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B*G=S!S!S!

検問での手続きと審査を終えた芳之は、白久市に入るなり感嘆の声を上げた。


「ほー……こりゃすげえ」


ガラス張りの高層ビルや前衛的な建物が並ぶ景観に、往来を行き交う人々に混じった小型のロボット。


ビルの間を縫うように走る交通路は、さながら人体を廻る血脈とでも言おうか。

外の世界は何もかもが目新しい芳之であったが、壁の外より白久の技術レベルが高いのは一目で判る。


“ABPVS”のみが集まる白久市は、その特性から独自の発展を遂げていた。

必要なコストの軽減、行政的制約を受けないシステム……諸々が重なれば、これもあるいは当然の帰結なのか。


「外とはずい分違うんだな」

「お前が使うような力を持ったのが集まれば、そりゃ繁栄もすらぁな」


指定された居住地が印された地図に目を通しながら芳之が応える。

どうやら白久では住居移転の自由は認められていないらしい。

もっとも、こちらにとっては面倒が省けて良とすべきか。

追手の心配も無きにしもあらずではあるが、うだうだと考えても仕方あるまい。


「第7区……こっから北西だな。結構歩かにゃなんねえ」

「その前に栄養補給だ。腹が減った」


「ああ確かに。そいや、昨日から何も食ってなかったっけか」

「それどころではなかった。割と命懸けだったしな」

「はは、ちげえねえ。んじゃ、てけとーに何か食うか」



2人が道中で見つけたのは、牛丼のチェーン店だった。

何のことはない。


腹が減っていたのでガッツリ食べたかったのと、単純に何でもよかったという理由での選択だった。


「んめえ! はふはふんがふが」


2人して一心不乱に牛丼をかきこむ。

既に特盛りサイズの丼が3つ積み上がっていた。


そんな折、涼の隣に一人の少女が腰掛ける。

有り体にいえば、人形のような美しさをもった少女だ。


艶のある二つにまとめられたプラチナブロンドと小柄な体躯。相貌の造型はこれ以上ないバランスを保ち、黄金比と形容しても申し分ない。


その中に浮かぶワインレッドの瞳は、清流に沈む宝石のように澄んだ光を放つ。


仕草一つにとっても気品のようなものが匂い立ち、彼女の雰囲気をよりかき立てる。


「美味しいですか」

「腹が減っていたのでな」


「よく食べるんですね」

「腹が減っていたのでな」


そんな少女に突然と話しかけられて情動一つ変化しないのは、この場において涼くらいのものだろう。


ただ牛丼だけに執心してカツカツと音を立てるアホはいざ知らず。


結局会話はそれきりで、あとは食事を続けるだけだった。


「ぷはー……ごちそうさん! ゲフッ」


特盛り6杯目の丼が空になり、ようやく芳之が合掌した。ついでにげっぷを一つ。


ここで、涼の隣に座る少女が“やっぱり下品じゃないですか……”と呟いたのは誰も知らない。


ちなみに涼は4杯目で箸を置いている。

どんな時でも腹八分目と決めているのだった。


「ありがとうございます。お会計が5800円になります」

「涼よろしくー」

「何を言っている。お前が持っているのではなかったか」

「えっ」

「えっ」


2人して顔を見合わせる。

ここにきて、金を持っていないことに気づいた。

揃ってスタッフのお姉さんの顔を見れば、笑顔がヒクヒクと引きつっている。


「…………」

「…………」


そして再びゆっくり顔を見合わせ、しかと頷きあう。


 

「く……」

「おお、どうした涼!? なになに、腹が痛い? あ、もしかして牛丼が原因? マッテロ、イマ――」


パタパタとパントマイムよろしく手を振り回し、お姉さんの方をチラチラ見ながら棒読み全開で会話する芳之。


「……いい加減にしねえか、ガキ」

「しゅっ、しゅみません……」


脂汗を滝のように流しつつの真・大根演技は、お姉さんの覇気によって瞬殺されてしまった。

さて、万事休すだ。


然るべきネガティブフューチャーに思いを馳せ、意識がお花畑にトリップしていると――そこへ、救いの女神が舞い降りた。


「もう、私のこと置いていかないでよ」

「はへ……?」


見れば、それはそれは美しい少女が立っているではないか。


突然のことに“アンタ誰?”と口を衝いて出そうになるも、少女のワインレッドの瞳がその意図を伝えてくる。


「お、おお! ゴメンよハニー。いっつも男でしか来ねーからさー」

「はぁ……。お金まで忘れちゃうなんて、ほんとにダメよね。すみません、私が代わりにお支払いしますね」


そう言って見ず知らずの少女が一万円紙幣をお姉さんに手渡すのを見、芳之と涼は盛大な安堵のため息をついた。


ただ、お姉さんの“女の子に払わせるなんて……ハッ、ゴミめ”的な視線はおそらく生涯忘れられないに違いない。


2人がついた二度目のため息は、切なさ満点だった。


「いやあ助かったー。どこの誰かは知らないけど、サンキュー」

「俺からも礼を言わせてほしい。助かった、ありがとう」

「いいえ、お礼なんて結構ですよ」


礼を述べる2人に対し、少女はあくまで淡々としている。

おそらくこれが彼女の素なのだろう。


「自己紹介が遅れましたね。私はフィリネ……フルネームは、フィリネ・マリーア・フレーゼです」

「あっと……俺は秋庭芳之」

「優月涼だ」


秋庭と優月。白久で得た、2人の新しい姓だ。

民刑法に至る法設備も、白久は独自の性質を備えている。

それはもはや、一つの国家と定義づけても構わない。


「秋庭君はその髪と目……」

「ああ、クォーターだよ。ばあさんがドイツ人でね」

「なるほど」

(私と同じ……屈辱です)


などと密かにフィリネが思っているなどと、芳之には露知る由もない。


「んでフィリネちゃんや、どうして俺たちにあんな真似したんだ?」


奢ってもらった身で問うのも失礼な話だが、その点は明確にしておきたい。

己が身の上を鑑みれば、未知は懐疑から入らねばならないのだ。


「私の話を聞いていただけるのですか」

「聞ける範囲でな」

「じゃあ私の処女もらってください」

「マジで!?」

「断る。愛がないのはできん」

「冗談です。私も愛がないと嫌ですから。付いてきてください」


フィリネはそう言った後、背中を向けて歩きだす。

その後に涼、芳之と続いた。


道中で芳之が未練がましく“据え膳、据え膳……ああ据え膳”などとほざいていたのは言うまでもない。



果たしてたどり着いたのは、日の差さない路地裏だった。

見上げれば蒼天がビルの隙間から申し訳程度に覗くが、それだけだ。


生ゴミのすえた臭いが鼻をつき、野良猫が鳴き声を上げて残飯を漁る。


「ここでどんな話をすんだ? 少なくとも女の子が進んで案内してくれる場所にゃ見えないっつーか……」


芳之が苦笑混じりに問いかけるも、フィリネはそれを無視して告げる。


「構えてください」

「構えろって……戦う? いやいや、こっち男が2人――」


言葉が終を結ぶより早く、フィリネによって芳之は弾き飛ばされていた。


数秒前の彼我に開いた距離は約5メートル。

小柄の少女の歩幅で詰め得る距離ではない。


続く第二撃、着地から脚力のバネを利用して出される一撃を、涼は首を捻ることで躱す。


「やりますね」

「俺はあいつと違って、接近戦が得意でな」


言葉と視線が絡むのも刹那、次々に繰り出される虚実を交えた拳の雨。


それを躱し、または受け流して距離を取る。

拳が掠めた頬から血が滲む。

応酬は時間にして10秒弱。

その間に交わされた致命打となりうるやり取りの数は20手余り。


しかし双方とも呼吸は乱れておらず、2人の卓越した体術を窺わせる。


「一つ問う。この戦いはどうすれば終わる」

「あなたが私の意図に気づくか、どちらかが再起不能になるまでです」

「ならば、もう戦う必要はないはずだ」

「え……?」

涼の言葉に微かに狼狽し、フィリネはすぐに鉄面皮を装って問いかえす。


「どういう意味ですか」

「先天性白皮症……おそらく君が持つ疾患だ」


アルビノと呼ばれるメラニンの欠乏する遺伝子疾患。

皮膚は乳白色で、メラニンの量によって決まる髪色はプラチナブロンド。


色素の薄い光彩は紅色……それらが大きな特徴だ。

彼女の瞳は見ようによっては黒にも見えるほどの濃紅色だが、“ABPVS”であるが故だろう。


「紫外線は君にとって天敵だが……君はこの晴天下の中で平然としていた。どころか、服装に皮膚の露出が多すぎる。薬品を使った形跡もない。ならば、そういう“ABPVS”の力なのだろう。先の体捌きを鑑みれば、力場の操作かそれに準ずるもの。俺たちをわざわざ日光の射さない場所へ呼んだのは、能力の限界と無用な騒ぎを起こさないためだ」


一撃で伸びた芳之を一瞥し、涼は続ける。


「あれも見たところ寝ているだけだしな。あのタイミングならば殺すこともできたはずだ。それをしなかったのは、俺たちを本気で殺す気がなかった……だが殺意は本物だった。大したものだ」


「……お見事です」

「いや。それより、何故こんなことをしたか訊きたい」

「もちろんそのつもりです。さ、行きましょう。ちゃんとあそこで寝ている人も忘れないでくださいね」


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