2.3
早苗の携帯が音を鳴らしたのは、二人が朝食を食べてから1時間程が過ぎた頃だ。
着信音に早苗は身体を震わせる。掛かってきた電話に思わず後ろを確認する程に冷静を欠いた行動の末に見たのは、膨らんだカーテンだ。メリーはカーテンに隠れている。事実を確認してから早苗は、ようやく行動の浅はかさに気付く。
それを咎めるよう、メリーは言う。
「それはいけないことよ?」
「ああ」
分かっている。そう言った早苗に、メリーは嘆息する。
分かっていない。だからこそ振り向いたのだろうと咎める視線は、直ぐ別へ向いた。
「ねえ。それで、誰から掛かってきたの?」
「メリー、じゃないのか」
「それならカーテンに隠れていないでしょうね」
「それもそうだね。うん、誰だろうか?」
「それを尋ねているのよ」
やけに飲み込みが遅い。メリーは不機嫌を一つ声に乗せた。
しかし低くした声に不機嫌を察することない。早苗はただ誰からと首を傾げるばかりだ。
彼女がそうして阿呆のように振る舞うのは、電話の相手にまるで心当たりがないゆえだ。
入院している期間に掛かってきた電話は一つもなく、ならば今更何処からか電話が掛かってくると思えなかった。学校や勤務先、そして友人。そのどれもが電話を掛けるとは思えず、ならばこうして掛けているのは誰か。
早苗は、尋ねたように相手をまたメリーと考えていた。
しかし違うと分かれば心当たりはなく、携帯を不思議そうに眺めることしか出来ない。
数回コール音が響く。ようやく通話と云う機能を思い出した早苗は、携帯を手に取る。通話ボタンを押す。前回は押せなかったと思い、カーテンを見つめながら。
「病院に運ばれたそうだね」
途端、言葉が聞こえた。
女性の声だ。どこか演技がかった口調。そしてなにより気になったのは、話す内容だ。
知り合いだろうか。通話にでる前、早苗は数字の羅列を見た。人名ではない表示は、知らない他人から掛かってきたことを示すだろうに、どういうわけか電話の主は病院に運ばれたことを知っている。
登録していないだけだろうか。登録が漏れた知り合いだろうか。いやそれにしては声の心当たりがなく、誰と尋ねようとする。
電話口から聞こえる言葉は止まらない。
息継ぎをしているかさえ疑わしく、矢継ぎ早に紡がれる言葉に口を挟むことが出来ず、早苗はただ耳を傾ける
「私はね、心配だよ。お姉さんはいつもそうだからね。家に連絡を寄越さない。たまに近況報告があったかと思えばこう。車に轢かれ、川に流され、――ああ、行方を晦ましたこともあったかな。しばらく安静にしたかと思えばどういうことか、今度はわけもなく入院と来た。だからね、お姉さん。私は心配に思っているよ」
話は終わっただろうか。早苗は疑問に思い、トントンと携帯を叩く。
「つまり、あれだ。間違い電話だろう。私はね、車に轢かれたことはただの一度もないよ」
「そうかい?」
「第一ね、ひとからお姉さんと言われる覚えはない」
妹はいない。そう首を振るうと、いいやと否定される。
「言われる覚えはあるだろう?」
「ちっともない」
「まあ良いよ。これから思い出して貰えるだろうしね」
「どういうことだい?」
「扉を開けて貰えるかな」
いま部屋の前にいる。その言葉と共にドンドン、と戸が叩かれた。




