新イベントの実装
CABの設定を済ませて一息。
うんうん。中々良い眺めだ。
部屋は多少狭くなったけど、そんな事は気にならない。
休日に愛車を磨く近所のおじさんの様に、タオルで優しく拭いてやる。
顔がにやけてしまう。
はたから見ればおかしな人だろう。
それでもいいんだ。
だってめちゃくちゃ嬉しいんだから。
ピカピカになったCABに見蕩れていると、メールを知らせる着信音が部屋に響いた。
差出人の欄に表示されたのは[諒子さん]
あの日一緒に戦った戦友。リョウマの中の人。
【おはよー。CAB届いた?】
僕はCABの写真を撮り、諒子さんに送った。
忘れもしない、僕がルミエスタに閉じ込められた日。
皆をログアウトさせようと頑張っていた僕は、一部のプレイヤー達の妨害に遭い、心が折れかけていた。
そんな時に現れたのがリョウマだった。
坂本龍馬が好きで、変な土佐弁を話す男。
ルミエスタ維新だ、なんて言いながら二人で共に戦ったんだ。
全員ログアウトさせて、彼と別れる時。
何となくこのままさよならは寂しいなって思ったんだ。
良い人だったし、話しててとても楽しかったから。
それで、勇気を出して食事に誘ったんだ。
住んでる所も近くだったし、お礼もかねてって事で。
彼が女性だったなんて、これっぽっちも思わなかったからね。
諒子さんに会った時は本当にびっくりした。
完全に男だと思っていたし、そしてとても綺麗な人だった。
僕より四つ上の二十歳。スタイルも抜群。
年上のお姉さんって感じ。
そう言えば、ゲームの中で一緒に風呂に入ったんだよな。
その時はリョウマだったし、男同士だと思っていたけど。
今考えると結構恥ずかしい。
【お〜。良かったね。でも、部屋にあるからってあんまり夜更かししちゃダメだぞ。ちゃんと宿題しなよ!】
うっ、皆何で宿題推しなんだ。
そりゃあ宿題は大事だけど、初日からそんな事を考えてもしょうがない。
僕は夏休みをエンジョイするんだ。
【分かってますよ。ちゃんとやります!】
【今日から新イベントだから、わかばんと三人で行こう】
わかばん。とは若葉さんの事だ。
若葉さんも諒子さんと同じ、あの日出会った一人。
ルミエスタにログインして、一番最初に出会ったのが若葉さんだった。
男に襲われていた所を、僕が助けたのをきっかけに。
僕達は、途中まで一緒に旅をした。
今でも思い出す。
バニーガールの格好で、ドクパを差し出す彼女。
別れる時はすごく悲しかったけど、彼女もリアルで僕に会いに来てくれたんだ。
アバターと同じ様なうさ耳をつけて。
僕が目覚めた時、彼女もその場にいた。
僕より二つ年上の、車椅子に乗った女の子。
言われなきゃ年上だって分からない位細くて、華奢で。
ゲームの中とは少し違う、大人しくて可愛い女の子だった。
二人は僕の為に色々としてくれたみたいで。
病室には毎日の様にお見舞いに来てたらしい。
意識の戻らない僕をCABに入れたのも若葉さんの提案。
そういえば、ルミエスタに僕の偽者が出たみたいで。
そいつを退治したのも彼女達だって聞いた。
ゲームでもリアルでも、彼女達には本当に助けられた。
僕が目覚めてからは、三人で連絡を取り合う仲に。
両手に花? いやいや、そんなんじゃない。
二人とも、僕にはもったいないくらい素敵な人だからね。
大切な友人として、仲良く遊んでる。
【了解です! じゃあまたルミエスタで!】
メールを終え、パソコンの電源を入れる。
見るのはルミエスタの公式掲示板。
諒子さんが言ってた、新イベントの情報を入手するためだ。
この前、若葉さんに言われて掲示板を見たらビックリした。
『人斬りイゾウさん。ありがとうございました』
そんなタイトルのスレッド。
そこには、あの日僕がログアウトさせたプレイヤー達の感謝の言葉がびっちりと書き込まれていた。
最初は驚いて、それですごい嬉しくなった。
無駄じゃなかったんだって。
正直、嫌いになってたんだよな、他のプレイヤー達の事。
あの日は結構酷かったから、人間の嫌な部分ばっかり見えちゃったみたいで。
でもあのスレッドを見て、捨てたもんじゃないなって思えた。
あの日、ルミエスタに行って良かったって思えたんだ。
『新イベント! 裏切りの館実装。仲間との絆を試せ』
公式のイベント告知ページのタイトル。
一応僕も開発室に出入りしてる人間だから、一般のプレイヤーよりはルミエスタの情報に詳しい。
新イベントの企画会議に参加したりもする。
でも今回は僕も全然知らないんだ。
意識がなかった時の事だし、目が覚めてからも何も聞かなかった。
折角だし、一プレイヤーとして楽しみたかったから。
でも、これが悲劇の幕開けとなる事に、僕はまだ気付いていなかった。