岡田アキラの待望
人斬りイゾウの続編です。
途中からでも分かりやすいように書いてますが、
最初から読んでもらったほうがより楽しめると思います。
よろしければ、ぜひ前作もご覧下さい。
――自宅――
七月二十日、日曜日。
僕が目覚めてから、今日で丁度一週間。
待ちに待った、夏休み初日の今日。
学生にとっては一大イベントだ。
でもそんな事より、もっともっと待ち遠しい事がある。
「あら、またそんなとこうろうろして。別に逃げるわけじゃないんだから、黙って待ってなさいよ。宿題だってあるんでしょ」
玄関の前で立ち尽くす僕を、母さんが呆れた顔で見つめる。
「大丈夫、宿題は逃げないからね」
「そんな事言って、毎年毎年ギリギリになって頭抱えてるの忘れたのかしら」
くっ、それを言われると返す言葉がない。
そもそも宿題の量が多すぎるんだ。悪意しか感じない。
小学生くらいの量で十分じゃないか。
え? 小学生の時も毎年宿題に悩んでたって?
ま、まぁ細かい事はあまり気にしないのが岡田家の家訓だ。
キッチンに行き、麦茶で一息。
時刻は十時、そろそろ来るはず。
そう思っていた時、玄関のチャイムが鳴った。
来た! やっと来た!
気分はアスリート。僕は猛スピードで玄関に走る。
ドアを開けると、良く見慣れた顔が現れた。
「やぁ、おはようアキラ君」
父さんの兄で、僕の叔父さん。
ワージャパン開発室本部長、梶田信二さんだ。
「おはようございます!」
「元気がいいな。そんなに待ち通しかったのかい?」
「そりゃあもう! 昨日は眠れませんでしたよ」
「信二さんおはようございます。この子ったら朝から玄関の前をうろうろしていたんですよ」
「おはよう里美ちゃん、相変わらず綺麗だね。ケンジは居ないのかい?」
「ケンジさんは今日も仕事です、色々と忙しいみたいで」
叔父さんと母さんは昔からの知り合い。
まぁ父さんの兄だから当たり前、って言えば当たり前だ。
「そうか、あいつも大変だな。よし、早速だがとりかかろう!」
叔父さんの合図で、作業が始まる。
夢にまで見た瞬間、ワクワクしながら僕は外に飛び出した。
家の前に止められたトラックと、小さなクレーン。
トラックの荷台のソレは、まるで孵化を待つさなぎの様に、今か今かとその時を待っている。
そう、僕が待ちに待っていたCABだ。
――一連の騒動のお詫びとして。
梶田さんの口からそんな言葉が飛び出したのは、僕が退院してすぐの事だった。
[VRMMORPG。ルミエスタ]
仮想現実にフルダイブしてプレイする、ワージャパン運営の、巷で大人気のゲーム。
僕は叔父さんのつてで、GMのアルバイトに行っていたんだ。
[GM]ゲームマスターの略語。
プレイヤーとしてルミエスタにログインし、色々な問題の対応をする。
ゲームの管理人、みたいな感じかな。
二週間程前、原因不明のバグによりログアウト出来なくなったプレイヤーを助ける為、僕はルミエスタに旅立った。
一万人程のプレイヤーを無事ログアウトさせた後、今度は僕はログアウト出来なくなってしまった。
あの時は本当に驚いた、頭がおかしくなるかと思うほど。
誰も居ない世界で一人きり、助けを求める人もいない。
泣きながらルミエスタを走り回ったのは内緒だ。
その後の事はよく覚えてないんだ。
突然世界が真っ白になって、気がついたら現実に戻ってきていた。
後から聞いたら十日間も意識不明だったらしい。
まるで浦島太郎の気分だったよ。
結局、僕がそうなった原因は分からずじまい。
おいおい大丈夫かよって思ったけど、今のところ特に変わった様子はない。
病院の精密検査でも、いたって健康体だった。
そんな大騒動のお詫びとして、もともとワージャパンにあった僕のCABを貰える事になったんだ。
まぁ、悪く言えば口止め料って事なんだけど。
今回の騒動は、どうか他言無用で、そうお願いされた。
確かに、『CABに入って意識不明』だなんてニュースになったら、それこそ大騒動だ。
でも僕に断る理由は無かった。
ルミエスタは大好きだし、梶田さんにもお世話になってる。
細かい事は気にしない、家訓だし。
部屋の窓か取り外され、ゆっくりとCABが吊られて行く。
[コンソールエアリアルボックス]通称CAB。
カプセル型のルミエスタ専用ハード。
横置きの日焼けマシーンみたいな物かな。
普通に買ったら二百万。
車が一台買えちゃいそうな額だ。
それが今、僕の部屋に設置されようとしている。
『災い転じて福となす』
こんな事言うと怒られそうだけど、そんな気持ちだった。
二階に駆け上がり部屋に入る。
ここからは力仕事だ。
「よし、じゃあ皆しっかり持てよ。間違って落としたりしたら病院直行だぞ」
五人がかりで、CABを窓からひっぱりこむ。
確か二百キロ以上あるはず、ガタイのいい大人に混じって、僕も輪に加わった。
ワイヤーがCABから外される。この重量感、想像以上だ。
「アキラ君、ほらもっと力いれんと! 一番若いんだから力余ってるだろう!」
梶田さんが笑いながら野次を飛ばす。
確かに一番若いけど、一番身体小さいんですが。
設置場所までたった一メートル。
降ろした頃には全身汗だくで、腕がぷるぷる震えていた。
「お疲れボウズ、よう頑張ったな」
「いえいえ、皆さんありがとうございました」
運んでくれた人達にお礼を言う。
窓を直して、これでやっと作業完了だ。
「わざわざありがとうございました。あんな高い物頂いちゃって」
梶田さんとリビングに戻ると、母さんが飲み物を出してくれた。
「いやいや、いいんだよ。アキラ君には世話になってるからね、それに――」
ちらりと僕の方を見て続ける。
「これからも色々と手伝ってもらうからね、ケンジに怒られない程度に」
「こんな子でもお役に立てるなら、いくらでも使ってやって下さい」
息子が意識不明にまで陥ったって言うのに、のんきすぎないか。
普通の親なら『もう二度とCABには乗せません!』
とか言うんじゃないだろうか。
父さんも、CABを置いてもいいかって聞いたら。
――いいんじゃないか。
拍子抜けするほどあっさり承諾した。
ちょっと普通じゃない両親。
でも、僕はこんな両親が大好きだ。
「よし、じゃあ私もそろそろおいとましよう。あんまりゲームばかりして、宿題に泣かないようにな」
「はい、ありがとうございました」
玄関で梶田さんを見送り、階段を駆け上がる。
部屋の隅、圧倒的存在感を放つCAB。
七月二十日、夏休み初日。
新しい物語の幕開けだ。