉さん以外に誰かがいない?」
「どうしてそう思う?」
「コップやお茶碗、お箸がもう一つあるのに、わざわざ新しく出したよね?」
今更注意したところで既に取り返しのつかない失態を犯している。バレはしないだろうと高を括った結果がこれであり、早苗はきりきりと痛む胃を表情には出さないよう素知らぬ顔を続ける他に出来ることはない。
「もしかしてさ」
同居人を指摘する言葉は、目前に迫る。
「お姉さん、恋人がいるの?」
そして僅かに的を外した言葉は理解の範疇を越える。
頷きを返すことは出来ない。図星を指したかのように得意げな顔で友は言葉を続けた。
「そりゃあお姉さんは可愛いし、色々なひとが寄りつくだろうね。私もね、今日久しぶりに見たときに綺麗と思ったよ。だから恋人がいても不思議はないと思うし、ね?」
戸は更に開かれる。小さな風は身体を冷やしていく。
「部屋を訪ねたとき、何か気にするように部屋の中を気にしていたのは、もしかするとそのひとがいたのかな? それともそのひとと分かる何か。わざわざ隠さなくても良いのに。私だってね――」
「戸を締めろ追い出すぞ」
捲し立てようとする友を制する。
渋々と引き下がる友は、扉越しにブツブツと言葉を放つ。早苗と関係を持った人間を探るような言葉は続き、「うるさい」注意も耳に入らないのか、声は直ぐには止まない。
再度シャワーを浴びようと思ったのは、友の声を遮ることの他に冷や汗を流すことにあった。正解に近い物を言い当てられたときに流した汗が、洗ったばかりの身体にこびりついていた。お湯はそれを洗い流そうと身体に突き立てられる。
「本当にのぼせるだろうが……」
愚痴を吐き、身体を洗い終える頃には言葉は止んでいた。




