意味深な忠告
――イベントフィールド――
「もうアンタとはここで解消ね。さようなら」
「何でお前らあっちに行ったんだよ!」
「ちょっと! 人の話を聞いてって言ったじゃない!」
「俺は悪くない! お前らがもたもたしてるからいけねーんだよ!」
イベントフィールドでは、罵声や暴言が飛び交い混沌としていた。
よく見ると、同じパーティーメンバー同士でいがみ合っているらしい。
あちこちでに集まっている小さなパーティー。
その全て、と言っていいほど、みな険悪な雰囲気に包まれている。
「な、なんか皆怒ってませんか? 喧嘩してますよ」
「あ、ああ。これは中々迫力があるね」
「イベントが原因なのは間違いなさそうぜよ」
「と、とりあえずもう少し進んでみよう」
周囲を包む、どんよりとした空気から逃げるように、僕達は歩き出した。
「何か、段々暗くなって来ましたね」
奥に進むにつれ、周りの景色が変わっていく。
薄暗く、そして寂しい森の中へと。
多分もうここは僕ら三人しかいないはずだ。
画面が切り替わると同時に、イベントプログラムが発動したんだろう。
他のプレイヤーの姿も見えないし。
何より、この手法は良く使われる。
何度かイベント会議に参加した事があるから、それは知っていた。
それにしても手の込んだ仕掛けだな。
誰がこの企画を考えたんだろう。
しばらく歩くと、目の前に大きな館が現れた。
「あれが『裏切りの館』ですか?」
中世ヨーロッパ時代の廃墟、そんな外観の館。
圧倒的な不気味さだ。
建物に見入っていると、突然背後から声がした。
「こんばんわああああああ!」
「きゃあああああああああ!」
「あああああああああああ!」
完全に油断してた僕は、思わず叫び声を上げる。
後ろを振り向くと、一人の老婆が腹を抱えて笑っていた。
「あはははは! アキラ君めっちゃ驚いてるやん。そない叫び声だすとは思わんかったわ、あ〜お腹痛い。笑い死ぬ〜」
こてこての関西弁。そして僕の名前を知ってる。
それだけで、目の前の老婆の正体はすぐに分かった。
「三井さんじゃないですか。驚かせないで下さいよ」
「いやぁ、たまたまパトロールしてたらアキラ君を見つけたさかい。おっと、リアルネームはルール違反やったな」
この老婆、中身はワージャパンの社員で三井さんと言う女性だ。
イベントの潤滑な運営と、トラブル対処の為、ルミエスタではイベント時にこうして社員がNPCとしてログインする事がある。
しかしなんだ、大阪弁を話す怪しげな老婆って全然怖くないな。
雰囲気ぶち壊しだけど大丈夫なんだろうか。
「まぁ、元気になってほんま良かったわ。CABも手に入れたようやし、もうあんまり君と会えへんのは寂しいけどなぁ」
「まぁ、でもちょくちょく会社の方には行きますよ。一応まだGMのバイトは継続中なんで」
「おお、それはええ事やな。そっちのお二人さんは、もしかしてアレかな? 噂になってる君のコレかな?」
僕と三井さんの会話に、呆気にとられた顔をする二人を見つめて小指を立てる。
「そ、そんなんじゃないですけど。何で二人の事知ってるんですか?」
若葉さんはまだしも、リョウマのアバターは男だ。
一見で分かる事じゃない。しかも噂になってるって言ったし。
「そりゃあ君、開発室で知らん人間はおらんで。『えらいべっぴんな二人をルミエスタでナンパしよった』ってなぁ」
「そっ、そんな噂誰が流したんですか?」
「誰やったっけ? 確か本部長やったかなぁ〜」
梶田さんだ。あの人そういう事言いそうだもんな。
父さんとは違ってひょうきんな人だし。
「まぁ、それは軽い冗談や。皆分かってるよほんまのとこは」
「はぁ、それならいいんですけどね」
「せやけど、ふんふん。これはおもろい事になりそうやな」
三井さんは、僕達を見ながらニヤリと怪しく笑ったかと思うと、真面目な顔で言った。。
「イゾウ君、気ぃつけや。このイベント、なめてかかるとえらい事になるで」
さっきまでとうって変わったその雰囲気に、少し戸惑う。
「ど、どういう事ですか?」
「まぁ、行けばわかるよ。だけどイゾウ君。これだけは覚えといたほうがええで――」
「二兎を追うもの、一兎も得ずやで」
つい最近、どこかで聞いたようなセリフを吐き捨てて、老婆の姿は闇に消えていった。
「ビックリしましたね。最初出てきた時は心臓が止まるかと思いましたよ」
「わしはイゾウの悲鳴に驚いたぜよ。おなごみたいな声出しちょって」
そう言って、リョウマが笑う。
三井さんの登場で忘れかけていたけど、思い出すと非常に恥ずかしい。
「しょ、しょうがないだろ。あんなの誰だってビックリするよ。リョウマが驚かないのが不思議な位だよ」
「ああ、わしは気付いちょったきに」
「え〜。じゃあ教えてくれても良かったじゃないですか!」
「いやぁ、あの老婆がこうするもんじゃから、空気を読んだぜよ」
リョウマが口の前で指を立てる。沈黙を示すハンドサイン。
「さぁ、イゾウさん行きましょう。リョウマさんは裏切り者です」
僕の腕をつかみ、若葉さんが走り出す。
「お、おいおい! わしを置いてったらあかんぜよ!」
僕達は笑いながら、館の中に向かった。
――なめてかかるとえらい事になるで。
そう言った、三井さんの忠告もすっかり忘れて。