ルイス、語る
策士(笑)ルイス君が語ります。
僕の名前はルイス・ターキス。
初代男爵の頃より代々お仕えしている使用人の家系に生まれました。
オールセン男爵家の御家族は、初代の男爵様が庶民の女性を娶られた経緯からか、とても気さくな方々です。
小さな所領の中を領民の生活を向上させるべく奔走するし、繁忙期には農民に混じって汗を流して働いています。
そんな男爵家ですから、領民たちはみんな彼らを慕っています。使用人たちも、自分たちの主人を誇りに思っています。
御長男のアルフォンス様とは同い年で、幼いころから共に遊んでいました。
やがて、妹のアルメリア様がお生まれになり、僕たち三人は屋敷の中だけでなく、領地の森の中まで遊び場にして成長していきました。
小さいころからアルメリア様は僕をお慕いしてくださり、「ルイス、だいすき!」と言ってくれました。
御両親である男爵様夫妻は、「二人が両想いなら反対しないよ」と許してくださいました。
僕としては、アルメリア様に対して妹に対するような思慕を感じておりましたので、自分が夫になる気はありませんでした。
いつかアルメリア様を想ってくださる方が現れるまで、大事に守っていこうと心に決めたのです。
アルフォンス様が王都の学院に入学なさってから、アルメリア様は淋しそうなご様子でしたが、「ルイスはいてくれるわよね?」と手を握ってくる姿はとても可愛らしいものでした。
ある日、執事である父は僕を連れて男爵様の書斎へ向かいました。なにやら内密の話があるそうで、緊張しながら扉をたたく父の背中を見ていました。
「近々、第二王子のマティアス殿下が我が領地を視察に訪れる。極秘に行われているものなので、領民への告知や迎えの行事などは行わないことになった」
きらびやかな装飾が施された文箱から手紙を取り出した男爵様は難しい顔をなさっています。
「視察以外に何かがおありでしょうか?」
父が訪ねます。僕も同じ疑問を感じていました。
少しの間沈黙していた男爵様でしたが、一つ息を吐くと話し始めました。
「実は、マティアス殿下に関して宰相閣下より依頼があった。もしかすると、かの方が領地内で揉め事を起こすかもしれないので、その証拠を掴むようにとのことだ」
その言葉に僕たちは驚きました。
第二王子のマティアス殿下と言えば、穏やかで品行方正。容姿に優れ剣術の腕が立つ、騎士の鏡と謳われる年頃の女性のあこがれの存在です。
そんな方が揉め事を起こす?
「世間では名高い評判の殿下だが、どうも表沙汰にならないところで素行の悪い部分があるらしい。よく視察に赴いた先でお忍びをなされて、金銭目当てに絡んでくる者に暴力を振るい、地方の社交場で女性を相手に奔放に遊ばれるのだとか。どちらも公に訴えてこないだけに知る者は少ないが、これが世間の知る事になれば王族の威信にかかわる問題だ」
男爵様の言うとおり、これは大変なことです。
それにしてもなぜ、宰相閣下はこのオールセン男爵家にそのような依頼をしたのでしょうか。
なんでも、領民の数が少なく行商人や旅人の数も多量に比べてずっと少ない領地なので、よそものである殿下がお忍びで町に出られてもすぐにわかるだろうから、ということと、この領地の治安の良さを信用してくださったからだそうです。
住人のほとんどが知り合いで、凶悪犯罪なんて物語の中でしか知らない土地柄ですからね。
そうして、我が領地にはマティアス殿下が視察に訪れました。
小さい所領なのでたいして見るところも無く、夜な夜な社交場が開かれているわけでもないので殿下は退屈なさってしまれたようです。
お姿が見えなくなってしまった、と護衛の方々から連絡がありました。
僕は慌てて馬車を出しました。
この日はアルメリア様がお忍びで町に出かけていて、もし、マティアス殿下と鉢合わせしてしまえばどうなるかと心配したのです。
その不安は的中しました。
馬車を走らせる僕を町の人が呼び止めて、アルメリア様が暴漢を庇われたという話を教えてくれました。
「若い男」「顔は良かった」という情報から、暴漢の正体は間違いなく第二王子だと判断したので、緊急連絡用に馬車に乗せていた鳩を飛ばして男爵様に知らせました。
広場の端で佇む男女の姿を見つけて、馬車を寄せます。
アルメリア様の隣に立っていたのは、長身で姿勢の良い、とても整った顔立ちの男性でした。
男爵様から聞いていた話から、てっきりアルメリア様を傷つけるようなことをしていたのかと身構えていたのですが、そんな様子ではありません。
というよりも、マティアス殿下がアルメリア様に向ける視線は熱さと甘さを秘めていて、まさしく恋焦がれている男の顔でした。
少し、考えてみました。
いつか現れるだろうアルメリア様の夫として、この方はふさわしいでしょうか?
ひとつ、性格。伝え聞いた素行の悪さから現時点ではマイナス評価。
ふたつ、将来性。第二王子という身分は何事も無ければ高い地位だが、これまた素行の悪さが将来に悪影響を与える可能性がある。
みっつ、経済力。マティアス殿下が持つ所領は国内でも有数の鉱山を持っているので、金銭面での不安はない。
うーん、難しいですね。
そもそも、出会ってから間もないはずなのに、どうして(一方的とはいえ)恋が始まっているのでしょうか。
本気かどうかも疑わしいので、挑発してみることにしました。
「馬車で引きずっていく」発言は効いたらしく、アルメリア様の安全を保証するために彼は守護精霊への誓いを立てました。
大したことのない無いように感じますが、例えば、馬車の中で殿下がアルメリア様に害意を抱いた場合、実行に移さなくても罰を受けるかもしれないのです。
それほどに守護精霊に誓うことは重い意味を持ちます。そんな誓いを立てること自体が、彼の思いが本気だという証拠になるのです。
屋敷に戻った後、男爵様夫妻が殿下と話をされました。
殿下は御自身の気持ちを伝えたらしく、現時点では恋敵となる僕は男爵様に呼び出されて殿下と話をすることになりました。
アルメリア様のお相手として不安要素はありますが、おそらくは本人もそのあたりを払拭するべく行動するだろうと期待して、殿下の気持ちに協力することを伝えました。
アルメリア様が十八歳になるまであと三年。成人するまでは僕がお守りすることを改めて決意して、日々を過ごしました。
三年後、僕の結婚に合わせてやってきたマティアス殿下は、あっというまにアルメリア様を王都に連れて行きました。
婚約者として公表して、逃げ道をふさいでいるようです。
そうそう、三年の間に僕は約束した通りにアルメリア様が初めて作られたお菓子を含めて、プレゼントされた手料理を自分で少し食べた後に殿下に渡していました。
砂糖と塩を間違え、ココアパウダーと魚粉を間違えたというクッキーは、麦酒とよく合うつまみだと僕は思うのですが、どうでしょう?
さてさて、マティアス殿下のクッキーの感想は?
目の前に愛しい女性の手作りクッキーがある。
たとえ他の男を想って作られたものでも、最愛の女性の手料理を前に喜ばない男がいるだろうか。
私はクッキーを食べた。
「……ううっ!!」
クッキーという菓子のイメージからは程遠い塩気にむせる。
恐怖の眼差しでクッキーを見るが、捨てるわけにはいかないし、他の者に食べさせる気にもならない。
意を決して手を伸ばすのだった。
ちなみに、失敗したのは最初だけで、あとは普通だったのでご安心を。