1.16
「くしゅ……」
くしゃみの音に、早苗は我を取り戻す。
熱を待った思考はようやく考えを取り戻し、邪まな感情を何処かへふりまこうと首を振るう。短い髪が左右に振れる音は、メリーに疑問を抱かせた。
何の音だろう。疑問に思ったメリーは、そして危ういことにアイマスクに手を掛ける。目を覆う意味を忘れ、確認しようとする行動は、早苗の肝を冷やした。今まで覚えていた感情をすっかりと忘れ、メリーに向き直る。
万一のことを考え、後ろを向く程に冷静にはなることが出来ない。
寸でのところで、メリーはアイマスクを外さない。
ハッと息の詰まる音。そして途端に衣擦れの音が鳴り、腕が近づいたことを感じると動きを止めた。何か問題だろうか。数秒考えに耽り、ようやく目を覆う理由に気付く。目で確認できないことの不便さを、メリーはようやく感じた。
確かめるには視覚以外の四つを使わなければならない。既にどうでも良くなっていたパサパサと云う音を、それでもメリーは尋ねた。
「ねえ早苗、何をしていたのかしら?」
「そうだね、メリーこそ何をしているのかな?」
「立っていただけよ。そう、少し手違いを起こしそうになったことは、目を瞑って欲しい」
「二人とも目を瞑れば、いよいよ行動が難しくなるだろう」
今後気を付けて欲しい、と早苗は言う。
気を付けなければ、その今後がなくなってしまう。身震いを一つ、そしてくしゃみの音を再開の合図として、早苗はまた口を開く。
「メリー。君に聞きたいのはね、どうして立っているだけかと云うことだよ」
早苗は指を指す。おかしく感じられる点を指摘するが、指したところでメリーには分からない。またアイマスクを外そうとしないことに、ひとまず安堵する。
「それで、何を言いたいのかしら?」
「どうして服を着ていないかと尋ねたい」
呆れたように言うと、メリーは首を傾げた。
何を言っているのかと尋ねるように、そして呆れたように言う。
「約束したでしょう」
「約束って言うと、何を?」
「だって服を着せて貰えるのでしょう?」
「ああ確かに着られないならば着せると言ったね。挑戦してはみたのかい?」
「好きでこの格好でいたと思う?」
「好きでいたとは思わない。しかし嫌と思う感情があるとは思っていなかった」
「それは人並みには、ね」
メリーは肩を竦め、言った。
相変わらず一糸まとわぬ姿に羞恥は見られない。
顔を赤らめず、手で隠そうとしないのは、果たして人並みに感情があると云えるのか。
「他人に見られたならば、私はもうやってはいけないわ」
「そう言うには照れていないように見えるな」
「見られていることが見えていないからね」
「そう云う物かい?」
「そう云う物よ」
違うだろう。早苗は首を振るう。
否定しようとする言葉を妨げたのは、またメリーのくしゃみだ。
クーラーの利いた部屋に全裸は相応しくない。その上、タオルを見つけられなかったのか、メリーの肌には雫が滴っている。はじめ暖かかった水滴は冷気が当たり、体温を奪われたことだろう。
「待っていて」
言い残し、早苗は服とタオルを取りに行く。
廊下に脱ぎ捨てた服を一瞥する。
服にはリボンが多い。メリーが着られないのは無理がないだろう。一度解けば結びなおすことが困難で、まるで使うことを意図していないだろう程に、その服は装飾過多だ。
脱ぐことを考えられていない服。早苗には、それが生物に着せる物ではなく、人形に向けて作られた物に見えた。
デザインのみを重視された服は、使うことは考えてはおらず、持っていったところで着せることは叶わないだろう。判断し、早苗はクローゼットから自らの服を掴む。そしてメリーの元に戻る。
「服は変えさせて貰うよ。良いかな」
「お好きにどうぞ。人形のように好きに着せ替えて頂戴」
人形、メリーの口にした言葉に、早苗はメリーがそれであったことを思い出す。
だからこそ、そうした服を着ていたのだろう。人形であったならば人形らしい服を着ていたところで何ら不思議はない。
作り物のように美しい身体は、元から作り物と云うだけの話だ。




