困惑の入浴
――アレイドの森――
「イゾウさん! 後ろです!」
彼女の合図。振り向きざまにモンスターを薙ぎ払う。
「ありがとう! 助かった!」
始まりの丘から移動し、僕らはレベル上げも兼ねてモンスターと戦っていた。
戦闘中に驚いたのは、若葉さんの上達ぶりだ。
初めて会った時よりレベルは上がっている。
だけどそれだけじゃない。
実力も相当ついている。
状況判断も正確で、補佐役としては文句のつけようがないレベル。
正直、ここまで成長しているとは思わなかった。
「えい! えい! あれ? えいえい! きゃああああ!」
彼女がモンスターに殴りかかるがあんまり効いていない。
思いっきり反撃されている。
攻撃力はいまいちみたいだ……。
「ふぅ、頑張りました!」
「うんうん。若葉さんも強くなったね。びっくりしたよ」
「イゾウさんの為に頑張ったんですよ。はいこれ!」
そう言って、彼女が取り出すドクターパッパー。
何か、とっても懐かしいような感じがする。
「やっと渡せました。ずっとこの時を待ってたんです」
微笑む彼女に、少しドキッとする。
「ありがとう。若葉さんと旅をしたあの日を思い出すよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです。あと、ルミエスタでは若葉って呼んでください」
「あ、うん。分かった」
彼女から貰ったドクパに口をつける。
爽やかな炭酸の刺激と共に、独特の風味が口いっぱいに広がっていく。
うん、旨い。
リアルでも似た名前のジュースがあるが、ルミエスタのはそれより少し癖が無い、万人受けする味になっている。
「リアルでも――すよ」
「え、ゴメン。何か言った?」
「何でもないです! イゾウさん! スタミナ回復しに宿屋行きましょう宿屋!」
「そうだね。じゃあ行こうか」
「わーい! じゃあ宿屋にレッツゴー!」
――宿屋――
ベッドに寝そべり、戦いの疲れを癒す。
彼女と来るのは二度目、嫌な記憶が呼び覚まされる。
あの時、彼女から離れなければ良かった。
僕は彼女を守れなかった、彼女に辛い思いをさせてしまった。
「お風呂沸きました! 一緒に入りましょう」
そう、あの時も一緒にお風呂に入っていれば――。
「えええっ!? いっ、一緒に入るの!?」
「私が襲われてもいいなら、一人で入ってもいいですよ」
小悪魔の様な笑みを浮かべて彼女が言う。
ゲームの中の彼女はちょっと積極的だ。
リアルの彼女は静かで大人しいのに。
それを言われると、僕は断れるはずもなく。
ドキドキしながらお風呂へと向かった。
「ふ〜。気持ちいいですね〜。心が安らぎます。ねっ、イゾウさん」
「あ、うん。そうだね」
背中に彼女の視線を感じながら答える。
僕は全然安らがないんですが。
スタミナ回復どころか、ライフが減っていきそうな気さえする。
「何で後ろ向いてるんですか?」
「い、いや。流石に恥ずかしいからさ」
「大丈夫ですよ〜。リョウマさんとも一緒に入りましたし」
ああ、そうなんだ、リョウマとも入ったのか。
――だが女だ。
幾ら外見が男でも、中身は女性じゃないか。
全然大丈夫の意味が分からない。僕は中身も男だ。
「リョウマさんなんて胸まで揉んできたんですよ」
なん……だと……?
アイツは彼女の胸を揉んだのか!
ボリューミーで柔らかそうな、たわわに実った彼女の胸を!
何という鬼畜の所業、リョウマ許すまじ。
ああ、でも女の子同士なのか。
混乱してきた。良いのか悪いのか僕には判断しかねる。
「イゾウさん、背中向けてると寂しいですよ!」
「い、いや。やっぱり恥ずかしいよ。若葉は恥ずかしくないの?」
「恥ずかしくないですよ。だって私の身体じゃないですもん」
「そ、そう言われるとそうだけど……」
そうは言っても、僕からすれば女の子の身体に変わりはない。
女の子と同じ湯船に浸かってるってだけでも大事件だ。
「むう、頑固ですね。それじゃあ、えいっ!」
「あっ、ちょ、ちょっと!」
背中に感じるこの世の物とは思えない物体。
なんだこれ。当たっちゃいけない物が当たってるよ。
「捕まえました。これならいいですよね」
良いのか悪いのか、判断とかもう完全に分からない。
でも、ゲームでこんなに柔らかいんだったら。
リアルじゃもっと柔らかいんだろうな――。
彼女に背中を預けながら、感じる既視感。
「何かこの光景、前にも見たことあるな」
「そうなんですか? イゾウさんは遊び人ですね、転職した方がいいんじゃないですか?」
「いやいや、女の子と入ったのは若葉が初めてだよ。リョウマにもこうされたんだ。何か僕子供みたいだな。まぁ二人よりは子供なんだけどさ」
「子供なんかじゃないですよ」
そう言って、彼女が優しく僕の髪を撫でる。
「イゾウさんが――ううん、君が責任感の強い魅力的な男性だって事、私達はちゃんと知ってるよ」
「そ、そんな事言われると、恥ずかしいよ……」
「あっ、照れてるんですか? 可愛い子だね〜、よしよし」
「なんだそれ、思いっきり子供扱いじゃないか」
部屋に笑い声が響く。何だかとても懐かしい気分だ。
お湯の温かさと、背中に感じる彼女の感触。
僕は仮想現実での幸せを噛み締めていた。