1.13
出かけるだけですっかりと疲れていた早苗は、帰ってからもう一度疲れることとなる。
出かける目的はアイマスクを買うことにあった。それは風呂に入るためだ。閉ざされた視界の中で早苗は少女を風呂に入れなければいけない。
早苗に介護の経験はない。その上、目隠しと云う枷が加えられているとなれば、苦労は大きな物となる。
「まあ、何とかなるだろう」
そう楽観してしまうのは、風呂に入れないと云う言葉をまだ理解していない故だ。
帰って早々に、早苗はアイマスクを付けた。
疲れた体を癒そう。肩を叩きながらそう考え、風呂に入ろうとした。
どれくらい部屋の中で歩けるだろうか。そうして使い心地を試すように付けられたアイマスクは不安を生む。黒く閉ざされた視界は彼女の感覚を奪う。早苗は、よく知っている部屋がまるで別の場所のように変わったのを感じた。
「メリー。私の前に現れて良い」
呼びかけに答えるように、早苗の手が持ち上がる。
冷たい、と早苗は感じた。
手に触れた物は、まるで冷水のように冷やりとした。冬場に手袋を付けずに出かけたときのように冷えきった手は、早苗の手を包む。メリーは久しぶりに触れた肌を懐かしむよう、無為に大きく手を振るった。
そして爛々とした声色で言う。
「何処をご希望?」
「それじゃあ風呂場に連れて行って欲しいな」
「分かったわ。……でもね、私はお風呂場の位置を知らないの」
「玄関から一番近い扉を開ければ風呂場がある。一番近いと言って、くれぐれも玄関の扉を開けないように」
「はいはい」
メリーは言葉に従い、玄関に近い扉を開けた。
お湯の張られた湯は、湯気を放ち二人を迎えた。
目が見えずとも扉を間違えていないことは分かる。だから早苗は衣服を脱ぎ始める。
よく考えれば衣服を脱ぎ、それからアイマスクを付けメリーを呼べば苦労はしなかった。気付いてももう遅い、アイマスクを外すことは出来ず、また勝手に外れてしまわぬように気を遣いながら早苗は全裸になる。
床に落ちる衣服がはた、と音を立てる。それが一人分と気付き、早苗は首を傾げた。
「まさか服を脱げないと云うことはないよね」
「脱ぐことは出来る、と思う。けれど脱いだら最後、着られないような気がしない?」
「どれだけ複雑な服を着ている。分からなければ手伝うよ」
「そう、それは助かるわ」
ようやく脱ぎ始める。
脱いだ衣服は早苗に倣い、床に散らかす。
物を尋ねられるのは何度になるだろう、初めから尋ねられたことに、早苗は不安になる。
早苗の想像以上にメリーは風呂に入れなかった。
そもそもなにも理解していないのだ。シャンプーと云う物さえ、メリーは分からなかった。ボトルを押し、どろりとした液体が出るのを気味悪がり、それが泡を立てると知ると驚いた。
終いにはこう言う。
「髪を洗うことは、痛いのね」
早苗は首を傾げた。
「まさか目を開けてはいないだろうね」
「ダメかしら?」
「それはそうだ。何のために目蓋が降りると考えている」
「…………」
「どうかしたのかい?」
「ねえ、早苗。一つ考えが浮かばない?」
「うん?」
「私がアイマスクを付ければ簡単に済む、そうは思わない?」




